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HOPE  作者: 世捨て作家
11/12

Episode8 願い

「ハアッ、ハアッ」

 隼人君は私を自転車の荷台に乗せ、息を荒げながら、真夏の太陽が照り付ける坂道を登っていた。

 息を荒げながら隼人君が言う。

「やっぱり、バスに乗った方が良かったかも」

「ほら、頑張って。学校までもうすぐだから」

 ポンポンと彼の肩を軽く叩いてやる。

 この坂を登れば、そこはもう学校だ。



 夏休みが始まって間もない日、私のかつて住んでいた屋敷に二人で旅行へ行った。

 そこで隼人君は言ってくれたのだ。

「また、沙耶子のピアノを聞きたいな」

 そう言う訳で、どこかピアノが弾ける場所がないかと探した結果、学校の音楽室が一番良い、という事になった。

 歩いて行くのも辛いので、二人で彼の自転車に乗って行く事にしたのだ。

 頬を撫でる夏の風は気持ち良いけれど、私を荷台に乗せて自転車を漕いでいる彼は、思いのほか辛そうだ。

「降りて歩こうか?」

「何のこれしき!」

 力一杯にペダルを踏み、ようやく長い坂を登り切った。

 坂を登り切ったすぐそこには、目的地である学校がある。

 校庭では野球部やサッカー部の様な、運動部が声を張り上げて、部活に励んでいる。

 隼人君はそれを見て呟いた。

「青春してるなぁ」

「何言ってるの?」

 私は隼人君に向けて笑顔を作る。

「私達も充分に青春してるよ!」

「ああ、そうだな」



 職員室で許可を取り、音楽室に入った。

隅にはグランドピアノが置いてある。

 鞄からホープの楽譜を取り出し、譜面台に置いた。

椅子に腰を下ろし、鍵盤に手を置く。

 近くに置いてある教卓に隼人君が座り、私に向けて頷く。

 それを合図に演奏を始めた。

 誰もいない廊下、教室。

閑散とした校舎にホープの音色が響いた。



演奏が終わった頃には、いつの間にか暑さも忘れていた。

「いつ聴いても良いな」

「ありがとう」

「沙耶子は、将来はやっぱりピアニストか?」

 私はクスクスと笑いながら答える。

「なれる物ならね」

「なれるよ」

「え?」

「その曲と沙耶子の腕があれば」

 曲の事はともかく、自分の事を言われると少しだけ照れてしまう。

「うん。目指してみようかな……ピアニスト」

 ふと、部屋の隅に置いてある本棚に目が付いた。

 そこには数冊の本やアルバムが入っている様だ。

 私は四つ折りにした楽譜を、その本棚の中の、本の間に差し込んだ。

「沙耶子?」

「もしかしたら、これから先、この楽譜を見て、演奏してくれる人がいるかもしれないから……」

「ああ、そうかもしれないな。これから入って来る新入生が、この楽譜を見て演奏するのかもしれないな」

 私は誓った。

 たくさんの人に私の音楽を聞いてもらう。

 そして、いつか……。

「いつか、本当の母さんに、私が弾くホープを聴いてもらいたいな。そんな日、来るか分からないけど」

「来るさ。前にも言っただろ。希望を捨てるなって」

「うん! そうだね」



もしかしたら私の事なんて、あなたにとっては眼中にないのかもしれない。

 それでも、もし夢を叶える事が出来て、たくさんの人が私のピアノを聴いてくれるようになったら、あなたは振り向いてくれますか?


母さん……。

 

「はーい!」

 後ろで元気良く返事をする、女性の声がした。

「え?」

 振り向くと一人の女性がいた。

 まだ、二十代半ば程の容姿をしている。

「ちゃんと聴いてるわよ。あなたのピアノ」

 彼女はにっこりと笑う。

「もしかして……母さん?」

「そうよ。それ以外の何だっていうのよ?」

 母さんが、すぐ側にいる。

 そう思うと、胸が苦しくなり、目蓋が熱くなった。

「……母さん」

 そう呟くと、目蓋から涙がこぼれた。

 母さんは「あらあら」と言いながら、私の頬にこびり付いた涙を指で拭ってくれた。



「あの日と変わらないわね」

「あの日?」

「そう。あなたが生まれた日。あなた、凄く泣いてたわ。私も一人娘が出来た事に感動して、嬉しくて泣いちゃったけれど」

 母さんが泣く姿を想像して、少しだけ笑ってしまった。

「あ! 笑ったなぁ!」

 クスクスと笑う私を見て、母さんが頬を赤くする。

「母さん……なんか可愛い」

「そう? でも沙耶子も可愛いわよ。さすが私の娘ね」

 母が胸を張る。

「そういえば、彼氏は出来たの?」

「えぇ!? 何を突然!」

「親として気になるのよ」

 彼氏……。

 しまった! 母さんに会えた事が嬉しくて、隼人君の事をすっかり忘れていた。

 隼人君を見ると、完全に寝ていた。

 演奏を聴いていて、気持ちが良くなってしまったのだろうか。

 涼しげな顔で、すーすーと寝息を吹きながら、穏やかそうに眠っている。

「あちらは、あなたの彼氏?」

「うん!」

「へぇ。可愛い子じゃないの。恋人は大事にしてあげなさいよ」

 むしろ、大切にされているのは私の方だ。

 私はゆっくりと首を横に振った。

「というより、逆に私が守られてる感じだよ。隼人君は、私の事をいつも第一に考えてくれる。とっても頼れる人なの」

「そう」

 なんだか、悲しげな顔をしている。

「どうしたの?」

「なんだか、寂しいな。沙耶子が少しだけ離れた感じがする」

「でも、私も寂しかった」

「え?」

「だって、今日まで、本当の母さんに会った事がなかったんだよ!」

 母さんは私から目を反らした。

「ごめんね。家の事情で仕方がなかったのよ。本当にごめんね」

「もし、母さんがいてくれたら、毎日が楽しかったのに……」

「いつか、私と住める日が来るわよ。希望を捨てなければね」

「……隼人君も言ってた」

「あら、気偶ね。あの子とは、とってもウマが合いそうだわ」

 きっと、母さんは私の側にいなかった事に関しての話題を、反らそうとしている。

「ねえ……」

「何?」

「このまま、ずっと一緒にいてくれるよね?」

 私は母さんの服の袖を掴んでいた。

 もう、どこにも行かないで欲しい。

 そう願って……。

「ごめんね」

 母さんは私の手を、優しく袖から放す。

「?」

「もう、行かなくちゃ……」

「どうして? まだ、いいでしょ?」

「ごめんね」

 母さんは笑いながらも、涙を流している。

「ごめんね」

 そう連呼して、私の前から消えていった。



「母さん‼」

 気付いた時、私の側に母さんはいなかった。

 音楽室の中には、私と隼人君だけがいる。

 なんだか、目蓋が重い。

 さっきのは、夢だったのだろうか……。

 まさか、現実の筈がない。

 母さんが、こんな所に来れる訳がないのだから。

 きっと夢だ。

「でも、夢でも、会えて良かった……母さん」


 隼人君は未だに、穏やかそうに眠っている。

「あんな気持ちよさそうな隼人君、起こせないな……。私も寝ちゃおう」

 教卓の上に座り、彼の肩に寄り添って、ゆっくりと目を瞑った。


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