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第100話 命の護り手 3

100 命の護り手 3



ルーカスside -


 『佐奈達、まだ契約者を特定できてなさそうだな』


 佐奈達がウルグアイに向かう姿を確認したキメジェスが報告をしながら苦々し気に窓の外を見ている。バティンの加護をもらっている二人なら、ウルグアイに向かうのも簡単だろう。俺のように拓也に頼らなければ移動もままならない訳ではない。


 「さすがに今日あたりに目星がつけられそうだが」

 『意外と医者じゃないとか?だとしたらもう分かんねーけどな~』


 ヴァレリーさんたちが探している資料が間違っているとしたら契約者探しは一からやり直しだ。こちらとしてもそれは正直迷惑ではあるけれど……


 それとも、俺の行動を見越してわざとフェイクを入れていたとしたら……


 「できるだけ早くしないとな……時間がない」

 『ヴァレリーたちを出し抜けると思う?』


 不安そうにキメジェスが呟く。正直言うと出し抜けるとは思っていない。あちらの方が俺よりも遥かに情報収集に長けている。佐奈だけなら対処はできたんだが……


 返事をしないことが答えと受け取ったキメジェスは「そうだよな」と呟いたあと顔を上げる。


 『俺はルーカスの味方だよ。どこまでも付いていく覚悟はできてる。でもバティンを敵に回してもいい事なんてない』

 「……ああ」


 別にバティンのことを嫌っているわけでない。俺にとってはキメジェスやバティンこそ救世主のような存在だ。だからあいつの言うことに今まで従ってきた。でも俺の望みが達成されたら、わざわざ自分の手を汚してまで最後の審判の開廷を早める必要もない。余生はキメジェスとのんびり過ごすのもいいだろう。


 『継承者だって、どこまでお前に協力するか分からないぞ』

 「拓也は嘘つかないよ。なんとなく。あいつはそんなことできなさそうだし」

 『俺もあいつは馬鹿だなって思うけど……パイモンがいること忘れるなよ』


 あの時、俺の手を握って一緒に戦うと言った拓也の言葉を疑いたくない。


 ただパイモンは俺のことを探っていたし、いざってときは真っ先に殺す算段もしているだろう。拓也が止めてくれたとしても、パイモンが本気なら殺し合いは避けられない。


 「今回の件が上手くいけば、聖地潰しまでは大人しくしとくさ」

 『何か私に隠し事でもあるのか?』


 背後から声が聞こえ首元に冷たい金属のようなものが当てられて息が詰まった。キメジェスが元凶に腕を振るえば、鈍い金属音を立てて、首元から冷たい感覚が離れていった。


 俺の後ろにはマルバスが立っていた。小手をはめた手で俺の首に触れていたようだ。冷たいわけだ。問題はこの女がなぜこの場所にいるかだ。確かにここはリヒテンシュタインの拠点ではあるけれど、ヴァレリーさんたちが移動したのを確認したのに。


 「ついて行ってないのか?」

 『先に向かってもらっただけだ。お前に少し話があった』


氷のように冷たい瞳がこちらを見据え、緊張で息を飲む。キメジェスが飛び掛からんばかりに睨み付けてもマルバスは動揺しなかった。逃げることを許さないように俺の肩に手を置いて、顔を近づける。


 『お前、ワクチンを何に使った?』

 「ワクチン?」

 『とぼけるな。黄熱病のワクチンを接種しただろう。アニカも共犯か?』


 どうしてバレた?アニカがしくじったか?だとしても、この女はどこまで知っているんだ?冷静を装え。気取られるな。この場をやり過ごせ。


 「何が言いたいんだ?」

 『シラを切る気か。ウルグアイに何しに向かったと聞いた方がよかっただろうか』


 バレている。俺たちの行動が。どこまで筒抜けだったんだ?


 返答しない俺に対しマルバスは脅すように肩に置いていた手に力を籠めるも、キメジェスがマルバスの腕を払いのけ事なきを得た。しかしマルバスの目の色が変わり先ほどよりも強い緊張感が室内を包んでいた。


 『答えられないか?お前がウルグアイに向かっていることは知っている。お前単体では向かうことができないはずだ。バティンの加護も受けていない。誰の力を借りた?バティンでなければ、高速移動をできる悪魔はセーレか、テレポーテーションを使えるガアプしかいないが』


 ガアプがお前に力を貸すはずがない。そう言い切られ言葉に詰まる。拓也たちのことを言う訳にもいかず、この場をどう乗り切ればいいか分からない。この場にアニカがいない以上、なぜワクチンを手に入れたことがバレたのかわからない。


 『そうか。答えられないか……随分と舐められたものだ』

 「マルバス、俺は……」

 『言い訳を聞きたいわけではない。お前が私にとって害になるかどうかだけ確認している』


 この女、戦う気なのか?


 キメジェスが飛び出すのを待っている。先制攻撃を仕掛けてくれば殺し合いをしやすいと、そう思っているのか?ここでキメジェスを失う訳にはいかないし、マルバスを殺しなんてしたらそれこそ終わりだ。どうするべきだ?


