第10話 結局一人だった
「すげえな、まだ勝ち進んでる」
ネットで調べてみたら、その高校は四回戦も突破したらしい。北海道にどのくらいの学校があるかは知らないが、四回戦まで行ったんだ。ベスト十六程度は行ったんじゃないのかな?
『拓也、今日北海道に向かおうとパイモンが言っていました。支度ができたら行きましょう』
10 結局一人だった
「北海道ってお土産何があると思う?俺行った事ないんだけど。白い恋人でいいかな」
『何を言っているのです貴方』
少しだけウキウキしてる俺を呆れた目で見るストラス。
だってさ、しょうがないじゃん。こんなクソ暑い真夏の日本に戻ってきたんだ、あんな地獄から。悪魔を探すっつっても北海道に行けるんだ。少しぐらい観光したって罰は当たらない。
でも向かう場所はかなりの田舎の様だ。えー札幌いけないのかな、俺札幌行きたい。
「でもさ、なんだかさ、中谷みたいだよな。契約者多分野球部だろ?」
『中谷?』
「中谷もさ、大会に出たいからヴォラクと契約しててさ、今回もきっとそうなんだろうな」
『高校生……いえ、彼らにとっては今まで生きてきた短い生涯の中で最も夢中になり、最もがむしゃらに励んだ事なのでしょうね。遊ぶ時間を削って、寝る時間を削ってまで励むのですから』
運動してない俺でも分かる。中谷たち運動部がどれだけ大会のために頑張っていたのか、でもいかさましても勝ちたいって言うのはスポーツじゃない。偉そうに言うけどさ。
野球部員達の写真を見たけど、誰がどれと契約してるかなんて分からない。でも契約してるとしたらこの四人の内誰かってことだから、探すのは簡単でいいかもな。
「いつ行く?俺もう学校始まってるから頻繁には行けないんだけどさ」
『そうですね……明後日はどうですか?休みでしょう?』
「了解」
***
?side -
「すげえ……俺たちがベスト16だってよ!次勝てばベスト8だ!」
雄太が拳を作って喜びをかみ締めている。野球部は遂にベスト16まで登りつめた。取材も日を追うごとに多くなり、今日も地元の新聞社が部活の風景を撮りに来るらしい。
この小さな学校で俺たちはもうアイドル並の扱いだった。次の試合は全校生徒で垂れ幕を作って応援に行こうだとか、急遽応援部を作ったり、とにかく関心は全て俺たちに向けられていた。
顧問の教師も野球の勉強をしだして、ノックなどの練習を手伝ってくれるようになった。
これが俺が望んだこと。皆が本気になって取り組むこと。何か一つでもいい、何かこの学校で思い出が欲しかった。このメンバーで一つでも多くの試合をしたかった。
でも今の状況は……
「じゃあな、また明日朝練な!」
雄太と手を振って別れて、向かった場所はバッティングセンター。ここで部活が終わった後、五十球程度バッティングの練習をして帰るのが俺の日課だった。小遣いが尽きるまで、できるだけ足を運んだ。
この少ないメンバーでピッチャーは一人だけ。しかも一年生だ、俺たちが点をとらないと。
夜遅くまで練習して、日が暗くなりかけた頃に家に帰る。バッティングセンターは家と反対方向で、家に帰るには再び学校の前を通らなきゃいけない。自転車で学校の前を通ったとき、何気なくグラウンドを見たら二つの影があった。
「ナイスボール!カーブ前よりずっと曲がるようになったよ!」
「マジっすか!?よっし、次の試合までには間に合わせるっすよ!」
グラウンドには一年生ピッチャー晃とマネージャーの香奈子がいた。香奈子はグローブを手に取り、晃の練習に付き合っていた。二人の姿を確認して慌てて自転車を止めてグラウンドに入る。
二人はこっちに気づいて手を振ってきた。
「あ、キャプテン。どうしたんすか?」
「帰ったんじゃなかったの?」
まだユニフォームから着替えてない晃に、体操服のままの香奈子。ずっと練習してたのか?荷物をグラウンドの隅に置いて、香奈子からグローブを取り上げる。香奈子の手は真っ赤に腫れていた。いくらグローブをつけてても、強い球を取ったら、それなりに手は痛む。
もう暗くなりだしてるし、照明がないグラウンドでは今日は無理だろう。
「手、大丈夫か?」
「平気平気、弟に付き合ってキャッチボールしてっから」
ああ、香奈子の弟って確か野球部だよな。香奈子は父ちゃんが野球好きだから影響されて野球好きなんだよな。だからマネージャーを申し出た。
晃だって一人で残って練習してるなんて知らなかった。こんなに熱心な奴だったっけ。
「キャプテン、前の試合はすみませんでした。最後に打たれて……キャプテンがいなきゃ負けてました」
「気にすんな。それより練習しとんのか?」
「はい!次までにはカーブもっと曲がるようにします!絶対次も勝ちましょうねっ!」
そう言って嬉しそうに笑った晃に上手く笑い返せなかった。変な表情をしてたんだろうか、香奈子と晃が目を細めた。
今日はもう帰れ。それだけ言って逃げるように自転車に乗る。二人の顔を見れなかった。
俺は悪魔の力を使って皆に無理やり野球をやらせてる。あんなに笑ってた晃と香奈子も本心では練習なんか面倒くさいって思ってるに違いない。でも悪魔の力のお陰で楽しく感じてるんだ。
勝ち上がっていくにつれて不安と焦燥が押し寄せる。俺は皆に嘘をついてまで野球をさせて勝ちたいのか?
