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五歩目 チェッカー



 エレメンターに与えられるジョブは戦闘職だけではない。


 エレメンターギルド職員の多くはエレメンターでありながらジョブが戦いに向かない為に直接戦闘行為をするエレメンター達の補佐を担っている。

 その中でもギルド職員に多いのがチェッカーと呼ばれるジョブだ。



 ふわふわと高い位置で一つに纏めた長いブロンドの髪、少し大きな丸眼鏡越しにぱっちりと開いた明るい茶色の目。

 女性の中でもそこそこ高い身長をしているギルド職員のニネアは、怒ればいいのか呆れればいいのか、はたまた嘆けばいいのか、非常に困っていた。

 ぐぎぎ、と惑う気持ちのまま声にならないうめき声をあげているのは年頃の女性としてはよろしくないと分かりながらも呻かずにはいられない。


 目の前には最近、たったの二日ほど前にニネアがパーティー申請を受理した「お子ちゃま」コンビが座っている。

 一人は弱冠十三歳ながらもソロで活躍できるほどの腕前のカナカ。

 そしてもう一人はニネアが支給服まで選んであげたばかりのド新人であるフワワ。

 片や平然を通り越して面倒臭そうな表情、そしてもう片方は期待と不安の入り混じった表情を浮かべていた。

 実に対照的な二人である。


 そしてニネアと二人の間にあるテーブルには、二人が持ってきた魔石が置いてある。


 そこまではいい。

 パーティーを組んだばかりでも『魔』を討伐して魔石を持って帰って来る新人が居ても全然かまわない。

 むしろギルド側としては大歓迎である。


 問題は置かれている魔石の一つの大きさが明らかに二人という少人数パーティーで討伐していいサイズではないことだ。

 そしてその規模の『魔』をチェッカーが、ニネア達ギルド職員が見つけられていなかった事も大問題だった。


 ――― チェッカーというのは地や風のエレメンターのみが扱える『感知』を広範囲かつ詳細に行える専門職。

 周辺に居る『魔』の探知とその強さを調べる事に特化しているだけの、いわば調査員だ。

 ステイタス的にも戦闘には向いていないものの、街の周辺の『魔』を見つけてすぐに討伐してもらい一般市民の安全を守るために必要な仕事になる。


 だというのにニネアはフワワ達が向かった森に拳よりもはるかに大きな魔石を落とすような『魔』の存在に気が付いていなかった。

 ギルド内の他のチェッカーの報告にもなかった。

 フワワ達が偶然にも遭遇し、討伐していなければ更に強大になって手が付けられないほどの存在になってしまっていたかもしれない。

 最悪、ウェントゥス王国の主要四都市が三都市になっていた可能性もある。



 「――― ……まずは、お礼を言います。討伐、ありがとうございます」


 二、三個ほど言いたかった説教を飲み込んで必要な事を口にしたニネアはゆっくりと頭を下げた。


 『魔』というのは厄介で謎が多く、この世界を脅かす絶対悪だ。

 今回のように専門職のチェッカーが見逃すような、隈なく探しても見つけられないように潜む『魔』が稀にいる事もある。

 それが分かっていて、気を付けていてもなお見つけられない時があるからこそ、チェッカーが居ようともエレメンターが戦い続けようとも、『魔』による被害は収まっていないのが現状だ。


 ニネアのお礼に目を丸くしたフワワは次いで、凄い、とでも言いたげに表情を明るくして実際に討伐したカナカへと顔を向けた。

 けれどカナカの方は表情を変えずにただ受け入れていた。


 それどころか少しだけ表情を曇らせているようにも見えるカナカに、フワワは喜色ばんだ表情を消しておろおろと暗い顔を上げたニネアとカナカを交互に見る。


 「えっと……な、なにか問題があるんですか?」

 「討伐自体はとてもありがたいことなのよ。ただね、主要都市に配属されるチェッカーは、チェッカーの中でも特に優秀じゃないといけないの」

 自分でいうのもなんだけどね、と少し恥ずかしそうに笑って見せたニネアはすぐに表情を曇らせる。


 「優秀な部類のチェッカーが揃いも揃ってこのレベルの『魔』に気が付かなかったのは信用問題よ。事前に討伐されたとはいえ、それは偶然の産物。最悪の場合はこの街が落ちていた」


