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第23話 強い子

 「こ、この人……」

 「どうかしたの~拓也。顔ぶっさいく!」

 「うっせえヴアル!」


 直哉に付き合って古本屋に行った後、昼飯食べて家を出たら、家に遊びに来ようとしてた澪とばったり会って二人でマンションに来てパイモンに契約者の情報を渡されて……ってなげえよ!!

 そんな事どうでもいい!俺の事情を知りたい奴なんて一人もいないんだ!

 握りしめている紙に写っていたのは今朝公園でばったり会った、あの“お爺ちゃん”だった。



 23 強い子



 「俺……この人知ってるかも。さっき会った」

 「拓也の知り合い?」

 「主は意外と顔が広いですね」


 いや、そう言うんじゃなくて……別に知り合いとかそういうのじゃないんだけど、でもこんな形でもう一度会うことになるなんて思わなかった。誰から見ても、あの人はいいお爺さんをしてて、純君もお爺さんを尊敬してて、理想的な関係のように見えた。


 なのに、この人が契約してるなんて……


 手に力が入らなくなり、落としそうになった紙を慌てて掴む。でも俺のこの挙動不審な態度を見て、ヴアルとパイモンとストラスと澪は視線で何かを言い合っている感じだ。


 そしてストラスが一歩前に出てきた。


 『拓也、私から説明しましょう。彼の名前は小倉勇作、東京都の警視総官をしている男性です。善悪に対する判断が潔癖で警官の鑑とも言える人物だそうです』

 「じゃあなんで……」

 『六年前、小倉勇作の一人娘の家に強盗が入っています。それにより娘夫婦と腹の中の赤子が殺害されています。江戸川一家殺人事件、聞いた事がありませんか?』


 そう言われてみれば聞いた事がある。数年前に一家を襲った強盗殺人事件。犯人が捕まったって話を聞かないまま、新しいニュースに流されて報道されなくなった事件。

 この人はその被害者だったのか……じゃあ純君も……


 「純君は?」

 『その少年だけ意識不明の重体から奇跡的に助かったのです。犯人は残念ながら未だに捕まっていません。懸賞金も出ているくらいですからね』


 知らなかった。あの人にはそんな秘密があったのか……でも犯人が捕まってないなのなら、刑務所にいる人達がどんどん死んでいく事件とは関係ない気がする。

 だって殺されていってるのは自分達を事件に巻き込んだ人じゃないんだから、少し違う気も……


 『それから彼は人が変わった様になったそうです。元々勧善懲悪な性格のようでしたが、悪事を働く者に対し、必要以上に冷酷になったそうです。事実、彼は現在の日本の法の甘さに辟易していると言った発言も聞かれていたようです』

 「とりあえず他に怪しい者もいない。こいつを調べてみようと思います」


 パイモンは話を切り上げてパソコンを閉じた。そっか……この人が。


 なんだか身近に契約してる人っているんだなぁー世間は狭いや……純君はどう思うんだろうな。自分の尊敬している祖父が悪魔なんかと契約して、今話題になっている刑務所の集団死の渦中の人物だったとしたら……俺だったらどう思うのかな。


 とりあえず今日はパイモンに剣の稽古をつけてもらってお終いかな?稽古をつけてもらって一年近く経つ。剣道を習ってた光太郎や運動神経の良かった中谷にはまだ全然追いつけてないだろうけど、それでも最初に比べたら強くなった、気がする。


 だけど悪魔を倒せるかって言われたら話は別だけどな。剣を使うのはあくまでも護身用で、実際戦うときは指輪を使うけど、サタナエルの力に頼りたくはない。


 「パイモン、稽古してほしいんだけど」

 「今は手が離せません。シトリーもアスモデウスもいないので……申し訳ありませんが今日はご遠慮願えますか?」

 「あ、じゃあ手伝おうか?暇だし……」

 「結構です。一人でできます」


 ……なんか力いっぱい拒否された感があるんだけど。

 時計はまだ昼の十四時過ぎを指している。こんなに早く終わるなんて思ってなかったから、やることないや。家に帰って昼寝でもするかね、直哉もいないことだし……

 澪はヴアルと遊ぶみたいだし、一人で帰るか。そう思って立ち上がった所を澪が引き止めてきた。


 「拓也、良かったら一緒にカフェに行かない?いい所見つけたんだよ」

 「俺?」

 「うん、どうせ暇でしょ?」


 確かに暇だけど……でも澪からのお誘いなら喜んで!

