第30話 全部壊れちゃった。
マーロウside -
ローラの生死に関わる、やはりローラは何かの病気なんじゃないのか?妖精というのは幻覚で本当は脳に何かしらの異常があって、だからローラは妖精なんて変なことを言いだしたのか。
しかしローラの妖精の発言は大学からあったし、ファンタジー好きなのは幼い頃かららしい。大学の健康診断等に異常は今まで見られなかった。今日出会った奴らが言うとおり、救急車なんて意味が無いんだろう。
「Still only hear the person ...(やっぱり本人に聞くしかないよな……)」
30 全部壊れちゃった。
どうすべきか分からないまま、花屋に向かうも店の中には入れないまま……あんなことを言われてしまえばローラに問いただしたいが、強く言えばまた喧嘩になってしまう。しかし諭すように言ってもローラの態度は変わらないだろう。
店の前でウロウロしていれば不審者になりかねないが、なんて言えばいいかも分からない。
そのまま突っ立っていれば肩を軽く叩かれた。
「Hello Marlowe. (マーロウじゃないか)」
「Willis.(ウィリス)」
肩を叩いて来たのはローラの兄のウィリスだった。
サラリーマンとして働く彼は既に家庭を持っており、実家の花屋には頻繁には帰らないのだが、今日は久しぶりに実家に帰ったところなんだろう。ローラと似た人の良さそうな笑みを浮かべているウィリスにローラの様な変な虚言癖はない。
ウィリスはローラの事が不思議じゃないのか?ウィリス程の常識人ならローラがどれだけ変わっているかなんて分かるはずだろうに。しかしウィリスは笑っていた表情をスッと変えて、そのまま腕を引っ張って花屋から離れていく。
「Willis?(ウィリス?)」
「I sometimes want to consult. I also go to the cafe?(相談したい事があるんだ。カフェにでも行かないか?)」
それが何を意味しているのかは何となく分かった。
ウィリスに連れて行かれたのはお洒落なカフェだった。ウィリスの行きつけの場所らしく、店員に軽く手を上げて隅っこの席に歩いていったため、その後を付いていき椅子に腰掛け、店員にコーヒーをオーダーして鞄を隣の椅子に置いた。
暫くは他愛の無い話をしていたが、店員がコーヒーを持ってきて、遠くに歩いていくのを確認したウィリスが少し身を乗り出すかのように小声で話しかけてきた。
「(最近ローラが落ち込んでいると聞いてね。俺も久々に家に帰ってきたんだ)」
「Laura?(ローラが?)」
「(ああ、理由は教えてくれないんだが……ローズが言うには君と喧嘩しているのが一番の原因じゃないのかって言っていてね)」
ローズというのはローラの妹で美容師の専門学校に通う女子学生だ。ローラと見た目は瓜二つで可愛らしいが、おっとりのローラを見て育ったのか、しっかり者でハッキリとした口調で話す少女だ。
ローズは実家通いだから、俺とローラの喧嘩を聞いていたのかもしれない。それならばローラの両親も知っていて不思議ではない。不味いな……
ウィリスは苦笑いをしてコーヒーを一口飲んだ。その後に続く言葉が少し怖かった。
「(まぁローラが扱いにくいのは分かるよ、それは俺もローズも思っている事だ。妖精なんて居もしない物を信じているし、その発言が段々酷くなっていってるって言うじゃないか。俺達も一度病院に無理やり連れて行ったことがあるんだが、幻覚や幻聴、せん妄の類ではなく空想じゃないかと医師から言われてお手上げなんだ。だから君みたいな素敵な男性がローラと交際してくれている事にはとても感謝している)」
「Laura is a lovely woman.(ローラは素敵な女性ですよ)」
