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第27話 狂った花

 カナダ、オンタリオ州トロント。

 カナダ有数の世界都市であるこの街で小さな事件が起こっていた。



 27 狂った花



 ?side -


 十一月が過ぎたカナダは既に肌寒い。夕刻には日はほとんど沈み、肌を差す風が襲う。

 トロントでも有名な観光地でもあるセントトーレンスマーケット近辺はショッピングストリートになっており、レストランやバーも多く、仕事帰りのサラリーマンや飲み会をして騒いでいる学生で賑わっていた。

 そこの角の席で酒を飲んでいる二人の青年、その内の一人は少し重苦しい表情をしていた。


 「(なんだ、また喧嘩したんだ)」

 「(ああ、少し前から変な言動はあったけど、最近はそれに磨きがかかってる)」

 「(まぁあの子大学時代から少し変わってたもんな。可愛いしいい子なんだろうけど、会話かみ合わないのマジで無理だわ。んで、不思議ちゃんはなんて言ってんの?)」

 「(恥ずかしくてとても言える事じゃないな)」


 深いため息をつき、皿に盛られている料理に手をつけた男性に一緒に飲んでいた同僚の男性は苦笑して眺めている。なぜ、彼女と付き合っているのだろうか ― その疑問は今まで十数回は考えたことだ。


 目の前の青年は学生時代の時から成績優秀で真面目、見た目も良く、女子の憧れの的だった。でも女性の趣味が悪く、明らかに釣り合っていない女とばっかり付き合っていた。顔が可愛くない女、性格が悪いと有名な女、頭が悪く他人に頼りがちな女……趣味が悪い、そう皆がいつも言っていた。


 そして今付き合っている女性も大学時代変わり者で少し浮いていた女性だった。見た目が悪くないのがせめてもの救いなのかもしれないが、とてもじゃないがその女性と付き合おうと思う男はいないだろう。


 実際付き合っていて変な言動に青年は振り回されているのだ。さっさと別れてしまえばいいのに、それが同情なのか、本当に愛しているのかは分からないが、優しいこの男の事だ。それが理由で振るなんて残酷な事はできないとでも思っているんだろう。


 「You can not break off from friendly.(お前優しいからな、振るとかできないんだろ)」

 「It's not such a separate not.(別にそんなんじゃないよ)I will love her.(俺は彼女を愛してるよ)」


 本当になんてできた青年なんだろう!あんな変わり者の女性を本気で愛しているなんて言える等、自分にはできないことだ。そう言って茶化す友人に青年は苦笑いを浮かべた。いつの間にか時間は遅くなり、テーブルに置かれていた料理もほとんど無くなりかけていた。


 友人と別れた青年は例の女性の家に向かう。女性の家はトロント市街地から少し外れた所で花屋を構えており、自宅兼用になっているのでお目当ての女性もそこにいる。今の時刻からしたら店は閉まっているが、花の手入れをしているので実際女性はまだ花屋に入るはずだ。


 男性はそう思って、少し肌寒い町並みを足早に去った。そして一つの電気がついている家を視界に入れて、その方角に歩いた。そこには一人の女性が花の手入れをしていた。


 男性は話しかけようと開きかけた口を閉じた。


 女性は楽しそうに独り言を話していたからだ。だが独り言と言う割には女性の喋り方はまるで隣に誰かいるように感じる話し方なのに、実際女性の周りには誰もいない。


 店の中を見渡しても青年以外の人は見当たらないのだ。かと言って、女性の家はペットなど飼ってはいない。完全な独り言なのか、イマジネーションフレンドでもいるのか……青年の頭を悩ませているのがこれだった。


 前から変わり者で大学でも不思議ちゃんと呼ばれていた女性だったが、最近は見えない何かと話している事が何度もあるのだ。しかしそれを問い詰めようとすれば……


 「I quite happily.(随分楽しそうだな)」

 「Marlowe? Temashita fairy and I talking?(あ、マーロウ!あのね、妖精さんとお話ししてたのよ!)」


 そう、こうやって訳の分からない返事をするのだ。

 頭痛が襲い、できるだけ表情を変えずにマーロウと呼ばれた青年は女性の目の前まで足を運ばせた。女性は自分が言った可笑しな言動が可笑しいと思っていないらしい、目をパチパチとして渋い表情をしているマーロウに対し、首をかしげた。


