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三歩目 感知



 晴れ晴れとした気持ちになったフワワの耳に、否、辺り一帯に轟くような唸り声が響き渡った。

 地面が揺れたような咆哮に木々が揺れて葉が散っていく。

 森の中に居た鳥が一斉に羽ばたいて逃げていく羽音を最後に、周囲に静寂が訪れた。


 「い、いまのって……」

 恐る恐るといった様子でフワワがカナカを見れば、平然とした様子で奥に視線を向けている。

 「俺がさっき言ったでかいやつだな」

 「え!? さっきの木のやつじゃなかったの!?」

 「あれは普通くらい」

 「ひぇぇ」


 小さなネズミ型にすらてこずっていたフワワは、カナカがあっさり倒してしまった木型の『魔』を「普通」と称されて思わず小さな悲鳴を零してしまう。

 そしてカナカの視線の向こうに木型よりも「でかいやつ」と称される『魔』が居る事にフワワの背筋が冷えた。


 顔を蒼褪めさせて驚いているフワワを見てカナカは少しだけ考え込む。

 カナカとフワワはまだパーティーを組んだばかりであり、フワワに至っては最近エレメンターとしてギルドに登録をしたばかりの新人だ。


 ちょっとした事情があるもののソロで活動できるだけの実力があるカナカと、やっと小さなネズミ型の『魔』を一人で倒した程度の実力しかないフワワの差は、わざわざお互いが口に出すまでもなく明白だった。

 そんな実力差のフワワをこの先に連れて行くのは危険だとカナカも分かっている。

 けれど、まだ実力の覚束ない状態のフワワを一人残して行くのも危険だ。

 先ほどまでなら離れたところに置いて自分一人でさっさと倒してしまおうと思っていたカナカも、小さなネズミ型の『魔』が来た事でその考えをやめた。


 「……フワワ。たぶんこの奥に居る奴は分身体を作れるやつだ」

 「分身体?」

 カナカはほんの少しだけ迷ったものの口を開いた。

 首を傾げるフワワにカナカは頷く。

 「奥の気配とあのネズミ型の『魔』の気配は同じだから、たぶん本体のでかぶつが奥に居て、作った分身体を森に散らしているんだと思う」

 「そ、そんなこともあるんだね」

 フワワには初耳の内容でも口ぶりから言ってカナカは経験した事があるのだろう。

 驚くフワワに先ほどネズミ型の『魔』が居た場所を示した。


 「分身体は消しても魔石が出ない」

 「え? ……あっ! 本当だ!」


 倒せたことに喜ぶばかりで本来ならば『魔』が消えるとともに落とされる魔石の存在の有無に気が付いていなかったフワワは目を見開いた。

 倒した辺りの草の上のどこにも魔石は転がっていはいない。

 近くに転がって隠れている様子もなかった。

 その事実に指摘されるまで気が付かなかったフワワは、恥ずかしそうに少し身を縮めて項垂れた。


 「そう、なんだね……。じゃあ、私はまだ『魔』を倒せてなかったのか……」

 「べつに、分身体も本体と同一存在だから攻撃して討伐すれば本体にもダメージが加わるからいいんだよ。ただ分身体をいくら叩いても本体を消さない限り消えないから、魔石の有無で本体かどうかを見分けるってことを覚えておけよ」

 ぬか喜びだった事に落ち込んだ様子のフワワにカナカは素っ気なくもフォローとアドバイスを告げる。

 目線を合わせないカナカの言葉にフワワは暗くなった顔を上げて緩やかに笑う。

 「ありがとう。カナカくん」

 「そんな礼を言わなくてもいい。先輩なんだから後輩に教えるのは当たり前のことだろ」


 出会ってから繰り返し聞くフワワからのお礼の言葉に少しだけくすぐったそうに頬を赤くしたカナカは顔を背けてそう言い放つ。

 恥ずかしいと目を合わせないカナカの癖に短い間ですでに気が付いてしまっているフワワは小さく笑いを零した。

 表情の明るくなったフワワを横目に一度見たカナカは、咳払いをしながら顔を正面に戻す。


 「たぶん向こうにはさっきので俺達が居るのがバレているから、散らばって来るか纏まって来るかの二択だと思う」


 後者ならばフワワが懸念事項だが、カナカが速攻で本体を討ってしまえばいい。

 けれど前者の場合、本体を手早く見つけてカナカが叩くまで間、フワワが確実に危険だった。


 速さには多少の自信があるものの、カナカは超近接戦闘向きであり、一対多で自分自身の無事は確信できてもパーティーを組んだばかりの相手を守れるかどうかを何の準備もなしに試すほど無鉄砲ではなかった。

 何よりもフワワはまだ新人特有のエレメントを扱うまでに時間がかかる欠点がある。


 ――― 本当ならば、新人はカナカのようなソロと組むよりも大きなパーティーに入るべきだ。


 人数が多ければ多いほど教える人手もあるし、連携の経験も豊富だ。そしてなによりも急な非常事態に避ける人員も足りていれば、その対応にも慣れている。


 「一度、感知をして纏まってないようなら俺達じゃ人手が足りないから撤退する」

 「でも、一度攻撃しちゃったから追いかけてきたりしないの?」

 「そんな執念を見せるタイプはこんな話をしてる間に来てるから、今は選択肢から除外だ」

 「なるほど。わかった。じゃあ、感知をするね!」

 カナカの説明に納得した様子のフワワはそう言って胸を張る。


 「あぁ。頼む」


 応じたカナカの言葉にフワワは嬉しそうに笑う。

 それというのも『感知』と呼ばれる手法をカナカは使えないからだ。


 エレメントはすべて神から授けられた『魔』を討つためだけの力で、その強さは扱うエレメンターや授けられたジョブとギフトによって差異が生まれるものの、基本的には平等だった。


