第21話 刑務所の混沌
「誰でもいいから殺してみたかった。自分の人生に終止符を打ちたかった」
「俺を振ったから許せなかったんだよ!俺はこんなに尽くしてたのに!」
「就職も上手く行かなくて……生きてる意味が分からなくて」
罪の意識にさいなまれているのなら、自らが先に死ねばいい。
罪の意識を感じないのなら、私がこの手で裁きを下してやろう。
21 刑務所の混沌
やっと少し涼しくなったか。
十月を迎えて、夏服一枚じゃ少し肌寒くなってきた。もうすぐ冬が来るなぁ……今年も暖冬とか言って寒いんだろどうせ。何が暖冬だよ、温かいんなら昼間でも十五度くらいになってくれよな。
今日のHRで担任が修学旅行の事を話してた。うちの高校はニュージーランドなんだそうだ。そこで一週間のホームステイ。
二月に行くから逆の向こうは真夏で過ごしやすいらしい。ニュージーランドかぁ……オーストラリアには悪魔を探しに行ったんだけど、でもあそこには悲しい思い出しかないや。行きたいとも思わない。
クラスが修学旅行にざわつく中、溜め息をついてるのはきっと俺だけだろう。班分けは向こうが勝手に決めるらしいから、仲いい奴らと同じ班になれたらホームステイ先も近いからいいよねって程度。どうしよう、英語話せないしホームステイとか結構上級者コースなんじゃない?大丈夫か俺。
「ニュージーランドって何があんだろ」
「羊だろ。でもニュージーランド行くぐらいならオーストラリア行きてえんだけど」
「確かに。何で敢えてって感じだよな」
上野と桜井が後ろの席で笑いながら会話してる。確かに言われてみたらそうだよなー
この修学旅行が終わったら本格的な受験シーズンなんだろうな。俺はそろそろ早めに始めた方がいいよな。来年までに全部を終わらそうなんて不可能に近いんだし……あー嫌だな。
つか来年になったら直哉とか中学じゃん!早いよな……俺が指輪を手に入れた時はまた小五だったのに、そっかー今はもう小六か。なんだかそう考えると直哉も少しずつ大人になっていってんだよなぁ……
***
「ただいまー」
「あ、おかえり兄ちゃん!ちょっと来て!」
マンションに寄らずに真っ直ぐ家に帰ったら先に帰っていた直哉が玄関まで慌てて出てきた。直哉はそのまま俺の腕を引っ張り強制的にリビングに連れて行く。
えー何?ちゃんと手洗わないと母さんに怒られるじゃんか。今日冷蔵庫にシュークリームあんの知ってんだからな。絶対食う為には手を洗わなきゃだろ。
リビングに連れていかれて母さんが何かのチラシと睨めっこしている隣に座らされた。え、なにこれ。俺への説教始まるの?
「……いつもの三倍老けてるけど何かあった?」
「あら拓也、余計な事は言わなくていいの。いやねー直哉にそろそろ塾行かそうかと思って考えてたのよーほら、あんたも他人事じゃないでしょ?あんたも行かなきゃ受験大変でしょ」
おおう、俺にも火の粉がかかってたのか……でも俺はともかく直哉に塾はまだ早いんじゃないのか?だって直哉は中学受験する訳じゃないし別に小学校の成績も悪い方じゃない。むしろ俺と違っていい方だ。あ、もしかして母さんは直哉に期待してるのか?
