第29話 最愛の人
パイモンside -
「マーロウという奴の事は分かった。随分な変わり者だな、あんな女と付き合うなど……」
「そー言う意味で有名だったんだろー。まぁいいんじゃない?顔も良くて性格もいい、それを鼻にかけることなく、下の人間にも優しい。見習えよパイモン」
シトリーの冷やかしの入った返答に眉間に皴が寄るのを感じる。
なんだこいつ一体何が言いたい?遠回りに俺の事を性格が悪いと言っているように聞こえるが。俺に喧嘩を売っていると言う認識でいいのか?
「俺が見習う?貴様この寒い中、随分と頭が湧いている様だな。お前ごときが俺を知った風に語るな。虫唾が走る」
「ひっで……」
馬鹿と付き合っている場合ではない、マーロウに確かめたいことがある。
さっさと接触できればいいのだがな。
2 9 最愛の人
俺たちの目の前にはかなり大きな会社が建っている。どうやらここが先ほどの女性ローラの恋人のマーロウが勤めている会社らしい。業績は常にトップで、まだ二十代ながら上からの信頼も厚いらしい。
大学の頃から眉目秀麗で成績も良く、授業の出席率も態度も優秀、教授陣のお気に入りの学生で、友人も多く異性からも人気の高い非の打ち所の無い男だったが、女に関しては見る目がないと評判で今まで付き合ってきた女も顔があまり良くない、性格が悪い、少し変わってる、何かに難有りの奴とばかり付き合っていたと有名だったそうだ。今付き合っている女もファンタジー的な物に憧れ、浮世離れしているとかなんとか。
なぜそんな女と今も付き合っているかは分からないが、そういう奴もいていいだろうとは思う。だが中々会うことができないのが問題だな。見張りを続けて花屋の前で問い詰めるのが一番なんだろうが……主たちの都合を考えたらそれができない。明日は学校があるみたいだしな。
「今日の所は引き上げるか。主たちの予定を考えると一日中張り込みは時差がありすぎるこの場所では難しいぞ」
「だよなぁ……明日が終われば土曜だ。この二日間で仕留めようぜ」
「ぶー面倒くさーい。たかがプルソンごときでさぁー」
ヴォラクが口を尖らせたが、たかがではない。プルソンは案外危険な悪魔だ、あいつの能力が恐ろしいと言う訳ではないが、あいつは口先で他人を騙すのが上手い。
実際今の契約者であるローラはマーロウとその妖精の事で衝突が耐えないと聞いた。妖精とは間違いなくプルソンの事だろう。奴の見た目は小さな妖精の姿だからな……全く厄介な相手を見つけて契約したもんだ。
できるだけ早くことを済ます為にもシトリーの言うとおり、今週の土、日の二日間で仕留めるべきだろう。相手はプルソン一匹、そこまで厄介な事にはならないはずだ。
***
拓也side ―
花屋さんの奥の部屋に通された。今は客がいないから、客が来た場合は呼び鈴で知らせると言う訳だ。まさか部屋に通されるとは思っていなかったから、お茶を出されて椅子に腰かけるように促されてもすぐにはできなかった。
ストラスが辺りをキョロキョロと見渡し、耳打ちでこの部屋に悪魔がいないことを教えてくれ、少し安堵する。
良かったー……流石にストラスと二人だけで悪魔と戦えって言われたらマジ無理だから。パイモン達がいないんだから俺達だけで戦うのは不利すぎる。
「あの、妖精さんって……貴方以外に誰にも見えないんですか?」
発言した日本語をストラスが英語に訳してくれ、それに関してもローラさんは目を丸くしており何度もストラスに視線をよこした後、すごいんだねえと言って笑みを浮かべたが、ローラさんは困ったように笑い頷いた。
