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第24話 裁きを与える者

 この公園からマンションまでは徒歩で十五分ほどだ。澪が連絡を入れてくれて、パイモンがマンションを出てくれていたら走って十分くらいか?少なくとも数分は時間を稼がなければいけない。


 純君はストラスが誘導し俺とヴアルの後ろに避難しているが、本人は訳が分からないって感じでストラスを見たり、俺を見たり、祖父である小倉さんを見たりとソワソワしてる。今から何が始まるかも理解しておらず不安そうに瞳を揺らす純君を守らないといけない。


 

 24 裁きを与える者



 『どうするの拓也』

 「時間稼ぐしかないだろ。流石に俺たち二人では倒せないと思うし。何とか話をして時間稼ぐよ」


 コソコソと会話をしてエリゴスに視線を向ける。向こうはハルバートを器用にクルクル回し、小倉さんからの指示を待っているようだ。

 小倉さんはこの光景を止めることはせず黙って見ている。何で止めてくれないんだ……エリゴスは俺たちを殺す気で、ここには孫の純君までいるって言うのに!どうして止めようとしないんだ。純君が巻き込まれてもいいのか!?


 『おい勇作ーいいだろ?許可くれよ。こいつらぶっ殺していいだろ?』

 「それは私にメリットになるのか?」

 『お前が許可を出さなきゃ俺は地獄に戻される……分かんだろ?』

 「……いいだろう、だが純の記憶は管理しろ」

 『了解、これが終わったら記憶を抹消してやる』


 な、なんてふざけた事を!許可することなのかよ!?てか俺とヴアルは死んでいいって訳?いい加減にしてくれよ!

 とにかく純君に危害を加えないためにも、まずは時間を稼がないと。何かを話しかけようとした瞬間、目の前にハルバートの刃が迫っていた。


 「えっ?うぎゃああぁぁあああ!!」


 ビックリして腰が抜けて、その場に尻もちをついた事で薙ぎ払われたハルバートが頭上を空振りした。

 でも安心したのも束の間、今度はハルバートが薙ぎ払いから突き刺す体勢に変わり、その刃がまっすぐこっちに向かってきて、横に倒れてゴロゴロと転がって逃げれば、ザクッていう音を立ててハルバートが地面に突き刺さった。

 何とかヴアルの側までハイハイで移動して安堵のため息をつく。こいつ、斬りかかってきた!!


 「て、てめえふざけんじゃねー!いきなり斬りかかるとか……ば、馬鹿か!?」

 『お前にいちいち宣言するわけねえだろ。ここは戦場だぞ、勝ったもんが正義なんだよ、どんな手使ってもな』


 大声で怒鳴ったにもかかわらずエリゴスは平然そうな顔をしており、この光景を純君が目を見開いて呆けている。信じられないとでも言うように。

 腰が砕けてる感じがするけどヴアルの手を借りてなんとか起き上がる。こいつに話し合いは駄目だ、なら戦うしかない。ヴアルをサポートにつけて距離を取って戦おう。指輪に剣が出てくれって強く思うと、手に剣が現れた。そしてそれを見てエリゴスが笑う。


 『やっと本気だしたか……俺らの間に会話なんざいらねえよ。じゃあ俺もいっちょ行くかな!さぁ出て来い、俺の可愛いペットちゃん!』


 エリゴスが手を後ろに持っていくと、そこから真っ黒な空間が出現して青白い馬が現れた。馬には手綱がつけられており、頭と首には兜のようなものがつけられている。いかにも戦馬と言うにふさわしい容貌のそれは、勇ましい雄たけびをあげている。

 あの馬……前にサブナックが召喚してた悪魔に似てる。


 「何だよあれ」

 『油断しちゃ駄目よ。あれは鉄鋼馬って言われる地獄の馬よ。鉄のように固い皮膚と無尽蔵のスタミナ……騎士系の悪魔がもっとも好む馬なんだから』


 そ、そんな強い馬なんだ。それにデカイし……ジェダイトよりは小さいけど、でも俺なんか簡単に踏みつぶせそうなんだけど。

 馬の鼻息は荒く、エリゴスの隣に寄り添い、まるで俺たちを踏みつぶしたいとでも言うように前足を高く上げて威嚇をしている。エリゴスは興奮している馬の鼻を撫でて、口角をあげて俺達に聞こえるように命令した。


 『ヴアルは任せるよ。好きにしろ』


 その言葉を理解したのか、鉄鋼馬がヴアルに向かって走り出す。

 俺を巻き込まないためにヴアルが離れて爆発を起こすが、流石鉄のように固い皮膚って言ってただけある。馬は爆発を喰らってもケロリとしており、ヴアルを踏みつぶす為に前足を高く振り上げた。

 それをヴアルが避けて距離を取ろうとするが、鉄鋼馬も詰め寄っていく。あんなに近くにいられたら……!


