やっぱりご縁がなかったということでしょう
お目汚しに、何のひねりもない、さらっと読める短編です。
本日は月に一度の婚約者同士の交流日。
場所はわたくしの邸のテラスでと、準備を整えてお待ちしていたのだけど―――。
「―――来ないわねぇ、やっぱり。」
気を利かせた侍女達が、お茶とお菓子を用意してくれます。
目の前の婚約者の分は片付けられ、最初から一人で楽しむティータイムの様相を呈していました。
「どうせ来る気がないのなら、最初から約束などしなければ良いのに。」
独り言にしては大きく、誰かに問いかけるわけでもなく、ため息と共に心の声が溢れ出すのを止められません。
あら、美味しい。今日の林檎のタルトは絶品だわ。あとで厨房に感想を伝えましょう。
お茶とお菓子をたっぷり堪能したところで、執事が婚約者からの欠席を詫びる手紙を持ってきました。
これもいつものこと。
『急用につき―――』で始まるメッセージカードは毎回同じ文言。
もはや返事も同じ文言を綴らなくてはならない、こちらの身にもなれと声を大にして言いたい。
さて、キャンセルの件を晩餐の席で、家族に伝えるところまでが一連の作業。
のんびり屋の両親も、そろそろ動き出すのではないかしら。
婚約とは家同士の契約なのだから―――。
「待ってくれ!」
あら、学園の放課後、婚約者に呼び止められましたわ。
学科が違うため、偶然会うことも稀だというのに、まさかの待ち伏せ?
マー、コワイ。
「ご機嫌よう。どうかなさいましたの?」
渾身の淑女の微笑みで問いかければ、周りの目を気にしてか、声のトーンを落とした婚約者が「話したいことがある」と言ってきました。
「まぁ。それは先日のお約束した日にお聞かせくださればよろしかったのに。残念ですわ。」
もう帰宅するところですし、と返せば、「邸まで送らせて欲しい」などと図々しい。結構です、と歩き出せば何故か隣についてくる始末。
「誤解があると思うんだ。話せばきっと、」
「月に一度しかない婚約者との約束より、優先する幼馴染の方がいらっしゃることでしたら存じてますわ。」
淑女としては減点ですが、被せるように言ってやりました。
そうです。この婚約者、タウンハウスが隣同士だというご令嬢と、わたくしとの約束を反故にした日に必ず一緒にいるのです。
とうに調べはついてますのよ。
「えっ、」
「よろしいではありませんか。その方をこれからも優先して差し上げれば。
わたくしはもう、貴方様とお約束するつもりはございませんので。」
迎えの馬車はもう目の前。御者台から護衛が降りて、ステップを用意しているのが見えます。
「送らせてはもらえないだろうか?」
「お断りします。次にお会いする機会があるとすれば、お互いの両親も同席した場になるでしょう。ではご機嫌よう。」
一息に挨拶までして、婚約者の手ではなく、護衛の手を借りて馬車に乗り込みました。
婚約者を乗せた馬車が、遠ざかるのを見送るしかなく、ため息しか出ない。
両親に婚約者の家から私の不義理を抗議する手紙が届いたと、昨日叱責を受けたばかりだ。
タウンハウスが隣の幼馴染との不貞を咎めるような内容に、両親からも憎々しげに「今後一切隣とは関わらないように」と言い渡され、いくら誤解だと説明しようとも聞き入れてはもらえなかった。
幼馴染は妹のような存在だ。
小さい頃から体調を崩しやすく、そのせいか最低限の教育も受けられなかったらしい。そのため貴族子女が通う学園にも入れていない。
親しい友人もおらず、外の世界を知らない可哀想な子なのだ。
兄代わりの私が何かにつけ面倒を見ることを、不貞と疑われるなんて。
確かに婚約者との交流日に、体調不良を知らされて、心配のあまり様子を見に行くことが重なった。
大きく遅刻するよりはマシかと思い、約束を無かったことにして欲しいと使いをやっていたが、それでも。