その言葉にウィリスは嬉しそうに笑った。ローラのことを心配して可愛がっているのを知っているからこそ、彼女を守ってくれる男性がいると言う事実が嬉しいみたいだ。
「(ああ、本当にとても優しくていい子なんだ。俺もそう思ってる。だが誤解を招きやすい子でもある。もう彼女もいい年だ、そろそろ落ち着いてもいい頃かと思ってね)」
ウィリスが何を言いたいのかは分かった。俺も入社して五年目、そろそろ時期だとも思っている。そういう話をローラにすべきなのは分かっている。
「The better you even if you would have got to marry the Laura?(君さえ良ければ、ローラを嫁に貰ってくれないか?)」
ハッキリと言われたら心臓がはねる。ローラと夫婦になる……実感は未だに湧かないが、彼女と付き合ってもう5年以上経つ。それほど長い事、一人の女性と交際していたら誰だって思う事は同じだろう。時期が来てしまったんだ。嫌ではない、ただ少し不安なだけ。
彼女の妙なファンタジー癖さえ無くなれば、いつだってプロポーズの準備はする。だが今の状況で結婚なんてきついんだよ。
それなのに……
「... Have bought.(……買ってしまった)」
「The price of a fine.(結構な値段したな)」
隣の友人がハハハと面白そうに笑っている。
結局昨日はウィリスと会話をした後、ローラに会うことなく家に帰ってしまった。そして今日金曜日、仕事帰りに友人と宝石店に向かい、ダイヤモンドの指輪を買ってしまった。そう、婚約指輪だ。既に結婚をしている友人に指輪のことを相談して一緒について来てもらうことにした。
ローラの指のサイズは知っていたから、サイズに関しては困らなかったが、趣味が分からない。なので店員にお勧めの物、友人のアドバイスを聞いて、この指輪に決めた。
大事に鞄の中に入れて、今日はローラに会いに行くことはできなかった。指輪を選ぶの自体に二時間程かかったし、友人とそのまま飯を食いに行こうと言う話になったからだ。ローラとは明日に一緒に出かけようという話しになっているから、その時にしようか。
婚約すればローラも少しは落ち着いてくれるはずだ。子供ができたら関心がそちらに移り治るかもしれないし、ずっと側に居ればローラに何かあったら助けることもできる。
俺の決意は本当に固まっていた。
「Laura.(ローラ)」
土曜日、今日の花屋はローラの父親と母親がやってくれるらしい。でも俺が迎えに行くまではローラは花屋を手伝っていたらしく、綺麗に着飾った服も裾の部分に少しだけ土が付いていた。ローラがこっちに気が付いてチョコチョコと走ってきたから、ローラの服の裾をハンカチで拭いてやった。
「Marked with mud.(土ついてるぞ)」
「sorry...(あ、ごめん……)」
ローラは恥ずかしそうに笑い、そして鞄を手に取った。その後ろにはローラの両親がいて、こちらに頭を下げたため、俺も頭を下げ、ローラの手を引いて店を出た。
ローラと軽い雑談をしながらメインストリートの店を巡っていく。その間に思っていた事は、プロポーズの事、そして木曜日に俺にローラが危険だといってきた奴らの真意を確認するべく、ローラに相談する事だった。
ローラはニコニコ嬉しそうに笑いながら、アクセサリーを買って喜んでいた。それに似合うね、と言葉を続けて共に喫茶店に入る。さあ、ここからが本番なんだ。
喫茶店でコーヒーと軽い昼食を取る為のランチを注文して、それを食べながら会話をする。
「Laura, I have to say something to you.(ローラ、君に言わなければならない事があるんだ)」
「What?(なぁに?)」
