第28話 忍び寄る悪夢
次の日、コロッケを取られた恨みを朝からストラスと直哉から聞かされて、学校に向かい、そんでコロッケ食って授業受けて放課後になった。
今日カナダに行くっつってたけど、カナダの時差ってかなりあるよな。明日も学校あるんだし、なんだか行くのが辛くなってきたんだけど。ストラスの言っていた地獄に似たような場所はカナダではないだろうけど、一体どこのことだったんだろう。
28 忍び寄る悪夢
「カナダって時差何時間なの?」
ジュースを飲みながら光太郎が少し困った感じで問いかける。気持ちは分かる、俺たち高校生に取っちゃ明日も学校はあるんだ。あまり遅くなって寝不足なんてことにはなりたくない。
光太郎の質問にパソコンをしていたパイモンが顔をあげた。
「カナダは広大な土地面積があるので地域によって六つの時差に分けられています。今回調べに行く場所はトロントと言う所です。調べたところ、時差は-13時間でした」
え、何それどういうこと。地球の裏側でも時差って十二時間じゃないの?十三時間……一日の半分以上も違うじゃないか。今が夕方の十七時で-13時間ってことはー……向こうは夜の四時って事だろ。ふざけすぎだろ。
一日で行って帰れる時差の計算じゃない気がするんだけど。これは土、日曜に回さないとやばいだろ。
「で、何時に行く予定なんだ?」
「明日の朝の三時程に向かえば、向こうは正午です。もう少し早くてもいけると思います」
「いや無理だろ……俺ら明日学校だもん。朝の三時に行ってその後学校とか絶対無理」
そう言い返せば、パイモンもヴォラクも目を丸くした。え、何?俺可笑しな事言った!?
一高校生の意見を述べただけだけど!?
「明日は学校があるのですか?」
「あるに決まってんじゃん。明日木曜だし」
「何言ってんの拓也ーカレンダー確認した?明日祝日じゃん」
なに!?
ヴォラクに言われて光太郎と急いで携帯のカレンダーを確認する。そこには十一月三日は赤字で文化の日と書かれていた。
明日学校休みなんだ!知らんかった。うわー超ラッキー!
「なにやら喜ばれているところ申し訳ないですが、明日はこれで確定していますので、遅れないでくださいね。主、稽古しますか?」
お、今日は稽古見てくれんだ。よぉっしー頑張るぞー
パイモンが広げてくれた空間に足を踏み入れて中に入る。光太郎はシトリーがいないため今日稽古はせず、ヴォラクと今からゲームをする為の準備を始めだした。少し混じりたいけど、優先順位からしてこっちだよな。
遅れてパイモンも入ってきて剣を抜く。
『やる事は同じです。どんな手を使っても構いません。私に勝つことです』
「よし!今日こそは……」
『上手く行くといいですね』
今日こそ、この薄ら笑いを変えてやるぞ!成長したなって言わせてやる!
剣を構えてパイモンの所に全力で走り、踏み込んで剣を振るった。
***
『お疲れ様です。少しずつ進歩しています』
「また、勝てなかった……」
これで何敗目だろう。多分軽く三桁は行ってると思うんだけど。パイモンは器用に剣を掌でクルクルと回し、まだまだ余裕そうなのをアピールした。く、悔しい……この顔を少しでも歪めさせる事ができたらよかったのに、まだまだ全然だった。
勝てないってのは分かってる。パイモンは本気じゃないんだし、手を抜いてるって言うのは分かってる。でもそんな手を抜いた状況でも全く歯が立たないんだよなぁ。
「俺ってセンスないんだな」
『センスと言うよりは環境の違いですね。私たちは強くなければ背後を常に狙われていましたから』
地獄に連れて行かれたときに感じた。確かに常に危険って感じの空気が漂ってたから。そんな中で生きるには確かに強くならなきゃいけないって言うのも分かる。やっぱ環境の違いってのはかなりでかいんだろうな。
そのまましばらく稽古をして、俺の体力や時間を見計らってパイモンが剣を鞘に収める。それを見て、今日はもうお終いなんだなと思い剣を消した。
パイモンの空間から出た先には光太郎とヴォラクがグーグー昼寝をしていた。は、何してんのこいつ等。確かにこのマンションはかなり居心地がいいけど、だからってこっちが一生懸命稽古してるのに、ゲームした後に寝るってどういうことなの……幸せすぎだろ。
ムカついたから光太郎の耳元にそーっと近づいて息を吹きかけたら、光太郎が勢い良く起き上がった。
