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戦国日本を世界一豊かな国へ!  作者: わびさびわさび


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第84話 南方

1547年(豊新元年)5月中旬 春日山城



「殿、御無沙汰致しておりました。ただ今戻りまして御座います。」


「よく戻って来てくれた幸綱、高山国での活躍、見事であった。」


2年以上日本を離れていた、高山国・総督、真田 幸綱が一時帰国し、俺に帰国の挨拶をする為に春日山城を訪れた。


久方ぶりに会う幸綱は、真黒に日焼けし未開の地にて、言語・文化の異なる多くの部族を纏め上げ、新たな都市の建設、東南アジアの国々との国交の樹立等、様々な重責を務め上げた自信からか、随分と精悍さを増した気がする。


「有難き御言葉、かたじけのう御座いまする。殿の方も関東での大勝に続き、畿内でも大勝利を上げたとか。実に、お見事で御座います!」


「関東にしろ、畿内での戦にしろ敵より兵数を揃えてのゴリ押しだ。そう、褒められた戦では無いがな。」


「敵を圧倒する兵数を揃えるのが、そもそも難しい事なんですが…、それにしても、久方ぶりに春日山に帰ってみれば、この変わり様には仰天致しましたぞ。」


「幸綱から見て、この城はどう見える?」


「天下無双の難攻不落の名城、と云うだけで無く見る者全てを畏怖させる、正に天下人の城に相応しき威厳と風雅を兼ね備えた城かと。この様な壮大な城は、日ノ本どころか明や南蛮にも存在せぬかと。」


「ハッハハハ。そうであろう。そうであろう。」


「戦の勝利よりも、城を褒められた方が嬉しそうですな、殿は…」


そんなもの、当たり前だ。

この城や街は俺の夢だからな、己の夢を人に認められるのは嬉しいものだ。

それが、後世にも知られる名将からの賛辞となれば尚更だ。


「己が心血注いだ城が、褒められるのは嬉しいものよ。それで幸綱、高山国の様子はどうじゃ?」


「やはり、冬が無いと云うのは有り難い事ですな、米も1年で2度収穫出来ますから、日ノ本から移り住んだ農民達も喜んでおりまする。現地民との関係も今の所、問題は有りませんぬ。やはり、大殿達が首刈り族達を、逸早く恭順させたのが大きかったかと、西部の平地に住む部族達は比較的温厚な者達が多く、我等の統治を前向きに捉え受入れる者が多く御座います。今では子供を学舎に通わせ、日ノ本の言葉を学ぶ者も増えてまいりました。」



台湾では現在、新北(現台北)に総督府を置き、急成長の最中だ。

新北の港には明やアユタヤ(タイ)大越ベトナムタウングー(ビルマ)等の東南アジアの商人に加え、多くのイスラムの商人が訪れ賑わっている。


そして、高山国ではその気候により米は2回収穫出来る二期作が基本で、南部では三期作も可能だという。

日本の田と比べると、米の収穫量が単純に2倍以上となるのだ。それは農民に取っても統治者に取ってもメリットしか無い。

現在、長尾領のみならず日本各地から食い詰め者の農家の次男、三男や貧しい農民が台湾に渡っていっている。

その数は既に五万を超え、今も増え続けている。

政務局の試算に寄れば、将来的に治水や新田の開発が終われば、台湾だけで500万石以上もの米の生産が可能であるとの事だ。そして、米だけでは無く東部の山岳地帯に住む首刈り族達には現在、コーヒーやバナナ等の苗木を育てさせている。