「(そうなの。心が穢れている人には見えないって聞いたけど、そんな訳がない)」
「どうして?」
「(だってマーロウが見えないの。彼ほど優しい人はこの世界にいないのに)」
ローラさんの言葉に顔をあげた。
そこには本当に不思議でならないと言う表情のローラさんがいたから。マーロウが誰か分からずに首を傾げたら、ローラさんは少しだけ興奮してマーロウって人を説明してくれた。
簡単に言えばローラさんの恋人らしい。もう結婚も視野に入れて付き合ってるんだとか。
いいねー俺もいつか澪とそんな風になれるのかなぁ……
「Marlowe is a nice person cool gentle than anyone.(マーロウはね、優しくて格好良くて、誰よりも素敵な人なの)」
「……本当にその人の事が好きなんですね」
ローラさんがマーロウさんを語る時の目は、優しくて慈愛に満ちてて、そして愛情に溢れている。
そこで分かったのは、マーロウさんはローラさんいわく完璧な男性なんだそうだ。ローラさんは幼い頃から妖精などのファンタジックな物が大好きで、いると信じて疑わなかった。
でも大人になるに連れて、ローラさんは変わり者であると周囲に認識され、いつの間にか不思議ちゃんと言うあだ名を付けられて、友達も少なかったらしい。そんなローラさんから見たマーロウさんは憧れの対象だったんだそうだ。顔が良くて、頭も良くて、若いのに会社では出世頭で、会社の女性も彼を狙っているらしい。そんな彼が自分みたいな変わり者と今も付き合ってくれているのがローラさんは嬉しくて堪らない様だ。
「(最初はね、幻覚を見てるんだって思ってたの。大麻とかしてないし、精神疾患じゃないかって。でも妖精さんが見える以外は全然体にも異常がないし、本当に妖精さんがいるんだって実感したの。でも、こんなの可笑しいでしょ?人前ではあんまり言わないようにしてるんだけど、隠し通せないから私はやっぱり駄目ね)」
「そう、ですか……」
その話を聞いていたら確かにマーロウはすごくいい人でローラさんがこんなに嬉しそうに語るのも頷ける。正直言って俺も澪が妖精さんとか言い出したら、なんだいきなり……って思うし、ストラスとかに相談しそうだもん。
そんなローラさんを見限らずに恋人してるってことだもんな。
その時、光太郎から連絡が来た。パイモン達が帰ってきたんだそうだ。じゃあ俺も移動しなきゃ……ローラさんに頭を下げて店内に移動する。
「And want to talk with you again.(またあなたとお話ししたいな)You come to see me again?(また私に会いに来てくれる?)」
「……はい、近いうちにでも」
それだけ答えて手を振って見送ってくれるローラさんを背にし、店を出た。その先には親指ぐらいの小さな男の子が宙に浮いていた。あれ?何これ塵か?
目をごしごし擦っても、目の前の小さな物体は消えない。でもストラスが毛を逆立てて、それを威嚇した事により気付いた。こいつが悪魔プルソンだ!
『おい、お前もう関わんねえ方がいいぜ』
「は?」
『関わるな、そう言ってんだよ』
警告したかと思えば、そいつは一瞬で姿を消してしまった。もしかして今の悪魔!?
全身に鳥肌が立った。てかプルソン本人が来てくれたんだ。今ならパイモンもいるし、一瞬でカタをつけられる。だけどプルソンの警告がそれを躊躇させた。一体あいつは何が言いたかったんだ?
