第34話 悪魔を手に入れた人間たち
絵里子さんに頭を下げて病室を出る。そのまま座り込んでしまいそうになったけど、何とか堪えてその場を歩く。早くマンションに行かないと……契約者達に異変が起きている。
あり得ない能力を身に付けだしている。
そして契約者達はそれがなんなのか理解をしてるから恐れてるんだ。だってそれはかつて自分が契約して使役していた悪魔の力だったんだから。
34 悪魔を手に入れた人間たち
何分経ったのかはわからない。時間なんかを確認している余裕がなかった。時刻表も見ずにホームに行って止まっていた目的地行きの電車に乗り込んだ。学生やサラリーマンが多く乗っている電車は一人で乗っている人もいれば複数の友人同士で乗って小さな声で談笑している姿も見られた。
その中で何を考えて結論を出せばいいのか分からなくて、とりあえず心を落ち着かせるために携帯を取り出してゲームを始めるも全く集中できず、一面もクリアできないまま今まで以上に長く感じる五駅先の最寄り駅に到着するのを待った。
駅に着いてからはひたすら真っ直ぐマンションに向かって走る。十二月の肌寒い空気が頬を突きさしてくるけど、そんなの気にしてる余裕もなかった。
早く真相を聞きたい、安心したい。解決策が欲しい。事態は悪い方向に向かっている訳じゃないんだって。
マンションについてオートロックを開けてもらって、エレベーターに飛び乗る。その間も気持ちはソワソワしてて、一刻も早く皆にこの重大な事件を告げて相談したかった。
***
『拓也、光太郎から話は聞きました。夢を操る悪魔がいるかもしれないと言うのですね?あなたのクラスメイトが被害に遭っていると』
「それだけじゃないんだ」
マンションで出迎えてくれたストラスを肩に乗せてリビングに入る。その中心にいたのは不安そうな顔をした光太郎がおり、皆は光太郎から聞いた話でどのような悪魔がいるかを調べている最終だった。
でも報告する内容は完全に違っている。夢を見る悪魔なんかじゃないんだ、その悪魔と契約した人が……
まずは呼吸を落ち着かせなきゃいけない。深呼吸を一度して、珍しく全員がそろっているリビングの中央に足を運ばせた。
***
「その話は事実ですか?」
全てを説明してパイモンからの問いかけに頷けば、相手は顔を歪め考え込んでしまった。やっぱりかなりマズい状況なんだ。そりゃただの人間がなんの用意もなく急に悪魔の力を使えるようになるって可笑しいよね。俺だって光太郎だって全く使えないのに。
光太郎に至っては自身も同じ状況になってしまうかもしれない事に顔を真っ青にしてシトリーに視線を向けるも、当のシトリーはお手上げとでも言うように肩をすくめただけだった。
「やっぱり、かなりマズいの?」
「マズいね。これって一言で言えばルシファー様の力が働いてるんだよ」
ルシファーの力?
ヴォラクの言葉に目が点になった。だってルシファーは地獄の魔王って言われるほどの大悪魔で悪魔たちのボスって事は分かる。だけどあいつはソロモン七十二柱じゃなくて七つの大罪で、現代に召喚されてないルシファーの力がどうして契約者の件に繋がるって言うんだ。
詳しい質問をしたくてもパイモンは深いため息をついて天井を見上げるように力を抜いてしまった。
「遂に起こってしまったな……」
「パイモン?」
「拓也、光太郎、良く聞いて」
セーレがまず落ち着かせるために一呼吸置く。
でも優しくて事を荒立てないセーレがこんなに言うって事は本当に重要でよっぽどの事なんだよな。息を飲む俺達にセーレは全てを説明してくれた。
「君が言いたいことは契約者達が契約悪魔達の力を手に入れてしまったと言う事だろう」
「うん、金田さんが好きな夢を見れたり、絵里子さんが電気を操れたり……サミジーナやフルフルとは比べ物にならないけど、それでも一般人から見たらあんな力あり得ない」
「そうだね。その力はルシファー様達の力が大きく働いてるんだ。あのお方の力は秩序、つまり新しい世界の一部を作る力なんだ。ルシファー様の力が漏れて地獄の秩序が人間の世界でも適用されるようになってきている。一言で言えばルシファー様をはじめ、地獄の悪魔たちの力が人間の世界に漏れていっているんだ」
ルシファーの力。それが漏れている?
