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第8章 人々の視線の先



 翌週になり火曜日の登校日ー


登校すると、空気が少し違っていた。




 騒がしいわけじゃない。


 誰かが大声で話しているわけでもない。




 ただ、視線が多い。




 アイラはゴーグルをかけたまま、教室に入る。


 席に着くまでの短い距離で、何度も感じた。




 ——見られてる。




 それは自意識過剰、と言い切れない種類のものだった。




 隣の席のリオは、いつも通りだった。


 静かで、姿勢が良くて、特別なことは何もしていない。




 なのに。




「……あのさ」




 不意に、声をかけられた。




 アイラが顔を上げるより先に、リオの方を見る。


 声の主は、後ろの列の男子だった。




 名前も、顔も、はっきりとは思い出せない。


 今まで、話したことがなかったはずのクラスメイト。




 その男子は、少し迷うようにしてから——




 ゴーグルを外した。




 素顔を見るのは、初めてだった。




 ORPHEUS学習が始まって以降、


 ゴーグルを外すこと自体が、どこか気恥ずかしい行為になっている。


 仲のいい相手以外の顔を知らない、というのは、もう珍しくなかった。




 だからこそ、その行動は、妙に印象に残った。




「R10ってさ」


 男子は、少し声を落とす。


「……リオ君のこと、って本当?」




 教室の空気が、わずかに張りつめる。




 リオは、一瞬だけ瞬きをした。




「違うよ」




 即答だった。


 感情の起伏も、戸惑いもない。




「あ、そうなんだ」


 男子は、拍子抜けしたように笑う。


「でもさ、ウマハラの配信で——」




「別人」




 リオは、やや強めに言った。




 それ以上、話は続かなかった。




 男子は「そっか」と言って、自分の席に戻る。


 けれど、去り際に残した一言が、妙に軽かった。




「じゃあさ、今度一緒にZERO HAVENやろうよ」




 それを皮切りに、


 似たようなやり取りが、何度か続いた。




 名前も知らないクラスメイト。


 今まで一度も話さなかった相手。




 ゴーグルを外して、声をかけてくる。




 ——それほど、話題になっている。




 アイラは、それを横目で見ながら、


 自分の感情がどこにあるのか、分からなくなっていた。




 嬉しい、のかもしれない。


 リオに友達が増えるのは、悪いことじゃない。




 でも同時に、


 自分の知らない場所へ、リオが行ってしまう気もして。




 胸の奥が、少しだけ、ざわついた。




 




 昼休み。




 四人は、いつもの場所に集まっていた。




「いやー」


 セナが苦笑する。


「マジで、学校来たくなかったわ」




「なんで?」


 ユウトが聞く。




「視線」


「全部、俺の配信のせい」




「いや、半分はリオのせいだろ」




「それ言うな」


「いや、まあ、数字増えるのは悪いことじゃないし?」


「怖いといえば、少し怖い、、、」



 セナはそう言いながら、どこか落ち着かない。


 いつもの軽口が、少しだけ空回りしている。




「……なあ」




 ユウトが、珍しく言葉を選ぶように口を開いた。




「この前の、下の階の人の話なんだけど」




 アイラは、思わず視線を向けた。




「……まだ、会ってるの?」




「うん」


 ユウトは小さく頷く。


「でもさ、これ、あんま人に言うなって言われてて」




「なんで?」




「分かんない」


「ただ、そう言われた」




 セナが興味本位で聞く。


「その人、何者なの?」




「……昭和っぽい人」




「昭和ってなに基準だよ」




「分かんねーけどさ」


 ユウトは困ったように笑う。


「スーツ着てた」




 一瞬、沈黙。




 次の瞬間、三人が吹き出した。




「スーツで昭和判定!?」


「ユウトおもろ!」


「それだけで昭和は草」




「だってさ!」


 ユウトは慌てて言う。


「今どきスーツの大人なんて、見ないだろ!?」




 確かに、そうだった。




 仕事着といえば、簡易作業服か、ロボット用の保護スーツ。


 昔の映像資料でしか見ない格好だ。




「あとさ」


 ユウトは、声を潜める。


「黒い手帳みたいなの、見せてきた」




「……黒い手帳?」




「うん」


「なんか、古いやつ」




 アイラは、ふと背中が冷たくなるのを感じた。




 セナは、冗談めかして言う。


「なにそれ、地表から来た調査員とか?」




「やめろよ」


 ユウトは苦笑する。


「笑えないって」




 誰も、それ以上は踏み込まなかった。




 ユウト自身が、話したがらないのが分かったからだ。




 




 放課後。




 帰り道でも、リオは何度も声をかけられていた。




「また今度やろうぜ」


「フレンド申請送ったから」




 リオは、そのたびに曖昧に笑って応じる。




 アイラは、少し後ろを歩きながら、その背中を見ていた。




 光の中に、引きずり出されていくような。


 そんな感覚。




 




 その夜。




 セナから、短いメッセージが届いた。




『……今日も増えてる』




 それだけだった。




 だが、続けて送られてきたスクリーンショットには、


 信じられない数字が並んでいた。




 再生数。


 同時接続数。


 フォロワー数。




 更新されるたびに、跳ね上がる。




『止め方が分からない』


『消しても、誰かが上げてる』




『……R10、探してるやつ多すぎ』




 アイラは、端末を握りしめる。




 これはもう、


 「話題」じゃない。




 誰かが、意図的に見ている。


 掘り起こしている。




 熱が、形を持ち始めている。




 ——火は、もう見えている。




 あとは、


 どこに燃え移るか、というだけだった。







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