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第3話 無気力

 気に入らない事なんてない、でも何かに熱中してるわけでもない。現状に不満なんてない、でもその生活に満足してるわけじゃない。生きている事がつまらない訳でもない、でも何かをしようとも思わない。

 強いて言うならば無気力。それが今の状態。

 でもそれでも良かった。このまま何も考えず流されるままに生きていく。


 それでも良かったんだ。



 3 無気力



 アスモデウスが澪と契約したと言う話を聞いてから一週間が経った。学校は久しぶりすぎて精神的に授業はきつかったけど、でも皆と話すのは楽しかった。この中に中谷もいたはずなのに……いや、連れ戻すんだ絶対に。


 皆は行方不明になってしまった中谷の話題を避けてる。意図的になのか、もう無意識なのかもわからない。でも皆にとっては辛い話だから当然だ。自然と口にする事の無くなった中谷の名前、それを口に出す勇気が皆にはまだ無い。


 中谷はソロモン七十二柱の悪魔、フォカロルによって殺された。でもストラス達から中谷は恐らく完全に死んではいないって聞かされた。中谷の魂は人間の中でも優秀な部類に入るらしく、その事から最後の審判で戦う天使の兵として天界に招待された可能性が高いと言われた。つまり中谷は天使として天界にいるんだって。


 中谷はきっと生きてる、契約者が死んでしまったらヴォラクだってエネルギー不足で満足に動く事もできなくなるのに、そのヴォラクにエネルギーが届いてるのが何よりの証拠だ。そう思いこまなきゃ叫んで泣き出しそうだから。


 一体俺はどれだけの人を巻き込めば気が済むんだろう。皆に迷惑かけて、契約者に悲しい思いをさせて、結局救えた人なんて僅かだ。目の前で沢山の人が死んでいった。悪魔に殺されていく。


 机の上のケースの中に入れたシャネルのロザリオを眺めながら、窓から外を眺めた。夏休みももう終わろうとしていた。


 ***


 「村が全焼?街で大規模火災?これ中国?」


 学校が終わって光太郎と澪とマンションに立ちよれば、パイモン達が全員でパソコンを覗き込んでいた。


 アスモデウスは少し離れた所で待機している。声をかける前に澪がアスモデウスの所に近づいて行けば、アスモデウスは少しだけ嬉しそうな顔をして、そのまま二人で会話をし出した。なんか面白くない。


 いや別にアスモデウスが邪魔って訳じゃないけどさ、澪を守るって言いながら確実に巻きこもうとしてる。それが気に食わない。澪も澪だ、頼るなら俺に頼ってくれればいいのに……俺が当てにならないからだろうけどさ。


 何となくアスモデウスに話しかけるのは気が引け、パソコンで調べ物をしているパイモンの近くに腰かける。光太郎も空いた場所に腰を下ろした。そして俺達にパイモンが悪魔を見つけたかもしれないと言う話を振って今に至る。


 光太郎がパイモンと二人で話し、俺はその会話を聞く事に集中した。


 「人口が数百人程度の山間の小さな村だ。この村で三週間前に火災が起きて村でもかなりの規模が全焼している。村人も三十八人の死亡が確認された。それだけでも大問題なのに、上海で先週あった祭りで大規模火災が起こり、六十三人がなくなったようだ。その二つの不審火は同一犯だろうと言われていて捕まった青年は二十一歳の中国人男性だ」

 「でも犯人は見つかってるんだろ?」


 確かに。犯人が見つかってるのなら、こっちがそいつと接触するのは不可能に近い。だって多分拘留されてんでしょ?日本人で関係の無い俺たちが警察には行けないしなぁ。犯人分かってるなら悪魔とか関係なさそうだし。

