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戦国日本を世界一豊かな国へ!  作者: わびさびわさび


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第76話 親子の旅路

1547年(天文16年)3月6日 遠江国 浜松



「親父殿、見ろ!沖合に大船が浮かんでおるぞ!」


うちの馬鹿息子が何やら騒がしいので、その指さす方向を見れば、巨大な帆を張った大船が遠州の海を悠々に進んで往くのが見えた。


あれが、噂に聞く越後船だろう。うちにも船は有るには有るが、あれに比べると子供の玩具の様な物よな


「おぉ!親父殿、何やら変わった物が、此方に向かって来ておるぞ!」


今度は何じゃと云うのじゃ、相変わらず落ち着きのない息子じゃ。

息子に促されて進む先を見れば、確かに今迄見たことも無い珍妙な物が此方に向かって来ている。供の者達が槍を構えて警戒態勢に入るが、此処で騒動は不味いので、慌てて止める。

やがて、その未知なる物は何事も無く我等一行の横を通り過ぎて行った。それは、先に繋がれた2頭の馬が4つの車輪の付いた大きな箱を引いて走っており、その馬を箱に乗った男が御していたようだ。そして驚いた事に、箱の中には十数人の男女が乗り込んでおった。


「あれは……何じゃ?牛車……いや馬が引いておるなら……馬車か?」


「親父殿、正解のようじゃ。現帝もあの馬車と云う乗物に乗られて京から越後まで向かわれたそうだ。と、これに書かれておる。」


息子が儂に得意気に見せて来た書物、その表紙には【越後戦記④上洛編】と記されていた。息子が指し示す箇所には確かに、先程見た箱とよく似た形の物が、まるで本物と見間違うかの様に美麗に描かれている。


「お主、これを何処で?」


「ん?親父殿は知らんのか?津島の、日ノ本屋に売っておるぞ。しかし今は尾張中で評判でな、直ぐ売り切れてしまって中々手に入れるのが難しいのよ。これも発売日に小姓に夜明け前より並ばせて、やっと手に入れた物よ。」


「ほう。世間では、今はこの様な物が流行っておるのか……確かに良く出来た読み物よな。」


「ふん。そうであろう?日ノ本屋の書物は、何かと為に成るぞ。親父殿も読んでみると良い。宿に着いたなら貸してやろう。」


「うむ。頼むぞ。」


長尾領に入ってからは街道もしっかりと整備されており、予定より随分早く今晩の宿の浜松に到着できそうだ。宿に到着したら、ゆっくりと眼を通してみるとしよう。

此度は幸いにも、天候にも恵まれておる。

普段は気難しい息子も、旅が始まってからは随分と、はしゃいでおるし機嫌も良い。普段、息子と余り話す機会も無かったが、この旅では親子の会話も弾んでいる。


たまには、こういう長旅も良いものじゃな。





1547年(天文16年)3月9日 駿河国 駿府



国元を出てより6日目、我等一行は駿河の国府である駿府にまで至る事が出来た。

儂と因縁のある、あ奴の国府へこうもあっさりと到着出来るとは、些か複雑な思いも有るが…まあ良い。


長尾領に入って以来、その道程は思った以上に順調なものとなっている。


街道は真っ直ぐに伸びており「混凝土」(コン・クリー・ト)と呼ばれる不思議な石の様な物で覆われて雨が降っても泥濘(ぬかるむ)事も無く、街道沿いには幾つかの宿場が設けられ賑わっておった。大小の河川には橋が架けられ、態々船を待つ必要も無い、おまけに長尾領に入って以来、関で足止めを喰らう事も一切無かったからだ。


しかし、商人や旅人にとっては随分と助けになろうが、あの様に広く真っ直ぐな道で敵に攻められばどうするのか?関を廃しては、関銭が入らぬ上に間者を見付ける事も出来ぬが……うむ、領内の路を整備すれば確かに他国からの侵攻は早めるが、逆に味方の侵攻や援軍もいち早く送る事が出来るのか……その上、商いも活性化するとなれば、損より利の方が大きいかもしれぬな。


ん?そういえば、宿に着いてからやけに静かであるが、あの馬鹿息子は何処に行きおった?


