四歩目 魔石
――― 結論から言うと、楽勝だった。
「ふわぁー……」
腐った土地ごと焼き払うかの如く燃え盛る炎を見て、フワワが零せたのはそんな意味もない音だった。
ぼけっとした表情で見上げる火柱が大小問わず一緒くたにネズミ型の『魔』を焼く。
基本的にエレメントでは人を害することはできないと分かっていても、燃え盛る勢いの強さに圧倒されてしまい、必要もないというのに舞い散る火の粉を避けてしまった。
それほどの火勢。
フワワの人生でも初めて見るほどの炎だった。
分身体を作る巨大なネズミ型の『魔』を討つために森の奥を突き進んだカナカは姿を見つけるなりあっという間に討伐してしまった。
『魔』の居る開けた場所が見える少し離れた位置で木に隠れて覗いていたフワワが感知や気配察知をするまでもなく、まさに圧倒的な強さだった。
隠れる必要なかったのでは、と思わなくもないが念のためとカナカの気遣いだから、フワワは口にしない事にした。
きらきらと煌めく炎の粒が空に溶けるように消えていく。
『魔』など最初からいなかったように火の粉が舞う場所で平然と立っているのはその場のすべてを焼き払ったカナカだけだった。
足元に転がっているのは拳よりもはるかに大きな魔石だ。
失くしてしまった短剣を握っていた指を少しだけ見つめていたカナカは、諦めたようにその大きな魔石を拾う。
炎を閉じ込めたように燃え盛る煌めきを見せる大きな赤い魔石。
エレメンターが所属するギルドへ提出する討伐した証明にもなる魔石は、『魔』を倒したエレメントの色に変わる。
火は赤、水は青、地はオレンジ、雷は黄、風は緑となる。
念のために気配察知をしたフワワは周囲に全く『魔』が居ない事を確認してから隠れていた木から出ていく。
急ぎ足で向かってくるフワワに気が付いたカナカは持っていた魔石を腰のポーチへと仕舞った。
「カナカくん! すごいね!」
「……」
近くに来るなり目を輝かせてそう言ったフワワに少しだけ驚いたように目を見開いたカナカは、一度目を伏せてから気恥ずかしそうにフワワから顔を逸らした。
「そこまですごくねぇよ。フワワにだって出来るようになる」
それはたぶん無理。
親切心からか、はたまた本当にそう思ってくれているからかはフワワには分からないけれど、カナカのそのフォローにはさすがに心の中で否定せざるを得なかった。
「が、がんばるねっ!」
拳を作ってそう答える他ないフワワは、自身の【神の雫】を思い返す。
エレメンターが洗礼の儀で授かる【神の雫】に記載されるジョブやギフト以外の個人の能力値 ――― いわゆるステイタスと呼ばれるそれはジョブごとに上がりやすい数値が決まっている。
アタッカーのカナカは『魔』に対する攻撃力の数値が高く、個人差があっても基本的にどのステイタスも99が上限になる。
本当に極稀にステイタスが三桁に至るエレメンターが居るらしいが絶対数は少ない。
【神の雫】を授かった当初はほとんどが1と記載され、唯一ジョブごとに上がりやすい能力値のみが高い人でも5となっている。
成長とともに少しずつ上がっていくステイタスの数値が最低でも一種類だけ10を超える年 ――― 十二歳がエレメンターギルドに登録できる最低年齢であり、記載される10の数値が『魔』との戦闘で必要になる最低値でもある。
けれどフワワは十二歳になっても戦闘に必要な数値がどれも10にならず、結局一年ほど遅れてようやく超えたくらいだった。
だからこそカナカがフォローしてくれたとしても、たとえその言葉が本心からだったとしても、フワワ自身が一番フワワの能力にあまり期待を持てていなかった。
「とりあえず一度ギルドに戻って魔石を換金するか」
「うん、そうだね。カナカくんの短剣もなくなっちゃったし」
いざとなれば素手でも戦えるようにグローブを着けているものの、人数が少ないパーティーほど事前の準備を怠ってはいけない。
自分たちの能力を過信したパーティーから消えていく。