 『ミスターの家で殺し合いなんて物騒なことは止めてほしいなあ。僕が怒られるだろ?ミスターに嫌われたらどうしてくれるんだい?』


 突如現れたバティンがマルバスの腕をとり背後から抱きしめて距離をとる。突然の乱入にマルバスは目を丸くし、キメジェスが俺の腕を引いて匿うように後ろに追いやった。会話を聞かれていたのか?こいつらはどこまで知っている?


 『バティン、こいつらは……』

 『ルーカスが君にどんな障害になるんだい?彼は僕たちを裏切ることはしないよ。ね?』


 柔らかい言葉の中に含まれた脅しに気づけないほど馬鹿じゃない。圧をかけるような言い方に返事ができない俺をバティンは可笑しそうに笑っている。


 『優しいのは君のいい所だなあ。けど、他人の邪魔をしてはいけないよ。君が守れるものだけに優しさは取っておかないと。またその手から零れ落ちちゃうよ。意欲はあるくせに守れたことなんて一度もないんだから……今度は失敗しないようにしないとね』


 心臓を突き刺すような言葉に目じりが少し熱くなる。弱いのだからでしゃばるなと遠回しに言われて言い返すことができない。掴みかかろうとしたキメジェスをなんとかいなす。フーフーと息を荒げ、目を見開きバティンを睨みつけているキメジェスに応えることができない不甲斐なさで胸が潰れそうだ。


 そんな俺たちを見て満足したのかマルバスを解放し、バティンが近づいてくる。危険だから近づくなとマルバスが止めてもお構いなく俺の頬に触れてきた。


 『僕が君を気に入っていることは知っているだろう?僕はこう見えて好きな相手には一途なんだよ。君を傷つける気はない。だから君も僕たちを傷つける結果につながる行動は控えてほしい』


 この手が熱を持てば、一瞬で俺の皮膚は焼け焦げていくだろう。しかしその手は慈しむように触れて離れていくだけだった。踵を返しマルバスを連れて去っていく姿に返事をすることができない。


 『お、おい、私の話はまだ終わっていない』

 『君の分まで僕が怒っておいたから。さ、二人でお茶でもしようよ。せっかくのデートなんだよ?少しは恋人の僕を優先してくれてもいいじゃないか』

 『誰が恋人だ殺すぞ!』


 静かになった室内でキメジェスのため息が聞こえた。どこまで行動をするべきなのか、俺の行動はどこまで筒抜けなのか。


 『ルーカス、俺が言うのもなんだけどバカ継承者に引き継いで一旦引っ込んだ方がいい』


 俺から持ち掛けておいて、後は頼んだなんて言えるわけがない。拓也は俺の信頼に応えてくれた。俺も拓也の信頼に応えたい。それにもしかしたら、あいつがいたら……わずかな可能性だとしてもジェシカを救えるかもしれない。また、俺の手を握って笑いかけてくれるかもしれない。


 「拓也に連絡をしてウルグアイに向かう。同行してくれ」

 『……分かったよ』


 こんな契約者でごめん。そう言いかけて、キメジェスがその言葉を嫌っていることを思い出して口をつぐむ。自分が選んだ人間を馬鹿にされているのは自分を馬鹿にされているのと同じだと前に言われたことがあったから。


 拓也に連絡を送って返事を待つ。一刻も早くすべてが終わって解放されたい。気持ちはそれしか残っていなかった。


***


拓也 side -


 「ルーカスからだ」


 相手から連絡が届いてアプリを開く。周辺は賑やかで楽しそうに飲んで歩く人たちで溢れている。パイモンが気になることがあるからと言って俺たちだけでウルグアイに来ているんだけど、時刻が夜だったこともあり繁華街は人でにぎわっていた。とりあえず小腹がすいたと買ってもらった軽食を食べながら今のところは観光めいたことをしているけど、パイモンたちは何かを調べているようだ。


 横ではWi-Fiの設定をしている光太郎と眠そうにあくびをしているシトリーもいる。


 「こんな面倒くさいもん相手にさせときゃいいのに、なんでお前そう首突っ込むんだよ」

 「それパイモンにも言われた」

 「パイモンぜってーお前のことうぜえって思ってるよ」

 「自覚あるから放っとけよ!」


 シトリーにぐちぐち嫌味を言われながらも調べているパイモンの元に向かう。相手は厳しい表情でセーレと会話をしており見えている巨大な病院を睨みつけている。


 「パイモン、なんかルーカスから連絡来ててウルグアイに行きたいって言ってるんだけど」

 「そのことですが、あいつの情報が間違っているのではないかと疑っています」


 え、なんでそんなことに?ルーカスが嘘ついてたってこと!?いやいや、ルーカスに限ってそんなこと……俺たちを騙すようなことするはずがない。


 感情が表情に出ていたのか、パイモンは確信はないけれどと困ったように眉を下げた。


 「ルーカスが騙しているとは思っていません。ただ、奴が手に入れた情報がガセなのではないかと思っています」

 「バティンに騙されてるってこと?」

 「そこまでは言い切れませんが、ルーカスから教えられた情報では感染症専門医が契約しているのではと言っていましたが、恐らくそれが違うと思います。別の人間が契約しているのかと」

