第12話 全ては悪化していく
「なんとかオセーは倒せたけど、今回も大変でさ。本当に嫌になるよ」
「へぇ……お疲れさん」
人通りの少ない場所で悪魔の事を愚痴る俺に光太郎は曖昧な笑みを浮かべて相槌だけ打った。
そう言えば、最近光太郎とシトリーの姿をマンションで見ない。この間はヴォラクもいなかったし、一体三人で何をしてるんだ?
12 全ては悪化していく
「なぁ光太郎、お前最近何してるんだ?」
「何が?」
「だって塾じゃない日はいつもマンションに行ってたのに最近は行かないだろ?」
「行ってるよ。すれ違ってんじゃねえの?」
そうなのかなぁ、すれ違ってんのかなぁ。俺は帰りにマンションに寄ってるけど光太郎は一度家に帰ってから来るようになった。確かにそれじゃすれ違って会えないかもしれないな。
でも光太郎の言い方が少し気にかかる。なんだか避けてるような感じなんだよな……なんでそんな言い方をするんだろう。突き放されているようで少しだけ寂しい気持ちになってしまう。
でも光太郎は俯いてポツリと何かを呟いた。でも小さすぎてよく聞こえない。
「何?」
「え、いや……何でもない」
「変な奴だなー」
「うっせ、能天気なお前には俺の苦労が分かんねえんだよ」
なんだと!?俺のどこが能天気なんだ!相変わらず失礼な奴だ!
怒って先を歩く俺には気づかなかった。光太郎が今どんな顔をしているのかも。
今日も光太郎はマンションに向かわず一度家に帰ると言うため、別れて俺だけマンションに向かう。マンションには珍しくシトリーの姿があり、パイモンみたいに眉間にしわ寄せて何かを調べていた。後ろに覗き込んでやろうとしたらパソコンを閉じて睨みつけられて少しだけのけぞる。
「うぜえぞ拓也」
「ま、まだ何もしてないのに!」
「顔がうざいんだ顔が。整形しろ」
「なんだとー!」
なんで俺がここまで言われなきゃいけないんだ!あまりにも酷いじゃないか!
でもシトリーは何だか機嫌が悪いみたいだ。こんなの見たことがない。舌打ちをしてイライラを隠す様子がなく、時々ぶつくさ何か言ってる。これは関わらない方が良さそうだ。
ヴアルとヴォラクの所に避難すれば二人も何だか深刻そうな顔をしていた。
「シトリー何かあったのか?なんか切れてるぞ」
「あったみたいねぇ。私は何も知らないんだけど……ヴォラク知ってる?」
「さあね」
「嘘だろ、ヴォラクお前は知ってんだろ」
「まあ、知らない幸せって言うもんがあるんだよ」
なんだ、やっぱりヴォラクは知ってるんじゃないか。知らない幸せもあるとか格好いいこと言っちゃってなんで教えてくれないんだよ。知らない後悔より知って後悔する方がいいこともあるだろ。こんなにシトリーが不機嫌になって当たってくるんだ。知る権利があると思うんですけど。
でもヴアルは本当に知らないようでヴアルも知らないなら教えてくれるわけないよなとも思う。セーレやパイモン達なら知ってるかな?今はいないけど戻ってきたら聞いてみようかな。
でも肝心のパイモンがいなかったら悪魔を探すこともできないし剣の稽古もつけてくれない。なんだかマンションに居づらくて、少しゆっくりした後に今日はもう帰ることにした。
その途中で光太郎の後ろ姿を発見した。
「光太郎!」
「あ、拓也」
光太郎は少し気まずそうに振り返る。え、そんなに俺に会いたくなかった?なんだか少しショックなんですけど。
でも普通の振りをして話しかけても光太郎の返事が変わることはない。なんだか心ここに非ずって感じ。とりあえず俺の話は余り聞いてないって事だけは分かる。流石に心配になって光太郎の肩を掴む。
「なぁ、何かあったのか?シトリー達の様子と関係ある?」
「何もねえよ」
「俺ら親友だろ……俺に言えない事?俺って信用ない?」
「そう言う訳じゃないんだよ」
情に訴えかけるように声を出せば、光太郎は周囲の目を気にして俺の腕を引っ張った。家に向かう方向でもないし、マンションに向かう方向でもない。どこに行くんだろう?