いや、悪魔の言う事なんて八割方が張ったりだ。信じる価値もない。だけど……
「ストラス、パイモンのとこ行こう」
『そうですね……しかしプルソンはもう捕まえることはできないでしょうね』
「はっ!?」
『気配が完全に消えました。パイモン達の情報も掴んでいる彼が再び私たちの前に姿を現すことはないでしょう。今は恐らく出てこないでしょうね。ローラを問い詰めてもそれは同じでしょう』
そんな……
ストラス曰く、あの様子じゃローラさんに何かをしているって訳でもなさそうだし、今はまだ大丈夫だろうって言ったから、向かった先は花屋ではなく広場。まずは報告しなきゃいけないからな。
パイモン達は既にこっちに着いており、光太郎がシトリーに絡まれてイライラしてる。シトリーは本当に光太郎の事好きだよな。
***
「マーロウ、ですか……」
「その人の事、調べられた?」
「はい、ある程度は。まだ接触はできていないのですが……」
流石はパイモンだ。マーロウって人のことを調べてきてくれたようだ。でも、内容が随分違う。ローラさんの言う事とパイモン達が調べてきた資料、一体どっちがマーロウの本当の性格なのか。
そして俺たちの会話にヴォラクが割って入ってきた。
「完璧な奴なんだってー頭も良くて、性格もいい、更に顔も良くて皆の信頼も厚い」
「そうみたいだな、ローラさんもそう言ってた」
「そっかー知ってたんなら話は早いや。そんでね、マーロウに接触してローラを説得してもらおうって話になったんだ。今のままだったらプルソンはローラに隠れて姿を出してくんないからね」
恋人に説得されれば、彼女も目が覚めるかもしれない。そうパイモン達は言う。確かに見ず知らずの俺がプルソンを悪魔だと言っても、あいつを要請だと思い込んでいるローラさんは話を聞いてくれないかもしれない。
それなら、ある程度事情を知っている恋人に手伝ってもらうのが一番手っ取り早いのかもしれない。
「……分かった、そうしよう。マーロウさんには会えそうなのか?」
「いえ、まだです。シトリーを使って接触しようと思っています。とりあえず主たちは先にマンションに戻っていてください。後は私たちでやります」
「エネルギーは大丈夫なのか?」
「数時間程度なら支障はありません」
そっか、ならお言葉に甘えようかな。偵察に足手まといの俺は入る事はできないからな。光太郎と一度家に帰るのも手かもしんないな。
ストラスはローラさんと接触しているため、会話がスムーズにいくだろうとこの場に残して、俺と光太郎とセーレは一度マンションに戻ることにした。俺たちをマンションに送り届けたセーレはパイモンたちの手伝いをするべく、再びカナダに向かっていってしまった。大変だよなあいつも……
光太郎と二人になって、やることも無くなったから家に帰るしかない。明日はどうせ学校だ、一日中駆り出されなくて良かったねって話をしながら。
「ローラさん大丈夫かな」
「大丈夫だろ。彼氏が相当いい奴なんだろ?」
光太郎はそう言った後、プルソンって悪魔は弱いんだろ?って言葉を続けて背伸びをした。確かにパイモンは戦闘には不向きな悪魔とは言ってたけど、戦うのに向いてないけど人間の心を惑わせる悪魔は厄介なのは違いない。
今回のローラさんの妄信ぶりとプルソンの警告が胸の中で警鐘を鳴らしている。深く関わるな、不幸になる。だけどローラさんを助ける為には少しは関わらなくちゃ助けられない。あの様子だったら、悪魔を俺たちに渡すこと自体に酷く反発しそうだから。
どうやって今回の問題を解決しよう。
***
パイモンside ―
「結局会社が終わるまで待たなければいけないと言う訳か。やれやれ……」
今の時刻はカナダでは夕方の十七時半。主たちを日本に戻してから数時間をここで過ごした。やる事がないのでただ待つしかないのだが。シトリーが相手から情報を手に入れて、その情報どおり、奴が出てくるのを待つしかない。そして今の時間に至るわけだ。
会社からはゾロゾロとサラリーマンたちが出てくる。ようやくお出ましと言うわけか……
そして中から一人の端正な顔立ちの青年が姿を現した。その隣には友人だろう、同じ年代の青年が二人いる。
