第25話 本当に大切なもの
鉄鋼馬の頭を撫でて、エリゴスが馬に跨った。騎馬になるだけで、かなり強く見えてしまう。でかくなるからかな?
ズキズキ痛む傷を耐えながら、状況を見守る。
なんとしても小倉さんと純君を助けなきゃ。ここまで来てバッドエンドだけはごめんだ。
25 本当に大切なもの
『鉄鋼馬か……厄介だな。ヴアル、お前で何とかできなかったのか?』
『すごく硬くて爆発させても大きなダメージは与えられないの』
『そうか、当てれるだけ当てろ。ダメージがゼロと言うことはないだろう』
パイモンが地面に刺さっていた剣を手に取り、エリゴスに向ける。
鉄鋼馬に跨ったエリゴスはハルバートをクルクル回し、パイモンに構えた。ヴアルなんか眼中にないとでもいう挑発にパイモンは目を細めて走り出した。
鉄鋼馬はパイモンを蹴飛ばそうと前足を高く上げたり、首を左右に振り回したり激しく動き回っており、避けて真横に動けばエリゴスがハルバートでパイモンを突き殺そうとする。これじゃどうしようもないよ!
ヴアルが何度も爆発を起こして援護してるけど、中々鉄鋼馬は倒れない。どんだけ頑丈なんだよあの馬は!急がないと小倉さんが本当に手遅れになってしまう。
その時、ヴアルが何かに反応して結界を消失させたと同時にジェダイトに跨ったセーレが入ってきた。
やべえ、セーレがマジで白馬に乗った王子に見えて、感動の涙が流れそうになった。セーレは俺の前に着陸し、ジェダイトから飛び降りてしゃがみこむ。
『拓也、大丈夫か?』
「まだ俺は。それより先にあの人を」
『でも傷がすごい。君の治癒からするよ』
「俺は本当に大丈夫!痛いけど、まだ耐えられるから!あの人、やばいんだって。先にあの人からでお願い」
最初は渋っていたけれど大丈夫だとアピールすれば、小倉さんの方に向かっていった。いきなりの悪魔の登場に純君はかなり警戒してたけど、ストラスの話しを聞いて小倉さんをセーレに預けた。
その光景を見てエリゴスが不快そうに舌打ちをしている。
確かに白魔術を使えるセーレが来たのは厄介だろう。これでエリゴスはかなり不利になったと言ってもいい。そのままやっちまえパイモン、ヴアル!
一度馬から距離をとったパイモンが再びエリゴスに向かって走り出す。でもやっぱ鉄鋼馬って奴がすごく邪魔みたいだ。更にエリゴスのハルバートでの攻撃もパイモンの剣よりリーチが長い。ヴアルも何度か攻撃を試みてるけど、やっぱり上手くいかないようで地団太を踏んだ。
『もうっ!中々貫通できないわ!だから嫌なのよ鉄鋼馬は!』
『騒いでも仕方ないだろう。何とかしてエリゴスから奴を引き離さなければ俺も戦いにくい』
『どうするのよパイモン?』
『あまりこれは刺激が強いからしたくはないんだが……鉄鋼馬の耳の付け根から首の後ろを狙え。確かそこの部分は皮が薄いはずだ。連続で当て続ければ首が飛ぶだろう』
『……確かに刺激的ね。拓也達は大丈夫かしら?でも仕方ないわよね』
二人は何かを相談して、再びパイモンが走り出す。でも今回は攻撃はあまりせず、避ける際に距離もあまり取ろうとしない、エリゴスが動かない為の囮にでもなったんだろうか?
