十七歩目 難癖
ソノラの後に続いて宿の中を進む。
その間も、フワワの耳には夜が近づいて静かになっていくはずの街がにわかにざわめいている音が届いてきた。
階段を下りた先では心配そうに外を伺っている宿の主人が居た。
元々人が少ないこの宿に泊まっているエレメンターはフワワ達だけなのか、一階のどこにも同じ衣装を纏っている人はいなかった。
「何が起こったかはご存知ですか?」
主人に近づいてソノラが問えばゆっくりと首を左右に振られた。
「騒ぎがこっちじゃなくて西区画の方だって、お連れさんが見に行ったよ」
「西区画……。移動する? ソノラちゃん」
「入れ違いになっても困りますし、外で待ってましょう」
「うん」
頷いて二人揃って宿の外に出る。
エレメンターではない街の住人が入り口近くで何が起こったのか、どうかしたのか、と心配げに声を上げている。
そわそわとする雰囲気にぎゅっと杖を握り締めたフワワは、ふと、少しだけ薄暗くなった事に気が付いた。
あれ、と思って視線を持ち上げようとして、その必要もなく答えが目の前に降って来た。
街の屋根の上を走ってきていたらしいネスタがフワワとソノラの前に着地した。
ソノラが外に出た時も状況に構わず周囲の人間が思わずソノラをちらちらと見つめていたが、その比ではないほどの視線を集めながらも一切気が付いていないネスタが神妙な顔をしていた。
「少し面倒な事になってる。ギルドに行こう」
「わかりました」
「は、はい!」
ネスタが言うが早いか踵を返したのに迷いなくソノラが続き、わずかに遅れながらもフワワも二人の後を追った。
向かう先はエレメンターギルドのある西区画。
いつもよりは早く走ったつもりのフワワだったが先を走ったネスタはギルド前で待っていたカナカに合流して涼しい顔をしていた。
フワワよりも少し先に辿り着いたソノラは少し切れていた息を整え終えた頃合いで、ちょうど辿り着いたばかりのフワワは膝に手をついて息を整え始めた。
「……はぁ。一体何があったんです?」
ソノラが尋ねながら少しだけ周囲を見回す。
既にソノラ達以外のエレメンターもギルド周辺にパーティーの代表か、足の速いメンバーかはわからないが集まっている。おそらく四人で全員になるフワワ達くらいしかパーティー全員で来ているところはないだろう。
カナカは比較的ギルド入り口近くに待機していたため、そこだけはフワワだけでなくソノラも首を傾げたい点だった。
少し付き合えば分かる程、カナカならばギルドが見える離れた場所で待っていると思っていたが、むしろ他のエレメンターよりも入り口に近かった。
ようやく来たフワワ達を見て、カナカが面倒くさそうに口を開く。
「面倒くせーことになってる」
「それはもう聞きました。一体なにが……」
「ソノラ!!」
乱雑にギルドの扉が中から開けられ、何事だと思うよりも早くソノラの体に誰かが纏わりついた。
驚きに目を見開いたソノラは、けれど落ち着いて縋り付くように抱き着いた相手をよく見てから息を詰めた。
「マノン?」
高く一つに結んだ茶色の髪は毛先だけがくるりと巻かれ、涙を湛えた緑色の瞳がソノラの声にまた一つ涙を零した。
ソノラが辞めたばかりの元パーティー《煌めく月》のメンバーの一人だ。
一つか二つ上だったとソノラの記憶にあるマノンは大粒の涙を零しながら、どことなく険のある眼差しをソノラに向けた。
「どうして勝手にパーティーを抜けたの!? 今日、討伐が決まっていたの知っていたでしょう!!」
「はい?」
縋りつかれたままの身体を引き気味にして思わずと言った風にソノラは嫌そうな声を出す。
どうしてソノラが責められているのか、わかりたくもない。
引き留められる事も何もなかったのは『勝手にパーティーを抜けられた』事で証明されているだろう、とソノラが口を開こうとする前にネスタがマノンの肩を掴んで勢いよく引きはがした。
「きゃあっ!?」
「すまない。けれど一方的に仲間を責められても困る」
「どういう……っ」
ぐらりとふらついたけれど倒れはしなかった。
その程度の力でマノンを抑えたネスタがソノラにもう一度掴みかかられないように彼女の前に真っ直ぐと立った。