 高速で首を振った俺の足元でチッと言う舌打ちが聞こえ、声がした方に振り返るとジト目で睨みつけてくるヴアルがいた。残念だったなヴアル、お前に澪は渡さん。


 「せっかく澪と二人でお話しできるって思ったのに」

 「俺は空気でいるからお構いなく」

 「空気ならケーキも食べないし、水も飲まないわよね」

 「その空気じゃねえよ……」


 痛いところ突いてきすぎだろ。でもあんまり反抗したら澪とデートできなくなっちゃうから、ここは笑ってすませとこう。


 パイモンはパソコンに集中していて、こっちの会話に耳を傾けてすらいない。邪魔にならないうちに帰った方がよさそうだ。


 ストラスはカフェには入れないから途中まで一緒に帰る形になり、パイモンに一応挨拶してマンションを出た。暑くもなく寒くもなく丁度いい気温の中を三人+一匹で歩く。あれだけ機嫌が悪かったヴアルも、立ち直りが早いのかニコニコして澪と手をつないで歩いている。


 でも俺が繋ごうかって言ったら断られるから、完全には良くなってないらしい。


 「カフェってどこ行くの?」

 「渋谷なの。安い割に美味しいって店があるらしいんだー裕香が言ってたんだ」


 橘さん、久しいな。元気にしてんのかな。あの人って新しいものが好きそうだから、こういった情報が早いよな。どこでリサーチしてんだろ。


 でもカフェかー少し楽しみ。俺甘いもの好きだもん。財布の中に二千円しかないけど、こんだけありゃ足りるよな。でも俺の頭上に同じく甘いものが好きなフクロウが羨ましそうに会話を眺めているのを見て若干申し訳なくなる。連れて行けないのが少し可哀想だ。そう思って話しかけようとしたら向こうから声をかけてきた。


 『拓也、今度また動物カフェに行きましょう』

 「あー行こう行こう。あそこ犬可愛かったよなー、ケーキも美味しかったし」

 『そうですね、犬の所に行きましょう。猫の所は危険です』


 あー思い出したらおかしくなってきた。


 「お前追いかけられてたもんな。あれ超うけた」

 『飼い主が助けてくれなかったものですからね』

 「なぁに?二人で行ったの?」

 「そうそう、直哉と一緒に。めっちゃ面白いよ。動物可愛すぎてマジ癒される」


 澪が話を聞いて、今度誘ってねって言って笑った。


 そうそう、前直哉とストラスとで動物カフェのテレビを見て行きたいって話になってストラスを連れて行ったんだけど、犬がメインのカフェでは平和だったんだけど、猫のカフェに行った時、ストラスがガチで猫に追いかけまわされてたもんな。


 直哉と相当笑ったのを覚えてる。そして店員さんが慌ててストラスを保護して、結局ストラスの機嫌が直ることはなかった。それでも動物カフェ、犬がいるとこだけど行きたがるんだ。よっぽどお菓子が美味しかったんだろう。今度は直哉と澪を連れて行こうかな。


 そんなことを話している時に、今日の朝、直哉がいじめっ子を追い払った公園の前を通り、ふと思い出し、その中を何気なく横眼で眺めたらブランコに朝会った男の子が座っていた。


 項垂れていて、酷く落ち込んでいる感じだ。肩が小刻みに震えてるから、もしかしたら泣いてるのかもしれない。てっきりあの後、帰ったとばかり思ってたけどなんでまた公園にいるんだろう。


 赤の他人なんだけど、朝出会ったばっかの子だ。放っておくのもなんだかスッキリせず、澪とのデートはすごく行きたいんだけど、行きたいんだけど!!


