第69話 管領代
1546年(天文15年)8月上旬 山城北花
「旦那様。大方、京の都周辺の敵勢は駆逐出来た様ですね。」
「ああ。これで漸く西に注力出来る。」
先日の戦は、我軍の完勝に終わっている。
五軍長等の巧みな突撃に加え、開戦早々に敵の総大将である将軍・足利義晴が逃亡した事により、敵勢の混乱は更に拡大し、効果的な反撃が行われないうちに、呆気なく敵勢は崩壊した。
この戦により、京から公方や細川晴元等の幕府方の勢力を京から一掃出来た。
それ以上の追撃を行うつもりは無い。京周辺から追い出す事が出来れば現状は充分である。
戦が終わって3日、現在京は徐々に平穏を取り戻しつつある所だ。
その京で暮らす民の間で、現在話題となっているのが、無様に敗れた公方方の有様である。
その内容は、自ら畿内の平定の為に、俺を京に呼び寄せておきながら俺を誅殺しようとした公方達の悪事、そして、戦が始まる前に既に逃げ出していた細川晴元、戦には参加はしたが開戦早々に、色々と撒き散らしながら兵を見捨て、逃げ出した公方の無様な様子が面白可笑しく、語られて居る様だ。
勿論、その噂をばら撒かせたのは俺だがな。真実を包み隠す事無く、其処に多少の誇張を加えて、諜報局の連中に洛内中にばら撒かせて貰った。
おそらくは公方は、もう大手を振って洛内は歩け無いのではなかろか?
少し、気の毒に思わなくは無いが、自業自得だろう。まあ、強く生きてくれ。
最も、ジジイ共の話によると
『逃げ足だけは、大したものであったわ!』
との事、騎馬の性能も有るだろうが、あのジジイ共から逃げ切ったのだ。
案外、強運の持ち主かもしれん。
まあ、暫くは健在で居て貰った方が此方としては有り難い。
敵味方を判別するのに、将軍の權威は大いに役立ってくれるだろう。暫くは、長尾の敵を廻りに吸い寄せてくれると、此方としては助かる。
これで、取り敢えずの所、畿内の敵対勢力は無力化出来た。現在畿内では一向宗門徒と細川晴元、細川氏綱、畠山政国、三好長慶等の諸勢力が、互いに不信を高めて各地で相争う、混沌とした悲惨な状態に陥りつつある。もう此方とやり合う余裕なんて無いからな。
家の情報局の連中が、張り切り過ぎた結果である。
ひょっとして、やり過ぎたか?と思わなくも無いが⋯
まあ、元々畿内はこんなもんだったよな。
後々畿内を平定するには、旧勢力は邪魔でしか無い。此処で勢力を削る必要がある訳で、仕方無いよね。
そう、俺は悪くない。
と自分に言い聞かせて、気にしない事にする。
俺には、他に気にしなきゃいけない事が有るんだよ。
「次の相手は、名門六角家ですか。新様、楽しみですね~♪」
そう、畿内の方はなんとかなったが、近江の六角、若狭の武田、丹後の一色は未だに兵を退いていない。現在六角は大津で陣を張り京への侵攻の構えを崩していない、おそらくは現在北近江を進軍中の武田・一色の軍勢と合流を果たした後に、京への上洛を果たす心算なのだろう。合流すれば、その軍勢は凡そ4万3千、我軍を大きく上回る事となる。
おまけに、六角軍を率いるは、六角家の全盛期を造り上げた名将・六角定頼、政治、軍事、外交共に隙の無い傑物だ。
史実でも、この戦国初期の最強大名は中国の大内家か、この定頼率いる六角家だったと俺は思っている。
情報局の報告を聞いても六角軍の統制は良く取れており、士気も高いとの事、とても一筋縄ではいかん。
美雪さん、あなたと違って俺は、とても楽しい気分にはなれそうに無いです。
「今頃は、領国の方でも戦が始まっておる頃でしょう。そちらも心配では有りますか、先ずは、此方を片付ねばなりませんね。」
能登の畠山、関東の佐竹に里見、そして駿河の今川が長尾家に対して宣戦布告したとの報告が、此方にも入って来ている。
しかし、其れ等の敵対勢力の参戦は予め想定していた事だ。現状は、その想定と
それ程の相違は無い。其々の領国には、敵勢を迎え撃つに充分な兵力と、その準備をさせてきた。
あの、頼もしい軍長たちならなんとかしてくれるだろう。
諏訪ちゃんの言うように、先ずは此方に集中しないとな。
