十二歩目 流れる星
「――― という事で、いい加減面倒くさくなったからパーティーを抜けてきたんです! 頼まれてもあんなところ絶対に戻りません!」
ギラギラとした瞳の輝きとは対照的にとても簡素に、そして分かりやすく今までの経緯を説明した少女 ――― 《煌めく月》というパーティーのメンバーを先ほど辞めたばかりの彼女はソノラと名乗った。
挨拶とともに見せられた【神の雫】は名前とともにエレメントが水であることと、進言通りジョブがウィザード、そして《流れる星》までが記載されていた。
ソノラからの証言しかないものの、本当に嫉妬されて延々と粘着されて毎度非がないにも関わらず責められ心無い謝罪を繰り返させられていたのならば、嫌気がさして当然だろうとカナカは思う。
むしろカナカの場合最初で縁を切っている。
フワワは真剣に話を聞いているうちに、困り果てたように眉を下げていった。
見上げるソノラは凛と背筋を伸ばし、パーティーを抜けられていっそ清々している様子ではあった。
それでも、ソノラの話を信じるならば彼女は何の非もないのに責められ続けてきたのだ。
パーティーを辞めても止めるどころか向こうも空気を悪くする元凶が居なくなったと思っているだろうとまで自分で推察するソノラの言葉には一切の憂いがない。
そんな扱いを受けても、疎んじる様子がない。
面倒くさくは思っているだろうが。
「ほ、本当に大丈夫ですか?」
その問いは辞めても、という事ではなくソノラの気持ちを心配していた。
平然としているように見えるだけでは、と気に掛けるフワワの問いかけを察してソノラは先ほどまでよりもうんと柔らかな笑みを浮かべる。
「本当に大丈夫です。……でも、次のパーティーはそういう面倒な嫉妬とかやり取りとかないところがいいと思っていまして。こう言ってはなんだけど出来立てパーティーとかでお世話役の立場とか確立したら、立場的に敬われて面倒事は回避できるかと思って、今交渉しています。あと前のパーティーがしばらくこの街に居る予定なので勢いよく脱退した手前、次のパーティーが見つかってませんなんて状態見せたらセーレが絶対に面倒くさいから、選りすぐりたいけど焦ってはいます」
「素直すぎだろ」
「わ、私、全然まだまだだけど、ソノラさんに嘘とかつかないです!」
「ふふ。ありがとう。フワワ」
フワワの宣言にソノラが表情を緩めて笑い声を零す。
話を聞いているうちに真っ先にソノラの心情を気に掛けるような性格のフワワが間違っても前のパーティーの仲間のような真似をするとはソノラにはこれっぽちも想像できなかった。
それどころかそこそこ色々な人間と関わって来たソノラから見ても、フワワはあまり嘘が得意そうには見えない。
「おい。まだ入れるなんて決めてねぇだろ」
和んでいる空気を躊躇いなく切り伏せて言い切ったカナカに、あ、とフワワが目を丸くした。
ソノラも冷静に、そうね、とカナカの言葉に頷き返して未だ何も言わないネスタに視線を向ける。
「それで、どうですか? 信用がないなら期間を決めていただいても構いません。パーティー抜けたてで交渉してる立場で偉そうですけど、私の方も実際に接して考えたいと思っていますので、お試し、助っ人の扱いでも大丈夫です。とりあえず前のパーティーに張りたい見栄のためならお金を支払っても構いません」
「あ、いや、その……だな」
「はい」
非常に言い難そうにネスタは顔をしかめる。
ソノラは自身の顔立ちにそれなりの自負があったものの、今見つめ返している顔立ちは今までの人生で一番整っていると言える。
ただ非常に覇気がないというか、表情が暗いのがもったいないと思っていた。
そんな暗い表情のまま、ネスタはもごもごと言うかどうか悩んでいた末にようやく口を開いた。
「俺は、リーダーじゃないんだ」
