Episode5 潰えた希望
沙耶子が病院に運ばれた。
その知らせを聞いたのは、沙耶子を探し回った後に家の留守電を聞いた時の事だった。
幸いにも外傷は掠り傷程度だったそうだ。
どうして、こうなったのだろう。
沙耶子には不幸な事など起こさせないと、あの時誓ったのに。
どうして?
誰がこんな事を?
彼女の身に起きた出来事、それは僕の気持ちを不安から、誰かへの憎しみへ変えていた。
翌日、沙耶子が目を覚ました。
大学へ休みの電話を入れて、朝一番で病院へ行った。
受付を済ませて彼女の病室へ行く。
前にも同じ様な事があった。
確か、あの時の沙耶子は記憶を失っていた。
不安が胸を過ぎる。
あんな事が二度もあってたまるか。
きっと大丈夫。
きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、病室のドアを開けた。
病室内は、朝方の眩しい光に照らされていた。
その隅のベットに沙耶子がいる。
「沙耶子……」
彼女はゆっくりと、こちらへ視線を向ける。
「分かるか? 沙耶子」
うん、と軽く頷いた。
「分かるよ。隼人君」
隼人君。
それは、かつての僕に対しての呼び名だった。
「沙耶子、記憶が戻ったのか?」
再び軽く頷く。
「沙耶子……」
そう言って、僕は沙耶子に手を伸ばした。
沙耶子も僕に手を伸ばす。
嬉しさを通り越して、感動が僕の体を動かしていた。
しかし、互いの手が触れ合った瞬間、沙耶子はすばやく手を離し、僕から後ずさる。
「どうしたんだ?」
声を掛けた瞬間、悲鳴を上げる。
「ぁぁぁああああああ!」
「おい! 沙耶子。どうしたんだ?」
呼び掛けてみても悲鳴は止まらない。
沙耶子は暴れる様にして、ベットから落ちた。
這いつくばりながら部屋の隅へ行き、自らの肩を抱く様にして、ガタガタと震え出す。
「いやっ……こ、殺さないでぇ……ぁあああ!」
「どうしたんだよ!? 僕だよ。隼人だよ。分からないのか?」
「いやあああああああああ!! 殺される! 光圀が! 光圀が来る‼」
悲鳴を聞き付けたのか、数人の看護師が病室に入って来る。
「これは、どういう事ですか!?」
看護師等は僕の言葉を無視し、沙耶子を取り押さえる。
「宮久保さん! 落ち着いてください!」
「いやああああああああああああああ!!」
「鎮静剤を打ちます」
一人がそう言って、注射器を彼女の腕に打ち込む。
しだいに悲鳴は止み、沙耶子は眠りに着いた。
看護師が僕に言う。
「しばらく、そっとしておいてあげて下さい」
一人の少年が沙耶子と一緒に、昨夜この病院に運ばれたそうだ。
少年の名は宮村想太。
最近、沙耶子の話の話題に出て来る、彼女の先輩だ。
とても面倒見が良く、頼れる先輩だと言っていた。
彼の病室は、彼女の病室のすぐ隣にあった。
病室の中で、宮村はただボーっとしている。
肩には大量の包帯が巻かれていて、とても痛々しい。
「君が宮村君か?」
はい、と彼は小さい声で呟く。
「僕は平野隼人。沙耶子の兄だ」
とりあえず、素性は兄という事で話を進めた。
兄という言葉を聞いて、少しだけ彼の態度が変わる。
僕はベットの横に置いてある椅子に座り、本題を切り出した。
「話して欲しいんだ。昨夜あった事」
宮村は躊躇いながらも、小さい声で話し始める。
「昨夜、僕と平野さんは二人で帰ったんです。でも、その帰りに変な男に襲われて」
「変な男?」
「はい。なんか、平野さんの事をよく知っているみたいで……」
彼女の知り合い。
そう考えるのが妥当だろう。
「その男は、沙耶子に何か言っていたのか?」
