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十五歩目 宿




 「二人部屋、取れて良かったね!」

 「格安宿ですし、来ない人は来ないでしょう」

 前のパーティーとかは、と内心で思うだけに留めたソノラが荷物を手に持って入り口側のベッドに近寄る。

 「フワワ、窓際でも大丈夫かしら」

 「私、お外の景色見るの好きだから、ソノラちゃんが嫌じゃなければこっちがいい!」

 「じゃあ、そうしましょう」

 言いながら窓を開けて風を招いたフワワにソノラは優しく笑ってベッドに鞄を置いた。


 少しだけ傾き始めた陽射しと少しだけ冷えてきた風に、荷物も置かずに窓から見える景色を眺めて心地よさそうにフワワは目を細める。

 さして高くない宿から見える街並み、と言えるほどでもない景色は狭苦しくてお世辞にも綺麗とは言えない。

 人通りが多くはない道をまばらに歩く人のささやかな気配がむしろ時間がゆったりと感じられてフワワは嫌いじゃなかった。


 「フワワも荷物の確認をしておいたほうがいいですよ。後でカナカとネスタの方に合流しないといけませんから」

 「あ、そうだった!」

 ありがとう、とソノラに言ったフワワは開け放った窓をきちんと閉じて、窓際のベッドに持っていた鞄を置く。


 背中に背負うタイプの古めかしい鞄は、新品の支給服をニネアが用意した際に持ってきたものだった。

 なんでも鞄を変えたエレメンターによると元の値段がそこそこ張った代物で、使えなくもないからとギルドに押し付け……もとい寄付した鞄だという。

 ギルドが販売しているわけではないためもし嫌でなければ、という感じで見せられた鞄は綺麗に使われていたのか見た目が少し色褪せているくらいで年季が入っている点もむしろ良さにフワワは見えた。

 四角い見た目は年季のお陰で少し角が丸くなり、ニネアかはたまたギルドの誰かかはわからないが、少しだけ繕ってくれた証のように新品の黒い糸が色褪せた鞄を彩るアクセントになっていた。

 全くもって嫌ではなかったフワワは大喜びでその鞄を受け取ったのだ。


 「その鞄、本当に良い代物だったんですね。見た目以上にたっぷり入ってます」

 「うん。タダで貰えてすごく助かったよー。カナカくんもこの鞄あるなら買わなくていいってなってたし、運が良かったんだね」

 基本、高品質優先のカナカがパーティーを組んですぐにフワワの持っている鞄を見て新しい鞄は不要だと判断したという事は、カナカの目から見てもこの鞄はとても良いものだったのだろう。

 顔も名前も知らない誰かのお下がりだが、フワワは既にこの鞄に愛着を持ってしまっている。


 エレメンターが使う鞄は値段によっても変わってくるが、その見た目に反して必要なものを必要なだけ詰め込める特別なものだった。

 鞄よりも少し長い杖がするすると仕舞いこめたり、大量の回復薬や食料を詰め込んだりすることができる。

 そのお陰でエレメンターは街から街、国から国を旅する事が出来るのだ。


 人数が多いパーティーでは主に後方で戦うウィザードが大容量の鞄を引き受けており、パーティー全員で使う消耗品の管理を担当することになる場合が多い。

 ソノラの場合は辞めたばかりの《煌めく月》が珍しいウィザードだらけのパーティーだったこともあり、そこそこ入るが最高品ではない鞄を持ち歩いている。


 ちなみに辞めたあと即座に宿を引き払い、その際に預けられていた持ち物のほとんど ――― ソノラ自身が多少困らない分だけを頂き、残り全てを宿の主人へと預け、《煌めく月》のメンバーに渡してほしいと頼んである。