 「医者じゃないってこと?」

 「そこまでは分かりません。しかし私たちが探している五人は契約者ではない。別の人間ということです」


 まじかよ。それされたら契約者が誰かとか分からないぞ……


 パイモンも振り出しだと言って面倒そうに舌打ちをした。これ以上手がかりなんて探せない。相手が誰かすら分からなくなってるのに。しかも今回に関してはイルミナティからの協力も得られない。俺たちって完全に情報戦は負けてしまってるんだな……


 「じゃあどうしようもないってこと?」

 「この為に今回はシトリーを連れてきています。あいつに調査を任せましょう」


 急に話を振られ全員の視線が一斉に集中したシトリーは話題の中心になったことにわざとらしくため息をついて腕を組んでふんぞり返った。


 「え~俺がいないと駄目なやつ?いや~困ったなあ」

 「御託はいい。早くしろ」

 「こわ」


 首根っこを掴み、投げるようにどついたパイモンにシトリーは煽るように手をひらひら振る。その態度にいら立ったのか舌打ちをしてギロリとシトリーを睨みつけ恐ろしい悪態をついた。


 「お前の能力に目覚めているのなら光太郎に協力してもらうか」

 「は!?」

 「おーーい話違うぞ。お前それはダメだろ」


 光太郎が首をぶんぶん横に振り、シトリーは庇うように光太郎の腕を引いて自らの後ろに持っていく。


 「パイモンそれは越えちゃいけない一線ってやつだぜ。温厚な俺でもブチぎれちまうよ」

 「そうか。俺は常に面倒ごとを丸投げされてブチぎれている。怒らせたくないのならさっさと言うことを聞け」

 「いや怖すぎだろお前」


 ……遠回しに俺に怒ってるって認識でいいんだろうか。


 セーレが間に入り、シトリーにおねがいと手を合わせ、機嫌を戻したシトリーが状況整理に向かう。残された俺と光太郎の間には沈黙が漂ってかなり気まずい。


 「……俺、パイモンに嫌われてるんじゃないかって不安になるよ」

 「安心しろよ拓也。きっとパイモンが嫌いなのはシトリーだけだから」


 いや、それもそれでどうなんだ。シトリーが頷いて病院に向かって歩いていく。なにを調べてくるつもりなんだろう。パイモンとセーレも側に来て病院を睨みつけている。今は夜の為、病院はもう開いておらず救急の患者しか受けてないだろう。職員だってあんまりいないだろうに、あの病院に何があるんだろ。


 「パイモン、怒ってる?」

 「ん?なぜです?」


 シトリーを待っている間、恐る恐る声をかけると素っ頓狂な返事が返ってきて毒気を抜かれる。セーレが口元を手で覆って笑いをこらえているのを見て、もしかしてブラックジョークなのかと疑問がわいてくる。


 「いや、ブチぎれてるって」

 「ああでも言わないと、あの男は言うことを聞きません。どうせ自分が引き受けることになるのだからさっさと行けばいいのに、くだらない言い訳や御託を並べてくる。非常に鬱陶しい」

 「俺に怒ってるわけではない?」

 「貴方は私が怒っても別に響かないでしょう」


 いや流石にそれはない。俺だってパイモンに嫌われてたら悲しいよ。鞄の中に隠れているストラスが顔を出し周囲を警戒している。本当にあの病院に何があるんだろう。携帯を見ていた光太郎も顔を上げて、病院を見つめている。


 「契約者が医師じゃないのなら病院調べても意味なくないか?なんで病院に」

 「医師ではないが、医療関係者なのは間違いないだろう。あの病院に出入りできている人物かもな。ただ、ルーカス自身も泳がされている可能性が高そうだ。あいつもイルミナティの中では立場が危ういのかもな」

 「……俺はルーカスってやつ知らないけど、拓也は結構仲いいんだっけ?」


 仲がいいっていうんだろうか。ルーカスの望みを知ってしまって、助けたいと思っただけ。ルーカスは最初から俺に対して敵意はあまりない感じだった。パイモンたちも俺がルーカスを信じたいからか、ルーカスに関しては態度が柔らかい。


 「ストラス……ルーカス大丈夫かな」

 『大丈夫とは?』

 「イルミナティで居場所がないってなったら危なくないか」

 『キメジェスがついている。なにかあってもルーカスを逃がす力はあるでしょう』

 「キメジェスが怪我しても嫌だな」


 俺の呟きが聞こえていたのか光太郎が怪訝そうに眉を動かす。


 「良く分かんねーけど、あんまり敵に同情しない方がいいぞ」


 敵、なんだろうか。分からない。敵だと思いたくない。バティン以外そんなに悪い奴いないんじゃないかって思ってしまうくらいなのに。


 どう返事をしていいか分からず濁した俺を気にすることなく光太郎が戻ってきたシトリーを見つけて駆け寄っていく。


 「早くね?」

 「あの病院の奴ら、気味が悪いぜ……全員がモラクスについて知ってた。どういうことだ?」

 「契約者は見つけたか?」

 「いや、分からねえ。力使って夜勤の看護師と受付に話聞いただけだ。あの病院にモラクスがいたのは間違いないが、今はいないみたいだ」


 どういうこと?あの病院は大々的に悪魔と協力してたってこと?シトリーはとりあえず話すから場所を移動しようと言って、光太郎の腕を引く。


 「国が保護してるかもしれねえって言ってた」


 シトリーに連れられて病院から離れた場所に向かっている途中に、その言葉を聞いた。国が保護?どういうことだ?


