第16章 人間工場
深夜二時。
街は眠り、上層階を結ぶ連絡路だけが青白い照明を落としていた。四人は足音を抑えながら病院へ向かう。堂々と歩くには勇気が要るが、隠れたところで監視に引っかかる方が危険だと判断した。逃げ道は確保してある。問題は――到達した瞬間、もう後戻りできないということだけ。
目的の施設は、ビル群を連結する巨大な中空ドームの内部にある広大な空間。
看板には「医療統括区画 E-04」。
だが、街の人間は別の名で呼んでいる。
人間工場。
ロビーに入った瞬間、四人は息を呑んだ。
待合ロビーに患者やその家族が数え切れないほど、まばらに座っている。
ロビーには数十体のナースロボットが慌ただしく動いている。
約180cmの白い塗装の人型。人間らしい柔和さを模しているが、関節は露骨に機械的。
しかし動きだけは、異様なほど滑らかだった。
一体のロボットが患者を支えたかと思えば、次の瞬間、脚部と背部パーツが形状変化し、車椅子へと転換。
別の一体が並走し、接続金具が噛み合うように合体してストレッチャーへ変形する。
無駄な動きは一つもない。停止と起動の境目すら見えないほどの精度。
1人の患者に1台。
ロボットがそれぞれを担当し、病院全体を血流のように循環していた。
「……すご……」
ユウトが思わず呟く。
この世界に、自分たちが口出しできる余地などないと突きつけられるような光景だった。
一台のナースロボットが四人の前に滑り出た。
機械音のはずなのに、どこか柔らかい声。
「ご来院ありがとうございます。本日は私が対応させていただきます。アイラ様ですね。検視結果に関する面会希望確認しました。持ち物検査を行います。この空間は中立区域のため、危険物の持ち込みは禁止されています」
全員の身体を淡々とスキャンしていく。
リオは銃の入ったリュックを背負ったまま微動だにしない。
(バレたら終わりだ……)
スキャンがリオに向けられる。
数秒の静寂。
電子音が一度だけ鳴り――
「問題ありませんでした。次へお進みください」
スルーされた。
リオがロボットに直接触れることでハッキング。指先の接触部から微細なノイズが走り、視界の隅に暗号化パネルが開いていた。
ロボットが待合ロビー内のカーテンで仕切られた一角に4人を案内しながら続ける。
「現在、Dr.エレナは手術中のため、面会まで90分から120分お待ちいただきます。ORPHEUSゴーグルをリンクしていただければ、待ち時間中に動画視聴サービス・診療履歴・検視データへアクセス可能です」
「リンク、お願いします」
アイラが答えた瞬間、ゴーグルの視界が接続される。
同時に、リオのゴーグルにも小さく表示された。
待合ロビーで待つ間に、リオはナースロボットに細工を施していた。
万が一逃走が必要になる時、このナースロボットを犠牲にし逃走経路を確保するための準備だった。
セナが腕を組む。どこか嬉しそうに。
「……なんか、想像以上だな。このナースロボット、1体ずつが付きっきりで案内してくれるんだろ…これだけで子供も大喜びじゃん!?」
ユウトもそれに複雑な顔で乗っかる、
「という事は俺たちお子様じゃん!ってことになるな…」
「でも、痛感した。こんなにロボットが俺たちの生活を支えてるんだな。こんな事も知らずに生活しているのはお子様だな…」
「普段からロボットを目にしていない訳じゃないけど、日常とは違う場所で見ると思い知らされるね」
とアイラも続く、自分達の無力感を感じざるを得なかった。
九十六分後。通信が切り替わる音。
ロボットの音声が変質する。通信回線が切り替わった合図。
「――アイラさん、聞こえるかしら?」
声だけが病院の空気を支配した。
背後で機械の駆動音が重なり、複数の心拍モニターが重奏する。
エレナはどこかで手術をしていた。
「こっち、縫合入るわ。止血確認して。……はい、ベッド搬入して。
ごめんなさい、手短に話すわね。普通はアポイントを取ってから来るものよ。驚いたわ、あなた達」
忙しい。
明らかに常軌を逸したレベルで。通信越しの環境音は、人の命が同時進行で修理されている音だった
「まず、あなたのお父さんの死因。埋め込みデバイスの破裂による脳損傷で即死。これは確定よ」
アイラは拳を握りしめる。
「けれど問題はその後。デバイス周辺の組織が“抉られて”いた。誰かが証拠を隠した。葬儀屋ロボットの管轄の桜井が犯人だと断定すれば楽だけれど……回収前に別の誰かが先に来ている可能性も十分考えられるわ」
アイラの喉が鳴る。
「それと……脳の検査記録。空っぽになった原因とされるデバイスとは全く別の部位に、ナノマシンで補填された痕跡があったの。埋め込みデバイスの影響では説明できない。
――脳の一部を移植?される実験が行われていたと見て間違いないわ。
アイラ、空っぽになる前のお父さん、何か様子がおかしい時期が無かった?」
心臓が掴まれるような感覚。
リオはリュックに手を入れる。
銃に触れた――
通信が続く。
「……それから。渡したい物があるの。脳の欠損部を補填していたナノマシンに、**メモリチップが封入されていたの。遺言か、ログか、あるいは別の何かか……私には読めなかった。あなた達なら読めるかもしれないと思ったから、来てもらったのよ」
ガシャン、と器具の音。
また別の声に指示を出す。
「話は以上。あなた達の選択が何を壊すとしても……私は、あなた達の“結果”にだけ興味があるわ」
「何か質問はある?」
「あ…あの。はい、大丈夫です」
アイラはリオを見ながら答えた。
Dr.エレナの地獄の様な忙しさに圧倒され、思考が麻痺してしまった…
「そう?じゃあ、来てくれてありがとう。中立な私があなた達を匿うことは出来るかもしれないけど、ウチのロボットをハッキングとかする坊やの相手をするほど暇じゃないかも。ふふっ」「冗談よ、何かあったらまた来て」
「あ、そうそう、私は少なくとも適合者を増やして欲しいと思ってるわ」
通信が切れた。
ナースロボットの胸部が開き、銀色の小さなカプセルが提示された。
アイラは震える指でそれを受け取った。
リオの視線は、そのまま彼女の手に落ちる。
その冷たい視線に気付く者は居なかった…




