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戦国日本を世界一豊かな国へ!  作者: わびさびわさび


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第74話 暗雲

1546年(天文15年)9月初旬 近江瀬田 




「此処が、天下に轟く【瀬田の長橋】で御座いますか。中々の絶景ですな。」


「うむ。国元の弟妹達に良き土産話が出来申した。」


「この瀬田に、当家の旗が翻っておるのが見られるとは、実に感慨深いですな。」


「【瀬田を制する者は天下を制す。】と申します。この地を制した殿の天下は、最早、盤石と言えましょう。」


「殿様、あそこで鮎の塩焼が売っている。あれ、絶対美味しいヤツ。買って。」


俺の後ろではしゃいでいるのは、山県昌景・宇喜多直家・高坂昌信・甘粕景持に凪、まだ若い俺の近習達である。


六角家との戦から20日余りが過ぎ、洛内の治安回復、六角家との降伏条件の折衝、武装解除、近江の諸城の接収等、諸々の作業を終えて俺達が越後への帰途に付いたのは、盛夏が終わり日差しに、僅かばかり秋の気配を感じる様になった季節だった。


現在、俺達は【錦の御旗】を軍勢の先頭に掲げて琵琶湖の南端から流れ出る瀬田川

、その瀬田川に架かる唯一の橋である【瀬田の長橋】を渡っている最中である。

瀬田川は下流に行くにつれて宇治川、淀川と名前を変えながら最終的に大阪湾にまで注ぎ、その瀬田川に唯一架かる【瀬田の長橋】は古来より、交通の要所かつ京都防衛上の要衝として天下に知られ、信玄なんかもこの瀬田に武田家の旗を掲げると公言していた程だから、まぁうちの若いのが、騒がしいのも致し方あるまい。


一人、相変わらずマイペースな奴もいるがな。


此度の畿内、及び長尾領周辺で起きた長尾家打倒を目的とした争乱は、概ね我等の勝利で収束したと言って良い。


現状、畿内ではこの戦乱の首魁と言える、将軍・足利義晴、細川晴元、本願寺・証如の3名が互いに不信を高め将軍・義晴は元々は敵であった細川氏綱と結び、晴元と本願寺を逆賊として討つ構えを見せている。その将軍の動きに対し、晴元は阿波細川氏の庇護を受けていた、平島公方・足利 義維よしつなを再び擁立し義晴に反抗の構えをみせ、本願寺・証如はこの危機的状況に畿内の門徒に義晴・晴元等敵対勢力打倒の大号令を発した。


畿内はもう、くちゃくちゃだな…俺のせいじゃないぞ。


まあいい、次の上洛時には大軍で纏めて掃除してやるから、それまで精々潰し合っててくれ。

京と近江には、暫くは北条氏康に六角家から接収した観音寺城を拠点として1万5千の兵を預け、湖北の浅井久政と協力して近隣勢力の抑えと成って貰う事とする。

再会した阿古の方にデレデレの姿を見る限り、今世では久政は裏切らないだろう。


関東での争乱も、既に終息に向かっている。

下野にて宇都宮・那須・結城等の下野・下総の国人連合軍と睨み合っていた

武田信虎・長野業正率いる上野軍は、国人連合軍を一蹴した。

業正が夜の明けぬ未明に渡良瀬川上流より渡河し、連合軍の陣所に朝駆けを仕掛け散々に暴れまわったそうだ。 奇襲により混乱する連合軍に、信虎率いる本軍が襲い掛かった。それで呆気なく連合軍は崩壊したそうだ。

まぁ、数が互角ならば寄せ集めの軍では統一された軍には勝てんわな。

心配なのは、このジジイ達の暴走位だ。


こいつら、俺への報告書の最後に


『このまま、奥州に攻め込んじゃっていいかな?いいよね?』


なんて、記して送ってきやがった。良い訳無いだろ!


急ぎ『絶対行くなよ!行っちゃだめだぞ!』と返信して置いたが

畿内から関東の、距離的問題は如何ともしがたい。間に合ってくれると良いんだが。


とにかく、上野方面はこちら側の圧勝に終わり関東戦線のもう一方、安房の里見義堯、常陸の佐竹義昭、小田政治、江戸忠通と対峙していた北条綱成率いる武蔵軍だが、敵将に安房の驍将・里見義堯が参戦する為、武蔵方面は負けぬ迄も激戦が予想されていたのだが、此方は上野方面以上にあっさりと片が付いた。


この戦でのMVPは、綱成や多目元忠等のうちの将では無く、なんと敵将である筈の

里見義堯であった。義堯は自軍の不利を早々に悟ると、あっさりと此方に寝返る事を決断した様で、軍議と称して常陸の諸将を自陣に集めると、其処で饗された茶に眠薬を混ぜ眠らせ、常陸勢の主だった者達を尽く捕らえた上に、簀巻きにした諸将を綱成の元に送り届けたと言う。そして、率いる者の居なくなった常陸勢を、綱成と共に包囲し降伏させた。