 でもパイモンの話には続きがあった。


 「そいつが裁判で無罪を勝ち取っている、だから騒ぎになっているんだ。それにこういう力を持つ悪魔がいるから注意をはらっている」

 「力?じゃあ分かってるのか?」

 「悪魔アイム。猫と蛇、人間の首を持った悪魔で巨大な蛇に乗って現れ、その手には炎が燃える松明を持ち、その炎で全てを焼き尽くす。面倒なのは法律の知識に詳しく法廷を支配する能力があると言われている。奴の息がかかった弁護団なら裁判を覆す事だって可能だ。ある意味、犯罪者にとっては喉から手が出るほど欲しい能力を持っている悪魔だな」


 光太郎との話を終えたパイモンはパソコンを閉じた。もう行く気満々って感じじゃん。でもそんな放火魔を野放しにするのも危険だし、本当に悪魔が関与しているのなら絶対にそいつは放火を繰り返す。


 聞いた所、上海の祭りの会場は入場禁止にされているため、放火が起こった小さな村に向かうことにしたらしい。そちらは放火の現場は入場禁止だが村自体は普通に人が住んでいるんだから、聞き込みとかができるだろうと言うことだ。


 パイモンは中国のツィッターと呼ばれているサイトで情報を調べており、いつのまに登録したんだと疑問すら湧く。


 「行くのか?」

 「はい、サタナエル様の御復活が近付いている今、悠長に待っている場合ではない。主、行きましょう」


 パイモンはそう言いながらアスモデウスにチラリと視線を送った。

 アスモデウスはその視線に気づいて、気まずそうに俯いたけど、パイモンは目を逸らさない。そしてその視線の矛先は澪にも向かった。恐らくパイモンは澪を連れていきたいんだろう。澪を連れていけば必然的にアスモデウスも連れていく事になるから。