同じ学園に通う婚約者とは、話すことはなくても姿を見かけることはある。いつも楽しそうに友人達に囲まれているから、あえて声をかけないでいた。
学園での婚約者は成績優秀、貴族子女としての態度も素晴らしいと評価も高い。そんな婚約者を誇らしいと思っている。
だからこそ、病弱な妹を気にかける兄なのだと、婚約者に分かってもらえれば解決する話なのに、こうも拒絶されてしまうとは。
あれから隣の家へ行くことも、幼馴染からの知らせを私に届けられることも許されない。
幼馴染はどんなにか心細い思いをしているだろうか―――。
わたくしの婚約者のご領地は、ここ数年自然災害に見舞われ、甚大な被害を受けました。
国の援助だけではとても復興できず、近隣の領主達が支援することで持ち直しつつあります。
その領主の一人が、わたくしの父です。
婚約者の領地の街道を経由し、我が領の特産物を王都や港へと運ぶため、その経由地を支援することは、我が領にも利があります。
支援とは別に、わたくしがあちらに嫁ぐことで、多くの持参金とさらなる復興のための援助金がもたらされるので、どちらかというとあちらに利のある婚姻だったのですけど。
両家による話し合いは、あちらのご当主様の謝罪で始まりました。
「何年も支援をいただき、どれほど感謝しても足りない恩ある貴家に対し、愚息の誠意のない行動の数々、本当に申し訳ない。」
頭を下げられるご当主様の横で、夫人と婚約者がそれにならいます。
父が謝罪を受け入れると言い、頭を上げるように促したところで。
「何ね、若い者にもそれぞれ言い分があるでしょうが、冷静に話し合うには大人の介入が必要かと思ってね。」
うちの娘はなかなかに頑固な質で、と言いながら、わたくしに視線を寄越します。
まぁ頑固だなんてヒドイわ、お父様。
わたくしが望んだのは、誠実さだけですのに。
「このような場を設けていただくこととなり、本当に申し訳ありませんでした。」
婚約者であるご子息が、再度頭を下げてきました。
「けれど、ご指摘にあった幼馴染とは誓って不適切な関係ではありません。私にとっては妹のような存在で、虚弱な体質ゆえに気にかけているだけなのです。
婚約者の君もあの子に会えば、きっと妹のように思って、」
「何を言ってる!謝罪のために伺ったというのに!」
あちらのご当主様が息子の言葉を遮ります。
「っ、ですが、父上。誤解をとくためにも、幼なじみの為人を理解してもらいたいのです。今日は良い機会だと、」
「――お前はっ、」
ご当主様が立ち上がり、息子へと詰め寄ろうとしたところを父がとりなします。
「まあ、落ち着いて下さい。
その幼馴染とやらの為人とその家のことなら、こちらでも調べさせてもらったのでね。」
後ろに控えていた家令が、報告書らしき書類を差し出しました。
「――は?」
困惑している婚約者に、父が目を眇めます。ああ、ちょっと怒ってますわね。
「まずは家についてだが、ずいぶんと借金があるね。
領地にあるマナーハウスはすでに手放しているし、タウンハウスも抵当に入っている。見てはいないが、家具や調度品も売り払っているだろうね。
使用人も残っている者は少ない。メイド二人と通いのコック、長年勤めている老齢な家令が一人といったところかな。」
父が紙をめくる微かな音が、やけに大きく響きます。
婚約者を見ると、目を大きく見開いています。あらあら、まだこれからですのに。
「どうやら横領の疑いもある。寄親からも返済を迫られているね。この分だと爵位を失うのも時間の問題だろう。」
能面のような感情をうかがわせないご両親の横で、婚約者だけが驚愕の表情を浮かべていました。あらあら、まだこれからですのに。
「君がいう、妹のような幼馴染の為人か。虚弱体質というが、医者にかかった記録は無かったよ。
それに、虚弱ではとても無理だと思うほど、頻繁に通っている店がある。
