第81話 鋳銭司
「さて、弾正忠殿(信秀)、山城守殿(道三)少々、話があるのだが良いだろうか?」
「…勿論で御座いまする。」
「何なりと、お話しくださいませ…」
虎と蝮め、随分と警戒してやがるな。
まあ、警戒するのも判らんでも無いが、この件については話して置かねばならんのでな。
「先日俺が、帝より右近衛大将を拝命したのは存じておるか?」
「おぉ!それは誠に目出度き事で御座いますな!」
「これで、幕府に変わり名実共に武家の棟梁ですな!」
右近衛大将とは、宮中の警固などを司る左右の近衛府の長官で、室町幕府3代将軍・足利義満以降は、足利将軍が右近衛大将に任官することが慣例となっていた役職だ。
その右近衛大将に、朝廷が俺を任官したと云う事は、朝廷が足利将軍家から決別し
今後は長尾家と共に歩んで行く事を宣言した事と等しい。
俺は朝廷に右近衛大将の昇進を働き掛けた訳では無い、むしろ俺の任官に積極的だったのは朝廷の方だ。
俺は朝廷を保護していく心算であるが、朝廷に政務に対して口を出させる心算は無い為、朝廷からは適度に距離を取る心算であった。その為、右近衛大将への任官も当初は断っていたのだ。
その俺の対応に朝廷は焦りを覚えた。幕府と手切れ致した今、仮に俺に見捨てられたら朝廷は再び窮する事となるからな。
俺としては、せっかく手に入れた権威の後ろ盾を簡単に手放すなぞ、する筈は無いのだがな。
しかし、余り朝廷の官位に興味を示さない俺に朝廷は危機感を覚えた様で、俺に異例とも云える右大臣・太政大臣や関白への昇進まで打診してきたほどだ。
俺はそれらの官職への任官を全て辞退した。
太政大臣や関白になどならずとも、現状俺の政権運営に何の支障も無い、余り高位職への任官は、むしろ足枷になりかねない。
そんな俺の対応に朝廷は困り果てて、勅使として清華家最上位・今出川 公彦を俺の元に派遣して俺の説得に当たって来た。その説得が余りにもしつこいので、俺はある官職への就任を条件に右近衛大将への昇進を受けた。
「いや、右近衛大将への任官は実はついでの様なものでな。新たに賜った、もう一方の職に励んでいこうと思うておる。」
「ほう。新たな官職ですか?まさか、大納言にでも任官を?」
「いや、武家の棟梁ぞ。右大臣は堅かろうよ。」
「いや、兄貴の力なら太政大臣や関白も有るな。」
「フフフ。どれも違うな俺が朝廷より賜ったのは、鋳銭司と云う。存じておるか?」
「鋳銭司…で御座いますか?」
「恥ずかしながら、聞き覚えは御座いませぬ…」
「聞いた事は無いが…」
やはり、皆知らぬか。
それも無理も無いか、なんせこの鋳銭司と云う役職が置かれてい居たのは今から600年以上昔の平安時代にまで、遡らねばならない。
古代日本に置かれた令外官の一つで、銭貨鋳造をつかさどった重要な役職であったのだが、朝廷の貨幣経済に対する失政により、平安時代後期には貨幣鋳造自体が行われなくなった結果、以後この鋳銭司が設置されることもなくなり、忘れられた官職となっていたのだ。
朝廷でも、この鋳銭司と云う役職の存在自体を把握しておらず、古い書物にて改めてその存在を確認した程だ。
朝廷は太政大臣や関白と云った高位な役職では無く、こんな古臭い低位の官職で良いのならと喜んで俺にこの官職を授けてくれたよ。
国の通貨政策を司る、最重要なポストにも関わらずだ…………………
そんな、認識だからお前等、存在が空気になるんだよ
ただ、これで正式に長尾家は日本の通貨発行権を手に入れる事が出来た訳だ
通貨の発行権を手に入れたと云う事は当然………
「鋳銭司とは朝廷より、日ノ本の銭の鋳造を任される重責よ。」
「それは確かに、重責で御座いますな……………。」
「そんな大役は長尾家にしか務まらぬでしょうな………………。」
「…………………」
フフフ。蝮と虎の歯切れが悪くなったな。ノッブは何か悟った表情だ
「そうじゃ帝より任された、この重責を何としても果たさなければ。と、日夜励んでは居るのじゃが、最近悩まされておる事があってのぅ。」
「…………右近衛大将を悩ませるなど………不届者が居るのですな………」
「…………そ、それは、、また…………………」
蝮の坊主頭には脂汗が浮かんでいるし、虎は明らかな挙動不審だ、震える手でお茶に手を伸ばし、危うく取り落としそうになっている。