訳が分からず、もう少し話を聞かないと結論をうまく出す事も出来ない。だって、まだ召喚門は壊れてないんだろ。だったら、なぜ……
「前回の最期の審判の勝者は天使だった。その結果、今の世界は天使の管轄下にあり、悪魔達は地獄に封印され召喚門が閉じられた。つまり今の君達は天使が作った世界で繁栄を気づいたんだ。ここまでは理解できる?」
まぁ、うん。天使に作られたって言うのは納得できないけど、それが真実だし言ってることは理解できるから頷いておく。
「でも最後の審判が近づき、悪魔を封印した召喚門の封印が崩れかけてきている。その崩れかけた召喚門から悪魔達の力が人間の世界に流れ込み、天使の管轄下だった世界に悪魔の力が入ってきてしまったんだ。そしてその悪魔の力に触れやすいのが実際に悪魔と接触した人達だ。彼らは直接悪魔と接触していた分、悪魔の力に慣れているし影響下に陥りやすい。特に使役していた悪魔の残骸エネルギーを感じ取って、それに順応したんだろう」
「でも悪魔のエネルギーと人間のエネルギーは混ぜたらいけないって言ってたじゃんか」
「それはあくまで天使の管轄下。純粋な悪魔にも天使にも触れていない人間たちだ。実際悪魔と契約し一度契約石でエネルギーを共有すれば、その時点で彼らは純粋な人間ではなくなる。元契約悪魔の影響を受けやすいよ。耐性ができているんだから」
そんな……じゃあ過去に悪魔と契約すれば、今契約していない人でも悪魔の力に目覚めてしまう可能性があるってことだ。
それは余りにも危険すぎるじゃないか!そんな力を悪用する奴が出てきたらっ……
「光太郎が俺の能力に目覚める事も澪ちゃんがアスモデウスやヴアルの能力に目覚める可能性だってある。マジでヤバいとこに来てるって事」
淡々とシトリーは告げたけど、光太郎は不安げだ。澪だってヴアルやましてアスモデウスの力に目覚めれば危険な訳だし。
でも上野や桜井は悪魔と契約なんかしてないし接触する機会だってなかったはずだ。やっぱりこの二人はたまたまだったのかな。セーレの説明を聞いたら、悪魔の力に目覚めるのはあくまでも契約者のような実際に接触した人達がメインで、上野や桜井は関係なさそうに感じるけど。
「クラスメイトの件は?上野と桜井って奴らが悪夢にうなされてるって話を聞いたんだ。二人は悪魔と関係なんかなかったよ」
「果たしてそう言えるでしょうか?」
「パイモン?」
「光太郎にその話を聞き調べさせていただきましたが、その二人は主が悪魔ロノヴェと対峙した際に現場に居合わせていますね。その際にロノヴェの力を使い二人の記憶を管理したとストラスから聞きました」
そう言えばそうだ。
一年前、桜井の幼馴染が悪魔と契約してて、幼馴染の態度に不審に思った桜井が俺と上野に相談して三人で会いに行ったんだ。その際に悪魔ロノヴェと遭遇して桜井と上野も実際に悪魔を見た。
でも記憶はロノヴェの力で夢だって形で終わらせてもらったし、そんなわけ……まさか。
「記憶を消す際に……?」
「はい、その際に二人はロノヴェの魔力に触れていますね。彼らもかなりの確率で悪魔の影響下に陥ると思います。ロノヴェの記憶操作が効いている以上、彼らは事実いまだにロノヴェの魔力に触れ続けていると言う訳ですから」
