第14話 ただ君のため
?side -
「Großvater……Ich hasse hasse!(じいちゃんなんか嫌いだ……大嫌いだ!)」
世界で一番愛しい孫に言われた言葉を境に、私達の距離は大きく開いた。
それから何年が経過したのか……私にも分らない。
14 ただ君のため
ただ一刻と時は経過する。最愛の孫にそう告げられて十年近くが経過した。あの日から私とあの子の時は止まったままだ。あの子の家族は現れない。あの日、あの子を捨てた日から。
今日も気まずそうに私に挨拶をして、私の孫のヨルクはさっさと家を出て行ってしまった。ヨルクは今年で高校三年、今年大学受験を控えている。せめてヨルクともう一人の孫のレナーテには悔いのない生活を送らせたい、そう願っている。
やっと開放された穏やかな日々、あともう少しで私の願いは成就する。
「Opa, ist Jörg?(おじいちゃん、ヨルクは?)」
「Ah, Jörg?(あぁ、ヨルクかい?)Er ging zur Schule. Er ist so viel jeden Tag.(学校に行ったよ。毎日大変そうだ)」
私の返事にレナーテは顔をしかめて玄関を睨みつける。私のせいでヨルクとレナーテ、二人の関係まで悪くなる一方だ。たった二人の兄弟なのに、どうして争わなければいけないのか。
レナーテは朝早く起きて自分で作った朝食を並べて黙々と食べる。私とヨルクはもう食べてしまったから一番最後がレナーテだ。そして後片付けが私の役目だ。
「Ihr Großvater, also nicht allein lassen etwas Jörg anderen.(おじいちゃん、もうヨルクなんか放っときなよ)Solche Undankbarkeit.(あんな恩知らず)」
「Renate sagte so etwas, der ältere Bruder nicht sein sollte.(こらこら、お兄ちゃんにそんな事言ってはいけないよ)」
「Jörg ist, weil ihr Großvater ...!(だってヨルクはおじいちゃんにっ……!)」
レナーテはそれ以上は何も言わなかった。ただ小さく「ごめん」と謝って俯いた。レナーテは優しい子だ。こんな老いぼれの私を尊敬してくれている。だが私はお前達に罪を償わなければならないんだ。
「Wir haben eine Verantwortung an euch.(私はお前達に責任がある)Sie müssen nicht die Schuld Jörg.(ヨルクを責めてはいけないよ」
「Das Böse ist unser Vater.(悪いのはお父さん達じゃない)Ihr Großvater ist noch nichts schlechtes.(おじいちゃんは何も悪くないわ」
世間的に言えばそうなのかもしれないね。だがヨルクとレナーテの心は傷ついている。それは私にも責任がある、ちゃんと償わなければならないんだ。
それが私の最後の望みだ。それさえ終われば私はどうなってもいい。
レナーテの朝食が終わり、鞄を持って学校に行くのを玄関で見送る。もうこの家には私以外には誰もいない。父親の代からある古い椅子に腰掛けて本を読む、そして呟いた。
「Versprechen ist fast erfüllt.(もう少しで約束が果たせるよ)」
『(そうか、だが等価交換の約束はどうなったのだ?)』
「Gut.(大丈夫だ)Kennen Sie sich wirklich.(ちゃんと分かってる)」
『(お前の望みを果たした三日後までに私の名を言い当てられなければ、お前に渡した報酬とお前の魂を頂く)』
「(逆に私が名を当てられれば、君は見返りを求めない)」
くだらない暇つぶしだ。そう言いながら杖をその場に投げ捨てて適当な椅子に彼は腰掛ける。ヨルクとレナーテは知らない、私だけが知っている隠れた同居人。去年から私の元にいる私の悪魔と言う奴だ。
彼から渡された契約石と言う宝石を眺める。光を反射して輝くそれはとても美しい宝石だ、最初はこれを売ろうとしたら怒られて杖で叩かれた。何だか少しだけ彼が懐かしいように感じた。
「(私達は過去にどこかで会っただろうか?)」
『(数万年も生きているのだ。出会った人間等、一々覚えてはいない)』
それもそうだ、だが彼が妙に懐かしかった。何故だか分からないが温かい何かを感じた。私が子供の頃に経験した何かが彼にはあるように感じる。
それがなんなのかは未だに分からない。
「By the way, dein Name Was ist Fairy.(で、君の名前は何なんだい妖精さん)」
『Sagen, es ist... das Ende des Spiels, du überhaupt...(……それを言ってはゲームが終わるだろう、全く貴様は……)』