そんな、親父を見てノッブは溜息を吐いている。
「日ノ本には《偽銭》を鋳造しておる、不心得者が多くての。俺もその対応に、頭悩ませておる所よ。弾正忠殿、その《偽銭》を鋳造しておる不心得者は、尾張の津島と云う湊を拠点としている様だが、何か心当たりは無いか?」
「ブッーーーーーーーーーーッツ、ゲホッゲホ……………」
虎が飲んでいた茶を噴き出した。ノッブは天を仰いでいる。
「…ゲホッゲホ…し、失礼…その、あの、誤解で、御座いまして…」
「親父殿、無駄じゃ。全部バレておる。」
織田弾正忠家、津島・熱田の良港を支配しその経済、軍事力こそ尾張で他を圧してはいるが、その立場は尾張守護である斯波氏の家臣である尾張下四郡守護代・清須織田家の奉行の一人に過ぎず、立場上は尾張守護・斯波義統の家臣の家臣に過ぎない。
そんな低い身分にも関わらず弾正忠家は朝廷・幕府・伊勢神宮への多額な献金を通じて銭の力によりその権威を高め斎藤・松平・今川ら周辺大名と戦い続けた。
弾正忠家が誇る圧倒的経済力、幾ら津島・熱田の良港を支配していたとしても不自然なのだ。
この弾正忠家の経済力の源泉は津島での《偽銭》鋳造に寄るものだ。
情報局の調べにより、既に裏は取れて証拠も上がっている。
「ほう…。まさか、弾正忠家が《偽銭》の鋳造に関わっておったとは。それは…弾正忠殿の、責任は免れませぬな。腹でも召されますかな。」
流石、蝮だな。自分に矛先が向かないと判ったなら、しれっとした顔でライバルを蹴落としにかかった。だがな、少し甘いぞ蝮よ…
「はははは。そう云うてやるな蝮殿。そう言えば山城守殿、稲葉山城下の常在寺は
随分と賑わっておるそうじゃな。何でも、盛んに鋳物師や金物師が出入りしておるようじゃが、一体寺で鋳物師や金物師が何を造っておるのであろうか?」
「ブッーーーーーーーッホッ、ゲホッゲホ……………」
余裕な様子で上品に茶を飲んでいた蝮が、盛大に吹いた。
「…ゲホッゴホ…し、失礼…つかまつ、り、、その、あの、、、そうじゃ鐘じゃ!ないかな…。」
「……山城よ。お主も…儂と同じ穴のムジナであったか!お主が先に腹を切ればよかろう!」
そう蝮、こいつも稲葉山城下で《偽銭》の鋳造に励んでいた口だ。
寧ろ織田家よりも質が悪いと言っても良い。こいつ、うちとの貿易の決済の一部を鋳造した《偽銭》で行ってやがったのだ。
まったく、いい度胸してるわ。
まぁ、とは言っても《偽銭》造りはこの時代、そこら中で行われていた事だし俺も過ぎた事を厳罰で挑む心算は無い。
なんせ、その《偽銭》造りを日ノ本で一番大々的に行って来たのは、間違い無く俺だろうからな。
少し目端が利く者ならば、寺社、商人、蝮や虎の様に武家にも偽銭造りに手を染めている者もいる。
それは、日本で広く流通していた宗銭や明銭と云った輸入した貨幣の数が必要量より圧倒的に少なく、何よりも経済政策における最重要項目ともいえる通貨政策を、500年以上もの間放棄していた朝廷や幕府の責任とも云える。
しかし、間もなく長尾家が鋳造した新貨幣の流通が始まる。
過去の事は罪に問う心算は無いが
「落ち着くが良い。俺に、おぬし等を罰する心算は無い。ただ、間もなく新貨幣の流通が始まる……判っておろうな?」
「神明に誓いましてこの道三、《偽銭》造りより、足を洗いまする!」
「尾張に戻り次第、津島の工房は閉鎖させて頂きます!」
うん。信秀には新通貨発行に伴って新たに立ち上げる事となる造幣局の局長を、道三の方には偽銭に対する対応を行う、偽造対策局の局長を任せる予定だ。
2人共、この時代には珍しい経済感覚に優れた男達だ。
その、重責をきっと果たしてくれるだろう。
まぁ、「餅は餅屋」でって事だな。
虎や蝮が、偽金造りを行っていた!それを示す、確固たる証拠は一切ありません。
ただ、作者的には信秀や信長は結構な確率で偽金造りに手を染めていたと思ってますが、作中でも述べた通り織田家の経済力ってこの時代、周辺国を圧倒してるんですよね。ノッブ達が偽金造りに手を染めていたなら、辻褄は合うのですが……証拠も何も無いので作者の妄想の様なモノですね。(≧▽≦)
真実は、歴史の闇の中で御座います。
此処まで、お付き合い頂き、ありがとうございました!




