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第3章 ZERO HAVEN




教室の天井スピーカーが、軽くノイズを噛んでから鳴った。




『はいはい、じゃあ今日はここまでな。


 次は明後日、木曜日だ。忘れるなよー』




 どこかせわしない、担任の声。




『明日の朝9時から15時までは、各自ORPHEUSでの自主学習。


 ログ、ちゃんと残しとけよ。――じゃあ解散!』




 言い終わる前から、教室はざわめき始めた。


 それが、この学校での「放課後」の合図だった。







 放課後、学校階から居住区へ続く通路は、夕方特有のざわめきに包まれていた。


 ビルの内部に設けられた擬似夕陽が壁面を赤く染め、生徒たちはそれぞれの階層へ散っていく。




「最近さ、ダイヤ帯ほんとキツくない?」




 最初にそう切り出したのはアイラだった。


 通路を歩きながら、彼女は自然に三人を見る。




「うん、分かる」


 セナが肩をすくめる。


「早期脱落のペナルティ、エグすぎ。下手すると一試合で丸一日分ふっ飛ぶ。ダイヤ1に上がっても速攻でプラチナ4に落とされるんだよな、、、俺」




「ゴールドから見たら別世界だけどな……」


 ユウトは苦笑いした。


「俺なんか、まだゴールド3だぞ。プラチナすら遠い」




 ゼロ・ヘイブンのランクは7段階だ。


 ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ、マスター、支配者


 各ランクには1から4までの階級があり、4を突破して初めて次の帯域へ進める。


 ダイヤ帯に到達できるのは全体の5〜15%。


 しかも、この帯域からは“生存時間”と“最終順位”の比重が極端に高くなる。




「野良がね……」


 アイラが言葉を選びながら続ける。


「言い方悪いけど、指示が通らないと詰む。せっかく強ポジ取っても、勝手に飛び出す人いるし」




「それで全滅、ポイント没収」


 セナが頷く。


「ダイヤあるある」




 リオは少し遅れて口を開いた。




「四人編成のゲームで、連携が取れないのは致命的ではある。


 固定メンバーでムーブを共有した方が、確率は確実に上がるんだよね」




 その言い方に、ユウトが目を丸くする。




「……ってことはさ」


「今日、組まない?」とアイラが言った。


「正直、二人だけでダイヤ帯回すの、もう限界かも」




 一瞬の沈黙。


 セナとユウトが視線を交わす。




「俺はいいよ」


 セナが先に言った。


「ちょうど配信ネタ探してたし。ダイヤ帯配信か、視聴者も喜ぶ」




「俺も……足引っ張るかもだけど、それでもよければ」


 ユウトは少し緊張した様子で言った。




「大丈夫」


 アイラはすぐに首を振る。


「ちゃんと役割決めてやろ。


 私がムーブ、リオが撃ち合い、セナが情報整理、ユウトは索敵」




「うわ、もう作戦組まれてる」


 セナが笑う。




 リオはその様子を静かに見ていた。


 アイラがダイヤ2一段階上のダイヤ3にリオがいる理由――


 それは単純で、接敵した時にチームメンバーの削り合いになると撃ち合いの強いリオの方がアイラよりも僅かな時間長生きする事が多いため。


 それ以上でも以下でもない。




「じゃ、夜に集合ね」


 アイラが言う。







 家に帰ると、アイラは夕食を済ませると同時に自室へ向かった。




「先に準備してるね」




「オッケー!父の世話を終えたら僕も準備する」




 リオはそれだけ告げ、いつも通り淡々と家事と介護をこなしていく。




 一方その頃、セナからメッセージが飛んできた。




S-ena :

今日、配信しながら入ってもいい?

チャットは俺が全部処理する。アイラは喋らなくていい



 アイラは少し考えてから返した。




A1ra:

うん、それなら。

私達の声も配信に乗らない様にお願いね!