「直哉には早いでしょ。中学受験しないんだし……」
「でも大輝君が行きだしたんですって。ほら、勉強もどんどん難しくなるじゃない?直哉も行かせた方がいいのかなって」
「直哉は大丈夫だよ。こいつこれで意外と成績いいみたいだし」
大輝君が行き出したから母さんもつられてってなってるんだな。確かに直哉の親友が塾に行き出したんだ、気になるかもしれないけど……やっぱり直哉は馬鹿だな。行きたくないんだったら、不要な情報は漏らさない事だ。今度から覚えておくことだな。
母さんは確かにねって言ってチラシを見るのを止めた。それを見て直哉は一安心。安堵のため息をついた。まあ有名私立中学に受験はしないにせよ、どっかしら受験はするんだろうなとは思う。
そして母さんの今度の標的は直哉から俺に変わる。
「拓也、あんたはどうするの?早めに対策しといた方がいいんじゃない?」
「えっ?あー……まぁ、まだ大丈夫。何とかなる」
「どうだか、今度の模試の結果次第ね。でも三年になったら通わせるわよ」
教育ママ、受験には厳しいなぁ……あーあ嫌だな。来年になったら毎日こういう小言言われんのかねぇ。
とりあえず冷蔵庫にシュークリームがあると言われて直哉と手を洗う為に洗面台がある部屋に向かった。そこで一緒に手を洗っていると直哉が礼を言ってきた。
「ったく母さんに余計な事言うなよな。お前中学受験とかマジで興味ねえの?母さん気にしてるけど」
「へへ、ごめんな。あんまり興味ないんだよな。とりあえず皆行くところに行こうかなって」
直哉、背が高くなったな。小学生とか育ち盛りだもんな。それにしてもこんなに高くなったんだな。なんだか直哉はどんどん成長していくな。嫌だー小さい直哉が可愛いのに、大きくなったら可愛げなくなるぞ絶対に。今のうちだな、可愛がるのは。
その後、二人でシュークリーム食べて漫画読んだりゲームしたり、久しぶりにストラスのいない中で俺たちは遊んでいた。
夜に父さんが帰ってきて、ストラスも多分マンションに行ってたんだろう帰ってきて、皆が揃った所で飯を食った。
母さんが父さんに塾の話を持ちかけてたけど、父さんが自分達の好きにさせればいいって結論で落ち着いた。やっぱ父さんは適当だけど俺達の味方だよな。直哉は父さんを味方につけた事にかなり安心してた。
『ほぉ、塾ですか。光太郎と同じ所に通うのですか?』
「多分三年になったらね。流石に受験が待ってっしさぁー」
夕飯を食べ終わった後、自分の部屋に戻ってストラスと会話をする。やっぱ三年になったら行かなきゃ不味いだろうな、こちとら普通に考えたら受験生な訳なんだし。
悪魔探しにかまけてる暇なんかなくなるだろうけど、でも悪魔探しを止める訳にはいかない。結局はただ負担が増えて頑張らなきゃいけないって結論になるんだろうな。あー嫌だなそれ。
ベッドにゴロゴロ転がってる俺にストラスは眉を下げて眺めていた。
『大変ですね人間は』
「本当になーいいよな悪魔は。勉強しなくていいもんなー夜は墓場で運動会?」
『……直に貴方もそうなる』
「死んだら墓場で運動会?嫌だなそれ」
ケラケラ笑ったけど、ストラスが笑う事は無い。冗談で言ってる訳ではなさそうだ、こんな急に嫌な事カミングアウトしなくたっていいんじゃないか?
「絶対に嫌だな。そんなの……」
『拓也』
「なぁ、俺はまだ人間だよな」
返事は無い。分かってた事だけどな……俺は悪魔になっちまったんだろ?そのサタナエルの力を受け継いだから、もう人間じゃないんだろ?
でもさ、悪魔になったって実感は全くないし、学校だって普通に通えるし皆だって俺を普通に見てくれる。どうやって悪魔だって事を受け入れたらいいんだよ。受け入れられる訳ないじゃん。
なんだかしんどいわ。
『拓也、パイモンが悪魔を見つけたと言っていました。明日マンションに向かいましょう』
「……俺は悪魔が嫌いだ。でも天使も嫌いだ」
『拓也?』
「人をこんな事に巻き込んで、俺の人生メチャクチャにして、殴り飛ばしてやりたいくらいムカつく。でももうただの同族嫌悪なんだよな。俺は悪魔だけど、悪魔が大嫌いだ。神様や天使が大嫌いだ。皆死ねばいいって思うよ」
そうしたら普通に生きられるかもしれない。騙し騙しに人間をしていけるのかもしれない。今はきっと分からない、でも長いスパンで見ていったら絶対に実感する。自分が皆と違う存在なんだって事。嫌でも分かる日が来る。
その時、俺は自分が今まで化け物だって思って見てた時と同じ目で他人から見られるようになる。そんな事を考えたら自然と涙が出た。隠しきれない泣き声が室内に響き、ただただ泣いた。ストラスは何も解決策をくれなかった。
***
次の日、マンションに向かって早速悪魔の話を聞いた。
どうやら刑務所の囚人が大量死したらしい。最初は刑務所の衛生面の問題や、集団自殺、看守からの暴行などが疑われたけど、刑務所や看守の対応に可笑しな点は見られず、そのまま迷宮入りしそうになってるんだそうだ。
死んだ人数は十四人、年齢的には二十代~六十代と幅広い。皆が急に何かの病気になって死んでしまったらしい。
「すげえ展開だな。デスノートみてえ」
「実際にそう言われている様です。デスノートがこの世界にも落ちたんじゃないか、と。まぁ似た様な物ですけどね」
「じゃあ契約者特定は難しいんじゃないのか?」
「そうですね、機密情報なので中々手に入らない。情報収集はシトリーに任せています」
シトリーなら何とかしてくれるだろうけど……それでも今回は難しそうだ。でも国内だから海外よりは何とかしやすいかも。俺も契約者と話しするのに通訳使うのってやっぱ少し不便だから。
今日は何もする事がないって言うけど稽古する気にもならず、テーブルに教科書を広げた。それをガリガリやってるとパイモンが覗き込んでいた。
「随分汚い教科書ですね」
「失礼な!俺はそろそろ勉強しなきゃ受験に間に合わないんだよ」
「ふむ……数学や物理でしたらお手伝いできますよ」
「マジで!?なんで!?」
なんだってパイモンが数学できる訳?英語は喋れるから手伝ってもらえるのは知ってたし、実際手伝ってもらった事もあったけど。数学とかパイモンやる機会あったか?
