二十五歩目 旅立ち
突き抜けるような青い空、のどかな風の渡る草原の先へと続く道はところどころに立つ木々に遮られてよく見えない。
明るい陽射しの中、フワワ達《夕焼け空》が目指すのは東部大都市ウェルテクスから見て北にある街だった。
距離的にも街の雰囲気的にもそこが一番近くて安全だろうと決まった行先へと続く道を踏みしめて、フワワは上機嫌さを惜しみ隠さない笑みを浮かべる。
道の先が気になる高揚感のまま足取り軽く駆けだしてしまいそうなフワワをソノラが何度か窘めたほどだった。
「本当に嬉しそうだな。フワワ」
カナカと並んで前を歩くネスタが振り返ってそう言えば、フワワはにこにことした顔のまま頷く。
「うん! だってパーティーが出来てすぐにランクが上がったんだよ! やっぱりみんなはすごいね!」
「下級2になっただけだろ」
「でも特例だって! カナカくんの活躍が凄かったからだよ!」
嬉しいね、とカナカに嬉しそうに満面の笑みを浮かべるフワワに、カナカは勢いよく顔を逸らして「べつに」と素っ気なく返す。
その耳が赤い事は誰も言わないが、フワワだけでなくソノラとネスタも小さく笑った。
「あ、でもソノラちゃんは前のパーティーが……」
「ざまあみろ、って言葉があんなに似合う事もありませんねぇっ!」
気を遣うようなフワワに構わず、ソノラは胸を張り高らかな声で上機嫌にそう言い放った。
プロテクターのかけた封印具の破壊、パーティーメンバーとの情報交換の怠慢による重傷者発生、そして暴れる『魔』の対応を最終的に別パーティーが担ったこと。
諸々を含めた理由でギルド長直々に《煌めく月》に課された処罰は、中級4から下級1へのパーティーランクの引き下げだった。
またしばらく東部大都市ウェルテクスに常駐し、主にそこを中心に活動している《烈火の星》ドミが監督役を引き受けることとなったのだ。
ギルド長曰く、リーダーの対応がそもそもの元凶だ、と。
口は悪いながらも腕前と人柄を信頼されているドミに面倒を見てもらうように、という事らしい。
「ソノラちゃんが気にしてないなら良かった」
フワワはホッとしたように表情を緩める。それにソノラは肩をすくめた。
「これっぽっちも気にしませんよ。パーティーメンバーの加入脱退は情報共有が当然なのに怠った方が本当に悪いんですよ」
「そうだな。加入にしろ脱退にしろ、ギフトスキルとかでいつも通りに動けなくなるから」
「あ、そっか。大事なことだね」
ネスタが付け加えた説明にフワワはなるほど、と納得する。
ネスタやソノラのようなパーティーメンバーに効果を発揮するギフトスキルを前提に作戦を練る。
パーティー《煌めく月》の場合はギフトスキルの有無よりも、カナカから見ても優秀だと言えるソノラを欠いたままいつも通りに進めたことだろう。
「そうなんです。そんな大事なことを怠ったから大怪我をするメンバーも出たし、結果的にギルドから罰を下されたんです。また同じことになったら困りますから」
当然の事ですよ、とまるで自分自身に言い聞かせるように小さく呟いたソノラは一息吐いて困ったように眉尻を下げる。
「死人が出なかったなんて、運が良かったくらいなんですから」
「……うん。本当によかったね」
少しだけ安心してるようなソノラの言葉にフワワも目を細めて笑う。
「それにしてもあのギルド職員さん、心配性ですね」
「ニネアさん?」
思い出したように話を変えるソノラに、フワワは挨拶に行った際のニネアを思い出す。
『もう次の街に行くんですか!? 装備は!? 回復薬は!? というかそもそも疲れとか大丈夫なんですか!? 旅に必要な一式そろえてます!? 忘れ物があったら大変なんですよ!!』
顔を青くしながら次々に懸念を挙げてはフワワとソノラに尋ねていくニネアは、最終的にカナカの決定に全員が納得している事と、面倒事に巻き込まれたくないという点では最初のギルドの対応が悪かったせいもあるため、として強くは出てこなかった。
それからパーティーのランクを一つ上げる事を告げられ、また同様にその時に《煌めく月》についての話も聞いたのだ。
最終的には心配そうにしながらもニネアは快く見送ってくれた。
「まあすごく良い人ですよね」
「うん! 私最初に話した職員さんがニネアさんで良かった」
「口うるさいけどな」
「よく気にかけてくれていいじゃないか」
ふん、とネスタのフォローにカナカは顔を背ける。
さんざん会うたびに「装備は? 回復薬は? 装飾品は?」と確認を取って来るニネアは門を出るところまで見送る、と言ってついてきて、またカナカに「本当に大丈夫なんですよね? 信じますからね?」と念押ししてきたのでうんざりとしながらもカナカは頷いておいた。
頷いたカナカにようやく安心したように表情を緩めたニネアは、お気をつけて、と見送った後遠く離れていくフワワ達の背中に深々と頭を下げていた。
「また会えるといいね!」