中々、見事な手並みであるが常陸勢からは恨まれそうだな。

まあ、そういうのはあんま気にしないタイプぽいから、要らぬ心配か。


そして、北陸戦線では柿崎景家・馬場信春が戦術教本の手本となる様な、見事な包囲殲滅戦にて畠山義続の軍勢を殲滅させている。

景家は義続の軍勢を越中能登の国境、荒山峠に築かれた信春が守る砦に引き付け、自身は加賀国境を突破し情報局の協力のもと情報封鎖を行った上で、加賀から敵の畠山家の居城・七尾城を目指した。

そして、七尾城迄残り半日といった地点で荒山の砦を攻める畠山勢に対して、情報封鎖を解除したのだ。

七尾城の危機を知った義続は、慌てて七尾城に軍を返したのだが、それを景家は荒山峠の出口にて待ち受け、砦の守将信春と共に前後より挟撃し包囲殲滅し降伏させた。

実に見事である。敵将・畠山義続は逃亡を計るも、捕らえられ現在越中にて虜囚の身だ。まあ、能登畠山家の先代とは知らぬ間柄でも無い、命までは取るつもりはない。北海国にでも送って、開拓に精を出して貰うとする。頑張ってくれ。


最後は、駿河・今川家との戦局となるがこちらは、実質出来レースみたいなもんだ。

開戦前から、今川家からは俺の元に密かに降伏の使者が来ていた。


それは、今川家の置かれた現状を鑑みれば理解できる話だ。幕府の名門たる今川家ではあるが、現状では隣国に長尾家と云う巨大国家が誕生した結果、経済・軍事に置いて劣勢に立たされその苦境の中、起死回生を狙った関東勢と組んでの北条家に対する侵攻計画も結果を見れば、長尾家の強大化を齎しただけに終わった。


軍事力でも大きく劣り、経済的にも追い詰められてた結果、当主・義元と雪斎は


『降伏もやむ無し。』


との結論に達した訳だが、古き名門たる今川家には、それを良しとしない旧勢力も多く存在していた。

現状の今川家と長尾家の国力差を見れば、義元達の出した結論は至極真っ当なものだと思えるが、そんな簡単な事も判らない、頭の硬い者達は何処の時代にでも居る。特に、特権階級とも云える古き名門ともなれば尚更な。


そこで義元と雪斎は、公方からの長尾家討伐の御内書が出された機会に邪魔な家中の抗戦派に長尾家の圧倒的な力を見せ付け、現実を知らしめる為に敢て勝てぬと判っていた戦に公方方として参戦した。


結果は、鈴木重家が守る相模に攻め込むも甲斐の工藤昌豊が率いる甲斐軍2万5千に本国駿河を、古賀京四郎率いる信濃軍2万に遠江を攻められ、あっという間に

居城の駿府城、遠江の掛川城・引馬城等の主要な城を落とされ、今川家に居た抗戦派の連中は、長尾家との圧倒的な実力差を見せ付けられる形となった訳だ。


こうして、殆どの抗戦派が『長尾家への屈服も致し方なし』となり


大した犠牲無く、今川家は長尾家に降る事となった。

まあ、最後まで徹底抗戦を叫んでいた馬鹿の何人かは、雪斎に密かに消されたみたいだがな。


こうして、此度の各地で起こった戦乱は長尾家の完勝に終わった。


そして、この戦乱にて長尾家が新たに得た領国は当然広大な物となるが……


正直、勘定するのが恐ろしいが、現実からは眼は逸らせない。


今回新たに長尾家の領国に加わる事となりそうなのは、能登・加賀・越前・若狭・丹後・近江・伊賀・安房・上総・下総・常陸・下野・駿河・遠江、なんと…実に14カ国にも及ぶ事となってしまった。


改めて考えてみると、これヤバくないか?

それに加えて、京を含めた山城の半国程に北伊勢、東三河、大和の一部も含まれている。

石高に換算するなら……凡そ400万石前後といった所か……

戦前の長尾家の米石高は360万石程だった……この戦乱で長尾家の石高は倍以上に成った事なるな……


確かに以前に比べれば、学舎で学んだ優秀な人材は増えているし領国化のノウハウも蓄積してきている。しかし、今回は新政権の立上げに関する各行政機関の立上げから立法、新通貨発行等の様々な作業がそれに加わる事となるのだ。


まぁ……景綱達なら何とかしてくれるよな……いや、無理だろ!


あぁぁぁ。またしても、ブラック長尾の復活か…


内政畑の皆さん、頼むから謀反とか出奔とかは勘弁してください。


俺には、春日山城の在るはずの東の空には、暗い暗雲が広がっている様に見えたのだった。


おっ。この鮎の塩焼、結構いけるな……

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