 「ごめん澪、やっぱ今日いいや」

 「拓也?」

 「どうしたのー一緒に行かないの?」


 澪とヴアルが目を丸くしているのに少しだけ気まずさを感じながらも手を合わせて謝って、公園の中に足を踏み入れた。二人が公園の入口からこっちを覗いている視線が突き刺さりながらも純君の所に足を運ばせた。


 「純君、どうかしたのか?」

 「あ、今朝の……」


 やっぱ泣いてたのか。

 純君は目をゴシゴシこすって顔をあげたけど、真っ赤な目はそのままだ。誤魔化しきれてない。


 「……泣いてたのか?」

 「な、泣いてなんかないよ!」


 強がってはいるものの、目は次第に潤んでいく。そして再び下を向いてグスっと鼻を鳴らす音を耳にし、俺も隣のブランコに腰掛けた。

 元々大きい公園ではなく、近所に大きな公園があることから、この公園には俺と純君とストラスしかいない。涙がある程度引っ込んだ純君は時折こっちにチラチラ視線を投げかけていた。正確にはストラスに。


 「フクロウだよ、触ってみる?」

 「いいの?」

 『……ほぉ』

 「行けよお前」


 何勝手なこと言ってんだ。って目でストラスが嫌そうに声を出して睨みつけてきたけど、ニヤッと笑って純君に差し出した。

 悪いなストラス、子供と打ち解けるのには動物とおもちゃ使うのが一番。犠牲になれ。

 ストラスは純君の手に渡る際、さり気なく腕を蹴って行った。なにすんだよ!

 でもストラスのふわふわな手触りに泣いていた純君の顔が少しずつ華やかなものになっていった。やっぱ動物の力ってすごい。


 「可愛いなーいいなー俺もフクロウ飼いたい」

 「止めた方がいいよ。どこにでもウンコするし、食い意地はってっし」


 ストラスが怒りで震えているのに笑いたくてしょうがない衝動を抑えて返事をする。これ絶対に後で嫌味言われるフラグだな。

 純君がストラスをぐしゃぐしゃにしているのを見ながら、なぜまたここにいるのかを聞いてみた。


 「お爺さんと帰ったんじゃなかったの?また買い物に来たの?」

 「……喧嘩した。あいつらと喧嘩したの怒られて、腹がたったから。でも、俺が悪いの?俺はやられたからやりかえしただけなのに、暴力を振るったらいけないって言うんだ。じゃあ、なんであいつらを叱ってくれないんだよ」


 喧嘩したことを怒られたのか。でもあの人は一方的に怒るような人ではなさそうだったけど、話の途中で純君が反発したんじゃないかなって思ってしまう。


 ただ、俺が聞こえていた会話だけでも、あの三人組は純君のことを祖父母が育てたから常識がないって母親が言っていたと純君に言っていた。碌な母親ではないんだろう。純君はそこをきちんと伝えたんだろうか。俺なら、純君の事情を知ってしまったから……両親や祖父母を揶揄されたと孫から言われたら相手の家に殴り込みに行くかもしれないな。


 純君はストラスを撫でている手を止めてぽつりと呟く。


 「正直に教えて。今朝の見ただろ。俺が親なしっ子って事も……俺って可哀想な子って思う?」

 「純君……」

 「俺さ、六年前にパパとママとお腹にいた赤ちゃんが殺されたんだ。俺だけ生き残った。すごく怖くて、犯人の顔を思い出そうとしたら涙が出て吐き気がして頭が痛くて、ずっと入院してた。今でも、あんまり思い出したくないんだ……捕まって死んでほしいって思うけど、俺の目の前に現れてほしくない」


 言うのも辛そうにしている純君にこれ以上話さなくていいよって言葉をかけようかとも思った。でも自分から話し出してくれたんだ。遮るのは失礼に当たる気がして、そのまま黙って話を聞いた。


 「でもさ、おじいちゃんに引き取られて、正義の味方で頑張ってるおじいちゃん見て頑張ろうって思ったんだ。頑張って強くなろうって」

 「無理、してない?」

 「少しは無理だって必要だよ、強くなるんだから。でも俺がどれだけ大丈夫って言っても、周りはそう思ってくれない。お兄ちゃんも俺が可哀想って思う?可哀想って言われても、パパもママも産まれてくるはずだった妹も、戻ってこないのに……」


 遠慮がちな視線がこっちを向いている。ストラスもさっきまでの反応が嘘のように静まり返っていた。俺が返事をしなきゃいけないんだよな……自分の気持ちを言っていいのかな?