端正な顔立ちに身長は百八十を超す程、髪の毛は短く綺麗に揃えられており、シトリーが集めた情報と一致する。恐らくあの青年だろう。
シトリーとヴォラク、セーレ、ストラスと頷きあってマーロウの前に進行を塞ぐ様に前に出ると、マーロウは突然の見知らぬ人間の乱入に怪訝そうに目を細めた。なるほど、近くとで見ると中々に端正な青年じゃないか。これで性格も良く、頭も良かったときたら、確かに狙う女は多いだろう。だからこそ女の趣味の悪さが気になるがな。
個人的な感情はいいだろう、奴には協力してもらわなければローラは悪魔を俺たちの目の前には出さないだろうから。
「You're no doubt in Mr. Marlowe.(マーロウさんで間違いないですね)」
「... Who are you?(……どなたですか?)」
確認すれば、答えは出さず、警戒するような態度を取る。それも当然か……
隣にいた友人二人もこちらに友好的な態度は示さず、目を丸くしながらも、いつでも逃げられるように鞄を持ち直した。こいつら二人はどうでもいい、最終的にマーロウさえ理解すればいいんだ。
「I may me ask you about your lover Laura.(貴方の恋人のローラさんについてお伺いしたい事があります)」
「Laura ...? Did you do something you have her! ?(ローラが……?彼女が貴方に何かしたのですか!?)」
マーロウの顔色が変わる。しかしそれ以上に彼の反応に不快感しか感じ得なかった。マーロウは真っ先にローラが加害者だと言う発言をした。普通見知らぬ人間から恋人について何か話があると聞かれたら、恋人に何かあったかを疑うはずじゃないのか?それなのにこいつは恋人が俺達に何か不快な事をした事を真っ先に疑った。こいつは本当に彼女を愛しているのか?
ヴォラクも不快感を露にし、顔も見たくないのかセーレの後ろに隠れてしまった。ヴォラクの直感は当たる、こいつは何か嫌な感じがする。
ローラの名前を出せば、マーロウは簡単に俺達についてきた。怪しいと言う友人二人に笑みを浮かべて手を振る辺り、人当たりはかなりいいみたいだ。
マーロウを連れて、人通りの少ない場所にまで移動する。流石に誰もいないような場所に連れて行くとマーロウの友人が怪しんで警察や、他の人間に漏らす可能性があるからな。ある程度のエキストラはこちらの行動を証明させる為に必要だ。
「(ローラが何をしたのですか?俺でよければ謝罪でも何でも……)」
「(……別に何もされてねえよ。あんたに聞きたい事があったんだ)」
シトリーが答えれば、安心したようにマーロウが笑う。なぜ恋人をここまで疑う、なぜ俺たちが被害者だと思い込む。こいつにとってローラはなんなんだ?
「(彼女は妖精が見えていると言っている。説得にお前が必要だ)」
「Persuasion?(説得?)」
マーロウが首をかしげた。それもそうだろう、マーロウは何度もローラを説得しているはずだ。だが今回は生ぬるい説得では不可能だ。ローラに妖精等いらないと言う意識を植え付けないと、ローラは契約破棄を嫌がるだろう。彼女が今のままでは奴は味を占めて、俺たちの前に姿を現すこと等しないはずだ。契約者である人間に守ってもらえるんだからな。
本当に厄介だ。
「(彼女は俺だって説得したいと思ってる。でもいつもそれで喧嘩になるんだ)」
「(急がなければ彼女の生死に関わるぞ。迷っている時間は無い)」
「(生死って……ローラは何かの病気なのか!?。だったら早く救急車を……)」
「(そんな物は意味が無い。いいか、お前がローラに妖精の存在を否定させ、説得するんだ)」
あまり深く言うと核心に触れる。適度に脅しをかけて焦りを大きくし、早めに大きな行動をしてもらわなければこちらが困る。言いたい事だけを言って踵を返した事に、後ろからマーロウの声が聞こえるが、それに返事をせずにまっすぐ歩く。
「俺あいつ嫌い」
「でも彼女の事はちゃんと心配してたよ」
「本当かよ」
マーロウに強い嫌悪感を持っているヴォラクをセーレが説得する。確かにマーロウの言動は気になるが……所詮は二人の問題だ。そこまで首を突っ込んでいられるか。
マーロウは今日か明日にでもローラに言うだろう。土曜日が肝になりそうだ。