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第16話 グリム童話

 「(ねぇ、妖精さんってこのお話の妖精さんの友達なの?)」

 『(なんだそれは)』

 「(このお話はね、名前を当てられた妖精さんが死んじゃうの。だからね、妖精さんは俺に名前を教えてくれないの?)」

 『(……面白い話だな。グリム童話か)』



 16 グリム童話



 病室にフェルディナントさんが運ばれて一時間くらいが経過した。その間、待合室で待っていたレナーテを慰めながら名前を呼ばれるのを待つ。ヨルクは来ない、レナーテは気が動転してしまってヨルクに連絡できないから、ヨルクはまだこの状況を知らないんだ。無理もないよな……


 そしてレナーテの名前が呼ばれて、俺達はレナーテに付き添ってフェルディナントさんに与えられた病室に向かう。そこには真っ白なベッドで眠っているフェルディナントさんがいた。


 隣にいた医師と看護師は俺達を診察室に連れて行き、心電図やら何やらの図を見せてきた。


 「(心臓に負荷がかかりすぎているし、全身のむくみもひどく腹水貯留が著しい。肝機能も低下してきています。内服薬の使用は降圧剤くらいしかしていませんよね。カルテを見る限りでは他に使用はなさそうですが)」

 「(おじいちゃん、ちょっとの風邪は市販薬を飲むから、そういうのを貰ったって話も聞かなかったし……)」

 「(そうですか、収縮期血圧が二百、拡張期血圧が百三十に行っていました。これらの要因によって心臓に負担がかかり、心筋梗塞に移行したんでしょう。問題は肝機能もかなり悪化しているため腹水貯留が多く輸液の投与を減らさなければならない。まだ意識も戻らないし油断は禁物です)」

 「(おじいちゃんは……おじいちゃんは助かるんですか!?)」

 「(……年齢もあるため約束は出来ません。なので、気管穿刺を行うかなどの延命措置が必要かどうかの同意書をいただきたい。お孫さん、ですよね?フェルディナントさんの息子さんか娘さんは?キーパーソンになるため連絡を取りたいのですが)」


 医師が告げた言葉にレナーテは涙を流して項垂れてしまった。ドイツ語を分からない俺には何が言われていたか分からないままだったけど、良くない事を言われていたんだ。

 

 医療の知識を持ってるセーレが医師と専門的な話をしているのを見ているしかない。レナーテを励ましたくてもドイツ語が話せない。何も出来ないんだなぁ俺は……


 ある程度の説明を受けて、レナーテはいくつかの書類にサインをし、フェルディナントさんに与えられた病室に戻る。個室が与えられ、フェルディナントさんが目を覚ますことはない。その手を握りしめてベッドに顔をつけて泣きくれるレナーテ。


 窓を突いてくるストラスが見えたから、俺は鍵を開けて招き入れた。


 『フェルディナントの様子は?』

 「医者は必ず助けられるとは言えないって……」

 『そうですか……ヨルクは?』

 「レナーテがあの調子じゃ……話しかけても、まだ気が動転してるみたいで」


 レナーテは泣きくれており、話しかけてもまともな返事はもらえない。ドイツ語でおじいちゃんと言う意味を持つ単語をうわ言の様に繰り返している。でもそんなレナーテにセーレが声をかけた。


 「Renate, dann kontaktiere Jörg.(レナーテ、ヨルクに連絡しよう)」

 「Aber ... ich komme.(でも……来ないわよ)」

 「Kommt. Wenn ich darüber, weil mein Großvater Jörg Sorge entschieden.(来るさ。ヨルクだって自分のおじいさんがこんなになったら心配するに決まってる)」


 セーレが優しく話しかければ、レナーテは戸惑いながらも携帯を取り出してヨルクに連絡を入れた。ヨルクが出たんだろう、レナーテが何かを話している。しかし次第に感情的になり大きな声になっていき、最後は怒って電話を切って携帯を投げ捨ててしまった。


 「Renate!(レナーテ!)」

 「Zumindest wird er zumindest...Ich mag das! (最低よ……あんな奴最低よ!)Ich gehe, sagte ich es nicht ins Krankenhaus kommen!(行きたくないって、病院にこないって言ったのよ!)」


 レナーテの言葉に耳を疑った。自分の家族が生きるか死ぬかの瀬戸際だって言うのに、見舞いにも来ないつもりなのか!?怒りが全身にこみ上げてくる。そんな親不孝者、張り倒してやりたい!