 「俺は、可哀想な子だと思うよ……正直、思わない人なんていないんじゃないかな」


 純君の目が揺れて、うつむいた顔から鼻を鳴らす声が聞こえた。ストラスが心なしか純君に体を寄せて励ますようにすり寄っている。

 正直なことを言ってしまって、この子を傷つけたかもしれない。でも可哀想じゃないなんて本人がその言葉を望んでいたとしても、言えなかった。


 「でも純君が頑張ってるって言うのは、おじいさんだって皆知ってる。その人達は皆思ってると思う、純君は強い子だって。今朝会ったばっかの俺だって強い子って思うよ。俺は泣き虫ってよく言われるから」

 「泣き虫なの?」

 「うん、情けないけどね。すげえ泣き虫なんだよ俺。多分、純君の方が俺よりずっと強い。格好いいよ本当に」


 純君の顔が少しだけ笑う。でもこれは正直な気持ちだ。こんな風に強くなれたらどんなにいいだろうって思う。幼いのに、強くなるためには少しの無理だって必要って言える純君はすごいと思った。俺は、少しの無理でも泣いてしまうから。

 純君も少しは自信持ってくれると言いな。こんな図体でかい奴でも小心者でビビりもいるんだ、自分がどれだけ頑張ってる強い子かって事を。問題はあのクソガキたちと、その親だ。土下座させて反省させてやりたいところだけど、ストラスとパイモンに知恵をお借りしようかな。


 「あ、おじいちゃん……」


 純君が緊張した面持ちでブランコから飛び降りる。おじいちゃん……シトリーの情報では確か小倉勇作さんだよな。

 小倉さんの前には緑色の髪の青年が歩いている。何だよあの髪、恥ずかしくねえのか?良くあんな色で外歩けるよな……ゲームとかマンガの見すぎだろ。でもストラスの毛が逆立ったのを見て嫌な予感がした。走って近寄ろうとした純君の肩を瞬間的に掴み距離を取った俺に純君は目を丸くしてる。


 「お兄ちゃん?」

 「ごめん、だけど行っちゃ駄目」


 ストラスが純君の腕から逃げて俺の頭の上に乗っかる。その姿を見て、緑色の髪の青年は目を細くした。この反応、間違いない気がしないでもない。


 『見つけましたよエリゴス』

 「……そのダセえ王冠にジジイくせえ喋り方。間違いねえ、てめえストラスだな」


 エリゴスって奴なのか。じゃあやっぱりシトリーが言ってたのは間違いなかったんだ!この人が悪魔と契約してた……

 純君は突然聞こえてきた聞きなれない声に、俺を見たりエリゴスを見たり、せわしなく首を動かしている。まぁ確かにフクロウが喋るなんて思わないもんな。

 エリゴスは純君に手を伸ばす。面識はあるようだ。


 「純、帰るぞ。勝手にいなくなるなよ。今から、あのクソガキたちの所に行くぞ」

 「クソガキ?」

 「お前今日喧嘩したんだろ?勇作が酷く怒っている。罰は、受けてもらわなきゃなあ」


 ゾクリと背筋が震えた。こいつの言う罰が安易に想像できるような気がして、純君を渡してはいけないと言う気持ちが強くなる。


 『純、行ってはなりません。彼は悪魔です』

 「え、え?」

 「彼はぁ?あはは!ばぁか、てめえだって悪魔じゃねえか。ルシファー様を敵に回したって?雑魚のくせに俺より害悪じゃねえか」


 エリゴスの体が霧のように霞んでいき、少しずつ悪魔としての姿を現しだした。

 銀の鎧に身の丈以上ある鋭利なハルバート……うわぁ、こいつ騎士系か!ソロモンの悪魔の中でも騎士系って基本強い奴が多いから嫌なのに。俺とストラスしかこの場にはいないんだぞ!?とにかく純君を連れて逃げないと!そう思っていたのに、エリゴスが指をパチンと鳴らし、公園が透明な壁に包まれていく。


 「やべえ結界張られたぞ!」

 『まずい、このままでは私達だけで戦わなければなりません!』

 「拓也!」


 公園が結界に包み込まれる前にヴアルが中に入ってきた。カフェ行ったんじゃなかったのかよ!


 「お、おい!お前行ってなかったのか?澪はどうした!」

 「公園の前で見てたの。澪は大丈夫、パイモンに今電話をかけてる。すぐに駆け付けてくれるはず」


 よし。それまで、できるかわからないが時間を稼ぐぞ……


 エリゴスが鋭利なハルバートを向けて口角をあげた。


 『喰らわせてやるよ。裁きって奴を』



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