彼は何かを言いかけて慌てて口を塞いだ。彼が何を言いたかったかは私には分からない。それを聞こえなかった振りをして窓の外の庭を見る。彼のお陰で全てが清算できた。
後は彼とヨルク、レナーテと一緒に短い余生を過ごすのも悪くないだろう。ヨルクが私を受け入れさえしてくれれば。
***
拓也side -
あの日から光太郎とは何となく話しづらくて二週間、新学期も始まり悪魔に対する話は全くせずに、ただの高校生として学校で過ごした。皆が俺達を気にする様子が無いから見事に気まずい事は隠せてるみたいだ。
中谷の話題はなんとなくタブーになってるけど、未だに誰かがポツリ中谷の名前を出せば皆が暗くなる。中谷の存在はこのクラスにはとても大きな存在だった。クラス一のムードメーカーだったんだもんな。いなくなって寂しいのは当たり前だ。
でも契約石のエネルギーは届いてるから、中谷は確実に生きている。まだ絶対に諦めない。
昼休み、光太郎と他愛ない会話をしながら昼休みを潰す。光太郎は少しだけ気まずそうにしながら勢いよく頭を下げた。
「な、なんだよ」
「拓也、この間はごめん」
今まで二人とも話題にしなかった事を、光太郎から先に口にしてきた。でも俺は全然怒ってないし光太郎は悪い事なんかしてない、謝らなくたっていいんだ。
そう言いたいのに声が出なくて、ただ首を横に振れば光太郎はポツポツと小さな声で話を続けた。
「あの後さ、色々考えたんだ。不毛だなーとか死にたくないなーとか普通に暮らしたいなーとか……」
「うん……」
「親友が辛いときに逃げ出すなんて、そんなの親友じゃないんだよ。最後までお前を支えたいって思ったんだ」
無理しなくていい。俺はもう戻れないけど、光太郎はまだ大丈夫なんだ。無理して俺に付き合わなくても……
「その他の意見とお前を天秤にかけてさ、なにが怖かったんだろうって思う。今でも掲示板のこと考えると憂鬱になるけど、それでもお前を助けたいって気持ちに嘘はないんだ。だから、本当にごめん」
「光太郎……」
「また、俺に手伝わせてくれないかな……」
ごめん、そんな顔させてごめん。こんな苦しい事に巻き込んでごめん。
涙が零れそうになって小さな声で「馬鹿光太郎」って言うしかできなかった。多分光太郎や中谷みたいな奴には一生かかっても、もう出会えないだろう。本当にいい友達に恵まれたなって思う。逆の立場だったら俺はここまで出来たんだろうか。
そう考えると光太郎と中谷のすごさが改めて分かった。そして澪の強さも。
喧嘩してたわけじゃないけど何となく仲直りした気分になる。とりあえず剣の稽古に行くって言った光太郎についていって俺もマンションに向かおうかな。どうせ家にいたって夕飯までする事ないんだしさ。
***
「おー拓也、何だか面白い物見つかったぜぇ」
マンションに向かって部屋に通された先にはヴォラクとヴアルがパソコンを覗き込んでいた。二人は何かを調べてるみたいだったけど、一体何が見つかったって言うんだろう。
マンションにはセーレとヴォラクとヴアルしか居ない。アスモデウスとパイモンとシトリーはどこに行ったんだろうか。
「なぁヴォラク、シトリー達は?」
「三人でどっか行ったぜ」
「ふぅん……珍しい組み合わせだな」
確かに。パイモンとシトリーはともかく、そこにアスモデウスも入るってなったら確かに珍しいように感じる。アスモデウスはマンションでは人当たりのいいセーレと良くいるのは見るんだけどな。まさか毒舌のパイモンとKYのシトリーと一緒にいるとは……大丈夫なのかアスモデウスは。ボコボコにされてなきゃいいけど……
とりあえずセーレにお茶を出してもらってクーラーの効いた室内で涼む。この間新学期が始まったけど、だからと言って涼しくなるわけじゃない。九月の初めなんか、まだ夏のような暑さだしクーラーがなきゃやっていけない。十月まではきついだろうなぁ。
下敷きをバタバタと団扇の様に扇いで人工的な風を作りながら、ヴォラクが面白いと言ったパソコンの記事を覗き込んだ。
「ドイツでルーカス・クラナハの絵画が一般人の自宅から発見。価値は数千万にものぼる……これがどうかした?」
「お宝の家なんだぜ、ここー!この間はこの家からフランク王国の陶器が出てきたんだ!」
つかルーカス・クラナハって誰なんだ?俺、美術はさっぱりだから分かんねえんだよ。ミケランジェロとかレオナルド・ダ・ヴィンチとか超有名どころなら分かるんだけど。
光太郎に聞いても勿論答えは分からないって言うから、俺達はヴォラクからパソコンを取り上げて調べることにした。
「あっ!こら何だよ返せよ!」
「取るな!ルーカス・クラハナって誰か気になるんだよ」
「ドイツの巨匠だよ。絵画で有名な人みたいだよ」
ヴォラクからパソコンを再び取り上げられて力づくで奪ってやろうかと思ったけど、流石に喧嘩になりそうだと見かねたセーレが教えてくれた。どうやら調べてくれてたみたいだ。