 「Oh, fairy. (へえ、妖精ね)Such a thing nowhere in sight.(そんな物どこにも見えないけどな)」

 「He coyly hid.(恥ずかしがって隠れちゃったのよ)」


 まだそんな事を言うのか。


 マーロウも仕事帰りの疲れもあって、話の通じない彼女に対しイラついていく。大体妖精などいる訳が無いのだ、彼女のこのファンタジーに憧れる癖はいい加減直してほしい。もう三十も近い大人なのだ。未だにこんな事を口にする彼女はどれだけ頭が弱い人間と思われる事か……


 本当にこの女性が自分と同じ大学に在学していたのか疑いたくもなる。


 「(ローラ、いい加減にしろよ。本気で言ってるのなら、やはり精神科に診てもらった方がいい)」

 「(どうして?妖精は本当にいるのよ。マーロウは見えないだけよ)」

 「(ああそうか、見えなくていいし見たくもないね。仮に見えたとしても、そっちの方が少数だ。そしてほとんどの人がこう言うんだ、君は頭が可笑しいってね)」

 「Bad ...(酷い……)」


 泣き出したローラを見て、マーロウは気まずそうに視線を逸らした。一度泣き出したらローラの機嫌は中々戻らない。それを分かっているマーロウはため息をついて何も言わず店を出て行った。残されたローラはただ泣き続けるだけ。


 最近会えばこうして喧嘩別れをして泣いて、時間を置いてマーロウがやってくれば喧嘩をして……それを繰り返してばかり。それでもローラはマーロウの事を愛していたからこそ、一度たりともマーロウと別れたい等と思った事は無かった。


 幼い頃からファンタジーなどの類が大好きで、一番好きな話しは花屋を経営していた両親から教えてもらった親指姫。いつか自分の家の花からも可愛らしい小さな妖精が生まれると信じていた。


 だから兄が花屋を継ぐのを嫌がってサラリーマンになり、妹が美容師になる為に専門学校に行くと言ったことから、自分が花屋を継ぐと言った。両親は泣いて喜んだ。


 花屋の仕事は大変だったが、花に話しかけるのは楽しかったし、花を綺麗に包んでブーケにするのも大好きだった。それを綺麗と言って喜んでくれる客を見るのが好きだった。


 もしかしたらいつかと、未だに妖精を望んでいる。勿論それは自分の心の中だけに秘めた願いで、他人に言う事など無かったが。


 だが周りと違う感性を持っていたことから、不思議ちゃんというあだ名を付けられ、一部で陰口を言われていた事を彼女は気付いていた。自分が敬遠される存在だと言うことも。


 だからこそ大学で人気があり、憧れていたマーロウが自分と付き合ってくれると言う現実が未だに信じられないほど嬉しくて、一週間は現実を受け入れられず別世界にいるようだった。


 最初は実習が一緒だったからレポートを付き合ってもらう関係だっただけなのに……周りの人から趣味が悪いとマーロウが言われているのを聞いて不安になったけれど、マーロウはそれでも自分と別れるなど一言も言うことはなかった。


 大学を卒業しても、こうやって仕事帰りに顔を出してくれて、時間が会ったら二人で出かけて……幸せだったはずなのに。


 「(どうしてこうなったのかしら妖精さん……)」

 『(あいつは心が穢れてるからね)』

 「(彼が穢れてる?そんな訳無いじゃない)」

 『(気づかない事は幸せだな)』


 どうして酷い事を言うのだろう。


 しかしこれは夢ではない、実際に妖精がローラの目の前にいるのだ。少し生意気だけど小さくて可愛らしい男の子の妖精。ローラ以外の人には本当に見えてないせいでマーロウとの仲は険悪になっていく。だからマーロウの前では妖精の話をしないようにしているのに、マーロウから否定されたら自分も見えなくなりそうで……それが怖くて言い合いになってしまうのだ。


 マーロウにも妖精が見えてほしいと何度願っても、マーロウが妖精を視界に入れることはないし、妖精もマーロウには会いたくないといつも言っている。どうしてこうなるのかとローラは思う。


 もしこのままマーロウが自分に愛想をつかしていなくなってしまったらと考えると耐えられない。


 最悪の事態を予想して首を横に振る。マーロウは自分を裏切ったりしない、そう思い込ませても不安は中々拭えない。特に最近はほぼ会うたびにこの様に口論しているのだ。いつ向こうから別れ話が切り出されても可笑しくない。


 それが恐ろしくて、再び流れた涙を妖精が拭う。


 ― 可哀想なローラ。一人が怖いんだね。


 ***


 拓也side ―


 ストラスが悪魔を探しにいくと言っていた次の日、学校帰りに一人でマンションによることにした。家に居てもやることはないし、ストラスたちが見つけてきたのなら、どうせマンションに行かなきゃいけなくなるんだから、居座って勉強でも教えてもらおうと言う下心が多少あったことは否定しない。