まだまだパーティーを組んで日の浅いカナカとフワワに対して、ギルドの受付嬢が口を酸っぱくして言っていた忠告だ。
カナカもフワワもその意見に反対するつもりはないため、大人しく武器が欠けたら街に引き返すと決めていた。
「さっきの『魔』はすごく強かったんだね」
街に向かうため歩き出したカナカの横に並びながら、カナカの指示通り気配察知を併用しながら歩いているフワワが集中力を途切れさせないように気を付けて話しかければ、あぁ、とカナカが魔石をしまったポーチに視線を向ける。
「思ったよりもでかい収穫だった」
そっとポーチに触れて少し弾んだ声をしたカナカにフワワも笑う。
討伐した『魔』が残す魔石は専用の職人が武器や防具に使用するため、大きければ大きいほど換金額が増えていく。
エレメンターの主な収入源はこの魔石だ。
「俺の短剣の予備はあるし、フワワは?」
「え、私? う、うーん……」
尋ねられて自分の握りしめる杖に目を落とす。
フワワが今持っているこの杖も、カナカがソロで活動している際に稼いでいたお金で買ってもらっている、それなりに値を張る良い代物だ。
最初の武器は身を守り戦うのに必要だからこそ上質なものを、という考えでカナカが有無を言わさず高額なものを買ってくれた。
大事に使えば一生ものの相棒になると武器屋の店主が鼻高々に褒めちぎっていた上等な杖は、フワワに大事に握りしめられているばかりでまだその実力を発揮できていないだろう。
明らかにひ弱そうなフワワを心配したギルド側が支給服の中でも防御に重きを置いた衣装を選んでくれているし、足首まで覆い隠すような分厚いマントは一目で前線タイプではないことが分かるほど速度を捨てて防御に力を入れている。
そのため防御のための装備も今のところは必要がない、とフワワは思う。
「私、カナカくんが買ってくれたこの杖もまだきちんと扱いきれてないし、欲しいなって思うもの、今はないよ。逆に、あった方がいいものとかってあるかな?」
結局思いつかなかったフワワはエレメンターとしては先輩のカナカに助言を求める事を選んだ。
そんなフワワにカナカは一度だけ杖を見る。
新品同様の杖の値段は買った本人であるカナカも良く知っているし、吟味した分、良い代物で壊れにくいのも分かっている。
「念のため、壊れた時用にもう一個ある方がいいとは思うぞ」
どれだけ頑丈と謳われていても絶対はないという事をカナカは学んでいるからこそ、予備武器が必要だと考えている。
けれどパーティーごとにそのあたりの考えは違うため、少なくとも組んだばかりのフワワに強制するつもりはなかった。
「特にないならないで取っておけばいいな」
「うん! お金は大事に使いなさいってお母さんも言ってた!」
「……まぁ、無いよりはある方がいいしな」
どこか苦い表情で独り言ちたカナカにフワワは首を傾げた。
けれど問いかける前に明るくなった視界に視線を道の先へと向ける。
森の終わり、最初にフワワが練習していた場所よりもさらに先。
日の傾き始めた草原の向こう側に高くそびえる砦が視界に見えて、フワワは少しだけホッと息を吐いた。
「もう少しだね!」
「街までは少ないだろうけど気配察知は切らすなよ」
「だ、大丈夫だよ!」
ぎくり、と肩を揺らしたフワワに気が付かなかったフリをしてカナカは砦を見る。
ウェントゥス王国内でも栄えている主要四都市の一つ、東部大都市・ウェルテクス。
現在、フワワ達が活動の拠点として宿を取っている街だ。
決して街中が安全という決まりはないが、カナカは少しだけ足取りが軽くなった様子のフワワを見ながらそっと悟られないように表情を曇らせた。
腰のポーチに収まった魔石に少しだけ意識を向けながら、浮足だっているフワワの歩調に合わせて街に入るために大門へと向かっていく。
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