七歩目 昼食
ギルドを後にしてそろそろ食事でも、となったフワワとカナカはどうしたものかと足を止めていた。
賑やかな通りには他パーティーのエレメンターが多いためカナカが嫌がるため、少し大通りから外れた方にある食事処に二人は向かっていた。
何を食べよう、なんていうあたりさわりもない会話を主に投げかけていたフワワが言葉を止め、足まで止めた事を不審に思ってカナカも足を止めたが、フワワの視線の先を追ってすぐに足を止めなければよかったと思った。
フワワが足を止めて見つけたのは隙間の道、建物と建物の間の狭い路地。
ちょうど日陰になっている薄暗い場所でカナカ達と似た支給服を着た青年が膝を抱えてあからさまに落ち込んでいる様子で座り込んでいた。
どこでもなく、意味などもおそらくないまま建物の壁をぼんやりと眺めている横顔は薄暗い中でも綺麗だと分かる。
綺麗だが、厄介事だ。
「行くぞ」
「えっ!? で、でも、怪我をしているのかも……!」
一瞬で見なかったフリをして突き進もうとしたカナカを引き留めるように手を掴んだフワワに、カナカは思い切り苦い顔をした。
正直フワワの手を振り払うのは簡単ではある。
だがそうしたところでフワワが悲しむだけであり、フワワが青年を無視する選択に持っていく事にはならないだろうとカナカは判断して、フワワの方を向いた。
「どうせパーティーでの揉め事だ。他所が口出すと面倒になる」
「でも、怪我とか体調不良とか……」
「それもパーティーで対処するやつだ」
でも、と続けるフワワはちらちらと心配そうに青年を見る。
カナカは決して長い付き合いとは言えない程度の、まだ知り合ったばかりと言ってもおかしくない仲でしかないが、フワワが善良な人格なのはよく分かっている。
口も態度も悪いと言われたカナカの意図をくみ取れない時もあるが、それでも大半は前向きに受け取っている。
フワワの人生には今まで悪人が居なかったのかと思えるほど、真面目に人と向き合うのだ。
そういう人間性だからパーティーを組んでいけそうだとカナカは思ったが、だれかれ優しくしてもいい世間ではないことをカナカは知っていた。
パーティー内部での軋轢も面倒だが、パーティー同士の衝突が煩わしい事だってカナカはよく知っている。
知っているからこそ関わりたくない。
関わりたくはないのに、フワワは真っ直ぐにカナカを見て「声をかけよう」と言外に伝えている。
顔全体に「心配です」と書かれているかのように訴えかけてくる。
その目に。
その顔に。
「……しょうがねぇなぁ」
カナカが折れざるを得なかった。
カナカの言葉を聞いて表情を明るくしたフワワが青年へと駆けよっていく。
「あの、大丈夫ですか?」
駆け寄る足音と声にゆっくりと顔を持ち上げた青年の面差しがはっきりと見える。
淡いミルクティーのような色をした金茶色の少しだけ長い髪がさらりと揺れて、緑色の目が驚いたようにフワワとカナカを映す。
状況が状況だけに本来ならば陰気臭いと思っても仕方ないのに、驚きながらも少し暗い表情を浮かべている彼は儚げな表情で留められる程度には顔が整っている。
けれどぼんやりとフワワ達を見上げて返事がない。
その無反応さにフワワが困ったように眉尻を下げて首を傾げた。
「あの……、どこか怪我をしてるんですか?」
「………あ、俺のことか」
随分と間を置いてようやく反応した青年の様子に、カナカが眉を寄せる。
少しだけ目を伏せた青年が困ったように微笑む。
「あぁ。怪我はしていないよ。心配をしてくれて、どうもありがとう」
「じゃあどうしてこんなところに?」
どこかゆったりとした喋り方の青年の目線に合わせるようにしゃがみ込んだフワワの問いかけに、目の前の美しい顔が思い悩むように歪む。
「それは……」
どこか苦しそうな、悔しそうな。
思いつめているような表情にとんでもない問題でも抱えているのかとカナカが面倒事を感じ取って苦い表情を浮かべ、フワワはごくりと喉を鳴らして青年の言葉を真剣に待った。
