第31話 君の夢見た、夢を見た。
マーロウside -
ローラに最低な言葉を投げかけて、家に戻ってむしゃくしゃしてベッドに潜り込み固く目を瞑っても、脳裏に思い出されるのは泣いているローラの姿だけ。
こんな事になるはずは無かったのに……どうして俺はこんなことになる前に、彼女の手を離さなかったんだろうか。
31 君の夢見た、夢を見た。
「Marlowe!(マーロウ!)」
そう言ってローラが走りよってくる、手には沢山の花を持って。妖精の姿は確認できないが、そんな事はどうでも良かった。ローラの指には俺が買ったダイヤの指輪が嵌められており、薬指で眩しく輝いている。
そしてそんなローラを抱きしめて、口を開いた瞬間に目が覚めた。
ベッドから起き上がって頭を抱える。本当にどうかしてる……これじゃ俺の方がローラに依存しているみたいな感じじゃないか。こんなはずじゃ……こんなはずじゃ!
***
拓也side ―
「ローラさん元気かな」
土曜日、再びカナダに着いて息を吐くと、真っ白な気体に変化して消えていく。土曜日の今日は人も多く平日の比ではない。着いてすぐに花屋にまっすぐ向かう。ローラさんは元気だといいんだけど……
ストラスとヴォラク、パイモンの四人で花屋に向かう。光太郎とセーレ、シトリーは花屋の近くで待機だ。男がゾロゾロと花屋に行っても怪しまれるだけかもしれないからという理由らしい。
花屋は営業をしていたけど、店番はローラさんではなく多分両親だろう、五十代ぐらいの夫婦が二人で花の手入れをしており、パイモンが問いかけた。
「We are a friend of Laura, Laura What is your home?(ローラさんの友人なのですが、ローラさんは御在宅ですか?)」
パイモンの問いかけにあからさまに肩が跳ね動揺の色を見せた。まさか何かあったのか……?
こっちも釣られて不安な気持ちになってしまう。でも両親はローラさんは家にいないと頑なに言って、それ以上は何も教えてくれなかった。でもどこに行ったのか聞いても、それすらも教えてくれない。本当にどこに行ったんだろう。
どうしようかと思った時に物が割れる音と共に、女性の金切り声が聞こえた。ローラさんの両親が慌てて店を放置して、奥に引っ込んでしまう。まさかローラさん?
「拓也、行ってみようよ」
「あ、そうだな……」
パイモンが先に進み、ヴォラクが俺の腕を引いて両親の後を付いて行くと、その先には驚きの光景が広がっていた。二階に上がった先には、ローラさんが暴れており、男性とローラさんにそっくりの女性がローラさんを力づくで抑えているのだ。
一体何が起こってるんだ!?
ローラさんは狂った様に大声で泣きながら暴れ、部屋の中のものが壊されてグシャグシャの状態だ。そんな娘の様子に両親は泣きながら、その場に崩れ落ちてしまった。
「ローラ、さん……?」
恐る恐る声を掛ければ、男性と女性、そしてローラさんの視線がこちらに向く。
俺に気づいたローラさんは狂った様に大声を出す。
「(なんで?なんで貴方は平気でいられるの?私と一緒なのに、不幸になるのは私だけ!どうしてよ!どうしたらよかったのよ!!)」
「なんのこと……」
「(どうして私の前に現れたのよ!妖精なんかいなかったら、私は、こんな目に遭わなかったのに!!何が見えたら幸せになれるよ!全然幸せになんてなれないじゃない!!)」
この言葉からローラさんとマーロウさんの間に何かがあったと言うのが確認できた。パイモンとヴォラクが顔を青ざめて、その光景を見ている。
「まさか俺達の言葉が引き金になったのか?」
「分かんない。でも良くないことは確実みたい」
そのまま床に崩れ落ちて泣き続けるローラさんに伸ばした手は寸でのところで止められた。
「Sorry, I can not believe anyone ... please go out.(ごめんな、今は誰も信じられない……出て行ってくれないか)」
「でも俺、ローラさんとは友人で……」
その言葉をパイモンが英語で訳してくれたけど、それでも青年は首を横に振った。
「(誰も信用できないんだ。少なくとも今、ローラに関係する人間は……)」
「そんな……ローラさん!幸せだって言ってたじゃないか、すごく素敵な恋人がいるって!どうしてっ!?」
その言葉は遮られて、店の外に力づくで追い出された。店も閉められてしまい、中に入る事もできない。どうしよう、あんな状態になってしまったら……悪魔に何かされてしまったんだろうか。