 「だとしたら厄介だぞ」

 「おう。俺達にはどうしようもできない、けどよ……そんなのイルミナティには関係ないんじゃねえか?」


 人通りの少ない場所に移動してシトリーが病院で調べてきた話を聞く。シトリーの力を使えば情報をゲットするのは容易かったそうだが、まるで妄信するかのようにモラクスを語る姿が気味悪く戻ってきたらしい。


 「あの病院に契約者がいたのは間違いない。誰かまでは分からない。だがモラクスが知恵を授けているっていうのはあの病院のスタッフほとんど知ってたらしい。ただ固く口留めされてて情報が洩れなかったんだとよ」

 「良くそれで今まで気づかれなかったな。誰かが金と引き換えにリークでもしそうなのに」

 「感謝してんじゃねえの?知らんけど。ただ、国がモラクスの保護に動いたらしくて引き渡したって話だ」


 今、世界がこんな状況だ。ある意味、悪魔の取り合いになっている部分がある。最後の審判を防げないなら悪魔に自分の国を守ってもらおう。そんなことを言う人間が増えてきている。モラクスみたいな悪意のない悪魔なら簡単に失いたくないって思ってるんだろう。それでもメキシコやホンジュラスのような事件を起こしたのだって悪魔なのに。


 「国に厳重に保護されてんのなら俺でも隠密行動は面倒くせーよ。わりいけど、俺らにできること今回はマジでないと思うぞ。探せないし、不毛だね」


 シトリーがそんなこと言うなんて……やろうと思えばできるけど、恐らくトップシークレットでモラクスの場所を知っている人間を探すこと自体が難しいって言ってる。一度ルーカスに連絡を取った方がいいか?でもせめて契約者には伝えたい。イルミナティが探してる。危ないから契約を切ってほしいって。


 「なんとか契約者を探せないのかな。イルミナティが探してるんだろ?その人が危険だよ。シトリー探せるだろ」

 「いやーきびいな。病院のスタッフも知らなかったんだぜ。契約者もスタッフの誰かだろうけどよ、知ってる人間すげえ少ねえと思うんだよなあ」


 でも、じゃあどうすれば。


 何も解決策が見つからず項垂れる。どうしたらいいんだよ。今回に関してはイルミナティも頼れない。情報をくれとも言えない。ルーカスも単独で探してるんだ、これ以上の情報は手に入れられない。


 「マルバスは冷静だが、時に激情家だ」

 「パイモン?」


 黙って話を聞いていたパイモンが口を開く。マルバスってバティンの恋人だろ?あの女の悪魔の。急になんなんだ。


 「国に保護されたのなら、俺たちにできることは何もない。関係者とモラクスが殺される報道が日本に届くまで待機するしかな」

 「なんで!?」


 思わず大きな声が出て、通行人の視線が集まる。慌てて口を手でふさいだけど納得できない。そんな見捨てるような言い方……なんで急にそんなことを!?


 「あの女のことは知っています。剣豪としてそれなりに有名な悪魔だし、昔からバティンがご執心だった。普段は冷静で思慮深いが、一度敵だと判断したものには冷酷でどこまで追いかけても手を下す部分がある」

 「で、でもモラクスは別に敵になるようなことをしてないだろ」

 「モラクスの行動などどうでもいい。バティンの思い通りにならない駒に用はない。そういうことです」


 つまり、バティンの障害になったから殺すってこと?マルバスは、モラクスを殺すつもりなのか?いや、でもバティンがそれを許さなくないか?邪魔をしないのならっていつも言ってるし……あれ、でも……


 「なにはともあれ、本当に国が保護しているのなら私たちが出るのはリスクが高い。一旦引いていいかもしれませんね」

 「でも……!」

 「あとはルーカスに判断を仰ぎましょう。あいつが矢面に立つなら協力する。マンションに戻るぞ」


 有無を言わさず踵を返したパイモンをセーレが慌てて追いかける。これじゃ、なにも意味なんかないだろ。肝心なことが解決できないままルーカスに連絡だけ送る。国に悪魔が保護されている可能性が高くなって、パイモンたちも行動を躊躇してるって。でもルーカスだって表立ってイルミナティだと言い張って活動なんてしていない。どうしようもないはずだ。


 日本に戻り、マンションで解散し帰路に就く。鞄の中でストラスも少し残念そうに毛づくろいしている。去年まではストラスを肩に乗せて移動してた。でも今ではこんなことになってしまって、少しでも他の人と違うことをしたら指をさされるんじゃないかって不安で仕方ない。なんでこんなことになっちゃったんだろう。


