二十歩目 花嵐の月
ソロの時ではなかった支援を受けて、ただ突き進むのに集中する。
速度のせいでまだ少し目が眩むけれど、的が大きいために外れる心配はしていなかった。
刃の先が突き刺さる手応えはしている。
硬いとも柔らかいとも表現のしようがない、ただそこに嫌悪感だけが煮凝っているような何かに短剣の先が埋まり、火が爆ぜる。
痛みを訴えるように動きが鈍り、形容しがたい音で唸る『魔』が炎に抗うように、振り払おうとするように身を捩った。
それに思わず舌打ちを零したカナカは短剣ごと身を引いた。
カナカが点した炎は『魔』の全体を覆うまではいかず、短剣を突き刺した周辺の花弁が火の粉とともにいくつか剥がれて消えていってはいるもののこのまま放置しても討伐ができるほどの攻撃ではなかった。
これがカナカだけでなく中級1や中級2のパーティーでの攻撃ならば問題なく討伐できる手ごたえはあった。
視界の端に映る空の色がそんな時間はないことを訴えている。
夜が訪れたら、上級パーティーでも、『魔』の討伐に苦戦する。
見据える先の『魔』がいくつもの葉を一つに絡め合わせ、まるで強固な武器を真似るように高く掲げられる。
言葉も目もなくても、狙いがカナカなのは一目瞭然だった。
『魔』に意思があるのかどうかはともかく、目の前の『魔』が対峙する相手の強さを明確に理解している事は分かっている。
先に居た急場の混成パーティーの中で、一番強いドミを放り投げて遠ざけた。
カナカ達の到着があともう少しだでも遅れれば、少なくとも残された前衛が全滅していてもおかしくない。
手にしている短剣に視線を向ければ、刃の一部分が汗をかいたように形状を変えていた。
これで防ぐことができても、直後に武器が壊れるのは目に見えているほどの損耗だった。
基本的にエレメントは人を害する事はない。
意思を持ってそうしない限り、『魔』以外を傷つけるのは根本的に無理だ。
けれどその根本を無視する威力のものも存在する。
「あぶないっ!」
たった二日程度で聞き慣れた声を聞き流しながら、攻撃を防ぐのを諦めたカナカはもう一度短剣を構える。
さほど離れていないこの位置ならば、ネスタのギフトスキルのお陰もあって細く鋭利に束ねられた攻撃よりも先に、いくつも花弁が剥がれた中心へとカナカが辿りつく方が早い。
けれど先ほどと同じ威力では倒し切る前に振り下ろされる攻撃が届く。
刃の先が『魔』に突き刺さる瞬間。
カナカは金色の目を細めて口にする。
「――― 【灼炎の鎧王】」
言葉とともに短剣を握る手ごと、全てが炎に包まれる。
カナカ自身ですら灼けそうなほどの熱量は通常の攻撃ではなくカナカが授かったギフト魔法だ。
【灼炎の鎧王】と名付けられたそれは、通常カナカが放てる火勢を大幅に超えた炎を身に纏うように溢れさせる。
大きく膨れ上がるような大きな火柱は、カナカ自身が炎に成ってしまったようにも見えるほどで、纏う場所を手に集中させても、零れるように、勢いよく周囲へと燃え盛る。
授かった魔法によってはエレメンター個人が出せる威力を大幅に超える、神の息吹そのものとも言われる炎を纏った刃が『魔』に近づくのとともに、燃え盛る熱量に負けて炎の一部となって燃え上がる。
そうなると分かっていたカナカは、最も炎を纏っている腕で『魔』に触れる。
その火勢が瞬きの間に花弁を焼き散らし、振り上げられた葉の先までが一瞬で炎に染め上げられていった。
火の粉と呼ぶには派手で大きな炎が天上へと舞い上がり、唸り声が焼き尽くす炎の音に潰された。
すでに短剣の溶けてなくなった腕を、体ごと下がることでもはや火柱となって跡形もなくなった『魔』から離れたカナカは走った痛みに顔をしかめた。
巻き上がっていく炎はいつの間にか茜色に染まっている空と一体化して、ゆっくりと消えていく。
後に残ったのは腐り果てた地面に転がり落ちている赤く色づいた大きな魔石と、ギフト魔法によって耐火性のグローブが焼け落ちて火傷を負った左手の激痛と、背後に背負う静寂だった。
火傷はもはや痛いのか痺れているのか分からないが動かす事が酷く億劫に感じて、カナカは無駄に大きな魔石を拾う気力も沸かず一息吐いた。
「カナカくん!」
焦ったような声がして振り返れば、声の印象と変わらない不安そうな表情のフワワが駆け寄っていた。
そうして迷いなく杖を持っていない手を差し出す。
「……」
言わなくても割と単純な考えをしているフワワのしたい事が分かって、カナカは動かすのも億劫だったはずの手を、真似るように、同じように、フワワへと伸ばした。
その指先が触れるよりも先にフワワがその音を紡ぐ。
「【治癒の花風】」
色の無い花が咲くように風が踊る。
涼やかな風が火傷を包み込んで花弁が散るように跡形もなく火傷が消え去っていく。
カナカの手を握って、傷一つなくなったのを見て、ようやくフワワが安心したように笑顔を浮かべた。
フワワの持つ力の中で唯一フワワが胸を張れるもの。
そうしていいと、カナカに教わったから躊躇いなく振るえるたった一つのもの。
エレメンターのジョブの中でも全体数の少ないヒーラー達や、ヒーラーのいないパーティー達が喉から手が出るほどに欲しがるような、最高品質の回復薬以上の治癒効果を持つギフト魔法。
後に続いていたネスタとソノラが驚いたような目をフワワへと向けているのがカナカにははっきりと見えていた。
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次話の更新は12/13(土)を予定しております。
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