― 駄目だ、もう笑えない。
***
拓也side ―
「負けた?」
二日後、ストラスに言われた通りマンションに向かった俺に待っていたのは北海道の野球部が五回戦で負けたと言う物だった。
試合は今日の朝一番で行われたらしく、結構な大差で負けたんだそうだ。インタビューで涙を流している選手がネットの記事で映ってて、正規部員四人だけでベスト16まで行った事を記者が褒め称えていた。
でも悪魔と契約までしてベスト16で納得するもんなのかな?変に勝ち進んで周りに勘ぐられたくなかったからか?それにしても中途半端だな。
「なんで急に……まさか悪魔との契約を切ったとか?契約者はどうなった!?」
「今回の試合に出たメンバーはこの間と同じだった。契約者が野球部員だったなら殺されては無いはずだけどね」
パイモンが何も言わずにパソコンで調べている横でセーレが安心させるように優しく答えた。殺されてないとしたら、どうして負けたなんて……
パイモンはパソコンを閉じて真剣な表情で顔をあげた。
「主、急いだほうがいいですね。仮に契約していたとしたら報酬を与えるのが今日のはず。嫌な予感がします」
「お前の嫌な予感、当たるから怖いよ」
早速向かおうって話しになった時にヴアルが戻ってきた。アスモデウスとシトリーとヴォラクは今日はいない。戻ってきたヴアルはすぐに状況を理解したらしく、俺たちについてくるって言ってきた。
でも澪は大丈夫なのか?まぁ場所も北海道だから距離的には大丈夫だと思うけど。
「澪はいいのか」
「……いいよ、アスモデウスがいるでしょ。どうせ」
少し投げやりな返事が返ってくる。ヴアルも澪が最近アスモデウスを気にしているのが気に食わないようだ。アスモデウスはまだこっちに慣れてない。色々助けるのは当たり前だけど、確かに俺も少し気に食わない。
いつもなら止めるんだけど、何だか止める気も起こらなくてヴアルも連れて行くことにした。ストラス達からいいのか?って聞かれたけど、いいや。ヴアルがいなくても澪はアスモデウスが守るんだろ?何も問題ないじゃないか。
ジェダイトに乗って向かった先は北海道の余市郡仁木町って所。札幌とかと違い、特に何か目立った物があるわけじゃなく、のどかな田舎町って感じだった。
こんなところに悪魔と契約してる奴がいるとはなぁ……本当に悪魔はどこにいるか分かんないよ全く。
時間的には球場はもう第三試合をしている時間帯らしく、多分球場にはいないだろう。だとしたらミーティングの為に学校にいるか、もう家に帰ってるか。
とりあえず一度学校に向かうことにして、パイモン達が調べてくれた場所に向かう。ヴアルはその間もずっと不機嫌だった。
「なぁヴアル、澪の様子はどうなんだ?」
「普通だよ、澪は優しいし。でもアスモデウスの事をいつも気にかけてる」
「まぁサラの生まれ変わりとか言われたらなぁ」
「拓也は気にならないの?」
気になるさ、澪が何か危険なことに巻き込まれてるんだから。でもアスモデウスに突っ込まれてから、それを俺が言う権利は無い。だってヴアルと契約させてしまったのは他でもない自分なんだから。
今更危険に巻き込むなって言うのは、アスモデウスが過去に俺に言ったとおり、調子が良すぎる。だから澪に危険が行かないように、俺が今まで以上に頑張らなきゃ。
