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八歩目 落ちる陽




 「どうして、ネスタさんは怒らないんですか?」


 おずおずと言った様子で問いかけるのはフワワだった。

 カナカが聞きたかったけれど口を閉ざした事を問いかけるフワワの表情は真剣そのものだった。

 ネスタを見つめる瞳は真っ直ぐで、逸らされない。

 逸らす事を許されないような、純粋な心配の色がそこにはあった。

 フワワの問いに目を見つめ返したまま口ごもっていたネスタは、やがてゆっくりとその視線から逃げるように顔を俯かせた。


 「なんとなく、そうなるだろうとは思っていたんだ」

 ぽつりと零された声は穏やかなままだが、先ほどとは違いどこかか弱く響いた。

 「リーダーは《称号》主義ってやつで……、俺の《称号》が気に喰わないようだったから」

 「……」

 ネスタの言葉に少しだけ肩を揺らしたカナカは、金色の目を細める。


 「まぁ、さすがに無一文にされて捨て置かれるとは思わなかったけれど」


 困ったような表情は諦めだ。

 気恥ずかしそうなだけで恨み言の一つも零さないのは慣れてしまったから。

 たとえ受け入れ難くても、言い返したところで無駄だと知ってしまったから。

 恨んで、憎んで、怒って、抗った先に変革が訪れなかったから、口を噤むことになったのだ。


 それをカナカは知っている。

 いつかの自分自身がそうだったから、よく分かっている。

 ただカナカは諦めるのではなく周囲を突き放す方を選んだだけだ。


 「ネスタさんの《称号》って、あの、聞いてもいいですか?」

 気分を害さないかを気にしながらも尋ねたフワワに、ネスタがゆっくりと表情を緩めていく。

 優しく、口調同様に穏やかな笑顔だった。

 「《落ちる陽》だよ」

 「落ちる……」

 「あまりいい印象がないだろう。神様の目の一つが落ちるだなんて不吉、なんだそうだ」

 静かに告げられた《称号》を繰り返すように口にしたフワワにどこか気恥ずかしそうにネスタは笑いかける。


 誰かから言われた言葉を告げてもなお、ネスタは怒った様子を見せない。

 どこか仕方がなさそうに笑っていた。

 カナカも人の事を言えた義理ではないがいい《称号》とは言えそうにもなく、視線を逸らした。


 そんなカナカとは違い、目を瞬かせたフワワがゆっくりと表情を輝かせた。


 「すごい。カナカくんとおそろいだね!」

 「……はあ?」

 「え?」


 両手の平を合わせて言い切ったフワワに少し反応が遅れたカナカとネスタが同時くらいに反応を見せた。

 目を見開いてフワワを見る二人に、笑顔が弾けるように返る。

 「おそろいだよ、カナカくん! 凄い偶然だね!」

 「……あぁ。まぁ、たしかに?」


 フワワに言われて考え込んだカナカは少しして同意する。

 そんなカナカに、ね、と言ったフワワが嬉しそうに笑みを深める。

 「私の《称号》は悪い方ではないんです。でも私まーったく強くなくて!」

 少しだけ力強く否定をしたフワワがネスタを見つめる。


 「だから《称号》の良い悪いと、エレメンターとしての強さとかは関係ないんだなって思います」


 隣に座るカナカの事も見ながら言ったフワワの言葉に、カナカが少しだけ目を見張る。

 そしてネスタは物珍しいものを見るようにフワワを見つめ返していた。



 ネスタが思い返す限りそんな風に言われた事は一度もなかった。


 ネスタはお世辞にも自分が運が良いとは思っていない。むしろその逆だと強く思っている。

 人より少しばかりゆったりとした性格は鈍臭い印象を持たれるのか、昔からよく「思っていたほど出来ないんだね」と言った事を言われてばかりだった。


 エレメンターとして生まれたからにはその役目を果たそうと。

 折角与えられた役割をこなそうと頑張っていたけれど、どれだけ腕を磨いても努力をしても《称号》の事を揶揄される。

 口が上手い方ではないネスタは早々に反論を諦めてしまった。

 それでもパーティーに迎えられている事に安心していた。

 必要だと求められ実力を認められていると、そう思って。


 そう思っていたのに。


 与えられたのは紙切れ一枚の離別の言葉。

 お金も武器も、装備も、仲間の誰一人だってどこにも無い。


 なにもかもを失うまで、そんなことはなかったという現実からただ目を逸らし続けていた事に気が付いてネスタはただただ疲れてしまった。

 森の中に作った野営地で、パーティーだった仲間たちに捨て置かれてしまった場所で、とっくに火が消えて薄暗くなったたき火の名残の傍でただ零れていくばかりの涙を歪む視界で見つめていた時間はとても空虚だった。