将来は、国内向けや輸出で、ガッポリと儲けさせて貰おう。


「流石だな。くれぐれも、現地民の扱いには気を付けてな。基本日ノ本の民と、同等に扱ってくれ。さすれば、十年もすれば高山国の民も日ノ本の民となろう。」


「はっ。心得ておりまする。それと先頃、森 可成殿が南方の島々の探索を終えて帰港致しました。殿の言う、南の大陸へと到達致しました様で御座います。」


「なに?!可成の奴が、やり遂げたか!」


「はい、南方の数々の島々を巡った後に辿り着いた様です。上陸致しました、その大陸には広大な無人の野が広がり、とてもその全景を把握する事は不可能と、諦め帰路についたとの事。可成殿より殿に謝罪と、再度の探索を希望する、言付けを預かっておりまする。」


「勿論、許可する。可成にはこちらから、人員の増員と新たな船の手配をしておこう。帰ったら可成に、良くやった!と声を掛けてやってくれ。」


「承りました。それでは、これにて、失礼させて頂きまする。」


「あぁ、引き留めて悪かったな。ゆっくりと休んでくれ。」


幸綱はこれから、2ヶ月の長期休暇である。2年近く慣れない外地で悪戦苦闘していたのだ。これくらいの休暇は与えないとな。しかし、2年もほぼ休み無しで働いてやすみがたったの2ヶ月とは現在の基準では完全にアウトなんだが、この時代の者にとっては、それは信じられない程の好待遇なんだとか。

やはり、労働基準法だとか労働組合なんぞ存在しないこの時代は、かなりブラックな社会だな。

うちだけでも、なんとかブラック長尾からは脱却したいところである。

幸綱には家族で妙高の保養施設で、ゆっくりと羽を伸ばして貰いたい。



それにしても、元近習の可成のオーストラリア大陸への到達、それは嬉しい知らせだ。去年の春先に南方への探索に旅立った可成がフィリピンやインドネシア諸島を経て、オーストラリア大陸まで至ってくれたのは大きな成果だ。

俺の構想としては欧州の国々がアジアへの進出を本格化する前に、フィリピン・インドネシア・オーストラリア辺りまでは押さえて置きたい。

間もなく、ポルトガルだけでなくスペインもアジアへ本格的に進出してくる。

それまでには、ある程度アジア地域に基盤を築いて置きたい所だが、果たして間に合うか?


出来る事なら、未だ衝突は避けたい所ではあるんだがな。


先ずは、フィリピン北部に拠点を造る。其処から、南下しインドネシア諸島を押さえてからオーストラリアに進出する。そうなると、まだまだ時間が掛かるな。


オーストラリア大陸まで、押さえる事が出来れば、今後日本は必要となる資源を、ほぼ自前で調達する事が可能となる。


そうなれば日本は今後、資源を求めての戦争はしなくて済む上に、巨大な経済圏を形成する事が出来るのだ。


問題は、日本がその広大な領海の制海権を維持出来るのか?

と云う事だが、俺は可能だと思っている。

その理由は、西欧の国々から、このアジアまでの距離に有る。ポルトガルからインドの拠点で有るゴアまでアフリカの喜望峰経由にて、およそ2万7千キロ、航海日数は半年を超える事となる。

とても有時に、即応など出来る距離では無い。

援軍を呼ぼうにも、その知らせが本国に届くのに半年、艦隊を編成してアジアに送り込むのに、また半年以上は掛かる事となり、援軍の艦隊がアジアに到着するのには1年以上、下手すれば2年は掛かるかもしれん。


そもそもにして、こんな飛行機も鉄道も存在しない時代に、アジアと遠く離れた西欧の国がアジアを支配するのは、本来無理の有る話なのだ。

史実で、西欧がアジアを植民地と出来たのはアジアの強国で有る明、続く清朝、そして日本が海外進出に対して、消極的だったからだろう。


しかし、今世の日本は違う。

俺は、積極的に南方に向けて進出する。


今世では、俺はアジアを西欧の植民地とする気は無い。


これから、アジア・オセアニア地域は西欧とイスラム諸国、そして日本がしのぎを削る、戦乱の時代に突入する事となるだろう。


これからの十年が、日本の将来を決定する最も重要な時となる。


出来得ることなら、より良い未来を掴みたいものだが……


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