「じゃあその魔法を消せばっ……」
俺の言葉にパイモンは首を横に振った。
「ロノヴェの魔力を消去すれば、彼らの記憶管理は解放されます。夢だと思っていた事実を現実だと受け入れるでしょう」
「あ、のさ……他にも悪魔の影響受けた契約してない人っているだろ?その人たちも影響出るのか?」
「そうですね、触れた量や期間が長ければ契約していなくとも悪魔の能力を発症することはありえます。ですが契約者以外の人間が覚醒するためには長期間悪魔に接触する必要があります。基本的に今はまだないでしょう。覚醒しても接触した悪魔の魔力内の可能性が高いので、悪魔の能力を弱体化した力しか使えないでしょうね。その二人は現実を夢と言う形で自己完結させることによって記憶操作を行った。その事から彼らは今もロノヴェの魔力で夢に関しての影響を受けている。それは金田も同じことが言えますが、彼の方が直接契約していたので影響力も能力も強いはずです」
上野達の悪夢は金田さんたちと同じように悪魔の影響下に陥ったからなんだ。でもそれを助けたくてもロノヴェの記憶をなくすわけにはいかない。二人が俺とストラス、悪魔の事に気づいてしまうから。
そしたら普通に学校にも行けないし生活も出来ない。どうしたらいいんだよ!
「その契約者とか上野達は助けられないのか!?」
「残念ですが無理ですね。更に悪魔の影響は人間界で強くなっていくでしょう。悪魔の影響力を全て無に返せたとしても一度身に染みてしまった能力が絶対に消えるとは断言できません」
パイモン達でもどうしようもないなんて……これからこんな人達が他にも出てくるのかもしれないっていうのかっていうの?光太郎も完全に怯えてしまっている。
外はいつの間にか暗くなっており、解決法もないまま自宅に帰る時間になってしまい、後ろ髪を引かれる思いで光太郎と別れて岐路に着く。その間にストラスと会話は無かった。俺が怯えているのをストラスはちゃんと気づいてるんだ。
「あれ……直哉?」
家の玄関の前で直哉が行ったり来たりして立っていた。何でこんな時間に。もう十九時前なのに……また母さんに怒られて癇癪起こして家を出て謝るタイミング探してるのかな?
さっきまでの暗い顔を直哉に見せる訳にはいかず、頬を叩いて気持ちを切り替える。
「直哉」
「兄ちゃん!」
比較的明るい声で声をかけたけど、直哉は涙目になって俺に飛びついてきた。それを抱きとめて顔を覗き込めば直哉は明らかに怯えていた。そんなに母さんにこっぴどく怒られたのかな?仕方ないなぁ……俺も一緒に謝ってあげようかな。
そう思って、声をかけようとしたら直哉が腕を出してきた。腕には大きめの絆創膏が貼られている。
「こけたのか?痛そうだな……」
「こけたよ。今日こけたよ。でもこれ……」
直哉が絆創膏をはがそうとしたのを玄関の前の電気の下に連れて行った。あの場所じゃ暗くてよく見えないから。そんなに酷い怪我をしたのなら自分が消毒をしてあげなければいけないと思ってたけど、直哉の腕には傷一つ無かった。
こいつまさかからかったのか?