S-ena:

了解〜

もう「声聞きたい」とか言ってるのいるけど全部無視するからw



「……キモ」


 小さく呟いて、アイラはORPHEUSゴーグルを被る。


ZERO HAVENは、ORPHEUSに最適化されたゲームだった。


ORPHEUSはディスプレイの役割として機能し、まさにそこに居る様なリアルな体験をさせてくれる。


 やがて、四人のハンドルネームがロビーに揃う。






A1ra


R1O


S-ena


U_610




 セナの配信画面には視聴者数が増えはじめ、コメントが流れ出す。


ダイヤ帯じゃん

セナお疲れ〜





 カウントダウンが始まる。




「じゃ、行こう」


 アイラが言った。




 ZERO HAVENの戦場が、ゆっくりと読み込まれていく。






 暗転のあと、視界が一気に開けた。




 果ての見えない上空。


 大型輸送機の腹を、鋭い風切り音が叩いている。




『降下まで、30秒』




 ORPHEUS越しの音声が、感情のない声で告げる。


 足元には、同時接続した百人分の気配が薄く漂っていた。




「小さめの町、ここ」


 アイラが即座に判断する。


「被りにくいけど、漁りは最低限。初動耐える前提で」




「了解」


「南側取る」


「……震えてきた」




 ユウトの声に、セナが笑う。




「深呼吸しとけ。ダイヤ帯は心臓から削ってくる」




 カウントがゼロになると同時に、足元が消えた。


 身体が落ちる――という感覚より先に、落下後の軌道が頭に浮かぶ。 





 アイラは風を読む。


 建物の配置、屋根の角度、敵の影。


 同じ町を目指すパラシュートが、三方向から流れ込んでくるのが見えた。




「……三チーム被り」


「マジかよ」


「引く?」




 一瞬の逡巡。




「いや、ここ入る。


 中央二棟は譲らない。取られたら詰む」




 着地。


 土埃。


 即座に分散。




 だが——




「あ、武器弱い!」


「俺もグレだけ!」




 建物の中は空に近かった。


 ハンドガン、スナイパー。近距離では心許ない。




 銃声が重なる。


 壁越しに、足音が速すぎる。




「来る、詰めてきてる!」




 パァン、という乾いた音。


 ドアが破られる。




 その瞬間。




 リオの視界が、戦闘用に研ぎ澄まされた。




 敵が覗くより速く、照準はそこにあった。


 反射ではない。予測が完了している。




 連続する発砲。


 短い悲鳴。


 一人、ダウン。




「ナイスリオ!」


「まだ二人残ってる!」




 別角度から撃ち返される。


 弾が壁をえぐる。




「っ……強い!」


 ユウトの声が震える。




「ダイヤ帯だ。判断遅れたら死ぬ」


 セナが息を詰める。




 もう一度、リオが踏み込む。


 紙一重で弾をかわし、撃ち返す。




 キルログが流れた。




 ──R10 sniper▶︎down yasupi




「……助かった」


「マジで、今の化け物かよ!近距離でスナイパーで倒してる...」




 一息つく間もなく、アイラが言う。




「移動。長居できない」




 装備は最悪に近い。


 それでも四人は生きている。




「改めて思うけどさ」


 ユウトが呟く。


「ダイヤ帯怖い、装備整える前に倒しに来るのかよ……」




「初動で誰も落ちてない!上出来だろ」


 セナが答えかけて、言葉を止めた。




「……なあ、キルログ見てる?」




 画面の端。


 一定の間隔で、同じ名前が流れている。




 umamama AR▶︎down force0911


 umamama AR▶︎down blow89ss


 umamama sniper▶︎down Vest1no1




「この人、さっきから落としすぎだろ」




 セナの声が、少し低くなる。


 配信の向こうで、視聴者の流れが変わる気配がした。




『その名前さ』


『まさかだけど』


『ウマハラじゃね?』




 セナが息を呑む。




「……冗談やめろ」


「ウマハラって言ったら、プロゲーマーのウマハラのことだろ?」


「銃声とログのタイミング……」


「スナイパーだ。しかもここからそう遠くないかも」




 少し間を置いて、言葉が落ちた。




「近いぞ、これ」




 アイラは、無意識に広域マップを読む。


 そして——いる、と直感した。




 支配者帯。


 上位0.5%。




 この戦場に、本物が混ざっている。




 「絶対に序盤で接敵しちゃダメだ!銃声とは逆方向に大きく移動するよ!」


「乗り物見つけて!」






「支配者様が、ダイヤ帯でキャリーなんかしてんじゃねえつーの!」


セナが言う。



「銃声、南南東!」

 アイラが銃声の方向を判断する。




「北西に抜ける。遮蔽多いルートで!