店に問い合わせたら、母子で針子の仕事をしているとのことだ。店の話によると、なかなかに気の強い母子で、娘は周囲にもうすぐ隣の貴族の令息に嫁ぐと息巻いてるそうだよ。周りは鼻で笑っているらしいがね。」
ひゅっと息をのむ音が婚約者から聞こえましたが、父は容赦なくたたみかけます。
「虚弱を理由に学園に通っていない件だけど、病弱であるなら診断書を届ければ、試験とある程度の課題をこなせば卒業できるそうだよ。それでも通っていないのは、入学試験の面接に落ちたからかな?落ちたとは外聞が悪いから、病弱を理由とするのは常套句だけどね。」
信じる者などいないと思っていたが、と父は本当に容赦がありません。
「そうそう、数日前にその君の幼馴染から、我が娘に手紙が届いてね。
付き合いのない家ということもあって、先ずは家令が中身を検めさせてもらったよ。」
もはや顔色を失った婚約者から視線を外すことなく、父は止めを刺すかのごとく話を続けます。
「内容は、読んでもらった方が早いかな。」
先ずはご当主様へ、手紙を乗せた銀のトレイを家令が捧呈します。
眉間にシワを寄せ、読み終わった物を夫人に手渡しました。
夫人はお気の毒に、すでに目元が赤くなって憔悴していらっしゃいます。しかし、さすがは貴族夫人。読み終わると、隣の息子へ渡す前に「愚か者が」と、苦言も忘れません。
手紙を読み終えた婚約者は「⋯嘘だ⋯」と項垂れたのでした。
わたくし宛という手紙の内容は、ざっとまとめるとこんな感じです。
『自分たちは愛し合っている。彼に愛されているのは自分なのだ。なのに身分違いだから結婚できないなんて酷い。愛されもしないお飾り妻なんて可哀想。でも彼のために自分は愛人でも構わない。屋敷と生活費を用意してくれれば、不本意だがそちらを正妻として認めてもいい――』
まとめる前はもっとダラダラと長く、品のないものでしたけれど。
堂々と、たかろうとする気満々の内容に、呆気にとられ笑ってしまいましたわ。
破り捨てても良かったのですが、証拠として使えるからと残しておいたのです。
ここまで静観していた母が、我慢も限界だったのか、いつもの貴族夫人然とした雰囲気が若干揺らぎ、怒気を含む声音で言葉を発します。
「そちらのご子息と我が娘は、ご縁がなかったのでしょう。
けれど、娘の瑕疵になるようなことがあっては困りますの。」
父も鷹揚に頷きながら、言葉を重ねます。
「もちろん、そこははっきりさせていただく。そちらの有責として、婚約破棄でよろしいかな?」
思いもしなかった多くの情報に真実かどうかも判断できない自分を置き去りにして、話し合いの場は瞬く間に進んでしまう。
幼馴染の家と本人について、婚約者の家が調べ上げていることにも、それを隣の両親が驚きもせず聞いていることにも衝撃を受ける。
“婚約破棄”という言葉で我に返り、うつむいていた視線を上げ婚約者を見ると、彼女もこちらを見つめていた。
父親同士が話していたが、それどころではない。すがるような思いで、まだ婚約者であるはずの彼女に話しかけた。
「ご、誤解なんだ。」
隣の母から咎める声が聞こえたが、それよりも今話さなければと、そればかりが頭を占めている。
「幼馴染とは、あの子とは本当に何もないんだ。本当に、」
「いえ、もう結構ですわ。
あなたがどう思っていたかが問題なのではなく、それが他所からどう見られどう取られるかが問題なのですもの。」
「⋯⋯え、」
「婚約者のわたくしよりその方を優先したのも事実。その行いはわたくしを蔑ろにしたと、こちらが捉えたとて不思議はないでしょう?」
「っ、それは⋯」
「そして、届いたこの手紙です。ずいぶんとこちらを侮っている内容ですわ。
あなたは何もないとおっしゃるけれど、それをわたくしが信じられないのも無理はないかと思いますの。
あなたとの信頼関係を築けるような交流もできなかったのですから。」
視線を合わせたまま、淑女らしく微笑む婚約者はとても美しいのに、学園でも聡明だと評判通り、どこにも隙がない。