 「ストラス、どうにかして契約者に伝えられないかな」

 『国が保護しているとなると居場所を探すのも困難ですし、監視カメラやボディガードも複数ついている。貴方の存在を隠しながら契約者だけに接触するのは難しい』

 「だけど……っ!俺はダニエルさんを助けることができなかった……」


 マレーシアで俺に助けを求めて手を伸ばしたあの人を覚えている。大衆の面前の中、助ける勇気がなくてバティンに殺されるのを黙って見つめるしかなかった。あの時のあの人の絶望に染まっていく瞳が忘れられないんだ。また、同じように契約者が殺されてしまうなんて耐えられない。危険が迫ってるって分かってるのに、きっと悪い人じゃないのに。


 「セーレに頼んでウルグアイに連れて行ってもらおうかな」

 『本気ですか。およしなさい。パイモンなしでの行動はこれ以上控えなさい。貴方を守る剣がいないのです』

 「でも、パイモンは絶対に動いてくれない」

 『貴方の身の安全を最優先にしているのです。パイモンに従いなさい』


 でも、だけど、そう繰り返してもストラスは首を縦に振らない。いつも俺の意見を優先してくれるのに、今回は頑なだ。


 「じゃあ、契約者が殺されるのを黙って見とけってことなのか?」

 『貴方には貴方の生活がある』

 「そうだけど……!」


 「拓也さん!」


 急に名前を呼ばれて振り返ると、俺と同じくらいか少し年下の少年が手を膝について肩で息を切らして呼吸を整えていた。その後ろには見たくない姿もある。


 「……フォカロル」


 少年の後ろで腕を組んで不機嫌そうに立っているフォカロルは言葉を発することはない。どうしてパイモンたちがいないこの場所でこいつに会うんだよ!


 鞄の中にいるストラスが毛を逆立てて小声で話しかけてくる。


 『私が時間を稼ぎます。その間にマンションにお逃げなさい』


 ここでフォカロルと戦うっていうのか?こんな場所で?


 じわりと嫌な汗をかいて動けない俺に対して、息を整えた少年はこちらに勢いよく近づいてきた。その姿は切羽詰まっており、思わずのけぞってしまう。


 「まだウルグアイ行ってませんよね!?」

 「え!?」

 「行ってませんよね!?契約者、分からないですよね!?」


 誰にも話していないのに、急にウルグアイのことを問いかけられて返答に詰まる。でもストラスは情報を一切相手に渡すなというように首を横に振り、それに従い俺もしらばっくれる。


 「あんた何?何の話をしてるんだ?」

 「嘘つかないで正直に答えてください!色々ちょっと時間軸可笑しくなってて、拓也さんが契約者に接触したら終わりなんですよ!」

 「終わり?なんのこと……わっ!」


 本当に意味が分からなくてオウム返ししかできない俺に業を煮やしたのか黙っていたフォカロルが俺の口元を掴んでくる。ストラスが鞄から飛びかかったが、少年がストラスをキャッチするように抱きしめて羽交い絞めにした。


 「おま、え!なにすんだよ!?」

 「それはこっちのセリフだ。てめえの能天気でバカな行動のせいであいつが苦しむ。見ててイライラするぜ」

 「フォカロル!やりすぎだって!」

 「おいD、お前ストラス押さえとけ。継承者、正直に答えろ。バカなてめえはモラクスの契約者に会いに単独で行こうなんて考えてねえよな?まさか行動した後か?質問は必要ない。契約者に接触したかイエスかノーで答えろ」


 なんでこいつがそんなことを気にするんだよ!?そもそも口元掴んできてるくせに話せるわけねえだろ!そう言いたいけどストラスを人質にとられてるようなもんだし……俺一人でフォカロルには勝てない。素直に従うしかない。


 首を横に振ってノーの意志を示すと、Dと呼ばれた少年は間に合ったぁ……と安堵の声を漏らし、フォカロルが俺の口元から手を離す。慌ててDからストラスを奪い返し抱きしめるとストラスは申し訳なさそうに項垂れた。


 『簡単にキャッチされてしまいました……情けない』

 「お前フクロウだから仕方ないよ」


 でも、間に合ったってどういうことだ?モラクスにこいつらも用があるのか?


 フォカロルとDは頷きあって人差し指をクイッと動かす。ついて来いと言いたげだ。でもそんなのついていくほど馬鹿じゃない。足を動かさない俺に苛立ったのか舌打ちをしてフォカロルは振り返った。その目は怒りに満ちており、息をのむ。


 「俺はお前なんか死のうが苦しもうが興味ねえんだよ。ただな、今回の行動は直哉が苦しむ結果に繋がるんだよ。あいつを苦しめたくないのなら俺に従え」

 「な、なんでお前が直哉のこと……あいつに何かしたのか!?答えろよ!」


 掴みかかった俺を軽くよけて逆に腕を掴まれ後ろで固定されて膝をつく。


 「馬鹿じゃねえの?てめえが直哉を守れてねえだけだろ」


 俺が、直哉を守れてない?