 乗り物優先!」




 四人は散開せず、一直線に走った。


 逃げる判断が一瞬遅れただけで死亡が確定する。




 背後。


 遠くで、乾いた破裂音が響いた。




 ——違う。




「……今の音、スナだ」




 セナの声が強張る。




「距離ある。多分、まだ索敵段階だ」




「つまり、見られてる可能性あるってことだね」


 ユウトが言う。




 次の瞬間。




 建物の影から、車が見えた。




「ある!」


「乗ろう!」




 躊躇はない。


 アイラが運転席へ飛び込む。




「全員乗った?」




「OK!」


「後ろクリア!」




 アクセルを踏み込む。


 車体が跳ね、舗装されていない地面を強引に駆け抜ける。




「このまま距離取る!


 一分耐えれば、もう追えないはず!」




 ——その考えは、半分正しかった。




 半分、甘かった。




 バンッ




 一瞬、何が起きたのか分からなかった。




 車体が大きく傾き、ハンドルが制御を失う。




「——え?」




 次の瞬間、画面が暗転した。



umamama sniper ▶︎ down A1ra



「……は?」




 セナの声が裏返る。




 車は減速し、アスファルト上で停止する。


 運転席のドアが開き、アイラの身体が地面へ投げ出された。




 視界は低く、ぼやけている。


 体力ゲージは、空に近い。




「……マジ?」




 アイラが、呆然と呟く。




「走行中だぞ……」




 ユウトが叫ぶ。




「え、ちょ、今の、当たる!?


 運転席限定!?」




「バケモンだろ……」


 セナが息を呑む。




「どこから撃ってきたか、全然分かんねえ……」




 遠く。


 もう一度、乾いた発砲音。




 地面が跳ねる。




「遮蔽薄い!このままじゃ起こせない!」




「置いてって!」




 アイラが叫ぶ。




「ここで全滅したら意味ないでしょ!


 私囮でいいから——」




 その言葉を遮るように、低い声が被さった。




「セナ」




 リオだった。




「運転代われる?」




「……え?」




「車。アイラの前に出して。


 遮蔽になるよう、横向けで」




 一瞬の沈黙。




「わ、わかった!」




 セナが運転席へ滑り込む。


 車体が再び動き、アイラと敵との直線上に割り込むように停止した。




 その瞬間——




 リオが、後部座席から身を乗り出す。




 手にあるのは、スナイパーライフル。




「……リオ、見えてるの?」




 ユウトが息を詰めて聞く。




 リオは答えなかった。




 スコープを覗く。


 風。


 距離。


 銃声の方向。




 撃たれる前に。




「そこだ!」




 ダーンッ



R10 sniper ▶︎ down umamama



 一瞬、全員が言葉を失った。




「……は?」




「やっば……」




「待て待て待て、!?」




 セナが叫ぶ。




「どこから撃ってきてたか、


 人影すら分からなかったんですけどー」





「今のうちだ!」


 リオが言う。


「相手、蘇生に入る。


 アイラ、起こして!」




「……ちょ、ほんと神かよ」




 ユウトが泣き笑いで言う。




「リオ、マジで何者なんだよ……」




 HPが戻り、アイラが立ち上がる。




「……生きてる」




「生きてる生きてる!


 ほら、さっさと逃げるぞ!」




 再び車が走り出す。




 背後に、銃声はない。




 だが全員が分かっていた。




 ——終わっていない。




 この戦場には、まだ“視線”が残っている。



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