 そう思ったのは俺だけじゃなかったようだ。流石のセーレもヨルクの返答に怒りを隠せない様子だった。これはもう突き止めるしかないだろ。


 「レナーテ、ヨルクはどこにいるって言ってた?)」

 「(良く行く雑貨屋にいるって言ってた)」

 「(俺達が連れてくるよ。行こう拓也、ストラスはレナーテを見ててくれ)」

 『(分かりました)』

 「(でも……)」

 「(大丈夫だよレナーテ、詳しいことは後で話すよ)」


 喋るフクロウが恐いのは当然だよな。レナーテはストラスと二人になるのに少し怯えていたが、セーレが優しく諭せば頷いた。本当にセーレって人当たりがいいから、すぐに信用を得られるよな。見習わなきゃいけないよな。

 俺とセーレはレナーテに教えてもらった雑貨屋に向かうべく、急いで移動した。


 ***


 レナーテに教えてもらった雑貨屋にヨルクはいた。お洒落な雰囲気だが落ち着いた物がそろっており、若者も年配も使えそうな雑貨がそろっていた。ヨルクは何をするわけでもない、雑貨屋を見て回っており、購入する気配はなさそうだ。

 こんな所で雑貨見てる余裕があるなら病院に来いよ!病院の手続きとか難しいことを全部レナーテにやらせて、なんでお前はこんな所にいるんだよ!家族が、フェルディナントさんが死ぬかもしれないのに!!


 「Jörg!(ヨルク!)」


 思わず大声になってしまい、店内に響いた俺の怒声に店員がしかめ面でこちらに歩いてきた。口元に指をあてて静かにしろとジェスチャーをされてしまい、慌てて頭を下げ、驚いて固まっているヨルクの腕を掴んで店の外に連れ出した。

 呆然としていたヨルクだったが、店の外に引きずりだされたことで我に返り、腕が乱暴に振り払われる。

 なんで俺たちがここに来たか、分からないはずないだろ。お前とは知り合いじゃないんだ、俺達がここに来るってことはフェルディナントさんに関係しているってことくらい、分かるよな!?


 「いい加減にしろよ!なんでそこまで意地張るんだよ!フェルディナントさんがどうなってもいいのかよ!?」


 ドイツ語が話せなくて思わず日本語で怒鳴ってしまう。相手は俺が何を言っているか理解できないけど、俺がすげえ怒っていることくらいは理解したんだろう。小さく舌打ちをした。

 その態度が面倒だと物語っていて、この期に及んでまだそんな態度をするヨルクに頭に血がのぼり、掴みかかり、走り回って息切れしているにもかかわらず大声を出してしまった。


 「フェルディナントさんがっ、どんな思いで悪魔と契約したか分からないのか?自分が死んじゃうのに、あんた達を救う為だけに悪魔と契約して、借金返して、寿命を削り取られて……なんとも思わないのかよぉっ……!!」


 涙が零れ、泣き崩れた俺をヨルクは茫然と見ている。まだ死んでない、生きてるんだよ。だから、お前が側にいてやらなくてどうするんだよ。俺なんかが側にいて、あの人が嬉しいわけがない。あの人は、お前とレナーテが側にいてくれるのが一番幸せなんだよ。

 なんで、そんなこともわかんねえんだよ。

 本当にこれが最後になったら後悔するんだぞ。意地を張ってる場合じゃないはずなのに。


 「(心筋梗塞だよ、フェルディナント。医師からも覚悟をしていてくれと言われている。助からない可能性がある。これが、最後になるかもしれないんだよ。君に少しでも罪悪感が残っているのなら、すぐに病院に行った方がいい)」

 「(レナーテがいるから別にいいだろ)」

 「(入院の手続きも支払いも、さらには死後の世話までレナーテに全てやらせるつもりか。お前は、彼女の兄だろう。個人的な感情でフェルディナントを許せないのは俺がとやかく言うことはできないが、レナーテ一人に責任を押し付けて逃げるなんて許されるわけないだろう。文句を言うのなら、一人前の責任くらい果たせ。逃げるんじゃなくてな)」


 ヨルクは目を丸くして、息を飲んだ。その後、セーレの腕を振り払い、踵を返して走って行ってしまった。その方向は病院ではなく、どこに行くのか分からない。俺たちの説得はヨルクには届いていなかったんだろうか。

 あいつは、フェルディナントさんの所には行ってくれないんだろうか。


 「あいつ、行かないのかな」


 みっともなく泣いて放置されてしまって、周囲の人からジロジロ見られて恥ずかしい事この上ない。グスグス鼻をすすった俺にセーレは優しい表情で頷いた。


 「きっと分かるよ。元はおじいちゃん思いのいい子なんだよ。レナーテに聞いたんだ、ヨルクはいつも謝る機会を伺ってたって」

 「謝る機会?」

 「この雑貨屋はフェルディナントのお気に入りの雑貨屋なんだって。ヨルクはいつも内緒でプレゼントを買ってたらしい。でも渡せなくて数だけ増えていく。今日も何かを買おうとしてたんだろう」


 そっか、あいつもどこかでは分かってたんだ。フェルディナントさんは悪くない、仲直りして普通の関係に戻りたいって。でも長年張り続けてた意地とプライドのお陰で、謝るにも謝れなかったんだ。元に戻りたくても、今更言える状況じゃなくなってしまったんだな。その結果、今日までズルズル来てしまった。でもお願いだから、最後だけは……最後になっちゃうんだ。二人が笑いあってほしい。レナーテと三人で一緒に過ごして欲しい。お願いだから……