 『余所見すんな素人!』

 「うおっ!」


 瞬時に目の前に迫ったハルバートをなんとか剣を持って行って衝突させた。金属特有の擦れる音を出しながら、ハルバートが徐々に迫ってくる。


 力と体勢のお陰で圧倒的に向こうの方が有利だろ!向こうは上から振り下ろしてるんだ。体重も重力もプラスになる。こっちは下から掬いあげる感じだ、体重にも重力にも逆らってる。きつすぎる!


 ギリギリと迫ってくる刃に冷汗が出て、何とか刃を退けるために自分に出せる力全てを出して刃を押し返そうと力を入れると、向こうが瞬時にハルバートを構え直し、振り下ろしの体勢から薙ぎ払いの体勢に変わる。でもこっちは急にハルバートの力が無くなったもんだから、そのまま前のめりになってしまった。


 まずい、切られる!


 迫ってきたハルバートを避けるために何とかジャンプして後ろに下がったけど、避けきることはできず、エリゴスのハルバートが腹にめり込み、自分の血が目の前を飛んだ。


 「うあ!がっ……ぐうぅ!い、いだいっ!!」


 痛みで動けない。意識しないと呼吸すらできない!痛みがする部分を手で押さえて蹲るも、溢れ出た血が手を真っ赤に染めていき、再び襲った斬られる痛みに一度悲鳴が出た。

 エリゴスが倒れて動けない俺の両足にハルバートを突き刺したから。足からも大量の血が溢れて、腹と足から感じられるどうしようもない痛みに涙が出た。

 エリゴスが足に突き刺さったままのハルバートをねじり、足の肉がねじ切られていく痛みに悲鳴が出る。


 「あああああ!!ぐ、っうううぅぅ!!」

 『情けねえ……取り巻きがいないとこれか。これからもっと痛い目に遭うぜ』


 ハルバートが再び構えられる。あ、もう駄目だ……死んだ。情けない、数分の時間稼ぎすらできないのか……

 そう思った瞬間、俺とエリゴスの間で爆発が起こった。熱気が襲い、一瞬で大量の汗が体から溢れ出た。でも目を開けた時にはエリゴスは目の前におらず、相手は俺から離れた所に避難していた。


 『うぜえな。おい、やっちまえ!』


 エリゴスの怒声に反応して、馬が声を荒げ、ヴアルの腹に振り回した頭をぶつけて吹き飛ばした。

 ヴアルの小さな体は宙を舞い、地面に叩きつけられ、さらに前足で蹴り飛ばされて地面に転がる。


 『あうっ!』

 「ヴ、ヴアルッ……」


 動け、動けよ!魔法を使え、早く!ヴアルを助けろ!

 そう思っているのに、体を襲う痛みにどうしても思考が邪魔され、魔法を使うことができない。ヴアルを、ヴアルを助けなきゃ……俺もヴアルも殺されてしまう!

 苦しそうな表情のストラスが視界に入る。純君の傍から動くことができないストラスが、今にも飛び出さんばかりの勢いでこっちを見ていた。

 そしてそれは純君も同じだった。


 「何これ……おじいちゃん、エリゴスを止めて!このお兄ちゃんは悪い人じゃない、違うよ!」

 「純、それは出来ないんだよ」

 「どうして!?エリゴスがやってるのは悪い事で、それを止めるのがおじいちゃんの仕事だろ!?なら早く止めてよ!」


 純君の涙交じりの訴えに小倉さんは首を横に振る。孫がこんなに懇願してるのに、クソジジイ!

