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十八歩目 嫌味



 遅れて二人がギルドの中に入ればその後ろにマノンが続く気配はするもののソノラは振り返らなかった。

 後ろでユチーナが扉を閉めて声を張り上げ、集まっている人へ説明している気配はするものの内容までは聞き取れない。

 先に入った二人と、その前に向かい合うように立って待っているロドリー、そしてその斜め後ろに控えているのはニネアが居る。


 ギルド職員が回復薬や手当をしている《煌めく月》のメンバーたちの姿。

 それとは別に奥の方で忙しなく動いている気配もしている。


 「先ほど上級パーティー待ちをしている『魔』にかけた抑えが解けました」


 切り出しはシンプルで、現状の説明も兼ねている。

 おそらく新人のフワワには大変な事態とは伝わるものの、問題点は伝わっていないだろう。

 周囲の怪我人とその説明の繋がりが分からず、困った顔のままちらちらと《煌めく月》のメンバーを窺っている心配そうなフワワの頭をカナカが無言で抑えて、ロドリーに向き合うように動かした。


 「……つまり、プロテクターのかけた封印具ないし結界魔法を壊されたんですね。《煌めく月》の皆さんが」

 「酷いよ、ソノラちゃん!」


 努めて冷静に、新人のフワワにも伝わるように応じたソノラが予想した通り声を上げるのはセーレだった。

 幸いなことに、足を怪我しているらしいセーレがソノラに近寄る前に体勢を崩してふらついたところをマノンに受け止められていた。


 「では違う事実があるんですか?」

 「いえ、合って」

 「またそうやって自分が正しいみたいに言うのやめてよ!」


 ソノラはにこりと笑いながらロドリーに確認を取れば、ロドリーがソノラに対して返答する言葉を遮って劈くような声をセーレは上げる。

 カナカに至っては「うるせぇ」と耳を抑えている。


 「いっつもソノラちゃん、勝手な事ばかりしてるけど、今回のはひどすぎるよ! 勝手にパーティーやめるなんて! 今日の討伐のこと知っていたのに、こんなにみんなが怪我してるのに……! どうしていつも素直に謝ってくれないの……!?」


 わっ、と誰にも聞こえるように泣き始めて両手で顔を覆うセーレにマノンは支えながらも困惑したように視線を泳がせていた。

 ソノラは自分の武器でもある本を強く握り締めて奥歯を嚙み締めた。


 この劈くような声と泣き声が苦手だ。

 いつもいつもこちらを責め立てる言葉しか言わないセーレが苦手になった。


 ―――― 苦手なだけで嫌いになりきれないのは、最初は仲の良い友人だと思っていたからだ。


 それでもと、言い返そうとしたソノラが口を開くよりも、腹の底まで重く響くような鈍重な音が空気を震わせた。

 フワワがびっくりしてカナカの背中に隠れるようにしがみつき、驚いた表情で一目で分かるほどにへこんだ床を見つめて固まった。


 ロドリーの杖がついてへこませた時の重低音は、決してそんな細い杖で鳴り響いて良い音ではないが、誰もが視線をロドリーに固定している以上、発信源が彼なのは明らかだった。

 優しげな、穏やかそうな相貌だったロドリーが傍から見ても迷惑そうな顔で驚き涙の引っ込んだセーレを見る。


 「そんな小芝居に付き合っている時間が惜しいのを、原因のメンバーが自覚されてないのは困ります。少し黙りなさい」


 言葉は丁寧なのに突き放すような冷たい声に射抜かれて、セーレが顔を真っ青に染めて、怒りでも羞恥でもなく恐怖によって小刻みに震える。

 返事もないまま押し黙ったセーレの様子に口を開かないと判断したロドリーが視線を元に戻す。


 「貴方の仰る通りですよ。辞めたメンバーの情報共有もせず、作戦の修正もせず、討伐中の『魔』を深追いして立ち入り禁止指定にした結界近くで戦闘。よってプロテクターがかけた封印具が破壊されました。対象はチェッカーが上級パーティー対応で要請を出しており、到着は早くても明日の昼です」

 「今はどうなってる」

 「二つの中級3のパーティーに組んでもらい、プロテクターがもう一度抑えようとしてくれていますが……おそらく難しいかと」

 カナカの質問に応じるロドリーの表情は芳しくなかった。


 プロテクターと言われるのはジョブの一つであり、封印具と呼ばれるプロテクターのみが製造できる道具もしくは魔法によって脅威となる『魔』を一時的に抑え込むための存在だ。

 封印は対象の『魔』を抑え込むためのものであり、内からの攻撃には強いが外からの攻撃には脆く、封印具を破壊されてしまえば一瞬で瓦解してしまう。

 そのため対象の『魔』を討伐できるランクのパーティーが居ない場合の措置として行われる封印の区域は一時的に立ち入り禁止とされ、定期的にギルド指定のパーティーが封印の確認を行いつつ対象ランクのパーティーが到着するのを待つのだ。


 チェッカーの判断が上級パーティーを指定しているなら中級のちょうど中間ランクである中級3のパーティーでは ――― しかも片方はつい先日中級3に認定されたばかりの経験的には中級4なので ――― 難しいだろう。


