第94話 新たな戦乱
1548年(豊新2年)5月上旬 春日山城 評定の間
「ほう…弾正忠よ。その方の言は我の怠慢と、言っておる様に聞こえるのじゃがな?」
「ふん。そう聞こえたなら、耳だけは、未だ耄碌はしておらん様じゃな山城よ。」
「かっかか。逃げ足しか自慢できん尾張の猫が、何事かほざいておるわ〜」
「ハッハハハ。美濃の蜥蜴殿、尻尾は早めに切られるが良かろうよ。」
舞台は評定の間。四半期に一度開かれる定例の軍長クラスが集まり行われる評定にて、造幣局長・織田信秀と偽造対策局長・斎藤道三が、評定の最中バチバチにやりやっている。
普段から、何かと反りの合わない二人では有るが、此度の争いの原因と云うのは、新たに流通が始まった新貨幣にある。
日本史上初とも云える、複数単位の通貨の発行は、当初こそ多少の混乱を齎したものの、事前の説明に加え従来使われていた、永楽通宝等の古銭との両替を認めた事もあって、商人や民達からは概ね歓迎されて順調な滑り出しを見せた。
しかし、案の定というか、当然というか、懸念されていた偽銭の問題が持ち上がった。偽造対策局長・斎藤道三の巧みな捜査と取り締まりにより、数多くの偽造業者は捕らえられ、現在では皆仲良く、シベリアの強制労働所に送り込まれて、シベリアの大森林の開拓に勤しんでもらっている。だが、その偽銭の数は一向に減る気配を見せないのだ。
偽造者たちからすら「蝮」と恐れられる道三の巧みで執拗な捜査により、長尾領内の偽造業者は、ほぼ壊滅したと言っていい。しかし、長尾領外の西国で造られた偽銭となると、流石の道三といえど手出しするのは難しいのが現実だった。
一向に減る気配を見せない偽銭に業を煮やした造幣局長が、偽造対策局長の道三に問い質したのが、此度の争いの元である。
造幣局としては、偽銭問題は通貨の信用に関わる大事であり、看過できるものではない。ゆえに、偽造対策局へ苦言を呈さざるを得なかった。しかし、偽造対策局としても、領外の偽造業者を取り締まるのは、その裁量外となる。信秀としても道三としても、どちらも苦しい所である。
ここはやはり、元の根を断つしかないか…
「山城守、此度の問題となっている偽銭業者は、よほど大掛かりな組織と見えるが。どうせお主のことだ、犯人のおおよその目星は付いているのであろう?」
「はっ。間違いなく、博多の大商人【博多の三傑】が関わっておる様です。」
「ほう…と、ならば背後には……」
「大内が、控えておりますな。」
評定の間がざわついた。
大内氏と言えば、周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前、6カ国のの守護を務める、名実共に西国随一の戦国大名だからな。
「それは、真で御座るか?真なれば、大事と成りましょう。」
外交局長・上杉君の懸念は理解できる。日ノ本の通貨発行を司る鋳銭司を務める我が長尾家にとって、通貨の偽造は、たとえ攻め滅ぼされたとしても致し方ない、明確な敵対行為なのだから。
「此方が情報局との協力の元、調べ上げた証拠で御座る。」
蝮が差し出した資料には、偽銭に関わる者の氏名から、鋳造所の所在地までが、事細かに記されていた。
「これは……博多代官・飯田 興秀ばかりか、筑前の守護代・杉 興運( おきかず)までも関わっておりまするか。」景綱
「杉 興運殿と申せば、当主・大内義隆が側近が一人、大内家としては言い逃れは難しいでしょうな。」貞勝
「此処は、一度大内家に対して詰問の使者を送るべきでしょうな。」上杉君
「何を温い事を言っておるのじゃ!使者を送っておる間に、証拠を消されれば此方は手出し出来ず、泣き寝入りぞ。」大殿
「此度の件は、当家が大内に舐められておる証左。この乱世、舐められれば終いに御座る。キッチリと制裁を降すべきじゃ。」宗滴