「何もなってないじゃん」
「違う、違う。本当に怪我したんだ。ママに絆創膏貼ってもらってジクジクして怪我が早く治ればいいなって思ったんだ。セーレみたいに治せればいいのにって思って、怪我した場所に治れ治れって手をかざしたら……」
「治ったのか?」
直哉は泣きそうな顔で頷く。
いつもだったらそんなデタラメ言うな!って軽く受け流すつもりだったけど、さすがにさっき話したストラス達との会話を忘れる訳がない。俺は携帯を取り出して一つのサイトを開いた。そのサイトは宝石が載っているサイトだ。その一つを適当にクリックして画面を直哉に見せると、直哉は首をかしげた。
「これ、何の宝石か分かる?名前言える?」
「俺宝石なんて……あれ?タンザナイト……?何で知ってるんだろ。俺、本当に宝石とか何も知らないのに。ダイヤくらいしか知らないんだよ。タンザナイトとか聞いた事もないのに、どうして分かるんだろう」
やっぱり……いつからかは分からないが、直哉は悪魔の能力に目覚めている。
俺が地獄に連れて行かれている間、直哉はストラス、セーレ、パイモンと契約していた。怪我が治ったのはセーレの白魔法、宝石の名前が分かったのも宝石学を契約者に授けるって言うストラスの能力だ。パイモンの発言力の強さは流石に確認しようがない。直哉と議論をする気はないから。でも二人の能力に目覚めたんなら、パイモンの物も目覚めているか、目覚めていないにしても近くに目覚めるだろう。
どうして直哉が……どうしてこいつがこんな目に!
直哉の肩を掴んで、落ち着いて聞いてほしいって伝える。実際に落ち着かなければいけないのは自分なのに。
「直哉、お前はストラスとセーレの力を使う事ができるんだ。白魔法はセーレと同じレベルが使えるとは思えない。でも擦り傷ぐらいをこれからは治す力があると思う」
「ど、どうして俺が……怖いよ、俺もう人間じゃないの?」
その言葉が胸に突き刺さった。そうだ、こんな力を手に入れて怖くないはずがない。母さんにも父さんにも相談できずにいた直哉はこの寒空の下で俺が帰ってくるのをずっと玄関で待ってたんだ。直哉は今日一日不安だったに違いない。
「いい?その力は必要な時以外使っちゃ駄目だよ。白魔法を他人に使うなんて絶対に駄目だ。分かるよな?」
「うん、分かる」
優しい口調で怖がらせないように言えば、直哉は泣きそうな顔で頷いた。
直哉にも能力が出たんだ。澪や光太郎にも能力が出てくる日は近いのかもしれない。
漠然とした目標だった。最後の審判が近いと言われて怖いと思ったけど、実際に起こるなんてことはまだまだ先だって思ってた。少なくとも自分が高校生の間は周りに大きな変化なんてないと思ってた。
でもそれは確実に起こった。最後の審判が確実に近付いている。
漠然とした恐怖が目に見えてきた気がして直哉を励まさなければいけないのに、こっちが泣きそうになった。自分は乗り越えられるんだろうか、こんな現実離れしすぎた日常が世界に溢れようとしていることに。
直哉を先に家に入れて玄関に座り込んでしまった。
「どうしようストラス……きっとパイモンの能力にも目覚めてる」
『私達だけの能力ならば隠し通すことはできる。日常生活に支障はありません。問題は直哉がラウムの能力に目覚めていたら、こちらとしても直哉に入念な説明が必要になってきます」
頭が真っ白になった。
そうだ、直哉は悪魔ラウムに利用されて契約をしたことがあった。ラウムの能力はプライドの崩壊。嫌った相手を陥れる能力……その力は軽い気持ちで発動することができたはずだ。
ラウムの能力に目覚めてしまったら、軽い気持ちで嫌った相手を不幸のどん底に落としてしまう。現に直哉が苦手だと思っていた小学校教諭の和田はラウムに軽い気持ちで放った不満が引き金になって自殺まで追い込まれた。
あいつの能力は絵里子さんと同じ。日常生活に支障をきたす。誰一人、嫌うことができなくなってしまうんだから。
「どうしようストラス……」
『あの様子では接触した期間が長い私たちの能力が先に出たのでしょうね。しばらく様子を見てみましょう。私も注意深く観察しておきます』
事実上、解決策はない。
最後の審判を防がなければ事態は悪化していく。急がないと……直哉を助けないと。
― 世界は知ることになるだろう。悪魔と天使をその目でとらえた瞬間に。
― 自らの弱さと全ての種の終わりを。