「はい。平野さんの左腕に着けてあるリストバンドを取って、僕に見せたんです」
声が震え始める。
「そこには……幾つも……刃物で切った様な跡があって……」
僕の服の袖を掴んで、宮村はすがる様に言う。
「僕、何も出来なかったんです。包丁で肩を刺されて、全く動けなくて……それで……」
彼の言い分は良く分かった。
宮村は必死で沙耶子を守ってくれたのだ。
「ありがとう。沙耶子を守ってくれて」
そう言い残して、病室を後にした。
待合室の椅子に座って早々、僕は頭を抱えた。
彼の話だけでは、それなりの収穫は得られなかった。
おそらく、沙耶子は僕と話せる様な状況ではないだろう。
ただ、沙耶子は聞き覚えのある名前を叫んでいた。
光圀。
沙耶子はその名を叫び、震えていた。
あの日、沙耶子が屋上から飛び降りた翌日の朝、光圀は僕に彼女の生存を告げた。
もしかしたら、光圀は沙耶子と何らかの関わりがあったのかもしれない。
ならば、今の僕に出来る事はただ一つ。
光圀幸太に会う事だ。
たしか光圀幸太といえば、かつて僕のいた学校の生徒会長だった。
それなら、まずは学校に行って手掛かりを探るしかないだろう。
しかし、もし光圀を見つけ出したとして、会ってどうするんだ?
何を話すんだ?
もし、沙耶子があんな風になってしまった原因が、光圀にあるのなら、僕は彼に何をしでかすか分からない。
それでも、じっとなんてしていられない。
彼女の為に何かをしなければならない、自分自身の感情がそう告げていた。
吹奏楽部の楽器の音や、野球部の掛け声が聞こえて来る。
時間帯は丁度良く放課後だった。
とりあえず、職員用玄関にある受付で客用の名札を貰った。
ここの卒業生という事も幸いして、簡単に通して貰えたようだ。
「さて、とりあえずどこへ行くか……」
少しだけ内装が変わっているが、教室の位置やどこに何があるかは大
体把握している。
光圀は、かつて生徒会室に所属していた。
「となると、生徒会室か」
生徒会室は、校舎とは別のプレハブに位置している。
横開きのドアをノックすると、中から一人の少女が出て来た。
普段着を着ている所を見ると、生徒会のOBか何かだろうか。
「君は……?」
「それはこっちの台詞。あなたは誰? 私服って所を見ると、生徒って訳ではなさそうだけど」
その無愛想な発言に、少しだけ空気が重くなる。
「いや、君も私服だろ」
「私は生徒会のOBとして、ここに来たの。来週から文化祭なんでね。あなたは?」
「僕も卒業生。ちょっと、光圀幸太っていう人について知りたい事があって来たんだ。生徒会に行けば何か分かると思ったんだけど……」
「光圀……先輩」
彼女の表情に影が差す。
「知ってるのか?」
「一応……。あ、立ち話もなんだし、とりあえず中へ」
室内へ招かれ、二人で向かい会い椅子に座った。
彼女は重い口をゆっくりと開く。
「光圀先輩は、とても真面目な人だったの。成績だって上位者だったし、私がどんなミスをしても、笑って受け流してくれたわ」
確かに。
あの日の朝、沙耶子の生存を逸早く教えてくれた光圀幸太には、とても感謝している。
僕から見ても、あの人はとても優しくて穏やかそうな人だった。
「でも……」
彼女の声が段々低くなっていく。
「光圀先輩は、あの日から学校に来なくなった。あの日の事はよく覚えているわ。印象的だったの。前日に学校の屋上で自殺未遂をした子がいたから……」
心なしか、その話をされると心が痛む。
「沙耶子……」
無意識のうちに、その名を呟いていた。
「え?」
「いや、何でもない。続けて」