「け、毛虫が耳を這った!」
「誰が毛虫だ!」
「な、なんだお前かよ……クレヨンしんちゃんみたいな事するなよ。お前五歳じゃないだろ」
「自分だって風間君みたいな反応したくせに」
「誰がしたんだよ。こら」
ヴォラクはこんだけ騒いだって言うのに、まだむにゃむにゃと寝ている。ついでに起こしてやろうと思って鼻を手で抓ったら、寝返りを打ち寝言を囁いた。
「ん~……止めてよー中谷ぃ」
手の力が完全になくなった。ヴォラクの言葉に光太郎も俺も、パイモンもなんて反応していいか分からなかった。中谷の事を忘れたことなんてない、助けたいって今でも勿論思ってる。でもこうやって改めて聞かされると胸が痛んだ。
そのまま気持ちよさそうにヴォラクは眠り続ける。なんだか起こす気も失せてしまい、光太郎と帰るための準備をする。
その途中でヴォラクが起き上がって眠そうな顔でこっちを見ていた。
「帰るのー?」
「おう、気持ちよさそうに寝てたな」
「……ちょっといい夢だったから。起きちゃって残念」
「そっか……」
ヴォラクにとって中谷はかけがえのない存在だ。それは俺がパイモンやセーレ、ストラスに思う気持ちと、光太郎と澪がシトリーとヴアルに思う気持ちときっと一緒だ。
誰かが欠けたら悲しいし落ち込む。早く中谷を助け出さなきゃ……
何度目か分からない決意を胸に、鞄を肩にかけて光太郎と一緒にマンションを出た。
***
「あー眠い、本当に死んじゃうかもしれない……」
朝の三時半。マンションに集合した俺と光太郎はあくびが止まらず、それが伝染してヴォラクまで大きなあくびをする。
カナダに向かうからって朝の三時半集合。だから起きたのは二時半。早めに寝たけど、それでも寝た時間はたったの四時間だ。もう眠すぎる……折角の祝日なのに、ぐうたらできないって結構きついんだけどー。
セーレに引きづられて光太郎と一緒にジェダイトに乗せられる。ヴアルとアスモデウスは澪が居ないから留守番なんだそうだ。プルソンって奴はそんなに強い悪魔じゃないらしいからアスモデウス居なくても大丈夫だよな。
ジェダイトが翼を広げ宙に舞い上がる。その瞬間に凄まじい風が吹いたが、そんな風も一瞬で感じなくなった。やっぱセーレの力ってすごいよな。俺もこんな力があったら旅行行きまくりだよ。
たった十分少しでカナダに到着し、人目のない所に着陸して、通りに出て行く。昼の時間帯だけど平日ってこともあるのか、人通りはまばらだ。辺りを見渡しても、都会って感じではない。住宅街に出たんだな。
でも肉眼で確認できる場所に大きいビルが建ってるから、街中から少し外れた場所みたいだ。
パイモンがパソコンで印刷した地図を持って、目印をつけている場所に向かって歩き出す。英語で書かれてるから少しだけ分かったけど、目的の場所は花屋みたいだ。花屋の人が契約してるってことなのか?
歩くこと二十分、一軒の小さな花屋にたどり着いた。店内に客はおらず入るのはためらわれたが、パイモンは緊張する様子も無く、店内に入った。
「Welcome. (いらっしゃいませ)」
花の手入れをしていた女の人が振り返る。可愛い人だった。
店内は沢山の花が飾られていて、ブーケ用の大きい花やプレゼント用に包装された花、様々だ。見たことない花に少しだけ興奮してしまい、光太郎と何の花だと雑談している間にパイモンは女性に近づいた。
「What can I do for you? You're looking for.(何をお探しですか?繕いますよ)」
「(そうですね……貴方しか見えない者を探しに)」
パイモンが何かを言えば、女性の表情が変わった。
でも何言ってるかわからなくて、光太郎に小声で聞けば訳を教えてくれた。こういうの聞くと、俺って本当に勉強ちゃんとしなきゃいけないって思うよな……今日家に帰ってからストラスに手伝ってもらって勉強しよ。
女性の手が少し震える。表情からも緊張してるのが丸分かりだ。
「What...What do you for? (な、何のことですか?)」
「(とぼけているのか?貴方にしか見えない者がいるんだろう?出してみろ)」
「(誰から……まさかマーロウ?マーロウが貴方に言ったの?私が変わり者だって!)」
女性の手から花が落ち、それと同時に女性の顔がくしゃりと歪んだ。パイモンは一体何を言ったんだ……?