 「今、直哉を守れんのは俺だけなんだよ。黙って従え。俺だってあいつに傷ついてほしいとは思ってない」


 なんで、フォカロルが直哉を気にするんだ……指輪のストックにしろって命令されたのか。


 「直哉をなんで気にするんだよ。直哉をどうする気だ……」


 俺の問いにフォカロルは答えない。でも直哉が危険に晒されているのならついていくしかないのかもしれない。ストラスにマンションに行けと目配せをする。時間を稼げ。パイモンたちが助けに来るまで、こいつらと戦ってでも時間を稼ぐんだ。


 しかしフォカロルの非情な言葉に俺の望みも砕かれた。


 「パイモンに知らせようとしたら殺す。俺たちのことを知るのはお前ら二人でいい。正体ばれるのならお前らだけでいいからだ」

 「正体……?」


 フォカロルがDに視線を向ける。こいつが何を隠してるっていうんだ。Dは言葉に詰まって、どうしていいか分からないというように目を泳がせたがフォカロルに再度視線を送って頷き、息を吸った。


 「俺の正体明かすことで今回の災厄を防げるのなら……拓也さん、お久しぶりです。俺の名前は大輝って言います。直哉の親友の大輝です」

 「は?」


 上手く返事ができない。大輝、君?何のいたずら?そんなはずない。大輝君は直哉と同い年だ。まだ中学一年になったばかりだ。目の前の少年はどう見ても高校生以上だ。大輝君のはずがない。


 ストラスも信じられないというように目を丸くして、その場から動かない。


 「拓也さん、俺たち……四つの災厄を止めるために指輪の力使って過去に来たんです。本当はバティンを止めれたらいいんだけど、それは過去に戻れる交換条件を満たしてなくて」

 「待って……意味が、分からない。指輪の力使ってって。未来の俺が……?」

 「必要以上のことは言えません。俺たちについてきてください。ウルグアイの件は俺たちに任せて。情報だけ少し提供してください」


 なんで、どういうこと?未来の俺は直哉たちを巻き込んでるってこと?それならフォカロルが直哉のことを言うのは理解できる。でもどうして……


 「未来の直哉は俺の契約者だ。だからこの時代の直哉を守るのは当たり前だろうが」

 「嘘……」


 直哉とフォカロルが契約してる?じゃあ俺はまだあと何年も悪魔と戦うのか?大輝君の口ぶりではまだバティンは倒せていない感じだ。どういうこと?分からない、信じられない。本当に、未来から……よりにもよってこいつと契約してるのか?中谷を殺したこいつを?

 

 「なんで、お前なんだよ……中谷を、俺達から奪っておいて今更味方面すんなよ!ふざけんな!」

 「お前の味方になったつもりはない。契約者や雇用主変われば立場変わるのなんか当然だろ。俺は直哉の頼みを遂行してるだけなんだよ」

 「黙れ!直哉を解放しろ!」

 「やなこった。ちなみにお前がボコってくれたザガン達も直哉のこと知ってるよ。あいつは俺達の王様だからね」

 「なんで……直哉……」

 「なんでじゃねえよ。お前のせいだよ。とにかく早く来い。クソが……さっさと済ませてえのによ」


 フォカロルの隣に大輝君が近づく。なんで大輝君までフォカロルに親しげなんだよ。そいつが何者か分かってるはずなのに。


 「でも良かったな。まだ契約者に接触してなかった。手遅れになったらって思うとゾッとする」

 「これが上手くいけば、後はリーンハルトとバティンか」

 「ああ。もう少し先だ。こっちの準備もできる」


 フォカロルが俺を解放し、踵を返し歩き出したのを見て慌ててついていく。先ほどまでついて行っては駄目だと思っていたのに。ストラスも俺の肩に飛び乗り、状況を飲み込もうと必死だ。


「ストラス、お前が前に言ってた直哉が不審な行動してるってやつ」

 『彼らと会っていたのかもしれませんね』


 直哉は黙ってたのか?フォカロルがどんな奴か分かってないのか?こいつのせいで中谷は殺されたのに!


 フォカロル達についていった場所は雑居ビルだった。ストラスは直哉が入り浸っていた場所だと呟き、すべての謎が解けていく。


 ビルの中の一つの扉を開けると、中に人はおらずガランと静まり返っていた。大輝君が椅子を持ってきて座るよう促して、いつでも逃げられるように扉の前に椅子を持って行って腰かけると、少し困ったように笑われた。


 「気持ちは分かるんだけど悲しいっすね」

 「……ごめん。本当にまだ大輝君って信じられなくて」

 「いいですよ。急に言われても混乱しますよね。まずは拓也さんの疑問に答えてからにしましょうか。色々聞きたいことがあると思うし、それが分からないと進めないでしょ?俺たちに答えられる範囲を答えます」