 「悪魔、見つかったのか?」

 『そうですね、目的の場所ではありませんが……一応一匹』


 マンションにはストラスとセーレが戻ってきていて、深刻そうな表情でパイモンとアスモデウスに状況を説明しているところだった。


 そこに割り込んで話を聞いていたら、どうやら悪魔が見つかったらしい。でもストラスたちが調べに向かった場所では見つからず、別の場所を調べに行った際に見つかったようだ。その場所が -


 「カナダかぁー……今日帰りにるるぶ買おうかなー俺ナイアガラの滝くらいしか知らないわ」

 「いりません」


 バッサリ切られて少し落ち込む。でも皆からしたらどうでもいいかもしれないが、カナダ俺の行ってみたい国ベスト10に入る国なんだ。ナイアガラの滝だろー?後は何があるか知んないけど……でも行ってみたいってずっと思ってた場所だ。


 そこにいけるって言うのに、少しぐらい観光したっていいじゃないか。それを許可してくれたら俺はお小遣いをドルに変えていくのに。ぶすくれた俺を他所に四人は真剣に話しをしている。


 『女性と契約していたようですが……表立った行動はしていないように感じます』

 「戦闘に特化している悪魔ではないからな。だが厄介なのには変わりないだろう……明日、調査に向かったほうがいいな」


 どうやら結論が付いたみたいだ。

 パイモンはパソコンで何かを調べだしてしまい、話しかけてもストラスに聞いてくれとしか答えてくれなかった。相変わらずだこいつは。

 なのでパイモンが抜けて、代わりに俺が入って四人で話す。


 「何の悪魔が見つかったんだ?結構やばい奴なの?」

 「やばいって言うほどではないけど、まあいい奴とは言いがたいな。見つかった悪魔はプルソン、見た目は妖精のような悪魔さ」

 「それって豆粒じゃん」

 「本当はヴォラクぐらいの身長はあるけど、エネルギー消費を抑える為に小さくなってるだけだから」


 ふぅん、随分と可愛らしい悪魔なこった。でもセーレがこんなに言うんだ。性格はあんま良くないんだろうな。


 「どんな能力持ちなんだ?アスモデウスは知ってる?」

 「現在・過去・未来を見通し、隠された物や財宝について見抜く力がある。あと世界の創造に関して真実を答えることができる。でも一番怖い能力は人の姿を自由に変えられ、存在そのものを空気のようにできるって事だ」

 「存在そのものを空気のように?」

 「簡単に言えば、人間を何でも好きな物に変えられる。他人や動物、形のない気体とかにね。気体に変えられたら、元には戻せないけどね」


 少し身震い。確かに空気にされたら本当にお終いだ。


 空気のような存在感ならまだ許せるけど、本当の空気になったら本末転倒だ、死んじゃう。


 能力的には結構危険な悪魔だけに、戦闘に向いているって訳じゃないけどストラスたちも警戒してるみたいだ。確かに契約者が何かしらの被害に会う前に悪魔を食い止めなきゃ危ない。


 今回も骨がおれそうだ。


 明日カナダに契約者を探しに行くことになり、今日はパイモンも調べ物で忙しいから剣の稽古もできないって言われ、やる事もないからストラスと帰ることにした。


 ストラスを肩に乗せて人通りのあまりない河川敷をまっすぐ帰る。


 「お前今日どこを探しに行く予定だったんだ?」

 『この世界でも地獄に良く似た場所ですよ』


 そんな場所が存在するもんか。地獄に行ってた俺から言わせたら、この世界ほど素晴らしい世界なんてない。地獄と同じなんて口が裂けても言いたくないね。

 それを力説した俺にストラスは神妙そうな表情をしただけだった。


 『それは日本で、貴方が普通の人間として産まれ、生活できていたからこそです』

 「ん?」

 『世界は貴方が思っている以上に争いが起こり、貴方が思っている以上に残酷だ』

 「ストラス?」

 『近い内に見る事になるでしょうね。その惨劇を』


 なぜ脅す。俺がビビリなの知ってるじゃないか。

 そう突っ込んでやろうと思ったのに、ストラスの顔からは脅している訳ではなく、本当に真実を伝えているって感じがヒシヒシと伝わった。ストラスは一体何を見てきたんだろう?そんなに酷い場所に行ってたのかな。


 『人間とは悪魔と天使である。だが今は確実に悪魔に近づいていっているのです』


 そんな事、考えたくもない。


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