 一人で病室にいるレナーテが心配だから、俺達も病院に戻ることにした。


 ***


 ストラスside ―


 まだ目を覚まさないフェルディナントの手を握りしめたレナーテとポツポツと色々な話をしました。私が悪魔だということ。そしてフェルディナントやレナーテ、ヨルクの過去、どんな決意でフェルディナントが悪魔と契約したかと言うこと。そしてその見返り。悪魔ハアゲンティの能力、今回見つかった絵画や陶器の謎。

 最初は私の話を聞く所か、私が話すたびに気が動転していたレナーテでしたが、今では静かに話を聞いて理解しようとしている。順応性が高い娘です。


 「(おじいちゃんは私達の為に悪魔と契約したんだね)」

 『(そう言う事になりますね)』

 「(馬鹿だな、借金なんか頑張って私とヨルクが返すのに、なんで一人で抱え込んじゃうかな)」

 『(責任を感じていたのです。貴方達の両親と貴方達に)』

 「(お人よしだよ)」


 そうでしょうか、血の繋がった息子を助けられなかったのです。何の罪もないのに借金を抱え込まされた孫を助けたいと思うのは当然だったのだと思います。


 そんな中、ハアゲンティの能力はフェルディナントにとっては喉から手が出るほど欲しい物だったでしょう。歴史的価値のない絵を何億もの価値になる歴史的絵画に変えられるのです。その分、自分の思いが強く宿った物でなければ錬金術の完成度は落ちる。


 だからフェルディナントは自分にとっての宝物だった息子が描いた自分の似顔絵やコンクールで賞を取ったレナーテの絵画、亡き妻との思い出の品をハアゲンティに差し出した。その結果、多額の金銭を手に入れて借金を返済し、なお二人が成人できるほどの金銭を稼ぎ出した。


 そして寿命が迫り、ハアゲンティとの賭けが待っている。


 恐らく二人の賭けはフェルディナントの精神世界で行われるはず。私達は手を出せない、彼がハアゲンティの名前を言い当てられなければ、財産も魂も全て奪われる。


 ハアゲンティは昔からそうだった、容赦するように見えて容赦しないような不思議な男だった。ですが、そこにはいつも分かりにくい優しさが存在していた。きっと……彼なら分かってくれる、そう信じたい。

 

 何万年も共にいたのだ。私はハアゲンティを信じたい。


 「(ねぇ、その悪魔って言うのは……絵を絵画に変えたり出来るんだよね。そんで三日以内に自分の名前を当てなきゃいけないんだよね)」

 『Ja.(はい、そうですね)』

 「(なんだか……グリム童話みたいね)」

 『Grimm Märchen?(グリム童話?)』


 なぜそこでグリム童話が出てくるのでしょう?確かにグリム童話がドイツが原産と言うのは知っていましたが……

 レナーテが悲しそうに、ですが少し懐かしそうに語りました。


 「(ルンペルシュティルツヒェンって知ってるストラス?)」

 『(ルンペルシュティルツヒェン、ですか?すみません……無知なもので)』

 「(おんなじ話なの。妖精がね、藁を金の糸に変える代わりに、それを頼んだ女の人の子供を催促するの。でも三日以内に自分の名前を当てれたら、子供は見逃すって言うお話)」


 かなりざっくりした説明ですが、確かに言われて見ればそっくりですね。ハアゲンティも三日以内に自分の名前を当てられたら見返りなしで手を引くと言っていた。もしかしてこの話に影響されたのかもしれません。


 「(おじいちゃんが良く話してくれたの)」

 『Ferdinand?(フェルディナントが?)』

 「(うん、自分が子供の頃に家にいた妖精さんと良く話してたんだって。その頃から妖精さんがいたらしいのよ)」


 レナーテは可笑しそうに笑った後、再び涙を流しました。


 ヨルクはおろか、拓也とセーレも戻ってこない。そう思った矢先に二人が戻ってきました。二人は真っ先にヨルクの事を聞きましたが、まだ来ていないと言えば項垂れました。説得できなかったのですか。


 時間は刻一刻と迫ってる。フェルディナントの寿命が。


 それなのになぜヨルクは来ないのか、どうして最後の挨拶もしないのか。流石に私でも怒りが溜まってきますが、レナーテの前で怒っても意味はありません。一番悲しいのはレナーテなのですから。


 レナーテは未だに現れない自分の兄のヨルクを思って泣いています。妹をこんなに泣かせて兄失格です。拓也をもっと見習いなさい。


 頑張るのですフェルディナント、貴方の孫は貴方が目を覚ますのを待っている。



 “三日以内に名前を当てられたらお前の子供を解放しよう。さぁ当ててみるといい”



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