 何から聞いていいんだろう。本当に大輝君なのか、直哉はどうしてるのか、聞きたいことは沢山あるのに、声にならない。そんな俺を代弁してストラスが聞いてくれた。


 『フォカロルの契約者が直哉ということですが、彼はどこにいるんですか』

 「ごめん。答えられない。それは答えたらいけないんだ」

 『契約者ではない大輝、貴方がなぜフォカロルと行動を共にしているのですか。なぜ悪魔の契約者でない貴方が悪魔のことをここまで知っているのですか』

 「全部知ってる。俺たちの世界では地獄の秩序が色濃く反映されてるから」

 『貴方たちの言う四つの災厄とは何なのですか』

 「全ては言えない。既に現実で起こったことしか言えない。一つ目は直哉のラウムの能力の目覚めの阻止。もう一つは拓也さんがモラクスの契約者に接触するのを防ぐこと」


 そういえば、直哉はラウムの能力に未だに目覚めている気配はない。それを大輝君たちが防いでくれてたのか?


 顔を上げたら、大輝君と視線があう。悲しそうに笑っている姿を見て、彼がどれだけ直哉を大事にして、そして傷ついてきたのかを物語っているようだった。


 「直哉、ラウムの能力に目覚めてたの……?」

 「はい。本来なら今年の四月に。クラスメイトに知らずに力を使い、そのショックから本来の直哉は不登校になってます」


 あまりに辛くて悲しい現実に目に涙が溜まる。俺のせいで、直哉はそんな苦しみを味わうのか。拭っても拭っても零れる涙で前がぼんやり滲む。肩にとまっているストラスが羽で俺の涙を拭い、話せない俺の代わりに進めてくれる。


 『それを、貴方たちは阻止したと……確かに直哉は元気に学校に通っています。友人もいるし苦手なクラスメイトもいると口にしています。とてもラウムの能力に目覚めているとは思えない』

 「フォカロルが直哉君に接触したことで、本来の契約悪魔であるフォカロルの能力を目覚めさせることでラウムの能力を相殺させています。今では水鉄砲くらいなら操れるんですよ」


 そういえば、少し前に水を頭からかぶった直哉を見たことがある。どうしてそうなったか分からなかったけど、フォカロルの能力のせいだったんだ。ここで、直哉は水の魔法の訓練をしていた。日常生活を送れるように。


 疑問が解決したストラスは次の質問に移る。


 『次の災厄がモラクスの契約者との接触というのはどういうことですか』

 「……ここから先はまだ起こっていない拓也さんにとって不確実な未来になるため、俺の口からは言えません。それが過去に戻る条件なので」

 『そうですか。貴方たちの世界では最後の審判はまだ起こっていないのですか?』

 「それも言えません」

 『バティンについても?』

 「話せません」

 『ほとんど黙秘ではないですか』

 「すみません。本当に話したらいけないんです」


 申し訳なさそうに大輝君は頭を下げる。その姿をぼんやりと捉えて自然と口が動いた。


 「本当に、大輝君、なんだよね」

 「はい。相澤 大輝です」


 直哉の親友の大輝君だ。こんなことに巻き込んでしまった。俺、本当に駄目だなあ。弟と、その親友にこんな辛いことをさせるなんて。


 「拓也さん、今回は大人しくしていてください。モラクスの契約者は俺が接触します。伝えたいことを教えてください」

 「どうやって……」

 「……高校生の相澤 大輝は本来この世界にはいないんですよ。特定なんてできるはずないですよね」


 その言葉に俺たちの目が丸くなった。俺は、なんとかして契約者を助けたいと思ってた。国に保護されているから隠れて接触はできないとストラスに言われたのに、それでもダニエルさんのことを思い出して、どうにかできないかって……大輝君たちが現れなかった俺は、悪魔の力で自宅に引きこもってしまった直哉を見て、何とかしてって思って、モラクスの契約者に無理やり会いに行ってしまったんだろうか……その結果、俺は世界から存在を特定されてしまったんだろうか。


 『大輝……貴方、それは』

 「過去に戻るときに俺たちが関与していいのは事前に決めた四つだけです。そのうちの一つが今回の件です。だから任せて」

 「……駄目だよ大輝君。危ないから、俺……無理やり会いに行ったりしないから。大輝君も行ったら駄目だ」

 「俺にはフォカロルがついてるんで。な、フォカロル」

 「大船に乗ったつもりでいろ」

 「こいつもそう言ってるんで」


 そんな明るく言ったって怖くて仕方ないんだろ。だって、声が少し震えてる。気丈に振舞っても怖いのが分かるよ。


 「拓也さん、もう、正体明かさないと俺たちの説得を受けてくれないって思ったから素直に明かしました。でも、俺たちを詮索することはしないで。それは、未来の貴方を苦しめることになる。だからパイモンさん達にも言わないで。拓也さんとストラス、それだけにして」

 「大輝君……」

 「直哉にも今まで通りにして。俺たちのことを話さないで。話してしまうと未来の直哉に影響する」


 そんなこと、できるのかな。直哉が、大切な弟が危険の中にいて、俺のせいでこんな目に遭ってるのに知らない振りをしないといけないなんて。でも、直哉をこれ以上不幸にしたくない。