「俺は別に」
ちょこっとだけ距離を詰めて笑いかけるフワワにそうと返して、ほんのちょっとだけ迷うように視線を泳がせたカナカは、小さな声で付け加える。
「フワワが会いたいなら、挨拶くらいはしてもいいと思う」
「うん! カナカくんも一緒にね!」
「俺はいーんだよ!」
カナカの返答に、えぇ、とフワワは笑う。
不意にふわりと風が頬をくすぐるように撫ぜて、フワワは目を見開く。
そうして風が漂って来た方へと目を向けて、木々の立ち並ぶ隙間からとんとん、と跳ねるように姿を見せたリスにしては大きな黒い影の塊。
「『魔』だよ、カナカくん!」
フワワの言葉に全員の視線がそちらに向く。
まるで無害そうな様子を装って軽やかに姿を見せたリス型の『魔』を見て、フワワを見る。
「そんなに強くないし、フワワが倒せよ」
「えっ!? わ、わかった! 頑張る!」
一瞬驚いたもののすぐに杖を握り締めて覚悟を決めたフワワは『魔』の方へと向かう。
大丈夫、大丈夫、と。
心の中で自分に言い聞かせるようにしながら杖の先に意識を向けて、光りの粒が溢れていく。
その気配を感じ取ったらしい『魔』が反応をした瞬間、何かが移動する音が響き始める。
「え、え……?」
戸惑い固まるフワワに構わず、音の正体は木々の隙間を縫ってずらっと姿を見せた。
リス型の『魔』とまったく同じサイズのまったく同じ姿の黒い影の集合体。
簡単には数えられないほどの群れ。
「ひ、ひゃああぁー!? すっごいいっぱい来たよ!?」
「数が多いだけで弱い。頑張れよ」
「近づいたら追い払うから安心してくれ」
「そうですよ。とりあえず攻撃に集中してください」
あまりにも多い群れに動揺したフワワに対して冷静なカナカ達の指示が飛ぶ。
カナカはその場を動かず、ネスタは盾を構え守りに備え、ソノラは本を開いた。
けれどそれはあくまでフワワのサポートという形でしかない。
『とりあえずしばらくはフワワを戦闘に慣れさせる』
頭に過るのは朝に決まった旅の道中の指針であり今後の方針だ。
すでにソロで中級2以上の実力があるカナカと、中級2と中級3のパーティーに所属していたことのあるネスタとソノラと、まったくの新人であるフワワではあまりにも実力に差がある。
戦闘に置いては花形のアタッカーであるカナカが居るため無理に急いで強くなる必要はないが、とりあえず戦闘自体に慣れる必要があると言うカナカにネスタもソノラも異論はなかった。
そしてそれを言われたフワワも。
ギュッと杖を握りしめて、前を見据える。
威嚇するように唸る『魔』に対峙して、不安と恐怖を抱きながらフワワはどこか安心した気持ちで居た。
「風よ」
杖の先から溢れる光りの粒が風へと形を変えていく。
足元まで覆い隠すような白いマントが風に煽られて靡き、青い瞳は動き出す闇を見据えて陽光の中で煌めいた。
「敵を撃て!」
思い浮かべるのは幾筋にも分かれて走る風の刃。
それを辿るように、フワワの作り出した風が真っ直ぐに走っていく。
そして ――― いくつかが駆け抜けきり、いくつかは途中で失速してそよ風となって消える。
まだまだ大量に残っている『魔』に上手くいかなかったことにフワワが涙を浮かべながら「もう一回」と言うカナカに頷いて再び杖の先へと意識を向け、ネスタは近づいてきた分を軽く盾で払い、ソノラは注意点を横で唱える。
全員が全員、どこか楽しそうな表情で。
――― これが物語ならばきっと、旅のはじまりの高揚感と不安を抱いた一歩目を大地に強く踏みしめたばかりだろう。
ソノラの言葉を聞き入れながら頑張るフワワの挑戦は、惜しくもネスタが追い払うために盾で薙いだ勢いで退治してしまった『魔』が本体だった事で呆気なく終わってしまうようなものだったけれど。
何も悪い事をしていないのに一瞬で顔を蒼褪めていったネスタが謝るのに、フワワとソノラが思わず笑いだしてしまい、カナカも小さく笑う。
そんな三人にネスタはホッとしたように表情を緩めて、笑顔になる。
落ちた魔石を回収してまた次の街を目指すために歩みを進めていく。
もっと頑張ろう、と心の中でフワワが思い、どこまでも美しく広がる青い空を見上げてぎゅっと拳を握りしめる。
この美しい楽園のような世界に一筋だけ垂らされた黒い影。
『魔』と呼ぶそれらを唯一退治することが出来るのは、神の息吹を身に宿したフワワ達エレメンターと呼ばれる存在だ。
その中でもフワワはまだまだ弱く、討伐もろくにできないけれど。
澄んだ青空の美しさを見上げていたフワワは前を向く。
踏みしめる土の匂いと風に運ばれる葉擦れの音。
まだ遠く、見たことのない美しい景色を脅かす『魔』から楽園を守るために、フワワはようやくエレメンターとして一歩目を進みだしていった。
御覧くださりありがとうございます。
12/27(土)に小話を更新予定です。
気が向きましたら、よろしくお願いいたします。