 そのためソノラは持ち逃げだなんだと文句を投げつけられても言い返す。

 ギルドお墨付きの宿の主人に預け、その周囲に居たやり取りを眺めている中にギルドの職員まで居たことも確認している。


 それでもなお文句をつけられるならば真っ向勝負しかないか、と思っているところにフワワが、よし、と満足気な声を上げたためにソノラの意識がそちらに向いた。

 ベッド横の葉のない木のような出で立ちをしたそれの枝の一つに鞄をかけたフワワは鞄と枝を結びつけるように赤色の細い鎖を付けていた。


 「できました?」

 「うん」


 ソノラの問いかけにフワワはにっこりと笑う。

 フワワが鞄と鞄かけを結びつけるために付けた細い鎖は魔石で作られたもので、それを付けて力を込めるとどんなに腕っぷしが強くてもかけた本人以外には取り外せなくなる。

 そのため旅の必需品である鞄を置いていく際に大事なものであり、基本的に鞄を購入するとセットでついてくるのだ。


 とっくに終わらせていたソノラは宿では基本的に必要のなくなるマントを鞄の上にかけた。

 ソノラのを見て、あ、と声を上げたフワワが慌ててマントを外して鞄のかかっていない別の部分に引っ掛けるのを見守って、ソノラは笑いかける。

 「じゃあ、カナカ達の部屋に行きましょうか」

 「うん。そうだね」

 フワワが頷き返すと先にソノラが部屋の外に出る。


 格安とはいえ隅まで掃除が行き届いているし、宿の主人はカナカ達を順に見て ――― 正確にはカナカ達全員が着ているエレメンターの支給服を確認して、正規の値段から下げていた事にもソノラは気がついていた。

 手狭で大分年季がかかっているだけで、この宿は『大当たり』の部類だろう。

 ギルド近くの、お値段はそこそこするもののギルドお墨付きという安心安全な宿と違い、ギルドから遠く離れていくほどにハズレ宿が出てくる。

 ハズレ宿にあたりたくないエレメンターのほとんどはギルド近くの宿を選ぶものだ。

 中には値段をぼったくるような性質の悪い者もいれば、値段の割には清掃が行き届いていなかったりするのだ。

 ソノラも幾度かそういう宿に泊まった事があるからこそ、華やかな飾りの代わりに歩けば軋むくらいなら目くじらを立てるようなものではなかった。


 「割と静かだし良い宿ですよね」

 「そうなの?」

 「えぇ」

 扉を開けてフワワが出るのを待っているソノラに少しだけ急ぎ足で廊下に出たフワワが笑顔で礼を言う。


 元々、故郷からエレメンターになるためにこの街のギルドに来たフワワが、道中の馬車を共にした商人が教えてくれた知人がこの宿の店主だった。

 右も左も分からないフワワと、フワワと同様この街には来たばかりで宿を取っていなかったカナカがパーティーを結成してすぐに、とりあえずと宿を取ることにしたためフワワがここを薦めたのだという。