「(出て行って。もう来ないで……私を馬鹿にしに来たんでしょ?)」
「Why?(なぜそうなる)」
「Back! Fairies are real! Marlowe does and does not even know why you can! ?(帰って!妖精は本当にいる!貴方もマーロウもどうして分かってくれないの!?)」
癇癪を起こして女性は俺たちを店の外に追い出した。
何がなんだか分からないまま怒鳴られて俺的には全く意味が分からないが、パイモンが何かの地雷を踏んだ感がある。こいつ案外駄目だな。
「何言ったんだよパイモン。あの人、めっちゃ怒ってたじゃん」
「いえ、悪魔の事を聞いただけだったのですが……」
『酷く動揺していましたね。それにしてもマーロウとは一体誰なのでしょうか?』
「……調べてみる必要があるな。主、私たちは少しマーロウについて調査してみます。その間、この付近で待機していてください」
「あ、うん」
バイリンガルにセーレとストラスを置いていって、携帯を持ってるシトリーを連絡係としてパイモンとシトリーとヴォラクは行ってしまった。
でもここら辺で待っててって言われても、何もすることないし……三人で仲良くお茶っつってもお金もないし、結局どっかに腰掛けて話すしかやる事が無いんだよな。
とりあえず花屋が視界に入る場所にベンチがあったので、そこに腰掛けて花屋の動向を見ながら三人でのんびりする事にした。パイモン達はどれくらい時間がかかるんだろう。その間にも花屋にはちょこちょこだけど客が入っていく。年齢層は高めだけど、そんな人たちにも笑みを浮かべて女性はにこやかにしていた。
どう考えてもあの人が悪魔と契約してるようには……
「不満そうだね」
「セーレ……不満って言うか、信じられないって言うか……」
「そうだね、物腰穏やかで人当たりもいい。何に対して不満を持ってるか分からないね」
やっぱり少し話してみたいかも。俺は中谷みたいに人懐こくないから上手く会話がいくとかは多分無いんだろうけど、それでもあの人がどうして契約したかって言うのとかは一番分かってあげられるかも。
今まで沢山悪魔と契約してる人を見てきた。復讐や、羨望、怒り、妬み、愛情……皆様々だった。
この人はどんなんだろう。
「ストラス、行こっか」
『私でいいのですか?セーレの方がいいのでは?』
「いや、悪魔と契約してるって言うの、お前の方が分かりやすいから」
『分かりました』
立ち上がってゆっくりと花屋の方向に向かう。後ろからセーレと光太郎が気をつけてと言葉をかけてくれた。多分ここで喧嘩なんかならないよな……きっと上手くいくはず。
花屋に入る前に息を吸い込み、覚悟を決めて店のドアを開けた。
「...Welcome.(……いらっしゃいませ)」
「少しお話ししたいことがあります」
女性は首をかしげる。まず日本語で言っても意味が無いのは分かってる。だからストラスに英語に直してもらったら、女性は目を丸くしてこっちを見ていた。
でも次の瞬間、表情が華やいでいく。
「That is a bird fairy?(その子は鳥の妖精さん?)」
「まぁ、そんなとこ。あーYes, Maybe」
「Cool ... finally found the same person.(すごい……やっと同じ人を見つけた)」
その目は涙の膜が薄く張っており、でもそれ以上に興奮で赤くなった頬、震えを隠せない体、安心しきったように笑う表情。それを見て感じた。
この人はずっと一人で苦しんでたんだと。
『.. Had a disturbed man. Must be finished soon.(……邪魔なのが来たな。すぐに事を済ませねえと)』




