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第2話 優しい貴方は

 澪side -


 『君はサラの子孫だからね』

 『貴方だったのね、あの子が必死に守ろうとした子は……』


 バティンとグレモリーさんの言葉が頭の中で反芻される。

 昨日、拓也と一緒にマンションに来た悪魔……アスモデウス。人間に化けた姿はあたしと同い年くらいの少年の姿だった。この悪魔がバティンが言っていた悪魔だったんだと思った。あたしを不幸にする存在だと。

 そしてあたしの彼に対する第一印象は恐ろしい、そして悲しそうな顔をしているイメージだった。



  2 優しい貴方は



 英語の先生が授業の説明をしている。今やってるとこは過去進行形の所だ。


 でも全然集中できない。まだ八月の中旬に入る今の時期は蝉の音が響き、蒸し暑い天候が続いている。“過去”その単語を聞いただけで、三日前マンションに来た悪魔の事を考えてしまう。


 拓也は助けてくれたって言ってたけど、あたしにはどうしても分からない。


 まずあたしは本当にサラって人の子孫なのか、呪われた子供、彼の契約石……そしてあたしのせいでひいおじいさんは死んでしまった。何が何だか分からなくて手で顔を覆い、視界をシャットダウンして考えても分からない。


 怖い、これから自分に何が起こるのか。それが耐えられない。


 去年の夏にストラス達に出会って、一年が経った。もうあたしは高校二年になって四カ月が経とうとしてる。


 その間にあった事は沢山ありすぎて良く分からないことばっかりで、でも今はそれ以上に混乱してる。またバティンが襲ってきたらどうしよう。あの人はあたしを逃がさないって言ってた。


 あたしは今も狙われてるんだろうか。怖い、それが恐ろしい。


 誰か安心させてほしい、大丈夫だよって。絶対に大丈夫って根拠が欲しい。


 「澪ちゃん大丈夫?」


 隣の席の友達がこちらを心配そうに見ており、顔を上げたあたしに友達は不安そうな表情をした。

 

 「顔色悪いよ。保健室に行った方がいいんじゃない?」

 「……そう、かな」


 友達は何度も頷いて、先生に言おうか?って言ってくれてるけど、それは止めてもらった。


 駄目だ、集中できない。もう嫌だ。


 今日は学校はもう早退しよう。マンションに行きたい、あそこに行ったらきっと安心できる。ヴアルちゃんが一緒にいてくれたら、きっと安心できるはずだから。そう思えば思うほど授業が早く終わってほしくて、あたしはただただ時計に視線を向けていた。


 授業が終わったあたしは学校を早退した。友達が先生に言ってくれた事に感謝して教室を出る。


 グラウンドから校舎に視線を向ければ、窓際の席の上野君達がはしゃいでいるのが見えた。拓也もあの中に混じって談笑してるのかな?でも良かった、拓也が無事でいてくれて。それだけが心配だったから。


 あたしは胸をなでおろして鞄を握り直した。


 ***


 「澪、どうしたの?不安なの?」


 マンションに訪ねてきたあたしをヴアルちゃんは心配してくれた。嘘をつく事なく頷けば、更に心配そうな顔をされたけど仕方がない。だって怖いんだもん。マンションにいたパイモンさんとセーレさん、ストラスも眉を下げて心配そうにしている。


 でもお願い、皆は普通どおりにしてて。じゃないともっと不安になってしまうから。セーレさんの部屋に彼は今いるらしい。寝ていると言う話を聞いて少しだけ安心した。そしてそれと同時に無性に彼の姿を確認したくなった。


 「ねぇヴアルちゃん、今なら行っても起きないと思う?気づかれないと思う?」

 「……行きたいの?」

 「うん」

 「多分起きない、随分深く眠ってるから。ついて行こうか?」

 「大丈夫」


 ヴアルちゃんの腕をそっと離してソファから立ち上がる。

 それをパイモンさんが視線だけ動かしてこっちを見てきたけど、何も言わずにそのまますぐに視線を伏せた。

 

 ドアを開けてセーレさんの部屋に入った先には彼がベッドで寝ていた。死んだようにぐっすり眠っているおり、寝息すら分からないくらい静かだ。そんな彼の側に近づいて膝をつき、顔を覗き込む。