連れて行かれたのは公園だった。暗くなりはじめてる公園に子供はおらず、俺と光太郎以外の人はほとんどいなかった。近くのベンチに腰掛けて、光太郎はため息をつく。一体何があったんだよ。
「あんま大声出すなよ」
「え、うん、分かった」
「もうさ、悪魔探しとかしなくてもいいと思うんだ……」
「光太郎?」
一瞬、全てが止まった様な気がした。
光太郎はカバンを握りしめて俯いてしまう。訳が分からなくて肩を掴めば泣きそうな顔をされた。一体どうしたって言うんだ?でもあれだけ手伝ってくれた光太郎が急にこんな事を言うんだ。きっと何かあったに違いない。
「終わりなんかない気がするんだよ。あれだけ頑張って、あれだけ怖い思いしても……まだ半分近く悪魔は残ってる」
「な、に言ってんだよ……」
「フォカロルにさえ手も足も出なかったんだ。あんだけ悪魔引き連れてても、たったフォカロル一匹に俺達は負けた。そんな奴よりも強い奴らが今度は出て来るんだ。もうどうしようもないよ……中谷を考えてみろよ、今度は俺たちの番になっちまう」
「なぁ……なんでそんな事言うんだよっ?なぁ!」
お前はどうなってもいいのかよ!?死にたいのかよ!最後の審判が始まれば皆死んじゃうんだぞ!お前はそれでもいいって言うのか!?
人類滅亡って漫画でしか聞いた事のない単語が現実になるんだぞ!俺たちは爺ちゃんになる前に死んじゃうんだぞ!
「可笑しいだろ光太郎……俺達あんなに頑張ってきたじゃんか。きっと大丈夫だよ」
「何も大丈夫なんかじゃない。拓也は俺より見てきただろ?悪魔の契約者達がどうなったか」
「それは……」
「悪魔だけならまだいい。今まで頑張ってこれたんだ……でも、世間まで敵に回ったら俺はやっていける自信が無い。嗅ぎまわる奴が出てきてるんだ、バレたら普通の生活送れなくなるぞ」
世間まで敵に回る?嗅ぎまわる奴?
世界中の人たちは悪魔の存在なんて知らないんだ。そんなニュースなんて流れてないし、悪魔が起こした事件だって犯人が捕まってないって報道から事件を起こしたのが悪魔だって事を分からないだろ。
なのにどうして世間が敵に回るんだ?
「これ以上頑張れば、俺達は普通の生活は一生できなくなる。祭り上げられるなんて考えたくない」
「あ、光太郎!明日マンション行くよな、なぁ!」
訳が分からないことを呟いて、光太郎は鞄を手に持ち公園を出て行った。名前を呼んでも振り返ってもくれなかった……本当にどうしたんだ?
シトリーなら何か知ってるだろうか、今からもう一度マンションに戻ってみようか、でもシトリーはきっと教えてくれない気がする。だって今日だって教えてくれなかったんだ、絶対に教えてくれない。シトリーはいつだって光太郎の味方だから、光太郎が不利になるような事は絶対にしない。
ストラスなら教えてくれるかもしれない。知ってたとしたら、きっと教えてくれる。
いてもたってもいられなくて走って家に帰った。まだ飯は出来てないみたいだ。少し時間があるから聞けるよな。
ベッドで横になっていたストラスに飛びつくようにベッドに飛び乗れば、その反動でストラスは転落した、面倒そうによじ登りジト目で睨みつけてきたけど気にしてる場合じゃない。
「ストラス、お前光太郎に何があったか知らないか?」
『何が、とは?』
「俺にも良く分からないんだ。でも急にもう悪魔探ししたくないって言い出して……心配で……」
『そうですか、そこまで思い詰めていたとは……』
やっぱりストラスは何かを知ってるみたいだ。でもどうして今まで教えてくれなかったんだ!
今回ばかりは引き気がない。光太郎は俺の親友だ、俺が光太郎を助けなきゃいけない。光太郎は今までずっと助けてくれた。今度は俺が助けなきゃ!
