第17章 それぞれの帰る場所
面会が終わり、四人は病院のロビーへ戻る。
外の連絡路に赤い明滅が揺れていた。
「……あれ?」
セナがガラス越しに外を見た。
「赤色灯、多くない?何か事件でもあったのかな―」
ユウトの顔色が引きつる。
連絡路の先、警察ロボットが五体。かなり距離をとっているが、通路を塞ぐように配置されている。
こちらを監視するでもなく、整列する様に立っていた。
リオが一歩前へ出る。
表情は静かだが、声だけが低く震えていた。
「……思ったより早い。予想より、ずっと」
アイラが息を呑む。
「リオ?どういう――」
「ここで一旦、別行動だ」
食い気味に断言する。三人へ背中を向けたまま。
「僕が囮になる。ヤツらの目的は僕1人だ、全部引きつけるから君たちは病院内で少し時間を置いて、三十分後に裏口から出て。ユウトの家へ向かって」
「は!?おい待てよリオ!」
セナが声を荒げる。
「なんでお前ひとりで突っ込む前提なんだよ!」
リオはセナを見ない。
それでも、いつもより優しい声だった。
「……ごめん。僕のせいで、君たちの家族まで危険に晒すかもしれない。家族には“無事だ”とだけ伝えて。それ以上は言わないでおいて欲しい」
ユウトの喉が鳴る。
「俺たち三人だけでどうしろってんだよ……俺たちに何ができるんだよ」
「ユウトが前に言っていた昭和の人に助けを求めて欲しい」
リオは迷いなく言った。
「地表に向けての逃走ルートを案内してくれるハズだ。その人は信用していい。追われています。亡命するので匿って欲しいと伝えて」
「地表……でも毒ガスで住めないって……」
アイラが震え声で言う。
「それはデマだ。適合者たちによる情報操作。地表には今も大勢の人が住んでる。……地表のガスは有毒なガスではないんだ」
アイラの目に涙が浮かんだ。
「……リオ、一緒に行けばいいじゃない……置いていかないで……」
リオは初めて三人の方を向く。
その表情は、誰も見たことのないほど強かった。
「必ずまた合流する。僕は逃げる準備ができてるから大丈夫。どうか信じて欲しい」
「そして、セナ!ユウト!本当にごめん。勝手なお願いだと分かってる。アイラの事をどうか守って欲しい」
「アイラ、必ず戻る。明日には連絡するから、今は無事に逃げることだけ考えて欲しい」
そう告げるとリオは正面玄関の自動ドアの前へと1人向かった。
「……怖いよ、リオ」
アイラが絞り出すように呟く。
正面玄関の自動ドアが開いた瞬間、外気が一気に吹き込み、リオの上着が大きくはためいた。
リオは両手をゆっくりと上げたまま、連絡通路へ歩み出る。
「僕は逃げも隠れもしない! 誰か、話ができる人はいないのか!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、場違いな足音とともに、黒いスーツ姿の女性が駆けてきた。
「はぁ、はぁっ……ど、どうもっ! さ、桜井さんの秘書してます、柏木と申しますぅ……!」
息も絶え絶えのまま名乗る彼女は、秘書という肩書きから想像できないほど軽い調子だった。
「えっと、その……よく分かってないんですけど! 桜井さんのところへ来てくださいって言われて……来てもらった方があなたのためっていうか……桜井さん、手段を選ばないタイプなんで……強行される前に……来てくれたら嬉しいというか……はぁ、しんど……」
「伝言は?」
リオの声は静かだった。
「い、いえ特に……丁重にお連れしろって言われただけで……あの、私ほんとバカなんで……どうです? 一緒に来ません?」
リオは少し肩の力を抜き、微笑に似た表情を浮かべた。
「んー、ごめん。桜井さんのところには行きたくない」
「ええぇ〜!? そんなぁ! 来てくださいよぉ〜!」
ずん……ずん……。
重い足音が響く。柏木は振り返った。
赤のランプを点滅させながら、五体の警察ロボットが通路へ進入してくる。
「判断が早いな。交渉は決裂ってことでいいのか?」
リオが呟く。
「え、え、ちょっと待ってくださいよ!? じゃあ、本当にどうするつもり――」
そのとき、病院から一体のナースロボットが車椅子形態のまま高速で飛び出した。
リオが地面へ触れ、指先で小さく合図を送る。
近くにいた交通整備ロボットが足元へ滑り込み、リオの指示を待つように停止した。
「え? ちょっと、逃げるんですか!? さっき逃げも隠れもしないって――」
「はは。僕、そんなこと言ったっけ?」
警察ロボットたちが一斉に音声を発する。
「包囲済み。抵抗は推奨されない」
「動くと発砲する」
「その場で待機しなさい」
交通整備ロボットの前部には、ハンドル状の取っ手。
リオは迷わず掴み、身体を預けた。
ナースロボットが警察ロボットの間に割り込み、立ちはだかる。
「発砲する」
ファンファンファン――鋭い警報音。
銃声が走る。パン、パンッ。
「きゃあああああっ!? だ、ダメですよぉリオさん! 逃走なんて!!」
ナースロボットが一体に体当たり。
人型へ変形、車椅子へ戻り、さらにストレッチャー形状へ。
そのたびに衝突し、刃のような部品が警察ロボットの関節へ食い込んでいく。
倒れた機体にさらにストレッチャー形態で突き刺さり、射線を塞いだまま三連射を浴びて火花を散らす。
爆発。三体が一瞬で制御不能へ陥る。
その隙にリオは壁面を駆け上がり、蜘蛛のような軌道で視界の外へと消えていった。
残された三人は、ただ呆然とその背中を見送るしかなかった。
――約束の三十分後。
遠方で大きな爆発音が響き、警察ロボットたちは一斉に散っていった。
セナ、ユウト、アイラの三人は顔を見合わせ、無言のまま頷く。
逃げるしかない。
ユウトの家へ、今はリオを信じて進むだけだった。