 問題なのはフワワ達側ではなく、ギルド側だ。

 これを踏まえて対策を怠ってしまうわけにはいかない、と最優先で報告する内容を決めたニネアは少しずり落ちた眼鏡を元に戻す。


 「勿論、対策等は考えます。とりあえず、功労者のお二人の換金を済ませましょう」


 一瞬で気を取り直して凛とした態度に切り替わったニネアが主にフワワへと安心させるように微笑んだ。

 その言葉に少しだけ思い悩んだフワワも、けれどギルドに対して何か言えるわけでもない事実に自分を納得させるよう頷いてから、笑い返した。

 「じゃあ、少しだけ席を外すから待っていてくださいね」

 ニネアが席を立って魔石と交換するお金の準備をしに出て行ったのを見送ってから、フワワはカナカへと声をかける。


 「カナカくん。質問なんだけど、いい?」

 「なに?」

 「あのね、チェッカーの人でも気づかなかったけどカナカくんはあの大きなネズミの『魔』に気が付いたよね? どうしてなのかなって」

 あぁ、とフワワの質問に合点が言ったカナカは小さく声を漏らした。

 カナカは金色の目だけでフワワを見る。


 「俺も気が付いたのは近くに行ってからで、森の手前で念のため気配察知はしてたけどわかんなかった。チェッカーにも引っかからないタイプの『魔』は一定距離まで近づかないと分からない事が多いんだよ。だからフワワも気配察知を使いながら移動する癖をつけた方がいい」