少し嫌な予感がして、宿を探させたが何処にもいない…

慌てて、駿府の街に捜索の手を拡げようとした時


「殿!若が、我等の止めるのも聞かず、港の方に向かわれました!」


息子の近習が息を切らしながら、宿の部屋に駆け込んできおった。


そういえば…あの馬鹿息子、宿に入る前に港に停泊する越後船を眼を輝かせて見ておったな…まさか、『船に乗せろ!』等と騒ぎを起こしておるまいな?


いや…あ奴なら、やりかねん。


「追え!騒ぎを起こす前に、必ず見つけ出すのじゃ!!」


あぁぁぁ。まったく、少し眼を離せばこれじゃ…



案の定、よりにもよって長尾家の軍船に乗り込もうと船の見張りに、駄々を捏ねていた馬鹿息子を確保したのは、日が暮れる間際の事であった。


幸い、迷惑を掛けた見張りに少々握らせ平謝りして、大事にならず済んだが…


この馬鹿息子、いっそ縄で縛り付けておくか…





1547年(天文16年)3月11日 甲斐国 甲府




「のう、親父殿よ…流石にこれは、酷いのではないか?俺は、猿回しの猿ではないぞ。」


馬上に揺られながら、馬鹿息子が何やら申しておる。息子の腰には縄が巻かれておりその縄の先は供の者がしっかりと握っておる。


ふん。これで、勝手は出来まい。


「お主に比べれば、猿の方が余程落ち着きがあろうぞ。大体お主は、ガラの悪い連中を引き連れてやくざ者を叩きのめしたり、領内の畑より勝手に作物を盗み出したり、こないだ等、城を勝手に抜け出し何処に向かったかと思えば、敵城下に放火して廻っておったと云うでは無いか。お主が、何ぞ仕出かす度に儂がお主の尻拭いに奔走し…まだまだあるぞ……おい、お主聞いておるのか?」



「ん?どうした親父殿?それより、見てみろ!富士の御山の、なんと壮大な事か!」


「………………………………。」


儂は………………何処かで、子育てを間違えた様じゃ。






1547年(天文16年)3月13日 信濃国 塩尻




信濃のほぼ中央に位置し、中山道や北国西街道が通る交通の要衝として賑わう宿場町塩尻、本日の旅程を終え今日は塩尻宿での休息となる。

此処まで来れば、旅の目的地である越後府中までは3日と云った所じゃ。

思えば、戦や政務に追われ、この様なのんびりとした旅なぞした事が無かったが、広大な海の景色に残雪を残す美し山々、神秘的な諏訪の湖に雄大な富士、どれも心に

染み入る光景であった。旅と云うのも、存外と楽しく心安らぐもので有るな。


息子に家督を譲り、隠居したなら再びこうゆっくりと旅をするも………………


そういえば、馬鹿息子は何処へ………?


大声で呼んでみても、供の者達と宿を見回っても一向に姿が見えない


またか………またなのか!


あの馬鹿息子が………………この信濃は、長尾の本領・越後とも近い。もし長尾家の家臣にでもあの馬鹿が、喧嘩でも売ろうものなら………………いやいや、流石の馬鹿も其処まで馬鹿ではあるまい…いやいやいや、奴ならやりかねんか………いやいやいやいや、儂が息子を信じないでどうする…………いやいやいやいやいや、信じられる訳があるかぁ!


「親父殿、青い顔してどうした?」


儂が一人葛藤しておる最中に、馬鹿息子がひょっこりと帰って来た。


「お主、何も仕出かしておらぬだろうな?!してないよな?」


「………まったく、少しは息子を信用しろよな。何もしてないわ!少し街を見て来ただけじゃ。」


「そうか……………それなら良いのじゃ。儂はてっきり、退屈しのぎに街のやくざ者にでも喧嘩を売りに行ったのかと。」


「俺の事を一体なんだと思ってんだよ…まあいいか。それより親父殿、街で面白い話を聞いたぞ。」


昨年元服したばかりの息子が、ニヤリと悪い笑みを浮かべている。

まだ初陣も済ませていないのに、中々の迫力である。


「ここの近くの宿に、蝮一行が宿泊しておる様じゃぞ。供の者も少ないと云うがどうする、ヤルか?」


幾多の戦場を経験した、この儂すらも気押される迫力が其処にあった。


やはり、こ奴は儂の自慢の馬鹿息子よな。


敢えて、この親子の名前を伏せて書いてみましたが、皆様この親子が誰かお判りになったでしょうか?


答えは次話にて、とは言っても皆様の想像通りの人達かと思いますが。

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