「――― え、そうなんですか?」
じゃあリーダーはだれ、と言わんばかりに驚くソノラに、ずっと言い難そうにしていたネスタが視線をゆっくりと動かしていく。
まるで縋るように、確認するように。
ソノラと会ってから何度も、そうやっていた。
その視線を追って行く先には、いつもカナカが立っている。
「俺だけど?」
ソノラと目があったカナカがはっきりとそう言い切る。
その金眼を見つめ返していた桃色の目がゆっくりと瞬きをして、すっと細められた。
「たしかに納得ですね」
否定も反論もなくあっさりと受け入れたソノラにネスタが苦笑を零し、カナカがほんの少しだけ驚いたように目を瞬かせる。
「納得?」
「この中で一番しっかりしていそうですから」
何も反論できない、と眉尻を下げながら一応最年長になるネスタは押し黙る。
ソノラは気を取り直すようにカナカに向き直った。
「話す相手を間違えたのはごめんなさい。それで、どうでしょうか?」
ほんのわずか緊張した面持ちで窺うソノラが両手で抱えた本をぎゅっと握りしめる。
その指先を見たカナカは後ろに居るフワワを肩越しに一瞥する。
「なに? カナカくん」
不思議そうにフワワが見返せばカナカは何も言わずに視線をソノラへと戻した。
「お前、《称号》とか気にするタイプ?」
「いいえ。そのあたりはまったく興味ありません」
「……ならいいや」
迷いなくきっぱりと返すソノラに少しだけ呆気に取られたカナカは、ふいっと顔を逸らす。
あまりにも迷いないソノラの返しに聞いているだけのネスタもホッと安堵の表情を浮かべていた。
そうしてフワワはきらきらと期待のこもった眼差しをカナカに向ける。
斜め後ろから届く視線にカナカが少しだけ気恥ずかしさを隠すように苦い顔を浮かべながらソノラを見返す。
「無理だと思ったらさっさと言えよ」
「パーティー入っていいよって! カナカくんが!」
ぶっきらぼうに言い放つカナカの言葉をわかりやすく噛み砕いて嬉々として伝えたフワワが笑みを深める。
「よろしくお願いします。ソノラさん」
「……ありがとうございます。でも、仮とはいえパーティーメンバーなら敬語はいいんですよ。私は癖みたいなものだから仕方ないですけど」
「ええっと、じゃあ、ソノラちゃんって呼んでもいい?」
「えぇ。私はフワワって呼びますね」
「うん!」
カナカの横を通り過ぎて跳ねるようにソノラに近づいたフワワにソノラも嬉しそうに笑って、ホッと安心した。
その様子を微笑ましそうに眺めていたネスタが少し思い悩むように視線を落としているのに気が付いて、カナカは仕方がなさそうにため息を吐いた。
「持ち物の管理はどうするか選べよ」
「選択制なんですか? ……あぁ、まあ結成したてのパーティーですもんね」
疑問を持ってからすぐに自分で答えを見つけたソノラがひとりでに納得する。
「ちなみにみなさんはどうしています?」
「私はカナカくんにお金を預けてます。危ないからって」
それはそうね、と言わないように努めたソノラはにこにこと笑っているフワワに笑顔だけを返して近くにあるその頭を思わず撫でてしまった。
この様子からして心配されている事を前向きに受け取って、素直にカナカの言う通りにしているのだろう。
純朴過ぎるほどに良い子で、今までソノラが接してこれなかったタイプだ。
次いで視線を向けられたネスタは言い難そうに視線を逸らす。
「そいつは《称号》主義のリーダーに根こそぎ盗まれて強制脱退させられたから今は無一文。食事と武器と装備は俺が買ったからしばらくは俺に返金させる」
「はぁ?」
信じられないものを見るような目でネスタを見るソノラに、ネスタが居心地悪そうに眉尻を下げる。
「あの、それ、ギルドに報告しましたか?」