絵画で有名、ねぇ……でも聞いたこと無いんだよな。ピカソ程は行かないって奴なのかな?もう美術わかんないから何でもいいや。価値が数千万ってくらいだろ?かなり有名な人って言うのは間違いない。
それにしても同じ家からフランク王朝の陶器までも出土するとは……すごい所だな。先祖が貴族か何かだったのかもしれないな。
うんうんと頷く俺にパソコンを見ていたヴアルが顔を上げた。
「ねえ拓也、光太郎、私とセーレはここが怪しいって思ってるんだけど、貴方達はどう思う?」
「俺達?」
「だってこんなお宝が急に同じ家から二つも出てきたのよ。しかもこの家の主人、何か金銭で訳ありだったみたい。美術品のお金を借金の返済に当ててるって聞いたわ」
「じゃあ悪魔って言いたいのか?」
光太郎が聞けば、ヴアル達は言葉を濁しながらも怪しいとだけ言った。なんとも思わなかったけど確かに言われて見れば怪しい。お金に困った契約者が悪魔と契約してるような気もしない事はない。
とりあえず俺達だけでは良く分からないしパイモン達もいないから、ストラスを呼ぶことにした。自宅に電話して母さんからストラスに伝えてもらう。電話越しのストラスは電話でのやり取りに興奮しており、なんだか嬉しそうだった。
***
『確かに言われて見れば怪しいですね』
「やっぱり?」
ストラスもこう言ってるんだから、そうなんだと思う。地元のドイツではかなりの大ニュースになってるらしい。鑑定結果もそうなんだから本物なんだよな。
でもそこに写っているのは、いかにも人のいい老人だった。こんな人が悪魔と契約なんかするのかなぁ?
『とりあえず調べてみなければ分かりませんね。そこら辺はパイモン達に任せましょう』
ストラスがそう言うから今日の話はこれでお終い。後はヴォラクたちとゲームをして遊んだり、セーレからアイスを貰ったのを食べたりして、時間を見て家に帰った。
明日にはパイモン達が何かしらを調べてくれるだろうから明日一度、帰りにマンションに寄ってみよう。そこで分かる気がするわ。
***
次の日、塾で行けないと言う光太郎と途中で分かれて、澪と一緒にマンションに向かうことにした。澪はこの間、ヴアルとアスモデウスの三人で遊んだらしい、それを楽しそうに語ってたけど、なんだかそれが面白くない。
なんだよ、またあいつと会ってたんだな。俺がとやかく言う事じゃないから何も言わないけど、なんだか悔しい。
マンションについて部屋に通されれば、今度はストラスも含め全員がリビングにいた。
「主、澪、お疲れ様です。昨日の話を聞いて調べてみたのですが、可能性はかなり高いと思います」
「やっぱりそうなんだ」
ヴォラクたちが遊び半分で見つけてきた記事がこんな事になるなんてな……ヴォラクも大概ふざけてるけど百回に一回くらいは役に立つもんだな。こんな事言ったら殺されそうだから黙っとくけどさ。
パイモンは印刷した用紙を俺と澪に手渡した。そこには老人の写真と経緯が書かれている。
中身を読んでいけばいくほど波乱万丈な人生だ。
「この人……すっげえ借金があったんだな」
「正確には老人ではなく彼の息子の借金ですがね。企業に失敗した彼の息子夫婦が孫二人を無理やり預けて消えたそうです。そして借金の連帯保証人が」
「この人だったのか」
「はい。とても返せる額ではなく、細々と返済はしていたみたいでしたが、最終的には家を差し押さえられる可能性も見えていた時にこれらの出土品です」
そう言われたら益々怪しく感じてしまう!でもそれだったら契約してたとしても、このおじいさんは悪い人じゃないんだよな。きっと契約しなきゃいけない所まで追い詰められてたんだ、絶対に助けてあげないといけない。
でも一体何の悪魔と契約したのかな?全く分からない。
その時、ストラスが俺の頭の上に乗ってきた。夏は暑いんだから、くっつくの止めろよな。
『拓也、今回は私にも是非手伝わせてください』
「ストラス?」
いつになく真剣な言い方に名前を呼ぶしか出来なかった。澪も心配そうな顔をしている。ストラスは一体どうしたんだ?
「主、今回の契約悪魔は私達はハアゲンティと言う悪魔だと思っています。彼はザガン同様、錬金術を得意とする悪魔でしてストラスの友人でもあります」
「ストラス……」
『彼は心優しい悪魔です。きっと話せば理解してくれる』
悪魔にも色んな友達関係がある。アスモデウスとサタン、ヴォラクとブエル、そんでストラスとハアゲンティ、やっぱ皆友達や大切な人と対決するのは辛いんだよな。それは仕方ないことだ。ストラスは俺を沢山励ましてくれた。今度は俺がストラスを励ましてやらなきゃ……
今日は無理だけど、明日ドイツに行くと言われた。時差は-7時間。ドイツは元契約者がいたシトリーがある程度の道が分かるって言うから、シトリーにあわせる事になった。
そうか、シトリーってそういえばドイツで見つけたんだよな。今回もう一度ドイツに行くことになるんだ。なんだか不思議な気分だな。