 こうやって見ると悪魔なんて思えないや。普通の男子に見える……


 「ねぇ、グレモリーさんが言ってた子って貴方なの?」


 返事はない、当然だ。

 でもあたしは小さい声だけど、しつこく話しかけた。


 「いつになったら目を覚ますの?貴方があたしを守ってくれるの?」


 怖くなって零れそうになった雫を拭って、小さな声で泣いた。怖い、これからが怖い。拓也はいつもこんな怖い思いをしてたんだ。狙われてるって感じた途端、恐怖が全身に襲いかかって来た。

 またあの時みたいに急に現れたらどうしよう。今度はあたしが地獄に連れて行かれちゃう。


 「……ごめん」


 自分の声以外の声が聞こえて顔を上げると、目を覚ました彼がこっちを見ていた。目があった瞬間、恐怖が襲いかかり、立ち上がったあたしの腕を彼が掴んだ。

 その事態に固まってしまったあたしを彼は悲しそうな顔で見ている。


 「逃げないでくれないかな。君に逃げられると傷つく」

 「……起きて、たの?」

 「音には敏感なんだ」


 相変わらず困った顔しかしない。昨日今日会ったばかりだけど、彼はこんな悲しそうな表情しかしない。握られた手はかすかに震えており、彼も何かに怯えていると判断した途端、彼から恐怖と言う物は感じられなくなった。

 貴方も怖いんだね。何かを怖がってる。

 再び側に膝をついたあたしに、彼はまた困ったように笑った。

 

 「セーレから聞いた。バティンが君を狙ってきたって」

 「……怖かった」

 「ごめん、全部俺のせいなんだよ」

 「そんなので許せる訳がない。怖かった!」


 再び涙が溢れ、あの時の恐怖が思い出される。

 全てに絶望した気分になった。サラなんて誰か分からない、そんな会った事も見た事も聞いた事もないくらい遠い遠い先祖のせいで悪魔に狙われるなんて理不尽だって思った。どうして自分なのかって思った。

 涙を必死で拭っているあたしの腕を再び彼が抑えた。


 「擦ったら腫れる」

 「貴方のせいじゃない」


 そう冷たく返せば悲しそうな顔をされる。


 ごめん、理不尽なのは分かってる。あたしを助けようとしてくれたんだよね、傷だらけになっても拓也を守ってくれたんだよね。あたしの大切な幼馴染……誰よりも大好きな男の子。


 そんな命の恩人に酷い言葉を投げかけるあたしは世間一般で見ても最低なんだと思う。でもそれ以上に怖いから。この人さえ現れなかったら、狙われなかったんじゃないか、そう思ってしまうから。涙を流すあたしの首に何かがかけられて、視線を向けると、胸元に綺麗な小さい宝石がついたペンダントがかけられていた。


 「お守り。俺より君が持っていた方がいいと思う」

 「これ……」

 「サラが前にくれた、大切な物だからって契約石と交換で。契約石が返って来たんだ。ペンダントも返す必要がある」


 アスモデウスは少し遅い動作ながらもベッドから起き上がり、扉がある方に向かっていく。


 「どこ行くの?」

 「出ていくんだ。大丈夫、君を連れていこうとした奴を全て消し去ってくる」

 「なん、で……」


 そんな傷だらけの体で、なんで、どうして。まだ傷も癒えてないじゃない。

 冷たい事を言ったあたしの為に何でそこまでするの?サラがそんなに大事だから?サラなんて何代前の先祖かも分からないのに。そんな子孫の為になんでそこまで出来るの?

 その思いが顔に出ていたんだろう、彼はあたしを見て苦笑した。


 「不思議そうな顔してる」

 「だって……おかしい。何でそこまで必死になるのか」

 「……彼女を守ると決めた、その子孫も全て。彼女の幸せの為ならどんな事だってできる」

 「サラはそんな守られる様な人じゃない」

 「え?」


 目を丸くしている彼に捲し立てるようにあたしは言葉をつづけた。だって、そうじゃないか。彼女は自分の子供を、孫を、子孫をずっと殺してきた。産まれたかった命をないがしろにしてきた。そんな女になぜ命を懸けられるの?