返事をしない俺にヴアルは少しぶすくれてそっぽを向いた。なんだかあいつのせいで少しヴアルと澪はギクシャクしてるようだ。それに俺も含まれてるけど。ストラスたちが心配そうな顔をしてたけど、こればかりは当人の俺たちが何かする以外に解決法はないだろうな。
暫く歩くと小さな学校が見えてきた。少し古びた校舎には人気は無い。もうミーティングも終わったのかもしれない。とりあえず中に入ってみることにした。
再来年に閉校になるだけあって、学校には活気がない。人っ子一人いないから話しかける人もいない。そのままグラウンドの真ん中に向かって左の端に野球部と書かれた小さなプレハブ小屋が見え、部室だと理解した。
誰かいるのかな?とりあえずここにいても始まらないから向かい、ノックして誰も出なかったらここにはいないんだろうけどな。
***
?side -
『ナゼ我ノ力ヲ使ワナカッタ?』
「……もういいよ、どうでも」
こんな事を俺は望んでたんだろうか。こんな空しい事を俺はしたかったんだろうか。やる気のない奴に練習させるように強制して、試合までこの悪魔にコントロールさせて、そこまでして俺は優勝と言う二文字が欲しかったんだろうか。
いや、勝ちたかった。試合には勝ちたかったんだ。皆で来年の甲子園を目指したかった。それが難しいって言うのも分かってた。でも再来年の三月に閉校になるこの学校では来年の甲子園予選が最後の公式戦なんだ。
でも違った。俺は本当に皆で練習して、皆で笑って、皆で泣きたかった。こんな空しい勝利が欲しいわけじゃなかった。悪魔にコントロールさせて好きでもない野球を好きと刷り込ませて練習させて、一体何がしたかったんだろう。そこまでしてでも勝ちたかった。そんな自分が情けなくて不甲斐ない。
涙が零れて、それを必死で拭った。目の前の悪魔は分からないとでも言うように首をかしげている。
もういいよ、俺は諦めた。この悪魔と契約は失くす。それで皆が再び野球に興味がなくなっても、甲子園の予選に出れなくても、もう構わない。
俺だけ本気で頑張って、後のチームメイトは操られている。なんて馬鹿らしくて滑稽なんだ。人形使いと人形のような関係だ。こんな空しい勝利いらない。
鞄の中から、こいつから貰った宝石を差し出す。そいつが小さな目を丸くしたのが視界に入った。でももう、俺には必要ないから。
「これ返す。ちゃんと助けてくれた報酬はやるけん、もういいべ」
『ホゥ……マタ一人デノ練習ニ戻ルノカ』
「ああ、一人の練習は寂しい。んだども、今もどうせ一人だべ」
だって本当に野球をやりたいって思ってるのは俺だけだ。どうせ俺は最初から一人だった。どうしても変える事なんか出来なかったんだ。
宝石を返して、悪魔が次に開く言葉を待つ。こんな今まで信じたこともない化け物と契約して、何だか不思議な気分だ。それも後ろめたい要因なのかもしれない。一人になってもいい、普通の人間に戻りたい。こんな空しいなら一人で壁相手に練習したほうがマシだ。
『ソウダナ……コノ程度ノ援助デハ大シタ報酬ハ戴ケヌナ』
「なんでだよ。お前のお陰で夢見られたんだよ。俺に出来ることなら手伝うよ」
『ソウカ、我ハ良イ契約者ト巡リ会エタ』
悪魔が笑った。元の顔が恐いだけに少しだけ後ろに後ずさる。でもこいつはいい奴だから、きっとそんな酷いものは要求しないだろう。でもそれを俺はすぐに後悔した。
悪魔は俺の両腕を手に取り、力強く握る。なんだよ、握手でもしたいってのか?
