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第1章 鼓動

説明多めで読みにくかったらすみません、、、

人型ロボットのリオが、私たち家族の一員になった日のことは、今でもはっきり覚えている。




社会のあちこちでロボットが働くようになって久しいけれど、個人がロボットを所有するという例は、ほとんど前例がない。


それが露見すれば、間違いなく重罪だ。




「……ほんとうに必要なのよね?」


母の声は震えていた。




「規定上は……ギリギリだが、許可された。あくまで“補助機材”としてだ」


父は無理に平静を装っていた。




ごく普通のサラリーマンの父と、専業主婦の母という平凡な家庭にロボットが来た——その事実自体、ありえないことだった。




のちに母から聞いた話では、父が勤める ORIGINATE Labs の極秘プロジェクトが原因らしい。父は当分家に戻れなくなるため、その“補助”として、ほとんど黒に近いグレーな手続きでロボットがうちに置かれたという。




私が6歳だった。


あの日の光景は今も鮮明だ。




玄関のすりガラスが白く曇り、外の廊下には低い機械音のような振動が漂っていた。ドアがゆっくり開く。そこに立っていたのは、二十歳前後の青年の姿をした“何か”だった。




「本日より、家事および日常業務の補佐を担当します。」




その声は機械的ではなく、丁寧で柔らかい“人の声”に聞こえた。




「……こわくない?」


母がそっと私の手を握った。




「ううん。きれいだよ」


私はただ、端正な顔立ちと、まばたきの少なさが綺麗だと思っただけだった。




「さあ、アイラ、ご挨拶をなさい」




「わ、私はアイラ。よ、よろしくね……」




青年——リオが静かにダイニングの椅子に腰を下ろすと、父が帰宅したように見えた。


父が帰宅する予定の日に、急遽帰れなくなる日が増えたが、子どもだった私はその不自然さにもすぐ慣れていった。




***




——それから何年も経って、世界はゆっくりと軋みながら崩れていった。




父が関わっていたプロジェクトの名は「E-Brain Seed」。略して EBS。


その正体は “脳に直接埋め込み、学習・判断・記憶を増幅する人工拡張核”。




「ねえ、リオ。父さんがEBSを埋め込んだ後から、様子が変だったよね?」


アイラは夕食のあと、消灯前の静かな部屋でふと問う。




「記録上は、EBS埋め込みの翌週からです。行動パターンが大きく変わりました」


リオは淡々と答える。




「……そう、だよね」




本来は思考補助のための小さな装置にすぎなかった。だが「人間の限界を超えられる」という触れ込みで、いつしか万能薬のように扱われはじめた。広告も報道も家庭の雑音も、その熱を煽った。




それでも、日常のひっそりとした夕食だけは変わらなかった。


湯気の立つ皿を並べるリオの仕草は、妙に人間らしかった。




「今日は食欲が低下していますね」


「考えすぎるのは良くないです」


リオが言う。




「別に……そんなに考えてるつもりはないんだけど」




「心拍が少し速いです」




「うるさいな」


そう返すと、リオは少しだけ目を伏せた気がした。




街のどこにいても、誰もが自分の脳に EBS を埋め込む未来を夢想していた。


父の脳にもEBSは埋め込まれていた。意味をなさない独り言。夜中に突然笑い出す気配。だがその幸福そうな表情は、当時の家族にはかえって救いだった。




——あの日までは。




働き盛りの世代を中心に普及したEBSは、数年のうちに限界を迎えた。



最初に噂になったのは「廃人化」だった。深刻なニュースが増え、報道は曖昧な笑顔を貼りつけたまま硬直していった。EBSが原因ではないかと囁かれ始めたのは五ヶ月後。

後に聞いたところでは、父の勤めていたORIGINATE Labsが隠蔽を図ったことが初動を鈍らせたという。




五ヶ月の遅れは致命傷となり、世界中の経済の中心の世代30〜55歳のほとんどが社会から姿を消した。







父も例外ではなかった。




「……リオ」


アイラは自室の前で立ち止まる。




「はい」




「父さん、ずっとあのままなのかな、、、?」




リオは一瞬だけ返答をためらった。


その沈黙が、答えのすべてだった。




「……そう、なんだよね」




高校二年生になった今も、父は空っぽのまま天井を見上げている。呼吸だけが、生の唯一の証拠だ。








会社は訴訟の末に倒産し、国に吸収された。




だがEBSが残したのは、廃人だけではない。


EBS適合者——6人だけが存在すると発表された。


彼らが手にした“全知開花”の能力はあまりに強力で、停止しかけた社会は一年足らずで再び動き始めた。


人々は彼らを神のように語り、国はその影響下で静かに形を変えていった。




「アイラ」


リオが柔らかい声で呼ぶ。




「眠れない時は、いつでも呼んでください。生活費も国から支給されます。あなたが心配する必要はもうありません」




「……ありがと」




病院、郵便、物流、食料——


あらゆる機能はロボットによる全自動化へ置き換わり、


“人の社会”は音を立てずに“機械の社会”へとすり替わっていった。




ただし、それは決して無傷の進化ではなかった。




大量生産されるロボット工場の排気ガスにより地上は有毒なガスに満たされ、人間が暮らせる場所ではなくなった。


人々はビルの上層階へ押し上げられ、巨大建築ロボットが昼夜を問わず都市を上へ上へと積み上げる光景が日常となった。




教育も、、、


“学ぶ”という概念は消え、学校は未来の適合者を探すための装置へと変貌した。


子どもたちはゴーグル——擬似EBSデバイス「ORPHEUSオルフェウス」をかぶり、シミュレーションだけを繰り返す。


知識はゴーグルが与えるため従来の勉強の概念は消えた。


その制度が始まって、もう三年。


それでも——

新たなEBS適合者は、まだひとりも現れていない。






「ねえ、アイラ」


リオは少しだけ迷ったあと、アイラの横顔を見つめて口を開いた。




「……アイラ。高校一年からは、僕も同じ学校に通うことにしたよ。


お父様から託された“君を守る”という使命……それが、今の僕の存在理由になってしまった。


これからは、双子の兄妹として……よろしくね」




アイラは驚いたように目を瞬き、それからゆっくりと頬を緩めた。




「……そっか。ありがとう、リオ。たぶん……それ、すごく安心かもしれない」


「じゃあさ、話し方も兄妹っぽく変えていかなきゃね?」


「それに——私ね、一緒にゲームしてくれる“お兄ちゃん”が欲しかったんだ」




リオは思わず笑ってしまう。




「……うん。じゃあ、今日からはお兄ちゃんとして」




アイラも小さく笑い返した。




「うん。今日から、だね」




——そうして、ふたりの“兄妹としての物語”が静かに始まった。


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