六歩目 称号
エレメンターが組むパーティーは基本的に四、五人以上からとなっており、ソロで活躍できるほどの実力者はほとんど存在していない。
そう言った意味では多少の問題を抱えていたもののパーティーを組まずに活動できていたカナカはエレメンターの中でも相当の実力者であり、間違いなく天才と言って差し支えない。
だからこそ本来ならばたった二人で討伐するとは思えない『魔』を倒したとしてもカナカならば可能だろうとニネアは納得した。
あわやウェントゥス王国内のエレメンターギルドの信頼が失墜する危機を救ってもらった事実に感謝をしなくてはいけないと分かっていたとしても。
そうだとしても、だ。
「装備も拙い初心者を連れて行っていい相手ではありません!!」
ニネアが年頃の女性としてはよろしくない呻き声をあげながら堪えて謝礼を優先するために後回しにした、最も言いたかった事がこれだった。
カナカだけならば『魔』の討伐に心から感謝を述べるだけで良かった。
それだけの結果を既に出しているからこそ、ソロで活動していられるのだ。
それでもニネアの性格上、小言だなんだと言われても危ないと言わずにはいられなかっただろう。
だというのにそこにエレメンターギルドに所属したばかりの、本当に初心者としか言いようのない新人を引きつれているとなったら、文句だと言われようとも口を挟まずにはいられなかった。
主にカナカに向けて言っているニネアに対して頬杖をついて右から左に聞き流している様子のカナカは何も言わない。
返事も面倒なのが表情から透けている。
「だいったい貴方たちの装備、どうなっているのよ!! お金をかけたのが杖一本だけってどういうことですか!? 防御性能高い支給服は選んだけど、そこにプラスで装飾品をつけて万全にするものでしょう!!」
「は、はい! ごめんなさい!」
「お金が足りないならギルド紹介の安心、安全、健全な店主さんと、支援金を使って装備を固めるものなの! というかそのためのギルドよ! 使えるものはなんでも使うものなのよ!!」
「はいぃ……!」
徹底して返事をしないカナカ。
申し訳なさそうに俯いて返事をするフワワ。
事情と内容を聞かなければ大人の女性が少年少女をただ恫喝しているようにも見えるほどの気迫を持って声を荒げていたニネアは、そこまで言ってから前のめりになっていた姿勢を正して、おほん、と咳払いをした。
説教が一息ついたのかと期待して俯いていた視線を少し持ち上げたフワワは、けれどニネアの表情がまだ厳しい事に気が付いてさっと視線を落とした。
「一番納得がいかないのは回復薬の量よ。いつものカナカさんなら買い占めるのかってくらい用意していらっしゃるのに、少ないわけではありませんが多すぎる方がいいものでしょう」
「――― ……杖が高かった」
「ご、ごめんなさいぃ」
視線を一切合わせようとしないカナカの、唯一と言っていい返答にニネアが反応するよりも先にフワワがニネアに申し訳なさそうに頭を下げた。
「え、あ! そんな! 良質な杖だからいいのよ!? 武器はケチらずに最初から良いものを選ぶべきですから全然間違ってないですからね!」
「あ、カナカくんもそう言ってました。支援金も使わせて貰って、店主さんが一番高い価格帯って言っていた中から選んだんです」
「そ、それは……それは! いいんだけどっ!」
嬉しそうに話すフワワに言葉を詰まらせて困るニネア。
良質な武器を最初に買うのは構わない。むしろそうしてもらうためにギルドは支援金を出すのだ。
ニネアが確認したフワワの杖を購入した店は、この街の中でも一、二を争う善良で良心的かつ高品質を保証するギルドおすすめの武器屋だった。
店主も人格者で、特に新品の支給服を着た新人に対しては支援金があっても少し足りない値段の品を何も言わずに値引いたりまでしてくれている。
唯一の欠点は初見では近寄り難いほどの強面な事くらいだろうと言われている。
「……もう、わかりました! その杖だけじゃ不安なので、今回の収入できちんと防御を上げられる品を買う事をおすすめします。あと回復薬は絶対よ!」
「はい! わかりました!」
「はいはい」
素直にいい返事をするフワワとは違い面倒くさそうに応じるカナカに向けてもう一度「絶対よ」とニネアは繰り返す。
「……あと、倒せるとは思うけど、二人パーティーなんてどれだけ安全措置をしても危ないんだから、巨大な『魔』を見つけたら報告に戻るのも大切な事なんですからね」
カナカをちらりと見たニネアは「倒せないだろう」という評価は出来なかった。
エレメンターとして活動し始めた直後からすでに優れた才能を持っていたカナカならばある程度一人でも対処が出来るだろう。
わざわざ言わなくても無理だと判断すれば撤退を選べるだけの、良い意味で年齢にそぐわないほどに冷静だというのも分かっている。
その近くに身を守るのも心配なほどの初心者がいなければ、ニネアだって口酸っぱく言うことはなかった。
ちらりと視線を向けたフワワはニネアの忠告を真面目な顔で聞いて、はい、と頷いている。
とても真面目で、とても普通の、ものすごくいい子だとニネアは思う。
隣に居るカナカが同年代でも選りすぐりの天才だという事を抜きにしても、フワワはステイタスから読み取れるエレメンターとしての才も、あまりにも普通だった。
だから過剰なまでに防御に特化した支給服を用意した。
ギルドの受付嬢をしていれば、いろいろなパーティーの話を聞く。
『魔』の討伐の話だって詳しく知る事が出来る。
エレメンターは神の息吹を宿した、『魔』に対抗するたった一つの手段。
けれどもその身体は怪我をすれば痛むし、酷ければ死んでしまう。