でもエリゴスもなんとなく嫌な予感はしてるんだろう。距離を取ろうとしたが、そのつどパイモンから攻撃を喰らい、思った以上に身動きが取れない状況に舌打ちをした。
その間もヴアルの攻撃は続き、今までとは違い軽めの爆発を似たような場所に連発している。何の意味があるのか分からないが、ヴアルが両手を突き出した瞬間、それに反応したセーレが純君の目を手で覆って視界を遮る。でかい何かをしでかす気なんだ!慌てて俺も自分ではなく澪を抱きかかえ、視界を手で覆った。
『皆、目を瞑って!』
「拓也!?」
「少し我慢して!」
その瞬間、爆発音が聞こえ、音に反応して瞑ってしまった目を開けた先には首がほとんど胴から離れているけど、皮一枚で繋がって地面に倒れこんでいる鉄鋼馬の姿があった。
でもエリゴスは瞬時に退避したんだろう、怪我は全く無いみたいだ。
「う、うえ……」
かなり衝撃的な状況に吐き気がして、何とか耐えている時にストラスがこっちに飛んできた。鉄鋼馬はどんどん砂になって消えていき、結果エリゴスだけになったのを確認して、セーレが純君の視界を開放したので、俺も澪を解放した。
「拓也?」
『大丈夫ですか?かなり衝撃ではありましたけど』
「……衝撃、だな。ビックリしたよ」
それしかコメントできない。でも本当に衝撃だったから。心臓がバクバクとうるさいほど音を立てている。おさまれと言う意味合いを込めて服の上から左胸を握り締めたけど、当たり前のように全く効果はない。
その間にもパイモンとエリゴスの一騎打ちは進んでいた。
鉄鋼馬がいなくなったことで、お互いの武器を使い、激しい金属音をたて、位置を変え、角度を変え、戦いは激しさを増していた。ヴアルもこれだけ接近してたらパイモンを巻き込む可能性があるため攻撃をせずに状況を見守っている。
その間に小倉さんの治癒を終えたセーレが俺の所に来た。
『拓也、君の治療をするよ』
「さんきゅ」
セーレが白魔術をかけていくにつれて、傷口はどんどん閉じていった。
痛みもどんどん無くなり、傷が閉じる頃には完全に痛みも無くなっていた。だからと言って足手まといになりそうだからパイモンとエリゴスの戦いに割って入る気は無い。
でもエリゴスのハルバートは一つ一つの動作が大きいし、剣よりもリーチがある分、懐に入られたら一気に不利になるだろう。そしてそれはパイモンもちゃんと気付いてるはずだ。
エリゴスのなぎ払いを体制を低くする事で避けたパイモンが一気にエリゴスと距離を縮める。
『くそっ!』
『遅い』
一瞬でハルバートとそれを握っていた腕が宙を舞った。純君と澪の悲鳴、小倉さんの息を飲む音、全てが聞こえた。かく言う俺は全く声すらも出なかった。
澪をフォローすることもできない俺に変わり、ストラスがフォローするかのように澪に寄り添い、澪もストラスを抱きかかえた。
『澪』
「大丈夫だよ。少し、ビックリしただけ……」
少しビックリしただけ。そうは言うけど、俺も澪も真夏なのにガタガタ震えている。
でもまずは悪魔を返さなきゃいけない。地面に膝を付いて悔しそうにしているエリゴスの前に立っているパイモンの所に向かった。
「パイモン、魔法陣……」
『そうですね。すみません主、あまり事を荒立てるつもりは無かったのですが』
申し訳なさそうに謝ったパイモンに首を横に振った。パイモンは俺たちを守ってくれたんだ、責める事なんてできるわけが無い。セーレに支えられた小倉さんがこっちに歩いてきて、ヴアルが替わりに純君の側に慰めるかのごとく向かった。
小倉さんの手には契約石であるコーネルピンの髪飾りが握られており、それを魔法陣の中に入れる。小倉さんは何も抵抗をせずに言われたことを淡々とこなし、そんな小倉さんをエリゴスは憎しみのこもった目で睨みつけた。
『小倉、てめえは絶対に許されねえ。いつかてめえに裁きが下る……覚えとけよ』
憎しみと殺意が篭った言葉を投げかけてエリゴスは光に包まれ消えていき、残された小倉さんは地面に膝を付いて頭を抱えた。
純君は恐れて小倉さんに近づこうとしない。それもそうだろう、こんな事件に巻き込まれてしまったんだ。この傷は一生癒える事は無いだろう、今回の完全な被害者は純君だ。どんな理由があれ、この人のしたことは許されない。
でも小倉さんはまるで自分に言い聞かせるかのようにポツポツと語りだした。
「六年前、一人娘とその夫、そして腹の中の赤子も皆がいなくなった……突然の娘と息子、孫の別れに眠れない日々が何ヶ月も続いた。犯人が捕まらない事に苛立ちを感じた。だが純が生き残ったと言う連絡を受けて、光が見えた気がした」
純君は俯いていた顔を上げる。その視線の先には自分がずっと憧れていた祖父の姿がある。その祖父の弱弱しい姿。今までの現実離れした出来事もそうだけど、自分の祖父のこんな姿を見たくなかっただろう。
「だが全身を四十針も縫う大怪我をし、PTSDにかかり一年近く入院した。だが純が生きてくれていた事こそ奇跡であり、私が生きていく全てになるだろうと思った」
「それなのにどうして……」
「知ってしまったから。純が学校で親無しっ子と言われて苛められている事に」
純君が息を飲んだ。
ずっと隠していた事実をとっくに小倉さんは知ってたんだ。それがもしかしたら深い影を落としてしまったのかもしれない。
「その理由が私達だった。授業参観に私の妻、純の祖母が行ったのが発端だった。クラスメイト達は母親ではない祖母がなぜ参観日に来ているのかとからかって喧嘩に発展した」