「いつも通りの休み時間、生徒会室に行ったの。でも、いつも一番乗りの筈の光圀先輩はいなかった。いつまで経っても来ないから、皆で校内を探したの」
じゃあ、あの日の翌日から来ていないのだろう。
「翌日、先生に光圀先輩の事を聞いたわ。そしたら、退学したって……」
数秒間の沈黙が続き、彼女が呟く。
「どこへ行ったんだろう。光圀先輩……」
「家には行ったのか?」
「行ったけど、光圀先輩は出て来なかった。というより、震えた様な声で「帰れ」って怒鳴られた。その日から、皆は怖がって光圀先輩の家には近付いてないわ」
「家の場所を教えてくれないか?」
「……私は光圀先輩の家には行けない。でも、住所なら教えてあげる」
彼女は近くに置いてあるバックから手帳を取り出し、一枚の紙切れを差し出した。
「光圀先輩の住所。お正月前に、聞き出すのに苦労したわ。結構、人気があったから、なかなか聞き出せるチャンスがなかったの。もう、意味はないけど」
「ありがとう。そろそろ行くよ」
立ち上がると、彼女は一言だけ僕に忠告した。
「気を付けて。たぶん、今の光圀先輩は前とは違うから」
彼女は僕に、詳しい詮索はしなかった。
もしかしたら、あまり光圀幸太に関わりたくなかったのかもしれない。
住所を頼りに着いた場所。
そこは、どこにでもある様な集合住宅の一軒家だった。
家の表面にはコケが生えていて、小さな庭には虫が湧いている。
一目見て、人が住めるような場所ではない事は確かだ。
それでも、ほんの少しの期待を捨てずに、インターホンを押した。
数秒してから、もう一度押してみる。
誰も出て来ない。
やはり、もう誰も住んでいないのか。
あの日から二年以上は経っている。
当然だ。
振り返り、家から出ようとすると、足元に置いてあった植木鉢を倒してしまった。
ガシャンと鋭い音が響き、中に入っていた土がこぼれ出る。
放っておいても誰も気にしないだろう。
そう思っていると、銀色に光る何かが土の底に落ちている事に気付いた。
軽く土を払って、その銀色の何かを取り出す。
これは鍵だ。
ここに置いてあるという事は、おそらく家の物だろう。
家の扉の鍵穴に入れてみると、ぴったりと一致した。
少しだけ嫌な予感がする。
この中には何があるのだろうか。
何もないのなら、それで良いのだけれど。
ゆっくりとドアを開くと、きつい臭いが鼻を突いた。
妙に鉄臭かった。
所々にゴミ袋や屑ゴミが溜まっていて、とても靴を脱いで入れる様な場所ではない。
靴を脱がず、土足で上がる。
廊下を進み、リビングと思わしき部屋に入ると、そこにはあまりにも不気味で気分の悪くなる様な光景が広がっていた。
壁一面に貼られた写真。
その写真の中には、沙耶子の姿があった。
普通に撮影した物ではない。
遠くから望遠を効かせて、撮った様な写真ばかりだった。
僕や綾人の写真もある。
「何だ……これは……」
一枚の写真が目に入った。
夕暮れの屋上で、怯える様にして鉄柵に縋り付く彼女の姿。
まさか、沙耶子が屋上から落ちたのって……。
それを見た瞬間、光圀へ向ける怒りが込み上げて来た。
「クソッ」
そう叫んで、壁を強く叩いた。
写真と埃が宙を舞う。
机を見ると、数冊のメモ帳や本が重なっていた。
その下に路線図が敷かれている。
本やメモ帳をどかして路線図を見てみると、ここから五分程の場所にある駅に、蛍光ペンで印がされていた。
そこから路線を伝って線が引かれている。
「この場所は……」
線が止まった場所、それは以前に僕達が訪れた場所だった。
あの夏の日、二人だけで過ごしたあの屋敷がある村の駅だ。
そこへ行くとしたら、居場所は明らかだ。
あの屋敷しかない。
