第90話 仮面戦士
1547年(豊新元年)8月28日 スールー海 ホロ島
呂宋周辺の国々から【海賊国家】として恐れられているスールー王国。
スールー王国の都ホロはフィリピン諸島南西部に位置し、ミンダナオ島とボルネオ島との間に位置する、スールー諸島のホロ島北岸にある港町だ。
ボルネオ島とミンダナオ島の間に連なるスールー諸島のほぼ中央にあり、北はスールー海、南はセレベス海を挟んでモルッカ諸島(香辛料諸島)に至る地政学的に極めて重要な位置を占める島だ。
スールー王国はこの恵まれた立地を生かして、スールー海の制海権を半ば握り、海賊行為から奴隷貿易まで好き勝手してきた訳だが、その繁栄も間もなく終わる事となるだろうな。
「ククククッ!我こそは、【日ノ本の戦鬼】と恐れられた長尾為景よ!勇有る者は、かっかってこんかあぁ!」
「我が志、天に通ずる! 【日ノ本軍神】朝倉宗滴、推参! 乱世を正すべく、いざ、まかり通る!」
かなり先から、ジジイ共のノリノリな大音声が聞こえてくる。
現在、我が軍はスールー王国の王都ホロに乗り込んでの、市街戦の最中である。
とは言え、
『レイテ沖にて、敵主力艦隊壊滅!撃沈95隻、鹵獲90隻、捕虜凡そ1万2千!』
との報告が、勘助により早船にて齎されている。
敵の主力は既に壊滅しており、スールー王国は王都を急襲した我が軍に対してあっさりと上陸を許したばかりか、組織的な抵抗も散発的なモノでしかない。
「新様、私より前に出ないでくださいませ。危のう御座いますわ。」
「殿様、左方の抵抗が薄い。そちらに、増援を送り突破すれば、市街と王城を分断、いけるはず。」
「まさか、王都が攻められるなどとは、夢にも思っていなかった様ですな。」
「我等が、港に入った時には、当初は味方の帰還と勘違いして歓迎しておった程ですからな。」
「散々他国を犯しておきながら、自国の護りをおろそかにするとは愚かで御座いますな。」
傍に控えている近習の美雪、凪、高坂昌信、甘粕景持、宇喜多直家が話している。
美雪さん、それは俺のセリフなんですが?
凪ちゃん、多分それ正解です、至急増援送ります。
ん……?そういえば、一人たりんな?
「おい。昌景は何処に行った?」
近習の、山県昌景の姿が見えない。まさか、討死とかは無いだろうな…迷子か?
「そう言えば、見かけませぬな。」
「憚り(はばかり・便所)にでも行ったのでは?」
「船を降りるまでは、確かに傍に居りましたが…」
首を傾げる同僚達、誰も知らないらしい。昌景はあれでいて結構、臆病で慎重な性格だ。余程、無茶はしないと思うんだが…
「居た。殿様、あそこ。」
凪が指差す方向を見ると、其処には
「ギャハハハハハハハハハハ~!ヒャッホ~~!」
奇声を上げながら、槍を片手に敵兵を追い掛け廻す仮面を付けた小兵の狂人が、其処に居た。
戦場の喧騒の中、仮面の戦士が嵐のように駆け抜ける。その動きは常識を覆し、敵の目を欺くトリッキーな槍さばきで、見る者すべてを惑わす。
仮面の戦士は決して真正面からぶつからない。柳のように身をひるがえし、風のように敵の懐に入り込む。一瞬、敵の視界から消え、次の瞬間には背後に立つ。残像としか思えないほどの素早い身のこなしは、敵兵に「二人がかりで斬りかかったはずが、いつの間にか一人になっている」という錯覚すら抱かせるだろう。
手にした槍は、まるで生き物のように舞い踊る。槍先は予測不能な軌道を描き、敵の攻撃を紙一重でかわしながら、敵の急所を的確に突く。またたく間に数多の敵が地に伏していく。
仮面戦士は、まるで戦場を舞台にした舞踏家の様だ。敵の攻撃を見切る眼と、その裏をかく天性と言って良い勘。そして、それを可能にする常人離れした身体能力が、仮面戦士のトリッキーな戦いを支えている。敵は混乱し、互いに疑心暗鬼に陥る。味方でさえ、仮面戦士の動きを目で追うのが精一杯だ。
仮面戦士の戦いは、単なる武力ではない。それは心理戦であり、錯覚の芸術だ。敵は彼の剣によって斬られる前に、その予測不能な動きに心を乱され、自滅していく。戦場は仮面戦士の独壇場と化し、敵はただ、その超人的な動きに翻弄され、恐れおののくことしかできないのだ。
あの、トリッキー過ぎる常人離れした動き…本当に昌景か?