 正直澪は連れて行きたくないけど、アスモデウスは連れて行きたい。だってあいつがいれば100人力な訳だし。そう言えば……


 「シトリーとヴアルは?」

 「お姫様のお守り。見たい映画があるんだって、もちろん恋愛物だけど。シトリーがチケットをもらってきてさ、強制的に連れて行かれてるんだ」

 「ヴアルも相変わらずだなぁ。セーレは誘われなかったのか?」

 「残念ながら俺はナイトに向かなかったみたいだ」


 そう言って笑ってるけど、セーレは誘われなくて安心してんだろうなぁ。ヴアルは暴走したら歯止めが効かねえからな。

 いっつもヴォラクがヘトヘトになってっし。ま、あいつらしくていいけどね。


 「なーなー拓也」

 「なんだよヴォラク?」

 「拓也はさ、分かんないか?中谷の場所。ルシファー様から聞いてない?」

 「聞いてたら言うに決まってるだろ。俺だって中谷探したいんだから」

 「まぁ……だよね」


 シュンとしてるヴォラクの頭を撫でる。手は振り払われたけど悲しそうな表情はそのままだ。

 俺だって中谷を早く見つけたい。だから一歩一歩進んでいくしかないんだ。

 立ちあがってベランダに出ていくパイモンの後を追いかけ、ベランダからアスモデウスに視線を送った。

 アスモデウスはあくまでも判断は澪に任せるらしい。澪が行くって言ったら止める事もせずについて行くんだろう。


 「あたしも行きたい。行こうアスモ」

 「ヴアルはいいの?君はヴアルとも契約してるんじゃ……」

 「ヴアルちゃんは帰ってきてないもの。広瀬君も行くみたいだし、ヴォラク君は?」

 「俺パス。あいつら鍵持ってってないから、留守番してなきゃいけないの」


 どうやらアスモデウスは来るみたいだな。

 澪とアスモデウスの様子をパイモンとセーレは険しい表情で見ていた。それは俺も同じだ。


 ***


 「ここって本当に中国?なんかすっげー田舎なんだけど。万里の長城とかって近いんかな」

 『何を言っているのです貴方?』


 ジェダイトに乗って、中国に着いて北京とかに行くんだろうとワクワクしていた俺が連れてこられた場所は北京とはかけ離れた電気も通ってないであろう小さな村だった。

 家も日本の家と比べるともろくて壊れそうだ。

 華やかな北京とは対照的な所だった。


 「え、え?」

 「事故の起こった場所に向かうのがセオリーでしょう。何を期待されたかは知りませんが、ご了承ください」


 うん、まぁそうなんだけど。村の人たちはよそ者の俺たちをじろじろ見ている。


 「俺たち日本人ってばれたのかな…?」

 「着てる服とかも違うしね。俺はあんま東洋人の顔の見分けはつかないけど、よそ者とは思われてるんじゃない?」


 セーレの返答で自分達の服と村人達の服を確認する。

 あ、本当だ。なんかこんなこと言っていいのかわかんないけど、着てる服がちょっとくたびれてるってゆーのかな?うん、服の色もなんか少し変色してるし、いっつも着てる服なのかな?

 確かに村の中に俺たちの様な格好をしている者は一人もいなかった。


 「少し貧しい村なのかな?中国ってすげえ金持ちのイメージだった」

 「ふん。十数億の人間全てが金持ちのはずがない。こういう奴らから採取するんですよ。いつの時代だって同じだ。この国の首都の人間がどれほど裕福な暮らしをしているかは知りませんが、それでもやはり国の発展が大きくなればなるほど貧富の差も大きくなる。資本主義経済ならば当然ですがね」


 テレビでそういうのは聞いた事がある。

 でも見た事がなかったから深く考えなかったけど、なんか実際見ると複雑だな。テレビとかは爆買いとか大量の観光客とか、そういった話ばっかりだったから。春節とかヌーの大移動かってくらい旅行してるらしいし。

 でも、こういう人たちも見えないだけで沢山いるんだな。


 「少し辛気臭くなりましたね。主、事件現場に向かいましょう」

 「あ、うん」


 パイモンが村人の視線もお構いなしにどんどん村の中に入っていく。

 俺は慌ててその後を追いかけた。


 ***


 「……進めませんね」


 パイモンがまたかとでも言うようにげんなり呟いた。目の前には警察官が沢山いて、捜査をしている。

 中国語で何か言いながら、これ以上は行けないと言う様なジェスチャーをしてきて、どうしても駄目か伺っても首を横に振られる。その周りには数人のカメラマンやアナウンサーの姿もあり、俺達もテレビ局の人間って間違えられたのかな?


 「どうする?このままじゃ調べられないな」

 「そうだな……一度少し離れた村に行くか。情報が手に入るかもしれない」


 セーレとパイモンの話し合いで、少し離れた場所に移動することにした。


 少し離れた場所って言っても歩いたら時間がかかるからジェダイトで直行。こことはまた別の農村部に辿り着いた。そこでも火事の話題はニュースになっていて、なんで釈放したんだと村人は怒っていた。


 捕まった本人自体は事件の犯人を否定してるけど、他の人間は全くそれを信用してない。だから裁判の結果が、こんなに話題になってるんだ。ネットで調べても証拠があると言うよりかは、その場にいたからって言う理由で捕まえられたようだ。


 そんな雑な逮捕なら確かに冤罪とかありそう。


 パイモンやセーレが声をかければ、村人は眉を寄せながら身ぶり手ぶりで色々伝えている。なんだか語尾が荒いからすっげえ怖いな。ストラスを肩にとまらせている俺に様々な視線が突き刺さる。まぁ物珍しそうな顔をして可愛らしい子どもが俺を見てるよコリャ。


 澪はアスモデウスと少し離れた場所に避難してる。なんだか澪と契約を決意してから、何となくアスモデウスに関わりたくない。


 嫌いになったって訳じゃないけど、何となく気に食わない。でもそれは向こうも同じの様だ。


 暫くしてパイモンが戻ってきて、少し移動しようと言ったから村の隅に俺達は移動した。

 

 やっぱり村の中心部では警察が時々出入りしている。なんだか治安が良くないなぁ。


 「主、やはり今回の件は随分きな臭いようです。村人も犯人を無罪にした正当性が分からないと言う声が多数上がっています。そして気になるのがこの男です」


 パイモンが見せてきたのは一枚の新聞。中国語で書かれてるから全く分からないけど、写真だけを見てくれればいいって言われたから俺とストラス、澪とアスモデウスは新聞を覗き込んだ。

 写真には二人の男の姿が写っていた。こいつらがどうかしたのかな?


