二十一歩目 夕焼け空
遠く離れた位置、念のために控えている他パーティーが居るのも見えたがあの距離ならばフワワの身体で何も見えなかっただろう。
そう判断して、カナカはいまだに握りしめられている手をわずかに引く事で意思表示した。
「あ、ご、ごめんね!」
「別に」
ずっと手を握ったままだと気が付いたフワワが放せば、カナカは素っ気なく言い返す。
そうして最初から火傷を負っていなかったかのように綺麗になった、ただ耐火性のグローブがなくなった手を開いたり握ったりしてから、フワワを見返す。
「ありがとう」
「ううん! カナカくんの方こそ、お疲れ様! やっぱりカナカくんは凄いね!」
溌剌と称賛する笑顔にカナカは今度こそ気恥ずかしくなって顔を背ける。
今までなら、どれだけ強い『魔』を倒しても、カナカはいつも最高品質の回復薬でないと癒せないような自身のギフト魔法のお陰で嵩むお金に意識が向いていた。
身に纏うエレメンター専用の支給服もカナカの為だけに耐火性をエンチャンターがかなりつけた特別製だ。
それでも意識して最初に炎を纏う手を覆うグローブはすぐに焼け落ちてしまう。
最初の支給服以降もエレメンターとして活動する以上、前線で活躍している以上、支給服は大幅に値段を下げられている。
けれどカナカはそこに選りすぐりのエンチャンターによる耐火性を加える必要があった。
つまるところ、カナカは破格のギフト魔法のお陰もあってソロで戦い続ける事が出来るが、代わりにそのギフト魔法のせいでパーティーに所属し難くなっていた。
目の前で「ほかに怪我はない?」と心配そうにしながらも、カナカに尊敬の眼差しを送っているフワワのような破格の治癒効果を持つギフト魔法を持つ存在と巡り会えたのは、カナカにとって幸運以外のなにものでもなかった。
フワワが居るだけで、放り投げたら悲鳴を上げるほどの武器以上に値段の張る最高品質の回復薬を補充しなくてはいけないという負担が軽くなった。
「……すごいのはお前だよ」
「ん? なあに? ……っど、どこか痛む!?」
「疲れたって言っただけ」
「あ、そっか! お疲れ様! ソノラちゃん! カナカくんがお疲れ様だよ! 私、背負う!?」
「落ち着いてくださいね、フワワ。どう考えても無理ですよ」
零した呟きが聞こえなかったフワワに誤魔化すように言ったカナカに慌てたフワワの頭を、よしよし、と冷静に撫でながらソノラが宥める。
誤魔化す言葉を間違えたことに気まずさを感じてカナカが二人から視線を逸らせば、フワワとのやり取りの間に魔石を拾いに行っていたらしいネスタが、ちょうどカナカの視線が向いた先にそれを差し出して見せた。
ネスタの手にも余る大きさの赤い魔石。
それから視線をネスタへと上げれば、柔らかい笑顔が零れる。
「お疲れ様」
「別に、……そんなに、疲れてねぇよ」
先ほど疲れたとフワワに誤魔化した手前、いつものようにきっぱりと否定しきれなかったカナカは、差し出された魔石を受け取る。
そうそうない重さを感じて、魔石を手早く腰のポーチに仕舞いこむ。
「いろいろと聞きたい事はありますけど……とりあえず報告に戻ります?」
フワワが落ち着き、カナカが魔石を仕舞ったのを見てからそう聞いたソノラは、背後を振り返る。
その視線を追ってカナカ達が目を向ければ遠く離れた場所で見守っていた二つのパーティーが討伐を喜んでいた。
ドミに至ってはフワワ達の方へと嬉しそうに向かおうとしていたのか、ヒューイが首根っこ掴んで留めている。
呆れたように目を眇めたカナカは、そっと息を吐いた。
「とりあえず帰るぞ」
「うん!」
パッと表情を明るくするフワワが、あ、と目を輝かせて一歩、二歩と軽やかに前へと走り出してから三人を振り返る。
その指先が空を示して、嬉しそうに笑う。
「私たちのパーティーの時間だね」
炎に染め上げられたような色をした空を見上げて、カナカは少しだけ眩しそうに目を細めた。
同じように見上げたソノラも、遠く夜の色が覗く燃える空へと笑みを零す。
「《夕焼け空》、でしたっけ。こうして見ると綺麗ですよね」
「ね! すっごく綺麗だよね!」
《夕焼け空》。
それが、カナカに与えられた《称号》でフワワ達のパーティーの名前。
エレメントも、神々が世を見渡す目とも言われる星も月も太陽すら無い。
かつてエレメンターとして登録した際に「大ハズレの《称号》」とまで散々馬鹿にされてきたカナカのそれと同じ空を見上げて、フワワとソノラは笑う。
それは、カナカの《称号》の話でよく見て来た笑いとは全く違う、むず痒さを感じるものだった。
フワワはまるで自分の事のように嬉しそうな顔で燃える美しい空を見上げる。
「あぁ。すごく……、すごく綺麗だ」
遠く沈んでいく、地平線の彼方に落ちる太陽を見ながら感慨深そうに、それからどこか少しだけ含羞の混じった声でそう言ってネスタは微笑む。
揃いも揃って夕焼け色に染まった空を見てから、カナカを見て笑いかける。
それに対してカナカはほんのわずか言葉に詰まって、慌てたようにフワワを追い越して先を歩き始めた。
「――― ……く、暗くなる前に戻るぞ!」
「はぁい! カナカくん!」
「了解です」
「わかった」
三人とも揃って良い返事をしながら、わずかに見えるカナカの耳が空と同じ色に染まっている事に気が付いて、三人だけで視線を交わしてこっそりと笑いを零したのだった。