仕方なく光太郎たちが待機している場所に戻ると、あまりにも早く戻って来た事に三人は顔をしかめた。
「早かったな」
「入れなかったんだよ。なんかローラさんが発狂してて……それどころじゃないって感じで」
「とりあえずマーロウに連絡を入れてみましょう。シトリー、頼むぞ」
「おう」
シトリーがポケットから携帯を取り出して、慣れた手つきでメッセージを打つ。どうやらシトリーの力で操った人間に連絡してマーロウを呼び出そうとしているらしい。
急がなきゃ、なんだか嫌な予感がする。あんな状態のローラさんを放っておけない。
しかしシトリーは返信の内容を見て首を横に振った。
「連絡取れねえらしい。電源が入ってないんだと……とりあえず家にまで行ってもらうようにはしてみたけど」
『急がなければ不味い事になりそうです』
ストラスまでがそれを言ったら焦りが益々大きくなる。もう悪魔どころじゃない、何とかしてローラさんを助け出さないと……その時、何かの違和感が体中を襲った。良く分からなくて、気持ち悪くてむず痒い。ソワソワしている俺にセーレが視線を向けた。
「どうかした?」
「いや、なんかソワソワして……」
「……あれっ!」
セーレが指差した先にはローラさんの一家が経営する花屋。でも特に変わった部分は無い、お店を閉めているって事ぐらいしか。首を傾げる俺と光太郎を尻目にパイモンたちの表情が強張った。
「結界が張られている……くそっ!プルソンが動いたか!」
「嘘!?」
今の状態のローラさんにプルソンが攻撃を仕掛けたのか!?あそこにはローラさんの家族もいる。まずい、このままだとローラさんの一家全員が悪魔の手に落ちてしまう。シトリーと光太郎はマーロウの連絡を待つ為に待機してもらって、俺とストラス、パイモン、セーレ、ヴォラクで花屋に向かって走る。でも店はシャッターで閉められており、中には入れない。だからと言ってシャッターを壊すわけにもいかない。
どうしようかと思った矢先にシャッターが自動で開いた。
「うわっ!な、なに?」
「ふん、歓迎しているようですね。目障りな」
パイモンが中に入っていき、その後を追いかけると、まず目の前にはローラさんの両親が倒れていた。パイモンが急に止まったから背中にぶつかって一瞬よろけてしまい、パイモンが少しイラついた表情で振り返った。ご、ごめんなさい……
そんな事よりローラさんの家族は大丈夫なのか!?
「平気そうなのか?」
『気を失っているだけですね』
ストラスの言葉に安堵の息が漏れたが、まだ安心できない。ローラさんを抑えていた二人とローラさんを見つけてないんだ。
パイモン達と先に走れば、今度はローラさんを抑えていた男性と女性の二人が倒れていた。この二人も気を失っているだけで、命に別状は無いらしい。じゃあ後はローラさんだけだ!
ローラさんの部屋を開けたのはいいけど、そこには更に別の結界が張られており、部屋の中に入れない。その先にはローラさんと、ヴォラクほどの身長の幼い顔の少年がいた。緑色の服で全身を覆い、背中には透明な羽が生えている。まさかこいつが……
「おいプルソン!結界解けよ!」
やっぱりこいつがそうだ!
ヴォラクが結界をガスガス蹴ったり、パイモンが剣で結界を斬りつけてもビクともしない。でもこんな室内で竜巻とかの魔法を使う訳にもいかず、俺は何もできずローラさんの名前を呼びかけるだけだった。でもいくら呼びかけてもローラさんはこっちを振り向かない。声が聞こえてないのか!?
俺達に気づいたプルソンは意地の悪い笑みを浮かべた。
『(なぁローラ、全部無くしちゃったね。妖精は本当は存在してるのにね。穢れた人間には見えないって言うのは本当だろ?マーロウほど最低な人間は中々いないぜ)』
「(……うるさい)」
『(可哀想なローラ、なあ……マーロウとずっと一緒にいれるようにしてやろうか)』
「(え?)」
ローラさんが顔をあげる。その視線は真っすぐプルソンに向かっており、本当にこっちに意識を全く向けず、プルソンの言葉だけにしか反応しない。でもプルソンの発言にストラスが声を張りあげた。
『止めるのですプルソン!ローラを殺すな!』
殺す……?まさかローラさんとマーロウを殺して、あの世で幸せになれって事なのか!?そんなの阻止しなきゃいけない。
パイモンとヴォラクがいくら結界を攻撃しても、結界はビクともしない。じゃあやっぱこの力を!