身を乗り出して教えてくれとせがめば、ストラスはため息をついた。
『貴方自身の為にも黙っていた方がいいと言う結論に至ったのですが……この事を知っているのは私とヴォラク、シトリーしかいません。他言はしないよう』
パイモン達も知らないのか。ますます気になってしまう。
言いようのない不安が押し寄せてきて息を飲んだ。ストラスがパソコンが置かれてある部屋に向かったので慌てて後を着いていった。携帯で見れば?とも問いかけたが、ブックマークしてるからパソコンでいいと言うため黙って言うことを聞く。
ストラスはパソコンの電源をつけて検索サイトからある掲示板を開いた。そして器用に口ばしでキーを突っつき、何かを打って検索を書けると沢山のスレッドが表示され、その中身に驚いた。そこにはソロモン七十二柱のスレがいくつか建っていたから。ストラスはその一つのスレをクリックして開く。
「これって……」
『光太郎が見つけてきたものです。この掲示板を通じて私達の情報が漏れていたのですよ』
そんな……
中にはソロモンの悪魔の契約者を探そうとか、最後の審判を逃れるためにどこに逃げるべきか……遊び半分の知識が書かれている。これを光太郎は見てしまったんだ。
『中には指輪の継承者の貴方を特定しようと言う悪戯まで書かれている。ソロモンの悪魔も二~三匹写真まで載せられていました』
「酷い……酷すぎるだろ!」
中には明らかに俺に対してであろう悪口も書かれている。さっさと悪魔を何とかしろ、死ぬ気でやってんのか?って。
なんでこんな事を書くんだよ!遊び半分で書くなよ、俺達が命かけてやってるのに……なんでこんな事書かれなくちゃいけないんだよ!?こんなの酷い……
だから光太郎はさっき「世間を敵にする」って言ったのか。こいつらが俺を特定しようって言うのを見て、光太郎は俺に警告したんだ。
『更に追い打ちをかけたのが、ヴァチカンの教会の司教であるペテロ・モンテレが個人の見解ですが悪魔と天使の存在、そして最後の審判の到来を予言しました。カトリック司教個人の見解なので大きく取り上げられる事はありませんでしたが彼の信者や、この掲示板の愉快犯はこの見解によって興味を掻き立てられ、ここまで大きな騒ぎになったのでしょう。また悪魔の情報を集めて提供するブログが最近立ち上がり人気を博しているようで、それも影響しているのかもしれません』
そう言う事なのか……湧きあがった悲しみや怒り、焦燥感は未だ消える事は無かったけど、なぜかパニックになる事がない自分に驚いた。
探せるもんなら探してみればいい。そこで確かめてみればいいんだ、蚊帳の外だから騒げるんだって。二十四時間俺に張り付いてみればいい、そのまま悪魔との戦いに巻き込まれれば、見方も変わるだろう。こんな事を遊び半分では書けなくなる。
もしかしたら気付かれたかったのかもしれない。皆が自分と同じ目に遭って絶望しながら戦えばいいって思ってたのかもしれない。
皆が普通に生活してて、俺たちだけが苦しむなんて不公平だって……
『拓也?』
「放っとこう。こんな奴らどうでもいいよ、特定したいんならすればいいさ。悪魔との戦いに巻き込まれて死んじまうのがオチだろ。外野からの野次なんて恐くも何ともない」
ストラスはなぜか悲しそうに見ている。そんなに悪い事言った?でも俺はお前達を助けたくて動いてるわけじゃない、家族や友だちを助けたいだけなんだ。お前達なんて俺にとって、どうでもいい存在なんだ。助ける必要も無い。
胸糞悪くなってパソコンを閉じる。もうこんなの見ない、光太郎はもう付き合ってくれなくていい、俺のせいで巻き込む訳にはいかないんだから。俺が頑張れば済むんだ、何の問題もない。
『貴方が何を思っても、私は貴方の味方でいましょう』
ストラスがいてくれる限り一人じゃない。大丈夫、まだ戦える。
光太郎や澪には無理をして欲しくない、俺とストラス達がいればきっと何とかなる。フォカロルだって次に会った時に叩きのめしてやるさ。六大公だって皆倒してやる。
こんな奴らなんかに負けない。俺は今まで通りにやる、じゃなきゃ皆死んじゃうんだから。最初から俺に選択権なんか無かったんだ。立ち止まっちゃいけないんだから。
『だから泣かないでください』
立派な事を心の中で吐いていたくせに、胸の痛みと思考は追い付かず涙がボロボロと溢れてくる。見世物にされている、匿名で悪口を書かれている、冗談なのか本気なのかは分からないが特定しようと書かれている……その現実に酷く胸が痛んだ。
「だってさ……泣く以外に何も思いつかないんだよっ……」
『拓也……』
「格好いい事言ったけどさ、腹が立って悲しくて怖くて……どうしたらこの気持ちが消えるんだよ。なんで俺だけがこんな目に遭うんだよ……」
『……』
「もうやだ……もう嫌だ……」
体が言う事を聞かなくて肩が小刻みに震える。光太郎は本当にもうマンションに来てくれないのかな?もう一緒に頑張ろうって言ってくれないのかな?
なんで俺の大切な物がどんどん無くなっていくんだろう。どうしてそれを止められないんだろう。