ローラが顔をあげる。その目はこれから言われることなど微塵も分からない、純粋な疑問の目だった。
言え!自分自身にそう言い聞かせ、一度息を吸った後に言葉を吐き出した。
「Recently Fairy How are you?(最近妖精さんはどうなんだ?)」
いきなりの問いかけにローラは首をかしげたが、サンドイッチを一口食べて、何を言うか考えた後にサンドイッチを飲み込んで、少しだけ気まずそうに言葉を発した。
「He is still at home. What's up?(今も家にいるわ。どうしたの?)」
「Parents that he is still at home did you know?(いや、今も家にいるって事はご両親は?)」
「(私以外には見えないみたい。どうしてなのかは聞いても妖精さんは教えてくれない。で、でも、私変な薬とかしてないし、お医者様も証明してくれたし、本当に分からないの)」
やっぱりローラは少し幻覚でも見えているんじゃないのか?しかし変に気分が高揚していない所や、被害妄想に陥る幻覚を見ていない辺りはドラッグをやっているとは言い難い。疲れているのかとも言いたいが、ローラは昔からそうだった。
それがここ数カ月で一気に酷くなったのだ。昔までは妖精がいるといいなとは言っていたが、それを否定すれば、いつか見れたらいいなと言うだけだった。比較的まともな返事が返ってきていたのに……
「(何度も言うけど、妖精なんかいないよ)」
「(マーロウは見えてないからそう思うけど、本当にいるの。だってお話しだってできるし……)」
これの一点張りだ。なんでこんなに強情になってしまったのかは分からない。何を根拠に……妖精が言うには心が穢れている人間には自分が見えないと言っているようだが、ローラの言い訳にしか聞こえない。
妖精を信じていない俺だけならば当てはまるが、ローラの家族も、花屋に来る客も皆が見えないのだ。そんな話を信じろと言う方が難しい。本当にローラは一体どうしてしまったんだ。
やはりこの話をするとイライラする。話が通じないローラに。こんな女性と結婚なんて嫌だ、大体俺は別にローラと結婚したい訳じゃない。ただローラと居れば……
その一瞬の気持ちが全てをぶち壊した。
「(もういいだろう。妖精なんか考えるなよ、俺達はいつか夫婦になるんだ。もっと考えることがあるだろう?)」
「(分かってるけど……でも本当に居るの!さっきまで私とお話を……)」
「(いつまでそんなふざけた事を言っているんだ!?俺がどれだけ君の妄想に付き合わされたと思ってる!?今のままの君と婚約なんて不可能だ!)」
「Marlowe...(マーロウ……)」
ついに出た本音。大声になってしまって怯えるローラ、でも本当だ。今のままの彼女と婚約なんてできる訳がない、この年にして妻の介護をしながら働くなんてふざけてる!そんなのは俺のえがいた理想像じゃない!
そうだ、最初からこうすれば良かったんだ。もう俺の名声は十分すぎるほど稼げたじゃないか、元々俺はローラを踏み台にするために付き合いだしたはずだ。こんな可笑しい奴でも優しく接する理想の男性像を周囲に植え付けるためにローラと付き合いだした。
そうだよ、こいつの事を俺は最初は愛してなんかなかったじゃないか。俺にはもっと相応しい女性がいるに決まってるじゃないか!
「Marlowe, How did you hate me?(マーロウ、私の事……嫌いになった?)」
嫌いも何も最初からお前の事なんか愛していない。俺は自分の演技に酔いしれていただけだ。優しいマーロウを演じる内に、それが本物になりそうになっただけだ。本当の俺はこうやって他者を踏み台にして自分の優位性を確立してきた最低な男なんだよ!