 エレメンター同士が戦っても本人の技量以外で勝敗が決まる事はない。

 エレメントは『魔』に対抗するための天からの贈り物。

 だからこそエレメンター同士で争っていてもエレメントは誰も傷つけない。

 けれど、極わずかに授かったエレメントによってできる事やできない事などが生じる場合がある。


 それが『感知』と呼ばれる魔法。

 『魔』の居場所を探るために使われるこの魔法は、風と地のエレメンターにしか使えず、場所によっては水のエレメンターも扱えるが基本的に火と雷のエレメンターは『感知』に似ている気配察知までしか扱えない。


 カナカは火のエレメンターのため自身の近くに居る『魔』の気配を察知することはできても、特定範囲内の『魔』の位置を感知することはできない。

 感知の魔法はフワワが唯一カナカの代わりに出来る事だ。


 フワワはしっかりと手に握りしめた杖の先の緑玉に意識を向けてそっと目を閉じた。


 光りの粒がどこからともなく漂い始めて、緩やかに風が起こる。

 両目を閉じたフワワの暗い視界に、森の中をそよいでいく風の視点が映る。

 縦横無尽に、自由に。

 あちらこちらに視点が切り替わって、ようやく奥に向かっていく風を追いかけた。


 薄暗い森の中を抜けて、少しだけ開けた場所に風が辿り着く。

 陽光が射しているのに薄暗いその場所は、枯れた木が折れていくつか倒れている。草が枯れて、土が濁った色を見せている。


 ―― その中心。

 ひしめきながら幽かに動いているのはフワワが倒したのと同じ闇色の小さなネズミ型の『魔』だった。

 集まっているネズミの真ん中、闇色の塊がネズミたちと同じような動きを見せる。


 四足歩行の状態で木の半分以上はあるだろう身の丈をした、巨大にして巨体のネズミ型の『魔』が居る。

 あたりの土を腐らせ、草木を枯らせて。

 漂う風が近寄るのを避けるように空へと逃げていく。


 「……っ!」


 遠のいていく風に合わせて魔法を切ったフワワは目を見開いた。

 「め、めちゃくちゃ大きなネズミとその周りに小さなネズミがいっぱいいたよ!」

 「じゃあ、本体はそのでかいネズミか」

 纏まっているなら楽だな、とひとり言のように呟くカナカに、フワワは見開いたままの目を瞬かせる。


 「え、あの、四つん這いの状態で木の半分以上ある大きさなんだよ? この木の幹より丸々とでかいネズミだよ? もはや熊だよ!?」


 かつて熊のような『魔』に襲われた事があるために大き目の動物型の『魔』と熊が苦手になったフワワが、言外に怖くないのかと問うように近くの幹に手を当てながら切実と見たことを訴える。

 その様子と言葉に静かに目を合わせたカナカは、真剣な表情を浮かべた。


 「フワワ。小動物型のでっかい『魔』はよくいるから慣れろ」

 「そうなの……!?」

 苦手意識を感じる存在がよくあるものだと言われて衝撃を受けて固まるフワワに現実を教えるようにはっきりとカナカは頷いた。

 その曖昧にぼかさない様子に事実だと受け入れてフワワは一度ギュッと目を瞑ってから覚悟を決めたように幹から手を離して拳を握る。


 「がんばるねっ!」

 「……がんばれ」


 言いながらも目を閉じているフワワにカナカはそうとだけ返した。

 そうしてカナカは腕を組む。

 「纏まっているなら俺が倒せるけど、その間お前はどうする?」

 「え? どうするって?」

 不意に聞かれた質問の意図が分からず閉じていた目を開いたフワワが不思議そうにカナカを見る。

 「小さいやつが散らばらないとも限らないから、まだ身を守れるとは言えないフワワはどこかに隠れているか、森の外まで撤退して俺が戻るのを待つか。どっちかだ」

 「!」

 カナカの提示した内容に息を飲んだフワワは、迷うように視線を落とす。


 どちらを選んでもフワワは戦闘には参加しないだろう。それが無理だとカナカが判断した以上、まだ新人の域を出ないフワワは従わなくてはいけない。


 それでもカナカは提案してくれている。

 選択をフワワに委ねている。

 戦闘は避けつつ残るか、安全な場所に逃げるか。

 きっと、カナカはどちらを選んでも気にしない。


 前者ならば戦いながらフワワを気にかければいいと思うだろうし、後者ならば安全が保障されているフワワを気せずに少し前までそうだったように一人で『魔』を倒す。


 「わ……、私、なんの役にも立てないけど見ててもいいかな?」


 杖を握り締めて思い切ったように勢いよく、少し上ずった声で尋ねるフワワにカナカは一度目を瞬かせてから頷いた。

 「わかった。ただ小さい方が襲ってこないとも限らないから感知と気配察知は常にしてろよ」

 「う、うん!」

 カナカからの了承を得て目を輝かせながらフワワが嬉しそうに笑う。


 「行くぞ」


 先を歩き始めたカナカから離れないように突き進む先は薄暗さの増していく森の奥。

 風を追って見た巨大ネズミと無数の小さなネズミ達の集う、草木の枯れはててしまった場所。

 フワワ達エレメンターは『楽園』を護るために神が地上に与えた『魔』に対抗する唯一の武器だ。


 だからこそ、この美しい世界を腐らせる闇が生まれる場所へと向かう。




御覧くださりありがとうございます。

次話の更新は11/6(木)か11/7(金)を予定しております。

気が向いたら、お付き合いいただけると嬉しいです。

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