一向に目が合わないネスタに眉を寄せながらも、努めて穏やかに聞こえるように気遣いながらソノラは尋ねる。
その問いかけにネスタは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてそっと首を横に振る。
「管理が甘かった俺が悪いから」
「それはそうでしょうね」
フワワもネスタも薄々感付いていたがソノラはカナカ同様に切り返しが早い。
きっぱりと返したソノラが、そうじゃなくて、と言葉を続ける。
「あなたが良い悪いの話ではなく、そういう事をするパーティーだと報告してギルド側に気を付けてもらわないと。《称号》で差別された新人が貴方みたいに傷つかないようにするための報告義務ですよ」
「……それは。……そうだな」
「そっか、たしかに。ソノラちゃん、すっごくかしこいね!」
「そうでしょう。私、賢いんですよ」
フワワの素直な称賛の声ににこりと笑ったソノラは上機嫌に受け入れる。
その自信のある返答にカナカが呆れたように目を向けたが、特に水を差すつもりはないのか押し黙った。
「言い難いなら私が代わりに伝えるのでもいいですよ。あ、でもそういう嫌な人とかあからさまに自分のパーティーと方針が合わないような人がいたら共有はしてほしいですね。ちなみにその《称号》至上主義の人はなんてお名前なんです?」
「……」
ソノラの問いにしばらくネスタは口ごもる。
口調も反応もおっとりしているネスタの、あからさまに遅い沈黙の間にソノラも困ったように眉を寄せた。
「言い難いなら、その、構わないんですけど」
気遣ったソノラの言葉にゆっくりとネスタが首を横に振る。
それからほんの一瞬だけ躊躇う間を空けたネスタが真っ直ぐにソノラを見つめ返す。
「ビザル。……《燃え盛る陽》のビザル、だ」
言って、名前を口にして。
ほんの少しだけ吐息を零して。
ネスタはゆっくりと笑みを浮かべた。
「……そう、だな。言わなくちゃ、また傷つく人が出る。……言うべきだ」
誰かに言っているというよりは自分に言い聞かせているような、自分の中でようやく答えを見つけたように呟いたネスタは、ほんの少しだけ吹っ切れたように表情を明るくした。
ほんの少しだけ胸のつかえが取れたのを感じて、ネスタはソノラを見て誰もが見惚れるほどの華やかな笑顔を浮かべた。
「ありがとう、ソノラ。少しだけ、楽になった」
「……どういたしまして」
蕩けるような甘い笑顔とともに告げられた礼にソノラはほんの少しだけ呆然としながらも返答した。
今まで所属していた《煌めく月》のリーダーであるディックも、顔が良いだの男前だのと騒がれていたのはソノラも知っていたし、確かに格好いい顔立ちをしているとは思っていた。
事あるごとに泣くセーレの味方をしてろくにソノラに事情を聞かない様子に幻滅していたから最近では顔などほとんど見ていなかったけれど。
だとしても。
比べるのが間違っているほどにネスタは美しかった。
綺麗な顔立ちをしていると言われて育ってきたから美人の自負をしっかり持っているソノラですら羨ましくなるほどの美貌は、一周回って嫉妬することが烏滸がましいほどに整っている。
吹っ切れた事で浮かべる明るい表情はどうしてだか輝いているように錯覚して見える。
それほどまでにとても、とても美しかった。
「その顔面を使えていないのが不運なんじゃないかしら……」
その顔を持っていながらどうしてそんな不運に見舞われたのだろうと思ったソノラがギリギリ、ネスタに聞こえない声量で零した言葉にフワワは眩しいと言わんばかりに目を瞑った状態でしきりに頷き、カナカは少し吹っ切れたことで輝きの増した美貌を見ながら憐れみの気持ちを抱いたのだった。
輝きを放つような笑みを浮かべていたネスタは、全員の反応にゆっくりと不思議そうに首を傾げた。