「(嫌いも何も俺はお前の事を最初から全然愛してないね。お前と一緒にいれば、俺の評価が上がるんだよ。思考能力もない奴を愛して支えてやっている優しい男だってな!)」
「(そ、んな……)」
ローラは震えだし、大粒の涙を流した。
数人の客たちが俺たちの喧嘩を目を丸くして眺め、その視線に耐え切れなくなったローラが席を立ちあがって店を出て行き、自分も椅子に深く腰掛けた。終わったんだ、何もかもが。
いや、解放されたんだ。これでローラの狂言に付き合わされる事も、破天荒な行動に振り回される事もない。全部終わった、やっと平和が来たみたいなものだ。
それなのになぜこれほどまで苛立ちが募る?指輪まで買ってしまったことにか?本当に馬鹿だ、最初からローラと結婚なんかする気はなかったのに、こんな物まで買ってしまい散財だ。ふざけてる、ふざけすぎている。
もう何もやる気が起きない。俺も家に帰ろう、昼寝でもすれば少しはスッキリするかもしれない。
***
ローラside ―
「It is early to come home, lost item?(えらく帰ってくるの早かったじゃない、忘れ物?)」
パパとママが最初は笑ってそう言ったけど、酷い顔をしている私を見て顔を真っ青にした。何かあったのかと聞かれたけど、情けなくて恥ずかしくて何も答えられない。でも私は全てを失ってしまった。
これほどまでに痛感したことはない。自分の可笑しな言動のせいでこんな事になってしまった。マーロウはずっと私を利用していた、それに気づかないで私はずっと自分が幸せ者だと思っていた。
でも実際は違う、こんな変な私を愛してくれる人なんて居る訳がないのだ。パパとママだって本当は私を愛してなんかいない、変な子供だと思っているに違いない。ただ私が店を継いだから、こうやって笑いかけてくれるだけだ。店を継がなかったらきっと見向きもされないだろう。
パパとママの手を振り切って自分の部屋に駆け込む。
そのままベッドに包まって泣けば、視界に妖精の人形や、本、雑貨などが置かれた自分の部屋を急にグシャグシャにしたい気分に駆られた。
投げて壊した。
妖精の人形は手足を引きちぎり、ハサミを胸に突き刺して。クッションも投げ捨ててグシャグシャに破壊した。本もページを全部破いて床に叩きつけた。グッズも全てグジャグジャにして、壁に叩きつける。
全然幸せになれない、妖精を見ても全然幸せになれないじゃないか!
何が幸せになれるだ、何が愛しい人と一生愛し合えるだ!?妖精なんて見えたら全て壊されてしまうだけじゃないか!知らなかったら……利用されている事実は変わらないが、マーロウはもう少し優しく、私を捨ててくれたかもしれない。
自尊心も何もかもがボロボロだ。もう人前にすら出られない、私は皆に可笑しい人間と思われているのだ。人と関わるのが怖い、恐ろしい!
どうして、私の前に現れたの……?妖精なんて現れなければよかった。夢を見ているままで終わらせてくれたらよかったのに……
「Laura? What are you doing!?(お姉ちゃん?何してるの!?)」
「Laura Hey! Stop,stop!(おいローラ!止めろ、止めるんだ!)」
物音と私の悲鳴にも似た金切り声に、妹のローズと兄のウィリスが部屋に入ってきて二人で私を押さえつけにかかる。それに抵抗して暴れ続ければ、騒ぎを聞きつけてパパとママも部屋に入ってきた。
もう駄目だ、私は本当に可笑しい人間だ。辛い、生きるのが辛い。これから先、私はどうやって生きていけばいいの?
ウィリスに抱きしめられてあやされれば、抑えていた物が零れおちた。
「(マーロウが……私みたいな可笑しな奴とは結婚したくないって)」
「(マーロウが?)」
「(私と付き合っていれば、可笑しな奴にも優しくしてあげる優しい男だと思われるからって……)」
「(っくそが!)」
ウィリスの声が怒りに変わる。ローズは顔を真っ青にし、パパとママは力なく項垂れて涙を流した。みんなにこんな顔をさせている私は最低の娘だ。親孝行もできず、この年になって皆を悲しませて……本当に私なんか生きてる価値もないね。
もう何もかも無くなってしまえばいいのに、これが夢だったらいいのに。
明日になれば申し訳なさそうにしたマーロウがお店に花を買いに来てくれたらいいのに。そして選んだ花を私がブーケにしてマーロウに渡したら、それをマーロウが私にくれる。
そんな日が来ればいいのに。
全部壊れちゃった。