亡くなってから、あの時もっと伝えておけばよかったと後悔する姿を、いくつもニネアは見て来た。
「最初は焦っちゃうかもしれないけど、ゆっくりで大丈夫なんですよ。ゆっくり、強くなってください。フワワさん」
「はい! 頑張ります!」
きらきらと輝く少女の笑顔が曇らないように、ニネアは誰が見ても安心できるような柔らかい笑みを浮かべた。
「終わったなら出るぞ」
「あ、うん!」
二人のやり取りが終わった間を見て立ち上がったカナカに、フワワも続いて立ち上がる。
それにニネアも立ち上がった。
「討伐お疲れ様です。どうかこれからもお気をつけて、よろしくお願いいたします」
「こちらこそありがとうございました!」
深々と頭を下げるニネアに慌ててお礼を言って頭をぺこりと下げるフワワに構わず、カナカは扉を開けて個室から出て行ってしまった。
「あ、じゃあ、失礼します。待って、カナカくん!」
言うが早いか急ぎ足で閉まりかけの扉を押してカナカを追いかけていく背中にひらひらと手を振って見送ったニネアは、そっと一息吐いた。
椅子を片付けて金額の記した紙を握ってニネアも個室から出る。
「お疲れ様。ニネア君」
扉を閉めていたニネアにかかった声に少しだけ驚いて、それから一瞬だけ力の入った肩を下ろして苦笑を浮かべる。
「驚かせないでください。ギルド長」
チェッカーである分、普通より気配に敏い方であるニネアですら気を抜けば近寄って来ることに気が付かない相手。
少しくすんだモスグリーンの髪に穏やかそうな灰色の瞳の老齢の男性、東部大都市ウェルテクスのエレメンターギルドを取りまとめるギルド長のロドリーは、朗らかに笑うと「すまんすまん」と軽く謝る。
こつん、と杖をつく音がする。
少し動きの鈍い片足は硬質な音を立てる義足だ。
「例の新しい子は大丈夫そうかな?」
「えぇ……、まぁ。大丈夫ですけど、心配ですね」
穏やかな目元と同じ柔らかな口調に混じる案じた声音を聞き逃さず、ニネアは安心させるために耳障りの良い言葉を選ばずに正直な感想を述べた。
「一緒に行動しているのがカナカさんだから大丈夫でしょうけど」
「もうしばらくはここに居て経験を積むだろうし、その間に他の人が加入してくれたら安心だね」
「そうですね。さすがに二人パーティーなんて……見ているだけで恐ろしいです」
二人の前では気合を入れて見せなかった不安を零し、頭が痛むように額に手を当てるニネアの顔色は青い。
戦闘員のエレメンターと接する機会の多い非戦闘員であるニネア達ギルド職員もパーティーは人数ではないという事も理解している。
必要なのは『魔』を圧倒する強さだ。
けれどそんなものはいくら願って手に入るものではなく、万人が持つわけでもない。
だからそれを補うための人数であり、パーティーという制度があるのだ。
「カナカさんは《称号》で嫌な思いをしてきただろうから、気の合う子とパーティーが組めて良かった」
「あ……はい。本当にそう思います」
ロドリーの言葉に表情を曇らせながらもはっきりとニネアは頷く。
《称号》というものはエレメンター個人に与えられるもので、非戦闘職であるニネア達ギルド職員にも一応与えられている。
ニネアは《見渡す地》であり、ロドリーは《閃く雷》だ。
通常《称号》の最後につくのは個人の持つエレメントか、神々が世を見渡す目とも謳われる陽と月、そして星になる。
少々ステイタス等には恵まれていなかったもののフワワは《花嵐の月》というエレメンターらしいものだった。
けれどカナカに与えられた《称号》はギルドですら聞いた事がないもので。
一時期はそのせいで相当に煩わしい思いをしたらしいカナカはパーティー名がリーダーの《称号》になるという決まりに渋面を作っていたが、たとえ名目上でもフワワがリーダーとなる方が不安だったニネアが必死で説得した。
本人も不安視を否定できなかったのか、嫌々ながらもフワワとカナカのパーティー名はカナカの《称号》となっている。
それでも嫌がっている節を察しているニネアは極力二人のパーティー名は口にしないように決めていた。
「楽しみだね。どんなパーティーに育っていくか」
「……ギルド長は、カナカさんの《称号》の事をどう思われますか?」
「私は《称号》を名前と一緒だと思っているからね。特にはなにも」
「名前、ですか?」
そうそう、と頷いたロドリーは目尻の皺を深めるように笑った。
「神様が私たちを判別するために与えてくださっただけだよ。カナカさんの時はきっと、少し趣向を変えたくなっただけだろう」
「そ、それ、怒られませんか?」
「そこそこ凄そうな《称号》を貰ったのにギルド長をしている私みたいなのもいるんだよ。ニネア君」
「ギルド長はちょっと違うじゃないですか……」
ははは、と笑って言葉を切るロドリーにニネアは苦笑を浮かべる。
けれど、ロドリーの言葉を反芻したニネアはそういう考えもいいものだとは思っていた。
ロドリーの言う通り「そこそこ凄そうな《称号》」を持っていると凄い逸材なのではと思う人間は居るもので、ステイタスよりも《称号》で選ぶようなパーティーもあるくらいだ。
そう言ったパーティーが率先して軽んじたカナカが、ソロで活躍する優秀なエレメンターになったことを考えれば、ニネアもロドリーの言も一理あると思えた。
「名前……名前いいですね。広めちゃいません?」
《称号》で起こる面倒事回避に丁度良さそうだとニネアがロドリーに尋ねると、ははは、という軽やかな笑いが返ってきた。
「神殿に怒られるよ」
「ですよね」
あっけらかんとしたロドリーの言葉にニネアは力なく笑う事しかできなかった。
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