「元契約者の手伝いをしている際、微分積分等を覚える機会がありまして……数Ⅲもある程度は教えられるかと」
「最高だよパイモン!」
なんだよこいつ最高じゃないか!
嬉しさのあまりパイモンに抱き着けば心底嫌そうな顔をされた。な、なんでそんな顔するんだよぉ……この嬉しさを体で表現しただけなのに。
パイモンは俺を無理矢理押しのけて教科書をパラパラめくった。そんなパイモンが気になったのかセーレまで俺のテキストを読みだした。なんだか皆物珍しがってんなぁ。アスモデウスまでもが教科書を読みだして、一体どうなってんだよ。
「あ、世界史ってなんだか懐かしい。こんなこともそういえばあったな」
「セーレわかんの?」
「一応この時代は生きてるからね。ある程度は」
す、すごいぞ!これだったら俺塾行かなくても何とかなるかも!家庭教師がどんどん見つかる。悪魔って頭いい奴多いんだな!
もう勝手に皆を家庭教師に据えて勉強教えてもらう気満々なんだけど。
「ストラスならこの程度の化学式分かるかもね。錬金術師のハアゲンティと仲いいし、彼の研究の手伝いもしてたから」
「ストラス化学もできるのか!?」
アスモデウスの言葉に目が丸くなる。じゃあストラスに化学を教えてもらって、英語も教えてもらうのはあれだから英語は他の奴らに頼んで、パイモンに数学だろーセーレに世界史だろー。国語とか生物とか地理は自分で何とかするとして、完璧じゃん!
英語はアスモデウスでも分かるだろうな。シトリーは忙しそうだし、ヴォラクとヴアルに見てもらうのは何だかプライドが許さない。
「これで塾行かなくても何とかなりそうだ。生物は遺伝以外は暗記だし」
「出来る限りはお手伝いしますよ。その代わり鍛えますけどね」
……ここで頑張って素晴らしい大学生活を送れるのなら。喜んで鍛えられさていただきます。
完全にこの時、俺の頭の中は受験の事しか考えていなかった。
***
?side -
「なぜ彼らは騒ぎたてるのだろうか?」
『そんな事知る訳ねえだろ。ま、あんたがあんだけ人間殺しゃ話題にもなるっつーの』
可笑しいな、私は裁きを加えただけなのだ。いつ来るかも分からない裁きではなく、目に 見える裁きを。それなのになぜこんなに騒ぐ。囚人が死ぬのは良い事じゃないか。いつだって民衆は殺人を犯した者には極刑を望み、囚人を弁護する弁護人に罵声を浴びせる。
いつの時代だってそうだ。腐った人間はいなくならない。彼らがこの世界に存在する事が殺された者の遺族への一生の枷になる。だから彼らさえいなくなったら、世界は素晴らしい物になると言うのに……私の考えは浅はかすぎるだろうか。
『まぁいいけどね、面白けりゃ何でも。だがあんた怖いね、俺と同類みたいだ』
そうだろうな。囚人を殺す事も立派な殺人、罪を背負う覚悟はできている。だが、私がやらなければ誰がやると言うのだ。私がやらなければ奴らは本能のままに殺人を繰り返す。
“やってみたかった”
“憎いから殺してやりたかった”
子どもでも自制がきくと言うのに、なぜそれを大人が出来ないのか……それを不思議に思う。
だが私は立ち止まる訳にはいかない。奴を見つけるまでは……