 「一番左の男、悪魔アイムが人間に化けた時の姿に似ているのです」

 「あぁ、確かに彼が人間に変わったらこんな感じだな」


 アスモデウスまで同意するもんだから、ますますこいつが契約してるんじゃないかって思ってくる。

 それにしてもこいつ何者なんだ?写真ではうっすらだが笑みを浮かべている。マスコミがあえてこの写真を起用したのか、この状況で笑うって少し不謹慎な気も……


 「ストラス、これなんて書いてんの?」

 『……ほー』


 あ、そうか。一応村の中だ。どこで誰が聞いてるかもわからない。ストラスが下手に喋る訳にはいかないよな。見た目フクロウなんだし。

 なので隣にいたセーレに聞いてみた。


 「この青年は有名大学の四回生みたいだね。彼が火災を起こしたって警察に裁判をかけられるはずだったんだけど、なぜか弁護側の無罪の言い分が通ったんだ」

 「そう言う事ってあり得んのか?」

 「まぁ、こんな短時間にあっさり疑いが解けるなんて有り得ないだろうね。だから街の人達は未だに不信感を持ってるし、パイモンも怪しんでるんだ」


 話を聞く限りでは怪しい匂いがプンプンするよ。でも本人がどこに住んでるなんかも書いてないから分からない。

 当てずっぽうで探すにもあまり時間はない気がする。

 今回はこいつが怪しいってわかればいいのかな?何だかよく分からないけど。


 「パイモン、これからどうする?」

 「今日は引きましょう。あまり大きな行動はすぐに起こさない方がいい。誰が見ているか分かりませんからね」


 パイモンはアスモデウスにチラリと視線を向けた後すぐに背中を向けた。

 パイモンは未だにアスモデウスを怪しんでるみたいだ。危ない奴じゃないって言うのは分かるんだけど……パイモンに睨まれたアスモデウスも少し複雑そうだ。

 ストラスがパイモンの肩に移動し、何かを話しこんでしまったから、俺はセーレと適当に会話し人がいない場所に向かった。


 ***


 ストラスside -

 

 パイモンがアスモデウスを嫌う理由は、ただ単に澪に危害を加えるからではなさそうだ。彼のアスモデウスに対する敵意はすさまじく、なぜそれならば生かしておくのか不思議なくらいだった。

 そのせいでアスモデウスは常に肩身が狭そうにしていて少しだけ可哀想だ。見かねたセーレがフォローをしているが……


 『パイモン、流石に協力している間くらいもう少し穏便にふるまったらいかがです?』

 「なぜ俺がそのようなことをしなければならない」

 『パイモン、まだ怪しんでいるのですか?』


 なぜって……そりゃ協力していますし。彼は悪魔討伐に協力しているのなら私たちの味方でしょう。彼ほどの悪魔を仲間につけたのはかなりの収穫だと思いますがね。

 しかしパイモンはそういう意味でアスモデウスを味方につけたわけではなさそうでした。


 「バティンの動きが活発化している」


 バティンが?あれから連絡を取っているのか伺えば首を横に振られたが、契約者が何をしている人間かということは知っているようでした。


 「リヒテンシュタインの国営放送の重役だそうだ。スイスにまで影響力のある人物らしい」

 『相手が分かっているのならば、こちらから攻撃に出れるのでは?」


 その問いかけにバパイモンは首を横に振る。


 「奴は何かの組織を構成しているのは聞いた。おそらくマルコシアスとキメジェスも協力者だろう。うかつに手は出せない。こちらも戦力が必要だ」


 だから、とパイモンはアスモデウスに視線を向ける。


 「使えるものは使わないとな」


 恐ろしい。要はアスモデウスは盾ということか。彼を使うだけ使って最後は殺す算段なのか……

 澪はどう思うでしょうね。彼に思うところはあるようですが。


 『なるようにしかならない、ですね』

 「そういうことだ」



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