第19章 追手
地表に降りた空気は、思っていたよりも冷たかった。
夜明け前。空の色はまだ濃く、東の端だけがわずかに白み始めている。
「本当だ、、普通に息が出来る」
セナが呟いた時だった、、
「……人使い荒いっすよ!集まったのは5人です。早朝だったんで、、、」
不機嫌そうな声が背後から飛んだ。
真島は振り返らず、短く息を吐く。
「文句は後で聞く」
そう言いながらも、同僚たちはすでに配置につき始めていた。
真島の仲間達の様だ
真島は降りて来たビルの1階部分に目を戻す。
「……おい」
真島が声をかけようとした、その時だった。
低い駆動音。
空気を震わせるような、重い音。
「上から来るぞ!」
誰かが叫ぶより早く、ロボットが姿を現した。
二体。上空から、ほとんど音もなく降下してくる。
「距離を取れ! 隠――」
真島の指示は、途中で止まった。
アイラ達の三人はすでに動いていた。
叫ばれる前に、視線を交わす前に、自然に散開し、瓦礫の陰へ滑り込む。
早い。
迷いがない。
ロボットが着地する。
鈍い衝撃音。地面が揺れる。
「撃つな、まずは――」
言い終わる前に、真島たちは銃を構えていた。
反射的に、身体がそう動いていた。
「ZEROHAVENでのフォーメーションを思い出せ!」
誰かが叫ぶ。
それは合言葉のように、全員の動きを一段階引き上げた。
銃声が響く。
一体に何発か命中!
その瞬間動きが、唐突に変わった。
――速い。
弾道を読むように、あり得ないほど全身を低く構えてその後の銃弾を全て躱していく。
胴体に灯るランプが、赤でも青でもない色に変わった。
紫。
「……何なんだよあの動き?気持ちわりぃな」
真島の喉が、無意識に鳴った。
明らかにおかしい。
ケモノの様な動きで辺りを見回している。
「生きてるのか、、?」
ロボットの視線が、三人の隠れている方向をなぞる。
いや、正確には三人以外の何かを探している。
その瞬間、通信が割り込んだ。
『もしもし。聞こえますか』
落ち着ききった声。
感情の揺れが、一切ない。
『桜井と申します』
同僚の一人が、歯を食いしばる。
『地表の方々ですよね。忠告です』
『彼らが連れているロボットは、大変危険だ』
淡々と、事実を告げる声。
『幸い、人間三名だけのようですね』
『この世に存在してはいけない“特異点”が、一体――彼らの仲間にいます』
『もし、あなた方が匿えば』
『我々は全面的な対応に移行せざるを得ません』
短い沈黙。
『地表がどうなるかは……想像に任せます』
通信が切れる。
紫ランプのロボットは、もう三人を見ていなかった。
確認が済んだ、とでも言うように、静かに上昇を始める。
「……帰るぞ、あいつ」
誰かが呟いた。
残った一体も、後を追う。
そしてロボットの姿は、二十階付近の闇に吸い込まれるように消えた。
しばらくのあいだ、誰も動けなかった。
銃を構えたまま、引き金にかけた指だけが、わずかに震えている。
「……行った、な」
真島がそう呟き、ようやく銃を下ろした。
――適合者が、直接介入してくる。
それだけで、この案件がどれほど異常かは分かる。
しかも、あの口ぶりだ。
追っているのは「人間」じゃない。
真島は、三人の方を見た。
ユウトも、セナも、アイラも、言葉を失ったままこちらを見ている。
「……あの」
沈黙を破ったのは、セナだった。
「さっき……身体が勝手に動いた気がして」
「これって、さっき言ってたZEROHAVENをやってたおかげですか?」
表情は、まだ青い。
真島は、被せるように言った。
「ZEROHAVENは、ただのゲームじゃない」
三人の視線が集まる。
「ゴーグルを通して、脳の信号だけで身体を動かす」
「仮想空間でも、筋肉も反射も、現実とほとんど変わらない」
一拍置いて、続けた。
「今じゃ軍や警備組織も使ってる。戦闘シミュレーションとしてな」
「……さっきのが、初の“実戦”みたいなもんだよな」
「緊迫した状況でも動けた。それに自分で驚いてるんだろ?」
ユウトが、息を呑む。
「じゃあ……あれって」
「人を殺す練習みたいなものじゃ……」
その言葉に、周囲に集まっていた真島の同僚たちが口を開いた。
「いやー……適合者が操るロボット、ですか。今の」
「生き物みたいにクネクネ動いてましたね。獰猛な野獣みたいで」
「正直、生きた心地しなかったっすよ……」
「お? ヤス、ビビってたってか?」
「俺なんて引き金に指かけたまま、カチカチ震えてたぞ」
「適合者がロボットを遠隔操作できるなんて、聞いたことなかったな」
「え? 中に入って操縦してたんじゃないんですか?」
「いや、それはねぇだろ」
「身長2mのロボットに入って操縦するか?」
「しかも、あんな低い姿勢で」
「人間入ってたらあの体制は不可能だろ」
「無数にいるロボットに乗り移り操縦し放題。動きはこの世のものじゃない」
「……そりゃ、適合者に楯突く組織が消えるわけだ」
「弾当てたの、結構危ない橋だったな」
「あっちが本気で応戦してたら……考えたくもない」
口々に言葉がこぼれる。
「……で、その子たちの“仲間”が目当てだった、って感じですよね」
同僚の一人、ノリコが静かに言った。
「おう」
真島は頷く。
「ノリコ、この子たち怪我ないか見てやってくれ」
「一気にいろんなもん見せちまった」
「……子供には、きつい」
少し間を置いて、続ける。
「まずは保護だ」
「温かい飯と、寝る場所」
「それが先だ」
そのとき――。
「……リオ……」
アイラが、堪えていたものを堰切ったように崩れ落ちる。
「大丈夫だよ」
ユウトが、必死に声をかける。
「さっきの桜井の言い方だと……リオは捕まってない」
「きっと、そうだ」
「リオが無事なら、どうにかなる」
「俺たちがちゃんと地表に来れたかどうかの方が、あいつは心配してるよ」
アイラは涙を拭い、何度も頷いた。
「……そうだよね」
真島が呟く、
「怖い思いはさせた」
「だが……今日は、ひとまず生き延びた」
「それだけで十分だ」
夜明け前の冷たい空気の中、
三人はようやく――
“逃げ切れた”という実感を、遅れて噛みしめていた。