純君がクラスメイトに親なしっ子って言われているのは実際に俺も聞いた。なんて酷い事を言うんだろうって思ったから。純君からしたら、参観日だって折角来てくれたおばあさんを馬鹿にされた気になったし、自分自身も惨めな気分になったんだろう。
クラスメイトも純君の事情を知らなかったとしたら、何気ない一言だったとしたら……からかうつもりの言葉が純君を傷つけていたことを理解してほしい。
「運動会ではクラスメイトに馴染めず孤立した姿も、陰口を言われている事も、全て知ってしまった。それと同時に許せなくなった。純がこんなに、私達がこんなに苦しんでいるのに犯人は捕まらず、のうのうと生きていると考えたら憎しみを抑えることができなくなった」
それがエリゴスとの契約に繋がったんだろう。
一年ぐらい前にスイスに住むダニエルさんが強盗殺人で家族を失い、そのショックでソロモンの悪魔ザガンと契約し、自分の家族を錬金術で蘇らせる代わりに、俺を殺すことを条件で契約していた。
今回は一体どんな契約条件だったんだろう。
「小倉さん、それがエリゴスと契約するに至った理由なんですか?」
「……エリゴスが犯人を割り出して裁きを与える事、しかし犯人が捕まった際は、私が殺人犯として裁きを受けることを条件に契約した。犯人が捕まったら何が変わるかは分からない。だが……何かが変わると、思ったんだ」
そして涙を流した小倉さんに純君が駆け寄って抱きつき、二人で涙を流す姿を見て胸が締め付けられた。二人とも被害者なんだ、あの日に全てが狂わされた。そこからまだ抜け出せてないんだ。
いや、抜け出そうともがいた結果、今回の事件が起こった。もう何も言うことができない。
『他人を憎んでも幸せにはなれない。一時の時間稼ぎにはなるかもしれませんが……貴方ならば乗り越えられると信じていますよ』
ストラスが優しく諭すように話しかけ、帰ろうと促す。
いいのかなと思ったけど、俺も正直話に入りにくいし、澪を励まさなきゃいけない。後は二人の問題なのかな。
澪の手を掴んで立ち上がらせて、皆で二人から離れていく。
「今からカフェ行く?」
「……うん」
冗談めかして明るく問いかけたら澪は涙目ながらも頷いた。少し時間が遅くなったけど、でもいいだろう。今日と言う日を楽しく終わらせよう。家に帰り着く頃には澪も笑ってられるようにしよう。
***
小倉side ―
「俺ね、ずっと思ってたんだ。ずっと前にママがおじいちゃんの写真見せてくれてね。おじいちゃんが賞をもらって笑ってる写真だったんだ。それ見てママが俺はおじいちゃんっ子だから、将来おじいちゃんみたいなすごい人になるかもねって言ってた。それ聞いて俺、強くなろうって思った。今も思ってる」
純のこの告白は初めて聞いた。賞と言うのは恐らく検挙率での書状か何かだったはずだ。純が強くなろうとしているのは苛めを克服しようとしているからかと思っていた。でも違った、純は私に尊敬の念を抱き、私のような人間になろうと思っていたのだ。
それを聞いて胸には罪悪感しか残らなかった。私はそんな綺麗な人間ではない。現に悪魔と契約をしてまで犯人を捕まえて罪を償わせたかった。とても孫に尊敬の念を抱かれるような行いをしているとは思えない。
それでも純は今でも私のようになろうと言ってくれる。
「純、私は尊敬される人間ではないんだ。自分が正義であると思い込み、罪を犯した。最低な奴なんだよ」
「そんなこと無いよ。おじいちゃんはいつだって正義の味方だ」
力いっぱい否定した純を抱きしめて涙を流す。
肩越しには純の嗚咽が聞こえてきた。私はこの子を守りたかった、この子の無念を晴らしてあげたかった。心無いクラスメイトに影で親無しっ子と言われ、苛められている純に。
本当ならば両親に両手を繋がれて歩いているはずだったのに、この子の手を繋いでくれる存在はいなくなってしまった。
だが本当に純の為だけとは言えるのだろうか?そこには私の感情が混じり、結果、このような事になった。この子の為にはならなかったのだ。
「俺、強くなるから。おじいちゃん達を守るために、誰にも負けないくらい」
「もう、いいんだよ……」
もういいんだ、私の大切な物は目の前にあった。なぜ私は幸せを壊そうとしていたのか……娘夫婦が強盗殺人にあった、娘と夫と腹の中の赤ん坊、三人ともいなくなった。
それから六年の月日が経っても忘れる事の出来ない悔しい思い出だった。犯人を捕まえて死刑にしてやりたかった。その気持ちは変わらない、だが……それだけが全てではなかった。
私にはこの子を守る義務がある。この子は辛い目に遭いながらも私を守ると言ってくれた。本来なら私が守らなければならないのに……
「もう、いいんだ……おじいちゃんは大丈夫だ」
私がしなければならないのは、この子の為に一分でも長く生きる事。この子が社会に出る常識を身につけさせる事。悪魔と契約をして犯人を捜し出して殺すことではない。私はなんと馬鹿な事をしたのか……
「おじいちゃんは頑張るよ。だから、お前も頑張っておくれ」
「うん、俺強くなる。おじいちゃんとおばあちゃんは絶対に俺が守るから」
幼い子供の言葉が妙に心の中にストンと落ち、安心感が包み込む。私が頑張らなくても、この子はきっと正義の為に未来を生きる。私はこの子に道を示せばいいだけだったんだ。
この子は私よりも強い。きっと自分自身の手でこの子は両親と妹の分の幸せも掴み取るだろう。
どうか私が生きている間に周りが羨むぐらい幸せになってくれ。
それだけで私の人生は幸せだったと確信することができるから。