確かに、背格好は似ているが、不気味な仮面で顔は判別できない。
それにしても……やたらと派手な羽飾りや無駄な装飾が施され、何とも派手で不気味な悪趣味過ぎる仮面だ。
あんな呪われそうな仮面、被る奴の気が知れぬわ。
ひょっとして、あいつ仮面の呪いのパワ-かなんかでパワーアップしてるのか?
仮面を脱いだら、生気を吸い取られて、ミイラとかになってそうで怖いわ。
「…なぁ凪。あれが何故、昌景だと?」
流石に、近習がミイラとか寝覚めが悪い。と、恐る恐る凪に聞いたら驚きの事実が…
「あの仮面、以前殿様が被ってた。すぐに飽きて、昌景にあげてた。」
ん……?
「あぁぁ!あの、即位の礼の少し前に織田父子と道三殿を驚かせた、趣味の悪い仮面ですか。道理で、何処かで見た事が有ると思ったのです。」
おぉ!美雪の話を聞いて思い出した。
そういえば、あのノッブ達との会談の後に、昌景が仮面を羨ましそうに見てたので
、嫁達から白い眼で見られた仮面を、これ幸いと昌景に下賜したんだった。
いやぁ、あんな仮面の事など、すっかり忘却の彼方だったわ。
ん……待てよ……ってことは、昌景がミイラになったら俺のせいってこと?
まさか、あの仮面本当に呪われていたとは
それは、流石に不味い。悪夢で、昌景の幽霊にうなされるとかは、勘弁して貰いたい。
何より、呪いが俺の方に返ってきそうだ。
昌景を、ミイラにする訳にはいかんな、俺もミイラとか嫌だ!
「皆の者、昌景を救うぞ!決して、勇者を死なせるでないぞ!俺に続けぇぇぇ!」
「えっ!?ちょっ!新様ー!いきなり何してんの!?あぁぁぁ、もう。みんな、行くわよ、白龍隊突撃ーーー!」
「殿を、御守りするのだ!殿に万一があれば黒龍隊の名折れぞ!黒龍隊突撃ーーーー!」
「青龍隊、殿に続け!切って切って切りまくるのじゃぁ!」
何故か、大将自らが先陣を切る活躍を見せた結果、勢いに乗った長尾軍がスールーの王族を捕え王城を陥落させたのは、その突撃から僅か2時間が経過した頃であった。
この日、スールー海の制海権を握り、周辺国から海賊国家と呼ばれ恐れられたスールー王国は、その血塗られた歴史にあっさりと幕を降ろす事となった。
そして、案の定と云うか、仮面の戦士昌景は戦の後に、まるで電池の切れたロボットの様に倒れ伏した。
慌てて昌景に駆け寄って、恐る恐るその不気味な仮面を外すと、其処にはミイラと成り果てた昌景…は、いなかった。
眼の下に隈が出来ており、疲れ切り青い顔こそしていたが命に関わる状況では無さそうだ。
「昌景、大丈夫か?俺が判るか?名前と年齢を言ってみろ?」
呪いの件が有るので、一応は呪われていないかのテストだ。
「殿…?……山県昌景…19歳…早く嫁が…欲しい…」
嫁の事は聞いていないが…まぁ、普段の昌景と言って良いだろう。
うん。そのうち、嫁を紹介してやるから、此度の件はチャラで頼む。
昌景を診察する医者が言うには、倒れ込んだのも、どうやら筋肉痛で動けなくなっただけらしい。そりゃあ、あんなトリッキーな動きしてたら筋肉も傷めますわ。
何はともあれ、呪いとかじゃ無くって良かったよ、マジで。
俺が与えた仮面が原因で、近習が呪い死んだとか、俺の責任問題になりかねんし、そんなもんで将来有望な近習を失うのは御免だ。
まぁ、スールー王国も滅ぼしたし、めでたしめでたしと……
「それにしても、驚いたぞ昌景!そちがあの様な力を秘めておったとは!」
「…力?なんの事じゃ?……そう言えば、あの仮面を付けてからの記憶が……何やら夢の中でコロセ・コロセ・ミナコロセ……と不気味な声が、聞こえたような気が…」
…………何も聞こえん。俺は何も、聞いていない!




