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第10章 私達の帰る場所



 学校からの帰り道。




 居住区をつなぐ空中通路を歩きながら、


 アイラは、なぜか何度も後ろを振り返っていた。




 理由は分からない。


 胸の奥に、薄く膜を張ったような違和感がある。




 風の音。


 通路の微かな振動。


 遠くで鳴る警告音。




 どれも、いつもと同じはずなのに——


 今日は、ひとつひとつが妙に耳についた。




「……ねえ」




 自分でも驚くほど、小さな声だった。




 前を歩いていたリオが振り返る。




「どうしたの?」




 アイラは、言葉を探すより先に、指を伸ばしていた。




 高層ビルの外壁。


 自分たちの部屋があるはずのフロア。




 そこだけ、人影が異様に密集している。




 通路越しでも分かる。


 動きが多い。


 立ち止まる人間。


 規則的に並ぶ、背の高い影。




「……あれ」




 喉が、きゅっと縮む。




「うち……じゃない?」




 言葉にした瞬間、


 胸の内側で何かが音を立てて沈んだ。




 近づくにつれて、空気が変わる。




 ざわめき。


 怒鳴り声。


 機械音。




「おい!」


「葬儀屋ロボットが何体来てんだよ!」


「遺体回収にしては多すぎだろ!」




 聞き慣れない単語が、耳に刺さる。




「……葬儀屋?」


「遺体……?」




 アイラは、足が前に出なくなるのを感じた。




 人だかりをかき分ける。




「すみません、住人です!」


「通してください!」




「ああ、アイラちゃんか」


「ロボットのあんちゃんも」


 声をかけてきたのは、ヒロシおじさんだった。




 いつもより、顔色が悪い。






「……悪い。止めたんだが、入らせちまった」




 言葉を選ぶように、一拍置く。




「中、見た方がいい」




 部屋の中は——


 知らない場所みたいだった。




 身長二メートルほどのロボットが五体。




 二体は、父親の身体を固定している。


 残り三体は、無言で部屋を歩き回っていた。




 引き出し。


 棚の裏。


 壁の接合部。




 探している。


 遺体ではなく、何か別のものを。




「……お父さん?」




 声が、喉でほどけた。






「急にロボットが来て分かったんだ」


 ヒロシおじさんが、低い声で言う。





 葬儀屋ロボットが、ゆっくりと向き直る。




『確認します』


『埋め込みデバイス登録者の親族ですか』




 無機質な声。




『検視結果は後日通知されます』


『遺体は国家管理資産として回収します』




「……資産?」




『埋め込みデバイスが入っておりますので、貴重なサンプルです』


『最大限、丁重に扱いますので、ご安心ください』




 安心、という単語が


 ひどく遠くに聞こえた。




 そのとき。




 三体のロボットが、同時に動きを止めた。




 一瞬の静止。




 次の瞬間、何事もなかったかのように踵を返す。




 問いかけても、返答はない。




 父親が運び出され、


 ロボットが去ったあと。




 部屋には、音のない空白だけが残った。






ロボットたちが去ったあとも、しばらく誰も動けなかった。




 自動ドアが閉まる音だけが、やけに大きく響いて、


 その後に残ったのは、生活の匂いが壊された部屋だった。




 アイラは、床に落ちていた引き出しの中身を拾い集める。


 畳まれていた服は広げられ、


 書類は順序を失い、






「……こんなになるまで、何を探してたんだろ、」




 声に出して、ようやく実感が追いついた。




 ヒロシおじさんは、黙って棚を元に戻していた。


 ぎこちない手つきで、だが手慣れた様子でもあった。


 こういう光景を、過去に何度か見てきた人間の動きだった。




 一方で、リオの姿は部屋にない。


 隣室から、低い電子音が断続的に聞こえてくる。


 端末の暗号化。


 通信の整理。


 逃げるための、準備の音。




 アイラは、それを聞かないふりをして、


 破れかけたシーツを畳もうとして——


 手を止めた。




 白地に、濃い染み。




 洗っても落ちない色。




「……あ、あのね?」




 喉が、うまく動かなかった。




「これ……警察に言ったら」


「何か、ちゃんと調べてくれるかな」




 ヒロシおじさんは、すぐには答えなかった。


 床に落ちていた写真立てを拾い、埃を払ってから、静かに首を振る。




「無理だ」




 短く、はっきりと。




「通報すりゃ、今度は警察ロボットが来る」


「名目は捜査だが、やることは同じだ」


「中を見て、触って、持ってって終わりだ」




「……じゃあ」




 アイラの声が、少し強くなる。




「じゃあ、誰が」


「何のために、こんなことしたの?」




 おじさんは、言葉を選ぶように、一拍置いた。




「ロボットのあんちゃんを探してた」


「それは、たぶん間違いねえ」




 アイラは、胸の奥が冷えるのを感じた。




「でもな」


 おじさんは続ける。


「目的が、あんちゃん“だけ”とは限らねえ気がする」




「……どういうこと?」




 答えたのは、隣室から戻ってきたリオだった。


 手には、最低限の荷物。




「落ち着いて聞いて」




 声音は、妙に穏やかだった。




「父さんの死因」


「埋め込みデバイスを、誰かがお父さんもろとも破壊した可能性が高い」


「これは可能性の話だけど…」






 アイラは、息を呑んだ。




「……破壊?」




「暴走じゃない」


「経年劣化とも、事故とも言い切れない」




 リオは、シーツの染みを見る。




「血液が飛び散る様に広がっている」


「デバイスが“破裂”したみたいな状態だ」




 アイラの視界が、じわりと歪む。




「それって……」




「可能性の話だよ」


 リオは、念を押すように言った。




「EBS適合者が、この家を調べる為に実行した」


「その線は、否定できない」




 ヒロシおじさんが、低く唸る。




「……自作自演、か」




 その言葉が、部屋に落ちる。




 アイラは、思わず首を振った。




「そんな……」


「だって、それじゃ……」




 続きを、言えなかった。




 何か大きな組織、国単位の、、




 考えようとすると、


 頭の奥が、きしむように痛んだ。




 リオは、不安そうに視線を落とした。




「だから」


「ここは、もう安全じゃない」




 淡々とした声。




「調査は続く」


「形を変えて、何度でも来る」




 アイラは、部屋を見回した。




 生活の跡。


 父の気配。


 壊され、触れられ、残された場所。




 ——ここにいる限り、


 ずっと見られる。




 その感覚だけが、はっきりしていた。




 アイラの手が、震える。




 床に落ちたスプーンを拾おうとして、


 うまく掴めず、音を立てた。




 ヒロシおじさんは、何も言わずに、


 そのスプーンを拾い、そっと渡した。




「……怖えよな、この世界は狂ってる、」




 その一言が、


 ようやく、アイラの震えを止めた。


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