マノンからしてみれば思ってもいなかった横槍が入り、ソノラへ向けたものよりも遥かに険しい眼差しでネスタを見返そうとして、見上げて、ぎくりと体を強張らせた。
淡い金茶色の髪がかかる長い睫毛のけぶる緑色の瞳。
周囲の人間が騒ぎよりも彼の顔に見惚れるほど、表情は静かにマノンを見据えているだけにも関わらずネスタの周囲だけきらきらと輝いているように見える。
その顔面にマノンの威勢は完全に沈黙した。
涙すらもどこかに消え去ったマノンが呆然としたのに、落ち着いたのかと不思議そうに首を傾げたネスタが肩越しにソノラを振り返る。
「便利ですね、その顔……」
「え?」
思わずと言った風に率直な感想を持って輝く顔を見上げてしまったソノラは頭を振って念のためにと完全にネスタの横には立たず、斜め後ろに立ってマノンを見た。
「ご存知だと思いますが、パーティーの加入も脱退もリーダーの承認が必要なんですよ。私が勝手にやめたんじゃありません。ディックが許可を出したんです」
「それは……でも! セーレが引き留めたのに聞く耳持たなかったって言っていたのよ?」
「聞く耳をお持ちじゃないのはあっちでしたし、一瞬たりとも引き留められてませんよ。ギルドの方に確認してください。そこでやり取りをしていますから」
宣言したらすぐに脱退が完了した時の事を思い返したソノラが、はぁ、と少し面倒そうに息を吐いた。
その言葉にマノンが大きく目を見開いた。
「そんな……。だって、じゃあ、どうして作戦はいつものままだったの……?」
「辞めた私に聞かれても困ります。……討伐後に辞めろとも何も言われませんでしたから、当然、作戦を変更するものだと思っていました」
動揺して顔を蒼褪めていくマノンに、ソノラは率直に返してから困ったように眉尻を下げた。
「……何があったんですか?」
ソノラが尋ねれば途端にマノンは言い難そうに口を噤む。
その様子は知らないのでも分からないのでもなく、周囲に集まっている別のパーティーたちにも知られたくない、という顔をしている。
けれど、ソノラは視線を動かした先でギルドの職員が忙しなく動きながら世話を焼いている見知った面々の居る中には入りたくないと思った。
辞めても不名誉な話にされているのは予想していたが、だからこそ辞めた以上は《煌めく月》に少しだって関わり合いになりたくなった。
「代わりにご説明させていただいてもよろしいかな?」
ソノラがうんざりとして口を開こうとするよりも先に穏やかで良く通る声が響いた。
あたりに居る全員の視線を受けて、ギルドの入り口の扉を開くユチーナの横を通り姿を見せた老齢の男性 ――― ギルド長のロドリーは、その灰色の目を優しくやわらげた。
「カナカさんのパーティーは中にお入りください。ユチーナ君、他の方へのご説明をお願いします」
「はい。ギルド長」
ユチーナと呼ばれた女性が頷き、扉を開いたまま待つ。
また中へと戻っていく姿を不機嫌そうに見送ったカナカは面倒くさそうに舌を打った。
「……行くぞ」
「あ、うん。カナカくん」
不服そうにしながらもユチーナが開いたままの扉を潜るカナカに、何もわからなくてもフワワは後に続く。
それを見送り、少しだけ心配そうにネスタがソノラを見た。
「どうする?」
「悪いんですけどくっつかせてもらっていいですか。絶対に難癖をつけてきそうなのがいますから」
「? あぁ、俺で良ければ構わないよ」
マノンの時同様に「絶対に難癖をつけてきそうな」者も、ネスタの顔面に圧倒されて黙ってくれたらいいな、という意味を込めて言ったソノラの意図を分かっていない様子を見せながらもネスタはあっさりと笑って頷いた。
そうして自然に手を差し出す。
その手を見て怪訝そうにソノラが見上げれば、ネスタが困ったような笑みを浮かべる。
「後ろより、横の方が分かりやすい」
「……それもそうですね」
差し出された手に少しだけ、ほんの少しだけ迷ったもののソノラはその手を取った。
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