「パイモン、ヴォラクどいてくれ!サタナエルの力を使う!あいつの力があれば結界ぐらいっ」
『しかしっ……』
「時間が無いよ!」
そういえばパイモンとヴォラクが道を譲ったため、サタナエルの炎を扱う体勢を取る。
でもそれに反応したプルソンが表情を歪め、ローラさんに体を向ける。不味い、急げ!!
サタナエルの炎に出ろと何度も命令するも、ローラさんが気になってしまって集中できないせいで中々手に白い光のような炎は灯ってくれない。何してんだよ、早く出ろよ!じゃなきゃローラさんが!
『(ローラ、俺の手を掴めよ。そうしたらマーロウとずっと一緒にいられるようにしてやる)』
「Really?(本当に?)」
『(ああ、二十四時間いつだって一緒だ。ずぅっと一緒だ)』
ローラさんの手がプルソンに伸びる。まずいまずいまずい!
その瞬間、手に白い光のような炎を現れた。これで、助けられる!
そう思い、炎をまっすぐ結界に向けて火炎放射のように放出すると同時にプルソンの声が聞こえた。煙が室内を包み、徐々にクリアになった視界の先に結界はない。これで中に入れる!
でもそこにいたのはローラさんではなく、プルソンの姿しかなかった。まさか……
『五秒おそぉい』
全身の力が抜けて寒いはずだったのに、どっと汗が大量に流れ出た。足の力がなくなり、立ってもいられなくて、その場に座り込んでしまった。救えなかったのか?ローラさんはどこに行ったんだ?
『貴方は彼女の元素をバラバラに破壊しましたね……』
『ずっと一緒に居たいって言うから叶えてやったんだよ。空気になったローラは一生マーロウの隣で生きていける、俺にはローラの嫉妬と絶望と怒りで濁った魂が手に入る。お互いの利益が合点したんだよ』
「ふ、ざけるな……」
『だから言ったじゃねえか。関わるなって。忠告を聞かないてめえが馬鹿なだけだったんだよ』
プルソンの言葉に怒りしか湧かない。こいつをこの場でぶち殺せたら!そう思っているのにプルソンの体が少しずつ透けだした。
ヴォラクが剣を抜いてプルソンを瞬時に斬りつけたが、それも意味なくプルソンは完全にその場から消えてしまった。
「逃げられた……」
『最悪だな』
セーレが呆然としながら言葉を発し、パイモンも剣を鞘に戻した。
ショックで未だに立つ事すらもできない俺をセーレが担ぎ上げる。恥ずかしいとか、そんな事を言える気力も無かった。足が縫い付けられたように動かず、口がチャックをされたように動かない。
「早く逃げよう、プルソンがいなくなった今、ローラの家族も目を覚ます。この状態は不味い」
『そうだな』
ローラさんの家族が目を覚まさない間に皆で逃げた。幸い花屋の前に人はおらず、光太郎達がいるだけだった。光太郎達は何があったのかと目を丸くしたが、セーレがマンションに戻ってから伝えるとだけ言えば、その場は何も聞かず、すぐにマンションに戻った。
その間にマーロウからの連絡は来なかった。
***
マーロウside -
何もかもが信じられなかった。携帯が鳴るとうるさいからマナーにしていたが、眠りから覚めた時に目に入ったのは友人からの数件の着信とメッセージ。何かあったのかと思い連絡を返したら、友人は俺に連絡をしたことすらも記憶に無かった。酔っていたのかと聞けば、電話を掛けた時間帯に酒は飲んでいなかったと返され、もう訳が分からなかった。
次の日に知ったのはローラが行方不明になったと言う話しだった。背筋が凍った、確実にその原因の発端になったのは自分だろう。会社での自分の立場が危ういと言う考えが一番に脳裏に過ぎり、本当に自分はどれだけ最低な人間なのかと確認した。
だが俺の心配など杞憂で、会社では皆が同情してくれた。こんな女性と付き合っていて、優しい君の名誉が傷ついたのが残念だが、自分たちは彼女がどれだけ変人かを知っている。彼女の事は気にするな、そう言われた。
他人に言われるとどうしようもない怒りが全身を駆け巡ったが、それを上司に向ける訳にはいかず、笑えていたかは自信が無いが、礼を言って頭を下げた。