 頷いた俺を見て大輝君は安心したように笑う。


 「また連絡します。これ、俺のSNSのアカウントです。ここにDMください」


 大輝君とSNSを交換して、ストラスがモラクスの契約者に何を伝えたいかを報告し、内容をまとめた後に帰っていいと解放される。大輝君とフォカロルは二人でウルグアイに向かうんだろうか。どうやって?高速移動も使えないのに?でもこれ以上関与するなと釘を刺すように言われて、何も聞けなかった。


 『拓也、母上たちが心配します。いい加減泣き止みなさい』

 「俺、頑張ってたつもりなんだ。でも……結局直哉を守れなかったんだな」


 未来の直哉を思うと涙が零れる。ラウムの能力に目覚めたとき、直哉はどれだけ怖かっただろう。俺に助けを求めたかっただろう。そんなことを想像したら苦しくて胸が痛い。泣きながら帰路について、泣きはらした目で玄関を開けると、笑っている弟がいる。誰よりも大切な俺のたった一人の弟が笑ってるんだ。


 「兄ちゃんお帰り。今日学校でさ」


 大輝君とフォカロルがいなかったら、この直哉はいない。ショックと恐怖で家に引きこもり、学校に行けなくなっている。それが、俺が直哉にしてしまったこと。


 いてもたってもいられず直哉を抱きしめて膝をつく。体重をかけられた直哉は慌てて踏ん張り、文句を言いかけたけど、最後までその言葉は出なかった。


 「おい兄ちゃん!……どうしたの?」

 『直哉、私と拓也は貴方のことを心から愛しているんですよ』

 「え、なに急にキモいんだけど」

 『黙りなさい。キモいとはないんです。黙って我々の愛を受け取るのです』

 「えーーキモ」


 文句を言いながらも直哉は俺を抱きしめ返してくる。本当にどっちが年上か分からない。


 「変な兄ちゃん」


 ***


 大輝side -


 「フォカロル、お前って拓也さんにマジで当たり強いね」


 拓也さんとストラスが帰った後にフォカロルに振り返る。直哉のことが大事なのはわかるけど中々に当たりが強い。


 「うるせえな。あの能天気見てるとイラつくんだよ。直哉はこんなに奔走してんのによ」

 「俺たちは未来が分かるから仕方ねえよ」

 「わーってるよ」


 元々、俺とフォカロルは今回、拓也さんに素性を明かす予定だった。そうしないとウルグアイの件を任せてもらえないから。


 「でも良かったな。まだ単独で行ってなくて。直哉が元気なのもあって、まだ冷静さを失ってないのかもな」

 「さあな。俺はそこらへんは詳しく知らねえ。直哉と契約した後に聞いただけだし」

 「……本来の拓也さんは、モラクスの契約者を助けたい一心で会いに行って、その結果、存在がバレちゃうんだよ」

 「ふーん」

 「幸い個人の特定まではされなかったんだけど、日本語を話す少年ってことまで世界に発信されて、指輪してる拓也さんは人の目が怖くなって外に出れなくなったんだって。家にも帰って来なくなってマンションに住むようになったって直哉が言ってたよ」

 「そもそもバティンに隠れて対抗しようってのが不可能なんだよ。あいつはそんな優しい奴じゃねえし」


 だから、拓也さんも直哉も沢山傷ついてしまったんだろうな。でも今回このモラクスの件を上手くこなせたら、俺たちの目的も半分達成できる。


 「今回が上手くいけば、あとはリーンハルトとバティンを止めるだけだ」

 「アレクシアは上手くやってくれんのかね」

 「あの子は誰よりもリーンハルトを助けたいって思ってる子だよ。きっと大丈夫」


 大丈夫。そう言葉にしたけど、まるで自分を励ましているようだった。手が震え、声も上ずってしまった。深呼吸しようにも肺が笑うように痙攣し、短い呼吸になってしまう。そんな俺の手をフォカロルが握る。


 「不安になるな。前を向け。俺がお前もアレクも直哉もみんな守ってやる」

 「……お前は俺にも優しいね」

 「俺は友達思いなんだよ」

 「知ってる」


 今回の仕事は俺にしかできない仕事だ。アレクシアはリーンハルトを救うためにまだ表には出られない。直哉も同じだ。だから俺がやらないと。上手く、話せるだろうか。フォカロルがいるから通訳はいるとして、上手く説得できるかな。イルミナティと鉢合わせになってしまったらどうしよう。


 「フォカロル、マルバスと対峙したら倒せる?」

 「余裕。けど、俺がマルバスを殺しちまうとバティンが暴走するかもしれねえ。会わないに越したことはない」

 「そうだよな。やっぱり急がないとだよな」

 「直哉に報告したらすぐに向かう。ニュースで報道されんの覚悟しとけよ」

 「……嫌だなあ」


 少なくともウルグアイには俺の姿が報道されて、ネットから世界に瞬く間に広がっていくんだろう。化粧をして、カツラをかぶって、少し細工して顔を変えて、未来の俺に迷惑かけないようにしないと。


 「……やろう、フォカロル」


 俺にしかできない俺だけの仕事を。


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