「父上、宗滴殿。大内に鉄槌を下すことには異を申しません。しかし、大内は大国の上に、当家とは陸続きではありませぬ。いくら我らが軍と言えど、水軍のみで当たるのは、兵員・補給面で、いささか無理があるのでは?」千代
上杉君の理性的な意見に、武闘派のジジイ共が噛みついた。
「何を怯むか!」「攻めずして勝機などあるものか!」
そんな怒号が飛び交う中、それを嗜めたのは千代さんだった。
千代さんの口から「補給」という言葉が出てくるとは……随分と成長してくれたようで、俺は嬉しい。
それにしても、西国六カ国の守護職を務める名門・大内家か。その石高は凡そ百万石、最大動員兵力は七万といったところだろう。
今となっては、陸続きであったならば北国軍や関東軍を本格的に動員すれば、軽く捻り潰せる相手ではある。だが、水軍のみで制するとなれば、正面からでは泥沼の長期戦になりかねんな……。
本来の予定では、そもそも西国はしばらく放置するつもりだった。その理由としては、もちろん第一に内政官僚の不足が挙げられるが、もう一つ、今は盤石に見える大内家も、その内情を見れば陶隆房ら武断派と、相良武任を筆頭とする文治派の対立が激化し、大内氏はこれから急速に衰退していくことが分かっていたからだ。
あと数年も待てば、武断派と文治派の争いはピークに達し、重臣の陶隆房が謀反を起こして主君・大内義隆を討ち、大内氏は実質的に滅亡するはずだった。史実でいう【大寧寺の変】が起きるはずなのだ。
そんな、ボロボロに弱体化した大内氏に因縁をつけ、数年後に楽して美味しくいただく、予定であったのだが……
……大内攻めを前倒すか。
これから、おそらく本格的に南方の情勢が差し迫ったものとなる可能性は高い。
その時、北九州、周防・長門を押さえていれば、兵站基地として十分に役立ってくれるだろう。そこを起点に瀬戸内海、豊後水道の制海権を握ることも可能となる。そうなれば、間もなく日本一周の航路が確立できるな。
軍事・経済的メリットは計り知れないほど大きい。そして、大内滅亡後に拡大するであろう、大友、毛利の勢力拡大も防げるか……。
「景綱、現状の政務局に、新領獲得に対応出来る余力は有るか?」
「はっ。関東・北陸・東海での戸籍・検地は目途は付いて、多少の余裕は出て参りましたが……近江、奥州の進捗状況は良くありませぬ。あくまでも、、多少は!!と、云った所です。」
うん。なら6カ国位なら、大丈夫だよな。
「段蔵、大内にも何人か草を入れていたな?現状での武断派と文治派の状況はどうなっている?」
「はっ!武断派筆頭の陶 隆房は当主・義隆の信を失いつつあり、家中での立場を徐々に弱めております。それに対して、文治派筆頭と目される相良 武任は家中にて発言力を高めており、大内家中では武断派の不満が高まっておるとの事。」
「段蔵。武断派と文治派の対立を、徹底的に煽ってやれ。そして、此方側に着きそうな者は調略を頼む。」
「承りました。」
「上杉君。急ぎ朝廷に大内討伐を奏上しろ。多少、銭をばら撒いて構わん。そして、大内の周辺勢力を取り込むのだ。安芸の毛利、肥前の龍造寺、筑前の秋月、豊前の城井といった小勢力を、確実にこちらへ取り込め。」
「師匠、お任せくだされ!」
「将次郎!東海水軍を率いて熊野水軍を屈服、吸収しろ。そして、土佐の長宗我部を落とせ。多少、無茶をしても構わん!太平洋側から九州への航路を、早急に確立させるのだ!」
「承知いたしました!」
「平八、此れより越後水軍は臨戦態勢に入れ!勘助、参謀局にて作戦立案を頼む。年内には、大内を屈服させる!皆、しかと励め!」
あ~あ、予定より随分と西国攻めが早まってしまったな。
まぁ、大寧寺の変を起こすよりは、人死にも少なく出来るかもしれんと、思っておくか。
こうして、新たな戦乱が幕を開けようとしていた