ローラの家族は俺を家にあげてはくれなかった。多分ローラが全てを話したんだろう、俺が名誉の為にローラを利用していたと言う事を。しかし世間は残酷だ。
変わり者で有名だった彼女を献身的に支え愛していた彼氏の悲劇と言うニュースで取り扱い、俺は悲劇のヒーロー扱い。ローラの家族に待っていたのはバッシング。そのせいでローラの花屋は客足がぱったりと止んだ。恐らくその内、潰れるだろう。
妹のローズも大学でいじめを受けているようで、ウィリスも同僚から白い目で見られるようになったと聞く。
そんなウィリスから話がしたいと言う連絡を受けたのは一週間後、言われる事は分かっていたが逃げる訳にもいかず、二つ返事で許可をし、空いた時間にローラの家に向かう事にした。ローラの両親は俺を見たくないから、家を空けているという。嫌われてしまったものだ……それも当然か。
通されたのは決して広いとは言えないリビング。しかし家族写真などが置かれ、暖かい空間を演出している場所だった。腰掛けてくれと言われて椅子に座る。少し離れた場所からはローズがその光景を眺めていた。
「(今更君を訴えようとは考えていない。妹の行方不明に君は直接関与はしていないからね。だが俺達も君に言わなければ気が済まない事があるんだよ)」
「(なんなりと聞きます。それで怒りが収まるのなら)」
ウィリスが両手をぐっと握ったのが分かった。だがウィリスは暴力的な男ではない、恐らくそんな事は絶対にしないだろう。平静を装いつつも、声は振るえ、全身が怒りで震えている。それを思った以上に冷静に判断している自分がそこにいた。
「(話は勿論ローラの事だ。君も知っている通り、まだ見つかっていない)」
「(はい……)」
「(妹は発狂して行方不明になる前に、君に裏切られたと泣き叫んでいた。大好きだった妖精のグッズも全て自ら破壊し、何もかもをグシャグシャに壊していたほどに)」
ローラが宝物にしていた妖精のグッズを破壊した?知らされていなかった事実に目が丸くなった。それを目の前のウィリスは、できるだけ感情を抑えた瞳で見ている。
ウィリスが言うには部屋の中をグシャグシャに破壊して暴れ周り、金切り声のような悲鳴をあげて泣き叫び、押さえつけるのもやっとだったらしい。そして落ち着いたと思って目を放した隙にローラは消え、戻ってこないと言うのだ。
それを目の前で体験した本人の口から聞かされれば冷や汗と共に、胸にどうしようもない程の痛みが発生した。ジクジクした痛みと、うるさいぐらいに高鳴る鼓動、息をするのも少し苦しい。
そんな俺にウィリスは声の抑揚を抑えながらも、核心を突いた。
「(ローラはそれだけお前の事を愛していたでもお前の愛情って言うのは、俺の大事な妹を発狂するまで苦しめて、行方不明にさせる事なんだな。俺には到底真似できない)」
「(そ、そんな訳がないだろう!)」
声を荒げて否定をしたが、事実は恐らくウィリスの言うとおりだ。俺は彼女を発狂するまで言葉で追い詰めた。そして彼女は自ら姿を消し、行方不明になった。
だが否定した事で、なんとか張りつけた笑みを浮かべていたウィリスの表情が一瞬で変わる。その目は殺意に満ちていた。ウィリスは自分の事を殺したいぐらいに憎んでいる、分かりきっていたはずなのに、目の当たりにすると足がすくんだ。
「(お前はローラの事など愛していなかった。名声が欲しかったんだろう?優しくて思慮深い男だって。モテるのに見た目に惑わされない芯の強い男だって。そう言われたいが為に俺の妹を利用したんだろ?それでも、ここまで傷つけられるほどのことをローラがお前にしたのか?仮にお前がローラを利用していたとしても、最後の別れで失踪するほど痛めつける必要があったのか?)」
「(ち、がう……違う!)」
「What's the difference!?(何が違う!?)」
机を殴って立ち上がったウィリスの目に思わず「ひっ」と言う小さくて情けない悲鳴が出た。ウィリスは怯えを含んでいる俺に軽蔑と侮辱の眼差しを向けた。
何とか、何とかこの場から逃れなくては!