村に着いた頃には、既に時間は終電だった。
しかも地方の違いか、雪が降っていてかなり寒い。
積もる雪を踏みしめながら、屋敷を目指して歩き出す。
夏に来た頃とは大分違っていて、虫の音すら聞こえない無音の世界が広がっていた。
屋敷に着いた頃には、あまりの寒さに手は悴み、耳は千切れそうなくらい痛かった。
見ると、門の鍵は壊され、強引に開けられていた。
窓ガラスが割られている。
おそらく、ここから入ったのだろう。
中は夏に来た時と、何も変わっていない。
光圀がいるとしたら、おそらくピアノがあるあの部屋だろう。
階段を上り、部屋の戸を開けた。
室内は暗くて何も見えない。
あの日の様に、月が出ているという訳ではないのだ。
部屋の隅の闇で、微かなロウソクの明かりが点く。
ロウソクの側には、ピアノに背を預けて座っている影があった。
顔はよく見えないが、おそらく光圀だろう。
「君が……光圀幸太か?」
恐る恐る聞いてみた。
すると、気色の悪い声で笑い出す。
「くっへっへっ……くっきゃっはっは」
「何が可笑しいんだ?」
怒り交じりに質問をぶつけると、その影は立ち上がり、一歩だけ前へ出た。
それと同時に顔が露わになる。
僕は驚愕した。
その顔は、まるっきり自分と同じなのだ。
しかし、何本か抜けた歯、青ざめた肌の色、血走った目、まるで自分の衰えた姿を見ている様な、そんな感じがした。
「お前は……」
彼は口元を吊り上げて、不気味に笑う。
「僕を、光圀幸太を追って、ここまで来たんだろ? 平野隼人。どうしたんだ? そんな顔をして。僕の顔か? ああ、これはねえ、かなり前になるけど、整形手術をしたんだぁ!!」
「どうして、そんな事を?」
僕の声は恐怖のあまり震えていた。
「君と沙耶子ちゃんを離す為だよ。僕は、ずっと君が気にくわなかった! どうして!? どうして沙耶子ちゃんは、君を選んだんだ!? どうして君は、あれだけの出来事を経て、そんなに沙耶子ちゃんの事を想えるんだ!? どうして!? どうして、そんなに君達は幸せそうなんだ!?」
「……」
数秒間の沈黙が続き、光圀は口を開く。
「久しぶりだね、平野さん。あの日の朝以来、君は僕には会っていなかったよね。でも、僕はずっと君を見ていたよ」
彼の言動に、今までにないくらいの恐怖を感じた。
「じゃあ、あの部屋の写真も……」
「そうさ。全部、僕のコレクション。本当に可愛いよ。沙耶子ちゃんは」
「昨日、沙耶子を襲ったのはお前か!?」
「ああ」
「まさか……あの日、沙耶子が屋上から落ちたのも、何か関係があるのか!?」
光圀はにたりと吊り上げた両方の頬を下ろし、目をぱっちりと開いて僕を見る。
「ああ、あれは……僕が落としたんだ。沙耶子ちゃんの中学時代、繫華街のゴロツキに沙耶子ちゃんをレイプさせる様に仕向けたのも僕」
「……!?」
「抵抗する沙耶子ちゃん。可愛かったなあ……。繁華街の裏にいる連中は金や薬を渡せば何でもしてくれる。それに運が良かったよ。屋上から飛び降りた日、沙耶子ちゃんには身内がいなかったから、警察の捜査も手薄だった。先生も皆、自殺って決め付けていた。その後だよ。顔を変えたのはね。本当に近頃は便利だよねぇ」
光圀はポケットから紙の包みを取り出した。
「覚醒剤。繁華街の路地裏とかで流行ってるんだ。飢えてる奴には、かなり高く売れるんだよ」
手に持っていた紙の包みを舌で舐め取る様に、光圀はそれを丸ごと飲み込んだ。
やがて、口からは涎がこぼれ不気味に笑い始める。
「そんな事を繰り返して、顔を変えたって訳か……」
「そうだよ。どうだった? 僕の顔を見て、その後に君の顔を見た、沙耶子ちゃんの表情はぁ!?」