首をかしげている俺に、悪魔はさも当然そうに言い放った。
『デハ貴殿ノ両腕ヲ貰イ受ケヨウ』
「……へ?」
『魂ヲ渡スヨリハ安イデアロウ?相応ノ見返リダ。何、貴殿ノ魂ハ純粋スギテ我ニハ役ニ立タンノダ。ダガ貴殿ノ友ノ魂ヲ貰ウニハ相応ノ仕事ヲシテイナイ。ナノデ腕デ清算シヨウ』
「ふざけん、なよ……」
『フザケテ等イナイ。我ハ少シ腹ガ減ッテイル。人間ノ血肉ハ好物ナノデナ。貴殿ノ腕、腹ノ足シニサセテモラウ』
冗談じゃない!!そんなの受け入れられるわけが無い。
必死で振りほどこうと暴れたら、向こうはもっと腕の力を強めてくる。このままじゃまずい、本当に腕をもぎ取られる。
今まで感じたことも無い恐怖が襲い掛かり、なんとしてでも助かりたくなる。がむしゃらに暴れて、近くにあった椅子を蹴り飛ばして、相手にぶつけた。その隙に一瞬弱まった腕から脱出して部室の扉を開ける。
その先には数人の人が立っていた。
***
拓也side ―
「うおっ!なんだ!?」
部室の扉を開けようと手を伸ばしたら一人の野球部員が飛び出してきて、ぶつかりそうになって後ろに仰け反ったら、そのまま尻餅をついてしまう。え、何これ恥ずかしい……
でも気が動転してるこいつは俺に見向きもせずに走り去ろうとしており、その腕をセーレが掴むと悲鳴をあげて暴れた。
「ひい!離せ!!」
「少し待ってくれ。大丈夫だ、君は俺達が守る」
「何さ言って……ひっ!」
小さく悲鳴をあげて、そいつが後ずさる。一体なんなんだ?そいつが向けている視線の先を見てみれば、目の前には端正な顔立ちの男が立っていた。なんだ、こいつにビビってんのか?見たところ普通の奴だけど。恐い顧問かなんかだろうか?
男は俺達に愛想のいい笑みを浮かべて近づいてきた。
「その少年を渡してくれないか?素行が悪くて困る」
言い方も別に普通に優しい感じだ。それなのに異常に怯えてる。一体あいつはなんなんだ?その時、パイモンが悪魔の姿に変わり剣を突きつけた。
ちょっ!確かに周りに人いないけど、ここ学校!人が集まる場所なの!!
尻餅ついていた体を動かして、パイモンの腰に飛びついて必死で押さえようとしたけど、パイモンから放たれる殺気が本物だと確信して、抵抗を止める。
「どういうことだ?」
『拓也、私達が探していた張本人に運よく会えましたね』
え、じゃあこいつが?
俺もソロソロと後ろに避難。ヴアルを盾にして隠れる。我ながら実に情けないが、相手がどんな悪魔かも分からないのに、迂闊に近寄るのは危険じゃん、ねぇ?
『見つけたぞオセー』
「……我の化け姿を知っておったか。面倒な奴だ」
次の瞬間、端正な男が一気に二足歩行してる豹の姿に変わった。それと同時にセーレに捕まってた野球少年が悲鳴をあげる。まさかこいつ狙われてた?こいつが契約者なのか!?
少年はセーレから逃げようと必死でもがく。もう形振り構っていられないんだろう、涙をボロボロ流している。
「離せ、離せ!両腕を失いたくない!俺はまだ野球がしたい!!」
両腕を失う?腕を狙われてたのか?
オセーと呼ばれる悪魔に視線を向けると、満足げに微笑んでいる。でも姿が豹なだけに、かなりの威圧感がある。
『魂ヲ取ラヌダケ有難イト思ッテクレナケレバ。腕グライ差シ出シテモ良イダロウ』
「嫌だ!嫌に決まってる!!」
少しだけ読めてきたぞ。契約の等価交換って所か?そんなの止めさせなきゃいけない。
剣をオセーの首元に当ててパイモンが威嚇する。その姿を見て、オセーも俺達が力づくで行くって感じ取ったらしい、不快そうな表情をして後ろに下がった。
しかしその手には大きな剣が二本握られており、相手もやる気みたいだ。
『鬱陶シイ奴ラダ。コンナ所マデ探シアテオッテ』
『見つかりたくないのなら大人しくしておくことだ』
ヴアルが慌てて結界を広げてくれたのに少しだけ安心する。怯えている野球少年はセーレとストラスに任せるとして、俺とヴアルとパイモンで何とかするか。
恐いけど、やらなきゃいけない。どうせ逃げてたって、いつかはやらなきゃいけない事だから。