 絶望も過ぎると声を上げて訴える事もできなくなるものだと、その時ネスタの頭の中の冷静な部分が感心していた。


 静かに零れる涙を眺めるばかりではいられないと思い、戦ってもいないのに疲れ切ってしまっていた身体を動かしてどうにかこの街まで辿り着いた。

 けれどどうにもギルドに向かう足が躊躇われてしまって、重たい足取りに空腹が勝って動けなくなってしまった。


 先ほどはカナカの問いに見栄を張ってしまったけれど、本当は「仲間に見捨てられた」のだとギルド職員相手にすら言うのが情けなくて、恥ずかしくなって、どうしようもなくなって蹲ってしまっただけだった。

 だけどそうして立ち止まってしまったネスタに声をかけてくれたのが、カナカとフワワで良かったとは思う。



 「ありがとう」


 噛み締めるように、とっくに乾いたと思っていたのに滲みだしそうな涙を堪えるように、振り絞った声は少しだけ震えていた。

 「え、え? ど、どこか痛いんですか?」

 堪えてはいるけれど泣き出しそうにしか見えない表情のネスタにフワワが目を丸くして狼狽えた。

 そんなフワワに対して冷静にネスタを見つめていたカナカは、そっと息を吐いた。

 そうして狼狽えているフワワへと顔を向ける。


 「新人でもないパーティー無所属のやつにいい感じに恩が売れたな」

 「え?」


 唐突なカナカの言葉にきょとりと目を瞬かせるフワワは、ゆっくりとカナカの言いたい事に気が付く。

 少しだけ言い方が悪いな、とは思いつつもそれがカナカらしさだとフワワは笑って立ち上がる。

 そうして跳ねるように、弾むようにネスタの前に立った。


 「わ、私たち、二人パーティーなんです! 良かったらネスタさん、私たちのパーティーに入りませんか⁉」


 かけられた言葉にネスタはフワワを呆然と見上げた。

 「……」

 目を瞬かせて、何か答えなくては、と思いながらもネスタは何も言えなかった。

 ネスタの返答がないことにフワワがカナカを不安げに見れば、カナカは面倒くさそうに一つため息を吐いた。


 「食事代」


 短く、的確なカナカの言葉にネスタの肩がはねた。

 ゆっくりと横に居るカナカへと目を向けたネスタに、いつの間にかネスタの指から零れた食事を包んでいた紙を持ってひらりと振ったカナカが少しだけ口角を上げた。

 「それぐらいは働けんだろ」

 「……よ、よろしく頼む」

 言い返す言葉が何も思い浮かばなかったネスタがほのかに顔を青くしながらも応じた。

 かくりと肩を落としたネスタに、眉尻を下げたフワワがカナカの方へと寄る。


 「脅しみたいでよくないよ。カナカくん」

 「脅しだよ」

 「そんなぁ」

 困ったような表情をするフワワは全く気にも留めていないカナカをしばらく見て、それからくすりと笑みを零した。

 「じゃあまずは武器屋さんだね」

 「お前のジョブってなに? っていうか、今まで使ってた武器は?」

 「え、あ、俺はナイトで……、武器は大剣を、おもに使っているかな」

 「じゃあそれと盾か」


 ジョブの中でも防御力が高い方であるナイトは盾で攻撃から味方を守りつつ剣や槍などの近接武器で敵を討つのが基本的な戦闘スタイルになっている。


 ジョブに関しては挨拶とともに見せてきた【神の雫】に名前とエレメントともに表示してあったからカナカは分かっていたが、まだそう言ったエレメンター同士の挨拶に慣れていないフワワはおそらく見逃していただろうと思って尋ねたのだ。

 案の定フワワはナイトと聞いて目を輝かせている。


 ナイトはアタッカーに次いでエレメンターの中でも人気のジョブになるからだろう。

 ゴミをさっと纏めたカナカがベンチから立ち上がる。


 「じゃ、さっさと行くか」

 「前のお店に行くの?」

 「品揃えいいし」

 「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 さっさと動き出したカナカの後を追うように歩き出したフワワの背中を見て、困惑した表情でネスタが立ち上がる。

 かけられた声に二人が足を止めれば、ネスタが困ったように眉尻を下げた。

 「その、お、俺は無一文だから………」

 「だから買いに行くんだろ。お前、素手で戦うつもりかよ」

 「いや、それは、できないが」

 「金ならこっちが出すに決まってんだろ。後で払えよ」

 「ネスタさん、大丈夫! 私もカナカくんにお金を出してもらった武器です!」

 「それ何のフォロー?」

 両手をぐっと握りしめて言い切ったフワワの言葉を半目になったカナカが疑問符を浮かべる。

 そんな二人の様子にネスタが戸惑った。


 「い、いいのか?」

 「困ったときはお互い様ですよ!」

 「働けよ」

 「カナカくん……」


 にべもなく言い切るカナカにフワワが力なく肩を落とす。

 いいのだろうか、とネスタは迷う。


 けれど迷っているうちに「行くぞ」と言い切ったカナカが歩き出し、フワワがネスタを呼びながらその後に続いてしまい、結局ネスタは迷ったままその後を追うことにしたのだった。




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