 「そうなんだ」


 そういえば、とフワワは移動をする際には必ず気配察知をするようにカナカから指示をされていたことを思い出し、その理由を知って納得する。

 おそらく説明をしなかったのは初心者に一気に説明をして詰め込んで自立を促してもボロが出るからだろう。


 フワワは特別器用ではない。

 まだ出会ってから間もないカナカでも分かる程度にはきちんと真面目で、そこそこ頑張り屋なだけの普通の子だった。

 だからカナカは戦闘面で必要な知識を優先的に教え、それ以外の覚えておくべきことは特に細かな説明をせずに指示を飛ばすだけに留めていた。

 エレメンターにおいて最も危険なのは『魔』と対峙している時だ。

 まずそこに不慣れなフワワに他の事まで考えて行動させる方が危険だろうとカナカは判断したからこそ言わずにいたのだった。


 「ありがとう、カナカくん」


 不意に告げられた謝礼の意図がわからず、カナカは不思議そうに眉を顰めた。

 そんなカナカにフワワは笑う。

 「私がいっぱいいっぱいだから教える内容選んでくれてたんだね。そのうえで必要な事もしておくように指示を出してくれて……私、カナカくんと出会えて本当に良かった!」

 自らの手を合わせて笑顔を見せるフワワに目を見開いたカナカが、バッと勢いよく顔を背ける。


 「し、指導するのは先輩として当然だからいちいち礼とかいいんだよ。あと、わかんないままにされるより質問するほうがいいんだから、確認とかもしなくていい」

 流れるように素っ気なく言い放つカナカの耳が赤く色づいているのが見えて、フワワは小さく笑いを零した。

 「うん! もっともっと頑張るね!」

 「……頑張ってるだろ」


 ぼそっと何かを言いながら頬杖をついたカナカが依然としてフワワにそっぽを向いているため、小さな言葉が聞き取れずにフワワは首を傾げる。

 「いま、何か言っていた?」

 「突っ走りすぎんなよって言った」

 「あ、危ないもんね。気を付ける!」

 「……」

 前向きに受け取ったフワワにカナカは背を向けながらしかめっ面をしている。



 「んー。えっへん」


 そんな二人に、わざとらしい咳払いが放たれた。

 フワワはきょとりと目を丸くして背後を見上げ、カナカはジトリと目を眇めながら背後を振り返り視線を持ち上げた。

 大きく重たそうな袋を大事そうに持ちながら、わざとらしい咳払いをする為に口元に当てていた片手を下ろしたニネアが、明るい茶色の目でゆっくりと二人を見下ろす。


 フワワとカナカを見て、にこり、と笑った。

 「魔石の代金をお持ちしました。お邪魔して、ほんっとーにごめんなさいね」

 「え?」

 「は?」

 片方は心の底から不思議そうに目を瞬かせ、片方は心底鬱陶しいと言わんばかりの声を発する。


 にこにこと笑みを崩さないニネアは二人の対面に座り直すといまだに睨むように見つめてくるカナカの視線を無視して、硬質な中身の入った袋と一枚の紙を差し出した。


 「こちらが本日の魔石の代金になります。確認をお願いします」


 そう言ってフワワが見た袋の隣の紙には、お高いお店でしか見ない数字よりも一つだけゼロの多い金額が記載されていた。

 「こ、こんなに!?」

 「謝礼分も入っていますので」

 「フワワ、【神の雫】を出せ」

 「え? う、うん」

 カナカの指示に疑問を持ちながらも素直にフワワは首に下げていた首飾りを外した。

 その名の通り雫型の水晶のような宝石。

 洗礼の儀の際にエレメンターが授かる【神の雫】を手のひらの上に乗せた。


 「それを袋に近づけたら金額確認できるから」

 「え、そんなことも出来るの?」

 「そうなのよ。一瞬で正確な金額の確認も出来るし、偽金には騙されないし、人間の不正なんて【神の雫】の前ではつまびらかにされるわ」

 「すごーい!」


 ニネアの説明に目を輝かせたフワワがそっと【神の雫】を近づける。

 何か特別な事を言わなくてはいけないのかと思う間もなく、普段ジョブやギフトを確認する際と同じで目の前の一部に曇りガラスのような半透明の枠が現れ、そこに文字が記された。

 ちらりと見た紙に記載されている金額と同じものだと確認したフワワが【神の雫】を遠ざけると、枠が消える。


 「合っていました」

 「ご確認ありがとうございます」

 フワワの言葉を受けてニネアが言葉を返している間に、カナカはさっさと袋を手元に引き寄せる。

 その様子に苦笑はするものの嫌な顔を浮かべず、ニネアは金額の記した紙を自分の元に戻した。


 「【神の雫】には誰も偽れない。たとえ相手が同じエレメンター相手でも金銭のやり取りをする際は必ず【神の雫】を使ってやり取りをしてね。それが一番ややこしくならないから」

 「そうなんですね。わかりました」

 おそらくニネアが伝えたい意図をよくわかっていないだろうフワワに、ニネアは少しだけ困ったように笑った。


 ギルド側に説明責任の無い内容だがお節介を焼きたくなるほどに純朴なフワワが心配ではあるが、金額の確認後早々に袋を手元に引き寄せたカナカが居るなら大丈夫だろうと勝手に判断して、ニネアは何も言わない事に決めた。

 少なくとも素直なフワワならば今の忠告の意図も分からないまま、そう説明されたからと律儀に守ってくれるだろう。


 そう信じてニネアは、そっと息を吐く。

 吐いて、ゆっくりと息を吸い込んだ。


 まるで覚悟を決めるように。


 覚悟をするように両目を閉じて、息を吐きだす。

 そうして一度閉じた瞳をゆっくりと開いて、ぎゅっとテーブルの上で指を組む。


 「じゃあ、お説教していいかしら」


 明らかに空気の変わったニネアが、返答を求めていない問いかけをして薄ら寒い笑みを浮かべたのだった。

 カナカは面倒くさそうに頬杖をついたまま動かず、目を閉じる。

 フワワは一、二度ゆっくりと目を瞬かせてニネアを見つめて。


 「え?」


 とても平凡に、困惑の声を零したのだった。




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