 カナカとしてみれば周辺が騒がしくなければそれでいいとのことで、特に衝突もなく決まったらしい。


 話を聞いたソノラは、馬車を共にした商人がフワワにこの宿を教えたくなる気持ちがわかった。

 少し過ごすだけで素直で良い子で、少し騙されやすそうな純粋さのあるフワワが主要都市であるウェルテクスで困らないように気を遣ったのだろう。

 最初に受付で世話をしてくれたギルド職員がニネアという結構な心配性ながらも思いやりのある女性というところも、フワワは運が良いといえるだろう。

 そういったところはソノラ達では敵わないフワワの美点かもしれない。


 「ご飯もすっごく美味しかったよ」

 「それは楽しみです」

 軽い足取りで隣の部屋の前に立ったフワワが思い出したように言えば、ソノラも興味深そうに笑った。


 こんこん、こん。


 「どうぞ」

 隣の部屋の扉を軽くノックしたフワワにネスタの声が応じる。

 「お邪魔します」

 フワワがそう言って扉を開けた部屋は隣と何も変わらない二人部屋だった。


 ただ違う点と言えば宿の受付のあった一階にあった食事用のスペースに置かれていた椅子が二脚あることくらいだろう。

 カナカとネスタはそれぞれベッドに腰かけており、入り口側のネスタが二人に椅子を薦めるような仕草を見せた。


 「わざわざ持ってきてくれたんですか?」

 「あぁ。部屋になかったからお願いしたら快く。本当に良い店主だ」

 にこにこと衒いなく笑うネスタは、ギルドで前のパーティーでの事を報告してから表情が随分と明るくなった。

 「ありがとう! ネスタくん、カナカくん」

 「勝手にしたのはそいつ」

 「ありがとうございます」

 片胡坐をした足に肘をついて頬杖をつくカナカの素っ気ない返答にソノラも礼を告げれば、ネスタは照れ臭そうにはにかんだ。

 先に入ったフワワはカナカに近い方の椅子に座ったため、ネスタの正面になる椅子にソノラも腰かける。


 ネスタはマントも武器も外しているが先ほど買った装飾品は武器から外して【神の雫】を首から下げるための紐に括り付けていた。

 武器も鞄とマントと一緒に鎖で括り、きちんと教訓を活かしているようだった。


 カナカの方はマントを外しているものの腰には予備の短剣が収まっており、腰のポーチも付けたままだった。

 腰のポーチに関してはこのパーティーのほぼ全額が収まっているため、念のため外さずにいるのだろう。

 パーティーで稼いだお金は基本的に等分だが、今日入ったばかりのネスタは無一文で、ソノラは前のパーティーから分配されたものを自分で管理している。フワワに至っては自分自身でも心配だと言っていたのでカナカがフワワの分も纏めて持っているという。



 「ええと、話し合いと言っても何を決めるんだろう」

 「そうですねぇ。私が入ったパーティーも既に結成して時間が経っていて独自のルールがありましたけど……。絶対に必要なのはどういう方針かってところじゃないですか?」

 「方針?」

 ソノラの言葉にフワワが首を傾げる。

 この中で一番、パーティーどころかエレメンターとしての知識がないフワワには今後の為にも最初の説明はきちんとしなければ、と思っているソノラは不思議そうな顔をしている彼女の方を見つめる。


 「例えば『魔』の討伐スタイルとか。街にあまり拠点を置かずに街の外で移動しつつ見つけた『魔』を討伐するとか、逆にギルドのチェッカーが見つけた『魔』の情報を精査して自分たちに合っていそうな『魔』を安全確実に討伐、とか。あとはギルドの無い街の住民の依頼を受けるとか、いろいろありますね」

 「《燃え盛る陽》は野宿が多くて、見つけた『魔』を討伐していく方だった。魔石が溜まったら近くにあるギルドで換金していたよ」

 「《煌めく月》はギルド情報を見つつ、安全確実にタイプでしたね。その前は同じ国をずっと周っていきました」

 「あぁ。国を移動しないパーティーもあるな。この国だと《唸る風》が有名だろう」

 「いろいろあるんだね」


 ソノラとネスタの所属していたパーティーでも方針はかなり違っている。

 感心した様子のフワワはカナカへと視線を向ける。


 「カナカくんはどんな感じにしていたの?」

 フワワに声をかけられたカナカは、頬杖をついていた手を外し胡坐をかいていた片方を伸ばした。

 「街は拠点にしていたけどギルド情報は見てない。ギルドがないとこなら住んでる奴の話聞いて討伐してた」

 「今日と一緒だね」

 「じゃあ、うちはそんな感じでいいかしら? それともしばらくはギルド情報を見ます?」


 しばらくは、と言いながらちらりとフワワを見たのは、まだ新人のフワワを育てるなら安全確実に行ってもいいのでは、というソノラの無言の訴えでもある。

 それにカナカは特には異論は持っていない。

 新人育成の経験はないが、別に急いでフワワを育てる必要があるわけでもないのだ。





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