 エリゴスも二人の会話に興味を示したのか、馬の動きを止め、ニヤニヤしながら状況を眺めていた。俺とヴアルだと敵にもならないと判断したんだろう。


 「純、分かってくれ。エリゴスがいなくなったら私たちを不幸にした犯人を見つけられなくなるんだよ」

 「い、意味が分からないよ。それと今エリゴスがしてることは関係ない!」

 「彼は探してくれているんだ、私たちを不幸にした殺人犯を。彼がいなくなれば殺人犯は見つからず、いずれ時効が来る」

 「可笑しい、そんなの可笑しいよ!」


 泣きだした純君を小倉さんが励ますことはない。

 でも相手の言い分はわかった。この人は自分の家族を殺した奴を捕まえるためにエリゴスと契約してた。エリゴスの能力は知らないけど、こいつに探させていたんだろう。

 家族が殺されて悔しいのは分かる、悪魔に縋ってでも犯人を見つけたいのも理解できる、でもこの人のやり方は間違ってる!


 「ふざけんな!純君がどんな思いでいるか、分からないのか!?」


 痛みをこらえ、ありったけの声で叫べば、小倉さんの表情が不快そうなものに変わっていく。


 「君に、何が分かるんだ?私たちの何が……家族に囲まれて暮らしている君に、私たちを非難する権利はないだろう」

 「そんなん、ッ!どうでも、いい!純君を前にしても、こんなことしてるあんたが、偉そうにほざくな!純君を傷つけて、なにがしたいんだよ!!うっ、い、いてて……!」


 俺の言葉が引き金になったのか、今まで静かな口調だった小倉さんが急に大声を張りあげた。


 「お前に何がわかるんだ!私は、純は母親と父親と腹の中の赤子を殺されているんだ!私達がこんなに辛い目に遭っているのに、犯人がまだのうのうと生きて笑っていることを想像したら虫唾が走る!」

 「だからって……」

 「私の行為の何を咎める?この国の緩い法に守られるのはいつだって加害者だ!被害者はいつまでも追いかけまわされて、呪縛から抜け出せない!死んでいった囚人たちもそうだ、一方的な感情で他人を殺害しておいて、自分が殺される番になったら命乞い。可笑しいだろう?生きる価値もないゴミを税金使って養うのも馬鹿げているし、奴らを更生させる施設なんてものもそもそも必要ない。私は絶対に犯人を捕まえて死刑にする。これ以上純に可哀想な思いをさせる前に私があいつを死刑に導いてやるんだよ!!」


 どうして、そんな事を純君の前で……!

 案の定、純君の目は怒りに燃えていた。自分を理解してくれない祖父に対しての怒りに。


 「何も分かってないのはおじいちゃんの方じゃないか!」

 「純……?」

 「俺は、もう、普通に暮らしたいよ!!俺、何回転校すればいいの?もう逃げたくないよ!!こんなことしてまで犯人探しなんてしなくていい!!もう、あんな怖い思いしたくないよぉ!!」


 泣き崩れた純君に小倉さんが何も言い返せなくなったのを見てエリゴスの表情が変わる。もしかしてこいつは純君を……?

 ハルバートを握りしめるのを見て確信した。こいつは純君を殺す気だ!


 「逃げろ純君!」

 「え?」


 純君の目の前に迫ってきた刃に純君も小倉さんも反応できない。殺される、純君が殺されてしまう!

 恐怖で目をつぶってしまったが、人を斬るにはあまりにも違う金属がぶつかる音が聞こえて、恐る恐る目を開けた。そこには無傷の純君とはじき飛ばされたハルバート、そして見慣れた細身の剣が地面に突き刺さっていた。

 あ、やばい。俺が女だったらこの展開絶対に惚れる。なんていい時に現れるんだあいつ……


 『ふん、雑な結界だ。破るのは容易いな』

 「拓也、ヴアルちゃん!」


 そこにはパイモンと澪がいた。良かった、パイモン間に合ったんだ!