沙耶子は……こんな奴に……。
「お前が……沙耶子を……沙耶子をぉ!!」
僕は光圀に飛び掛かり、胸倉を掴む。
言いたい事があり過ぎて、何を言ったら良いのか分からず、ただ光圀を睨み据えた。
「何だよ? 僕が憎いのか?」
「……」
「殺せよ。ここで僕を生かしたら、次は何をするか分からないぞ。ほら、殺してみなよ。殺せよ‼」
拳を強く握り、光圀の顔面へ真っ直ぐに打ちつけた。
顔を押さえて数歩後ずさる。
「なんだよ……これだけか? まったく、これじゃあ、死ねないよ」
そう言って、光圀は手を広げて笑って見せる。
「ああ、そうか。お前に人を殺す様な度胸なんてないよな!? 親が死んだくらいで、あれだけ動揺していたんだから。沙耶子ちゃんに抱き付いて泣いたりして、馬鹿じゃねえの!」
本気で、光圀への殺意が湧いて来た。
僕は彼の首に手を掛け、床に倒す。
彼の体は薬でボロボロだ。
その為、体力で負ける事はない。
震えた声で、しかし怒りの混じった声で言ってやった。
「教えてやるよ。人の痛みをなあ!」
指に力を込める。
指先に触れる脈の鼓動が速くなっているのが分かった。
「これが、お前が今まで人に与えてきた痛みなんだよ! これが、僕達がお前から受けてきた痛みなんだよ!」
「うっうぅ」
光圀は苦しそうにうめき声を上げながら、必死に訴えた。
「僕も……僕も辛かったんだよ。たまに思うんだ。自分は何をしているんだろうって。こんな事をして意味があるのかって……」
彼の目から涙がこぼれ始める。
「く、苦しいぃ。お願いだ。警察にでも何でも行くから、もう、放してくれよ。もう、君達には近付かないから。殺せなんて自分で言ってたけど、やっぱり死にたくないんだよぉ……」
こんな男でも、やはり人間だ。
良心もまだ残っていたのだろう。
そう思い、指から力を抜いた。
そして、ゆっくりと彼の首から手を離してやる。
「だから、お前は弱いんだよ」
次の瞬間、彼の口から出た言葉はそれだった。
腹部が熱い。
見ると、腹には一本の包丁が刺さっている。
寒さのせいか、あまり痛みは感じないが、体が思う様に動かず、大きな声も出せなかった。
腹から血がドボドボとこぼれていく。
「光圀……お前……」
僕の体はその場に崩れる様に倒れた。
「は、はっはっはっは。このバアーカ! 僕がそう簡単にお前の言葉を受け入れるとでも思ったのか!? 僕はお前と違って強いんだよ! 僕はなあ! 親を殺したんだ。その後、繁華街の路地裏で何人も失心させてやったよ! 僕は強いんだ‼」
彼の声が段々遠くに聞こえて来る。
視界が霞む。
僕はここで死ぬのだろうか。
僕は光圀を生かして、こんな所で死んでしまうのか。
もし、そうなら沙耶子の幸せの為に、最後の力で僕は光圀を殺す。
僕はよろけながらも立ち上がった。。
それを見て、光圀は怯え出す。
僕が前へと歩を進める度に、光圀は一歩ずつ後ずさり恐怖の混じる声で叫んだ。
「な、なんで立てるんだよ!? おぉい‼」
「思い知らせてやる。人の痛みをなあ‼」
そう叫んで、最後の力を振り絞り、光圀を押し倒して首を締め上げた。
「うっく、苦しい」
もう、容赦はしない。
僕がここで全てを終わらせてみせる。
光圀は、やがて動かなくなった。
そして僕の意識も遠くなり、彼の隣に倒れた。
視界が白くなり、頭がぼんやりとして来る。
沙耶子に会いたい。
せめて、死ぬ前には沙耶子と笑っていたかった。
「沙耶子……君が見えないよ」
霞む視界の中で、部屋に置いてあるピアノだけが見えた。
出来る事なら、あの夏に戻りたい。
沙耶子と二人で過ごした、あの夏に……。