そう思い、口から出た言葉は自分でも理解ができない物だった。
「(ローラが、ローラがいけないんだ!俺はこれだけ彼女を支えていたのに、彼女は妖精の事を話すばかり!俺は彼女に振り回されていたんだ!だけど俺は彼女をずっと見捨てずに今まで付き合っていた!でも彼女は俺じゃない、妖精を見ていたんだ!)」
「(じゃあローラが、君の事を愛していなかったのか?)」
その瞬間、全身の血液が凍った。何も言い返す事ができなかった、支離滅裂で最低な責任逃れをしていると今更ながらに分かったから。そうだ、俺が彼女を愛していなかった、俺が彼女を利用していた。全てを引き起こした引き金になったのは自分自身……それを今日確認させられた。
彼女はいつだって、俺を優先してくれて俺を愛してくれた。服の好みだって好きな食べ物だって記念日のプレゼントだって。
これで愛されてないなど、誰が言えただろう……
項垂れて何も言えない状況が数分続いた後、ローズがこっちに近づいてきた。
その青い目が細められて、こちらを睨みつけている。
「Rose ...(ローズ……)」
「Because of you, all broken.(あんたのせいで、全部がめちゃくちゃよ)I wish you the dies.(あんたが消えれば良かったのに)」
ローラにそっくりのローズの言葉はまるでローラから放たれた物のように感じ、胸を抉った。全て自分が悪かった。ただ彼女に妖精の存在を忘れてほしかった、もう少し言動がまともになったら自分の理想の家庭を彼女と作れると信じていた。
だが自分の理想を押し付け、それに反発したローラを口汚く罵ったんだ。その結果、ローラは心を病み、どこかに姿を消してしまった。
今までの女は確かにそうだった。性格にしろ、顔にしろ、難有りの女と付き合っていたら自分の評価が上がるのを分かってて付き合っていた。
ローラも最初はそのつもりだった。でも自分の夢を嬉しそうに語るローラに次第に惹かれるようになった。不思議ちゃんとは思ったけれど、こんな風に大人になっても夢見ることを忘れないローラはすごいと思った。
自分は就職に将来に生活に、無難で平均的な幸せを掴もうと躍起になって、やりたい事なんてなかったから。周りの声など気にせず、笑ってられるローラは強い女性であり、憧れる女性でもあった。
それなのに、なぜこうなった。
「Did I love ...(あ、いしてたんだ……)」
耐えられなくなった涙がズボンに落ち、染みを作る。
俺は……ローラと平凡な家庭を作りたかった。時々喧嘩もするけれど、最終的には仲直りして、ずっと年を重ねてもお互いを愛し合う夫婦になりたかった、なりたかったんだ。それを夢見ていた。
ローラに渡す為に用意したダイヤモンドの指輪がポケットの中で泣いている様に感じた。もうこれをはめてくれる愛しい人はいなくなってしまったから。
その光景をウィリスとローズは表情を変えず見下ろしている。
「(ローラを……愛してたんだよ……)」
「(今更何?懺悔のつもり?あんたはその愛している人の全てを壊した殺人鬼よ。悲劇のヒーローぶらないで。本当に……この場で殺してやりたい)」
「(俺達は君を一生許さない。何があってもだ)」
二人が俺を許す日は来ない。
発狂したローラがどこに行ったのかは分からない。警察がいくら捜しても、目撃情報一つ出てこない。財布も持っていかず、服も着の身着のままの状態で、ここまで探して見つからないと言うのは、もうローラは見つからない可能性が高いと言う宣告を受けた。
未だに現実を受け止めることができない。この目で見たローラの最後の姿は目に涙を一杯溜めて走り去っていく姿だった。そして最後にローラと笑ったのは、ローラと別れてむしゃくしゃしてベッドに横になって眠ってしまった時に見た、婚約指輪をはめて、花のブーケを持って、嬉しそうに笑っているローラの姿だった。
これが夢だったら良かったのに……夢の中で見た君が嬉しそうに笑っている光景こそ、現実だったら良かったのに。
― 君の夢を見た。現実があまりにも悲しくて辛いから幸せな夢を、見ていたんだ。