焦るばかりで言葉が出てこない私とは違い、婚約者は最後まで冷静だった。
「わたくしは、あなたが将来治める土地を支援できるのならと、覚悟を持っておりましたの。」
母が嗚咽を抑えてハンカチを口に当てるのを横に見ながら、膝に置いた両の拳を握りしめる。
「その覚悟を踏みにじったのは、誰でもない、あなたですわ。」
どこで間違えたのか。大切にするべきものを見誤った自分が恨めしかった―――。
話し合いは、あちらの有責による婚約破棄ということでまとまりました。
けれど父は、同じ領地を治める当主同士の苦労も分かると、慰謝料はご子息の個人資産よりわたくしへと支払える金額で良しとしました。
わたくしも復興に水を差すようなことにならなくて良かったと思います。
快く応じたわたくしにも、あちらのご夫妻は謝意を示してくださいました。
ご子息の教育はアレでしたけど、何もなく嫁いでいたら義両親となったご夫妻です。
領地領民を大切にするお姿を、尊敬しておりましたの。残念ですと、申しましたら夫人はわたくしを抱きしめて、謝罪を繰り返しながら嗚咽されていました。
幼馴染さんのお家は、わたくしたち両家から抗議を受け、寄親の貴族家からも処罰があったのか、間もなく爵位も失い借金も返せずに行方が分からなくなったそうです。
元婚約者の令息が、妹のように思っていた幼馴染に、最後まで手を差し伸べたのかどうかは聞いていません。
愛人志望の女性といつまでも関わると、ご本人の立場をも危うくしてしまうことに、いい加減お気付きになったのではないかしら?
それさえも、わたくしの知ったことではありませんけど。
「久しぶりだね。」
卒業を明日にひかえた学園の放課後、元婚約者のご令息から声をかけられました。
「あんなことがあったのに、我が領地への支援を続けてくださる貴家に、改めて礼を伝えたくて。」
多少気まずそうに目を伏せていらっしゃいますが、憑き物が落ちたかのように、爽やかに微笑まれます。
「わざわざそれを?お気持ち、必ず父に伝えますわ。」
ではここで、と迎えの馬車に向かおうとしたのですが、馬車まで送ると言われてしまいました。
まぁこれが最後かと、何とかため息を飲み込んで歩き出します。
当たり障りのない話題をお互いに選びながら進み、もう馬車は目の前というところで。
元婚約者の令息が、意を決したように手を差し出しました。
両家の会合後、隣の家はあっという間に没落してしまった。
妹だと思っていたのは自分だけで、向こうは兄のように慕ってくれていたわけではなかったのだと、理解した時には何もかも遅く。
それでも幼馴染を心配する気持ちは残っていたが、病弱でもない他人に、何かしてあげたいとは思えなかった。
婚約破棄は免れなかったけど、慰謝料も私の支払い可能な額で話をつけてくれた元婚約者の家には感謝しかない。
領地への援助も続けてくれているのだから、もしかしたら本当は許してくれているのでは?
いや、貴族令嬢が婚約が駄目になるなんて不名誉に違いないのだから、私に反省する時間を与えたにすぎないのではないのか。
それならば、私からこれまでの感謝と反省を伝え、真摯に結婚を申し込めばきっと元通りに―――。
「――もし、許されるなら、もう一度私と、婚約を、」
マー、キモチワルイ。
全く憑き物が落ちてはいなかったようですわね。
ならば仕方ありません。叩き落とすまでです。
「そうそう、わたくし“誠実な”方との良いご縁をいただきましたの。卒業後には“新たな婚約者”の領地へまいります。」
「えっ、」
もちろん元婚約者の手ではなく、御者台から降りた護衛の手を借り、馬車に乗り込みます。
「あなたにも良い御縁がありますように。
それでは、ご機嫌よう。」
今度こそお別れの言葉を告げました。
それはもう渾身の淑女の微笑みで。ふふふ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