苦悩する表情すら綺麗な青年は震える唇を開いた。
「お腹が空いて動けなくて………」
―――― ぐぅきゅるるるるるる
震える唇が告げる真実をかき消すほどに二人の耳に響き渡った空腹の音。
近いからきちんと聞こえた声と、言葉よりも切実さを訴えかけてくる音をゆっくりと頭で理解して。
目をぱちくりと瞬かせたフワワはゆっくりと振り返った。
腕を組んで呆れ果てた表情を惜しげもなく浮かべているカナカが青年を見下ろしていた。
カナカを見上げるフワワの後ろから再び控えめに響いた腹の虫の音とともに「すまない」と消え入りそうなほどの含羞の声が零された。
淡い金茶色の髪と緑の目をした美しい青年はネスタと名乗って【神の雫】を見せた。
フワワとカナカで大通りに入ってすぐの屋台で三人分の食事を購入し、人気のない広場のベンチに並んで腰かけて少し遅くなった昼食を摂ることにした。
無一文で一昨日から食事を摂っていなかったというネスタは色白というよりも青白くなった顔のまま最初は申し訳なさそうに断っていたが、カナカが有無を言わせず口に突っ込んだため結局申し訳なさそうにお礼を言ってから食べ始めた。
味わうようにゆっくりと、ありがたがっているようにじっくりと食べるネスタにフワワが笑ってカナカに「良かったね」と言ったが、カナカは「食うのが遅いな」としか思わなかったので素直にそう返した。
ネスタは白地にライトグリーンで模様の入った、少し裾の短い支給服の下に黒いシャツを着用している。動きやすさを重視したカナカのタイトなパンツとは違い、丈の長さも変えていないスタンダードタイプを履いている。
基本的な支給服のままの中、唯一マントだけは左肩にかかる程度の小さなサイズを選んでいた。
そう言ったマントの形状からカナカは大剣を扱っているのだと思っているが、どうにもこうにもネスタは支給服以外の持ち物が見当たらなかった。
エレメンターにとって大切な武器もない。
「はぁ……。美味しかった。ほんとうにありがとう」
最後の一口を咀嚼して、満足そうに吐息を零したネスタがゆったりと微笑む。
食事を摂った事で先ほどよりは顔色のよくなったネスタにフワワは安心したように笑った。
「いえ、元気になって良かったです!」
「それで、なんでお前無一文なんだよ」
「そ、それは………」
『魔』を討つ時同様に躊躇いなく、話の流れなどにも一切構う気がないカナカのはっきりとした問いに綺麗な表情をあっという間に曇らせてネスタは俯く。
しばらく言い難そうにもごもごと口を動かしていたが、奢ってもらった食事を包んでいた紙を見つめて意を決したように顔を上げる。
「実は、パーティーに置いて行かれてしまったんだ」
「え!?」
「あと、武器とか装備とか、お金も全部。持っていかれてしまった………」
「えぇっ!?」
ゆったりとした喋り方は空腹のせいではなく元々からのものなのか、穏やかな口調とは真逆のネスタの逼迫した状況にフワワが目を丸くして悲鳴のようにひっくり返った驚きの声を上げる。
カナカは無反応のまま続きを促すようにじっとネスタを見つめる。
「パーティーからも脱退させられてしまって、ギルドに向かおうとここまで来たけどあそこで力尽きて動けなくなってしまったんだ」
「もっと人の居るところに居たらだれかがギルドまで連れていってくれただろ」
話を聞きながら気になっていた事を率直に告げるカナカに、ネスタが困ったようにはにかんだ。
「なんだかあまりにも情けなくて……。恥ずかしくなって、隠れてしまったんだ」
自嘲するようなその説明に、ふぅん、とだけカナカは返す。
気恥ずかしそうな表情のまま自らの耳に触れるネスタの表情には、いくら眺めても恨んでいる様子がなかった。
ただただ、諦めてしまっている。
仕方がない事だと、自分に言い聞かせるように。
カナカはその様子に眉を顰めたけれど何も言わずに真一文字に口を噤んだ。
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