 もう涙なんて気にしてる余裕はなかった。


 「サラなんて大嫌い、あんな人いなかったら幸せになれた!あの人が貴方の契約石に変な呪いをかけたから父さんの家族はずっと兄弟が出来なかった!ひいおじいさんが死んだ!全部あの人のせいなのに、なんであんな人の為にっ……!あんな人、守られる価値なんか無い!」

 「それ以上は言わないで」


 口を手で塞がれて言葉を遮られた。

 辛そうな、泣きそうな表情をしている彼が視界に入ったら、もう自らそれ以上悪態をつく気にはなれなかった。彼は何度もごめんと謝り続ける。なぜ貴方が謝るの?

 

 「ごめん、全部俺のせいだ。人間の女性に恋なんかしたから……結婚、していたんだ。誰からも祝福されなかった。二人だけでいいって思ってたけど、心のどこかで誰かに祝福されたいと思っていた。俺のせいで彼女は狂っていったんだ。誰よりも優しかったのに、俺なんかを……愛してくれたのに」


 そのまま涙を流して彼は泣き続ける。彼の口からはそれでもサラを愛したことに対しての後悔は一言も出てこなかった。本当に、彼女のことを愛していたんだね。

 二人して涙を流して、止める事もしないまま時間だけが経過した。

 次第に涙も引っ込み、茫然とただ今の状況を確認する作業をし始めたあたしの手を彼が握った。強く手を握られ、顔をあげたら真剣そうな表情の彼がいた。


 「サラの子孫だからって理由は嫌かもしれない。でも君を守りたいんだ、地獄に連れて行かせなんかしない。君が望む世界を作ってあげたい」

 「どういう、事?」

 「君に未来を与えたい。幸せな未来を……審判は必ず止めて見せる。サラの呪縛は君で終わりにさせる」


 だから泣かないで。

 そう言って悲しそうにしながら、安心させるために向けられた笑顔は温かくて、そして酷く胸を締め付けた。グレモリーさんの言ってた通りだ。彼は全てを捧げてくれる。それが罪悪感から来る物なのか、サラって人への愛情から来る物なのかは分からない。でも彼は絶対に守ってくれるんだ。

 首に掛けられたペンダントを再び彼の首にかけた。


 「大事な物なんでしょ?貴方が持ってなくちゃ」

 「でも……」

 「だから貴方の契約石をあたしにちょうだい」


 彼は驚いてあたしを見ている。この展開は予想外だったんだろう。


 でも守ってくれるのなら側にいて、じゃないと不安になる。影から守るんじゃなくて側にいて守って。彼は渡すのを躊躇していたようだけど、怯えた表情で自分でいいのか?と聞いてくる。そんな事決まってるじゃない、じゃなきゃこんな事言わない。


 頷いたのを確認した彼の手が動く。そして手に契約石が渡された。見慣れてしまったボロボロの指輪は彼の手に触れた瞬間に新品のように輝いた。


 「守るから、絶対」

 「……うん」


 契約石を受け取ってそれを指にはめた。少し大きいかな、人差指に丁度いい。お父さんは家にあった役に立たない家宝って笑って言っていたけど、あたしにとって本物の家宝になった。


 「ねぇ、貴方の事なんて呼べばいい?そのままアスモデウスでいいの?」

 「それかアスモでもいい。そう呼んでくれる奴がいた」

 「そうなんだ」

 「で、でもなんだか恥ずかしいな。好きに呼んで」


 僅かに頬を赤く染めて頷いたアスモデウスがなんだか可愛らしくて少し笑ってしまった。

 でも笑ったのが気に食わなかったのか、恥ずかしそうにしながらも不機嫌そうな顔をした。それをフォローするかのように慌てて会話をつなげる。


 「じゃあアスモって呼ぶね」

 「や、やっぱ、アスモデウスで!なんか、急になれなれしいとか怒られそうで……」

 「誰に?」

 「パイモン、とか」


 アスモデウスから見てもパイモンさんってやっぱり怖いんだ。なんだか彼が年頃の少年のように思て口元を手で覆って笑ったあたしを見て初めて彼も笑った。 

 気恥しそうに頬を染めて。


 「じゃあ君の事、なんて呼べばいい?」

 「澪でいいよ」

 「澪……分かった」


 何度も名前を繰り返して呼ばれて少し恥ずかしかったけど、それ以上に何かがストンと心の中に落ちていって、先ほどまでの怖さは無くなっていた。

 きっと彼が助けてくれる。根拠も無くそう思った


 「アスモ……うん、アスモデウス、よろしく」

 「あっ!う、うん!」



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