 「それで?」


 沈んだ表情のロドリーに向け尋ねるカナカに、灰色の目が真っ直ぐに向けられる。

 杖をついていても綺麗に伸ばされた背筋のまま、少しくすんだモスグリーンの頭がゆっくりと下げられていく。


 「封印対象の『魔』の討伐依頼をお引き受けいただきたい」


 下げられた頭に眉を顰めてカナカは不機嫌そうな面持ちで顔を背けた。


 「元々その依頼で来たのにソロだと不安だから上級に要請しなおしたのはそっちだろ」

 「我々の無礼は重ねてお詫び申し上げます」

 カナカの言葉に顔を上げたロドリーは申し訳なさそうに目を伏せていた。

 その会話に目を丸くしたフワワが、掴んだままだったカナカのマントを握る指先に更に力を込めた。


 「依頼って……カナカくん、依頼でこの街に来ていたの?」

 「そー。今言った通り、ソロだし、年齢も若いしで実力が不安だからって、わざわざ来たのに断られたんだよ」

 「上級パーティーに要請しなおしたってことは、その前は中級だったの?」

 「……まぁ、そー」

 小さく答えたカナカがそれ以降口を噤んだため、ロドリーの後ろに控えていたニネアが口を開く。


 「元々は中級1か2で要請していました」

 「……え、じゃあカナカくんって」

 「カナカさんはソロで中級2の上位、アタッカーですので中級1相当のランクでも判断していいと思います」

 「カ、カナカくんって本当に凄いんだね!!」

 「まぁ……」


 カナカは否定はしないものの真正面から受け取るのは恥ずかしそうに顔を背ける。


 「でもこのパーティーって結成したてで、しかも新人のフワワもいるでしょう? ランクは下級3のはずだから、要請はソロのカナカにだけですか?」

 「中級2でも問題ないなら俺もついていける。最初に入ったパーティーは中級2にまであがったから、一応そのレベルの『魔』の討伐経験はある」

 「そうなんですか? ……私は中級3までです」

 ネスタの言葉に驚いた顔をしたソノラは、少しだけ悔しそうに目を伏せた。


 「じゃ、じゃあ私は……行ったら危ない、よね」

 「そうですね。フワワさんはギルドで待機を……」

 「来たいなら来ればいいだろ」

 「ちょっ、カナカさん!?」


 ニネアの言葉を遮って言い放つカナカに、一人だけ実力が遥かに下だと落ち込んだフワワが目を丸くする。

 「どうせ俺だけで攻撃するし。盾の後ろに居れば安全だろ」

 「盾は、俺かぁ……」

 もはや壁のような扱いを受けたことになんとも言えない表情をしたネスタは、けれどすぐに笑みを浮かべた。


 「それで構わない。元々ナイトはパーティーメンバーを護衛するのにも向いてる」

 「なら私はフワワがふらっとしないように見張っておきます」

 「ふらっとしないよ!」

 ソノラの言葉に慌てて反論するフワワは、でも、とカナカを振り返る。


 「私、邪魔にならないようにソノラちゃんに引っ付いてるけど、本当に行っても大丈夫? カナカくんの邪魔にならない?」

 「別に。平気」

 「ありがとう!」

 短く返すカナカの言葉に笑顔と声を弾ませて言うフワワは、ぎゅっと杖を握り締める。


 「ま、待ってください! フワワさんは待機した方が」

 「二つの中級パーティーと合同になさいますか?」

 「帰らせろよ」


 言うが早いか踵を返してギルドから出て行こうとするカナカにフワワが気合を入れるようにそっと息を吐いてから後を追う。

 通り過ぎていく二人に対してソノラは鞄を開けて近くにあるテーブルに小瓶を十個置いた。

 カナカが渡した回復薬よりも輝きの弱い、それでも中級回復薬の入った小瓶だ。


 そうしてセーレの居る方を見つめる。

 「辞めると宣言して引き留められなかった時点で私に非はないと思って、謝罪はしません。ここに置く回復薬はエレメンターとして最低限の礼儀代わりに差し上げますから……」

 そこで言葉を切ったソノラは少しだけ言葉を躊躇って、けれど時間が惜しいと思い直す。

 いつもどおり凛と伸びた背筋で昔は友人だった相手を見つめた。


 「二度と私に関わらないでくださいね。セーレ」


 言い切って、言い捨てて。

 ようやく清々したように瞳を一度瞬かせたソノラは、桃色の瞳を満足気に見開いてギルドの外へと向かう。


 そんなソノラの様子にホッとした表情を見せたネスタが後を追おうと向けた背に届いた声に、思わず足を止めてしまった。

 ゆっくりしている時間はないと分かっているから、躊躇わずに音の発信源を振り返る。

 まるでこの世で一番悲しそうに泣いている薄紅色の目がネスタを見て驚きに見開いて、ほのかに頬が色づくのを眺めながら、ネスタはその口元に笑みを形作っていく。

 一人でも真っ直ぐに背筋を伸ばして、前を向いている背中にむけられるべき言葉は、酷い、酷い、と責め立てる言葉では合わない。

 すぐに自信がなく俯いてしまうネスタと違う、凛とした後姿は。


 「美しい、の間違いだろう」


 流していた涙が枯れるほどに目を大きく見開いていくのを眺めることもなくネスタは背を向けて最後にギルドの外に出た。

 既にギルドの建物内にいる《煌めく月》以外のパーティーはユチーナの説明で引き上げたのか姿はなくなっていた。


 扉の外で待っていたソノラが苦虫を噛み潰したような顔でネスタを見上げている。

 「どうかしたか?」

 「……褒められてるはずなのにこの顔に言われると嫌味に聞こえるんですよね」

 「え、どうして?」

 さっぱり分からないという顔をするネスタにソノラは諦めたように息を吐きだし、フワワはきらきらとした目で「ネスタくん格好いい!」と褒めた。

 ネスタが二人の様子に首を傾げると、おい、と横から声がかかる。


 「時間がないし、行くぞ」


 わずかに空を見上げるカナカに言われて視線を持ち上げた先、空の色はまだ青いままだが陽は更に傾いて、そうしていずれ夜が来る。


 『魔』の力が増す夜になる前に片を付けなくてはいけない。




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