 澪がこっちに駆け寄ってきて、抱きかかえて起こしてくれた。でも動く度に血が溢れ、痛みが襲い、冷汗ダラダラの額を澪がタオルで拭いてくれる。

 ヴアルもパイモンの手を借りて起き上がり、ぶつけた頭を痛そうにさすっている。でもまだ動けそうで安心した。俺はもう無理、本当に動けない。痛くて涙と鼻水と汗で顔がグシャグシャだもん。


 『主、一応セーレがいる太陽の家とマンションに連絡は入れておきました。気づき次第すぐに来ると思います』

 「うん、もう俺動けない。後は任せていいかな……ごめんな二人とも」

 『そうですね……いいでしょう。ヴアル、結界を張ってくれ』

 『分かったわ。頑張る』


 これできっとエリゴスは何とかなるはず。

 でも向こうはかなり揉めてる。どうやら純君に斬りかかったエリゴスに怒った小倉さんが掴みかかっている。そりゃ孫にまで手を出されたら怒るに決まってる、俺だって絶対に怒る。


 「ふざけるな!約束が違うだろう、純になぜ手を出した!?」

 『害を出す奴を消去したんだよ。いつもお前がしてたことだろ?』

 「私が、していただと!?」


 憤慨した小倉さんを馬鹿にするかのようにエリゴスはクツクツと笑った。それは本当に面白いものを見ている目だ。


 『殺人を犯した奴に生きる価値はない、そう言って判決決まって服役してた囚人どもを俺に命じて殺ってたじゃねぇか』

 「それは……殺人を犯した事への裁きだ!悪い事ではない、正義の為だ!」

 『正義なんて高尚な弁を垂れるなよ勇作よぉ、てめえはただレールから外れた落ちこぼれが気にくわねえから殺してんだよ。いつだってお前は、自分の不満や鬱憤を社会のせいにして、あの囚人たちを殺すのは憂さ晴らしだったじゃねえか』

 「違う!」

 『違わねえ、正義と悪は紙一重。世の為とか言って自分の行為を全て正当化する奴が一番危険なのさ。正義も行き過ぎると独裁者や殺戮者になる……てめえみてえなな!』


 その瞬間、エリゴスがハルバートを振るい、それが小倉さんの体を貫いた。

 血を吐いてその場に倒れた小倉さんを更にエリゴスは蹴り飛ばして、ついた血を落とす為にハルバートを振るった。こいつは契約者に手を出した。最初から大人しく契約する気なんてなかったんだ……こいつは本当に危険な悪魔だったんだ!


 『殺戮していた奴を正義の名のもとに裁いた。文句言えねえだろ勇作』

 「おじいちゃん!ふざけるなエリゴス、お前が一番悪い奴じゃないか!」

 『はいはいそうですよ、だって俺悪魔だもん。それだけで全ての犯罪は免罪符だろ?俺達より下位の存在である人間が俺達悪魔を語るな、反吐が出るぜ』


 泣きながら小倉さんの元に駆け寄る純君。小倉さんは苦しそうに息を吐いている。

 そんな純君の側にいたストラスが少しだけこっちに飛んできた。


 「ストラス、小倉さんは……」

 『かなり深く斬られていますね。セーレの到着次第では助からないと思ってください』


 そんなヤバい状況なのかよ……

 でもこっちも同じぐらいヤバい気がする。だってこんなに斬られてるんだ。出血多量でショック死したって可笑しくない。


 「俺もヤバい……」

 『拓也、こんな事を言うのは酷ですが、貴方は恐らくその程度の傷では死にません。悪魔の血が混じっているのですから』


 なんだよそれ……こんなに痛いのに。

 でも悪魔の血に少しだけ、0.000005%くらい感謝した。他人に死なないって言われるだけで精神的安心感が全く違う。その理由が例えどんなものであろうとも。

 じゃあやっぱり小倉さんが一番の優先順位だ。

 ストラスは再び純君の元に飛んでいき、励ましている。後はパイモンとヴアルがエリゴスを倒してくれて、そしてセーレがどれだけ早く着いてくれるか……それにかかってる。


 『ルシファー様の腹心とやりあえるなんて滅多にねえ。そのすました面をギタギタに切り裂いてやりたいと思ってたよ』

 『そうか、俺に喧嘩を売ると言うことは相応の覚悟があってのことだろう。手加減はしない、己の実力を鑑みるいい機会だろうな。もう二度と、貴様のような無能が間違って俺に喧嘩を売ることができないようにな』

 『言ってくれるじゃねえかパイモン、ぜってーにてめえはぶっ殺してやるよ』



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