幕府管領代・六角定頼、コイツは間違い無く手強い。
1546年(天文15年)8月上旬 近江大津 六角定頼
「義父上、儂が参ったからには、長尾なぞ恐れるに足らず!是非にも某に先陣を申し付けくだされ!」
「お久し振りで御座るな管領代殿。我等と六角家が手を組めば、辺境の田舎侍等、敵では無いわ!急ぎ、上洛致そうぞ!」
こう、威勢の良い事を言っているのは、先頃着陣した儂の娘が嫁いでおり、儂の義息に当たる、若狭守護・武田信豊殿と丹後守護で四職の家格を誇り幕府の重鎮でもある一色義幸殿だ。
その、根拠無き自信に思わず溜息が零れそうになるが、なんとか堪える。
此れより長尾家との決戦を控える当家にとっては、彼等が率いて来た8千の兵は貴重な戦力と成り得る。余り無碍にも出来ん。
とはいえ、もう少し思慮深くあって欲しいものだ。
「これにて、やっと兵が揃いましたが⋯」
「皆まで言うな下野守(蒲生定秀)。あの様な者共でも、居らぬよりはましよ。」
「確かに、おっしゃる通りかと。然し殿、帝が長尾家の手に落ち、公方様が敗れられた今、当家がほぼ単独にてあの神童を相手にするは、余りに危うく御座いませぬか?」
儂の側近である蒲生定秀が、2人が退室した後に物憂げな表情で、儂に物申してきた。
定秀は儂と共に、数々の戦で武功を上げてきた武勇優れた男で有る、その諫言は理に適っているものだろう。
その、気持ちは判らんでもない。
すでに畿内の反長尾勢力は崩壊して、残すは我等のみだ。
現状は、当初の我等の見込みと大幅に乖離している状況である。
本来であれば、我等を含めて細川晴元・細川氏綱・それに一向宗を加えた十万を越える大軍にて長尾勢を包囲殲滅する。
その、我等が圧倒的優位であったはずの戦況が、此処まで変わるとは。
まさかの、一向宗の裏切りに続き、帝が長尾家の支持を表明し長尾家と共に越後で新たな政権を打ち立てる。
そんな報告を聞いた時は我が耳を疑った程だ。
その混乱を長尾家に突かれ、公方様の軍勢はあっさりと瓦解した。
情けないとも、もう少し持ち堪えてくれたならばと、思う気持ちもあるが⋯言うても何ともならん事よな。
「下野守よ、これが最後の機会なのじゃ。確かに想定より状況は悪いが、未だ兵力では我等が勝っておる。おそらく此度が、神童の首を取る最後の機会よ。今後その様な機会は、二度と巡っては来まい。例え朝敵となる恐れがあろうとも、此処で神童が息の根を止める。それが出来ねば我等の、命運は長く持つまい。」
「其処までの御覚悟で、此度の戦に臨まれますか⋯」
「此処で長尾を止めねば、義賢の代には六角は長尾の被官になるか、討ち滅ぼされる事となろう。」
「⋯ならばこの定秀、殿に何処までもお供しましょうぞ。」
公方様は、確かに敗れた。然しじゃ、儂はまだ負けた訳では無いわ!
未だ、兵力では此方が上。
長尾は、此処で止めねばならん。
止めねば、足利の世は終わり
やがては、六角家も滅びの道を辿る事となろう。
この幕府管領代・六角定頼が、必ずや長尾の神童を討ち取ってくれようぞ!
六角定頼
戦国初期の主役の一人です。特に内政、外交においてその評価は高く、一国一城令の基になったと言われている、城割を行い家臣団を本拠である観音寺城下に集めたり、信長が行ったことで有名な楽市楽座を初めて行ったのも、この定頼さんだと言われています。先進的な内政家と評価は高い上に、外交では幕府内でその影響力を高め、戦でも三好や細川・本願寺と京でバチバチにやり合って負け戦は殆どなかったようです。その勢力範囲は最盛期で近江に加え伊賀の大部分、北伊勢、大和の一部にまで及び100万石前後はあったと思われます。
この人が健在だったなら、信長の天下獲りの難易度は、跳ね上がっていたでしょうね。
思えば、信長さんって凄い幸運の持ち主なんですよね。
美濃・義龍に苦戦→病死
近江六角→観音寺崩れにて超弱体
畿内・三好長慶→早逝、跡継ぎ不在にて内紛分裂により三好家、超超弱体、
強敵であった信玄、謙信→相次いて病死。
特に近江の六角と畿内の三好が弱体化していたのは、デカいですよね。
信長さんは、その能力も高かったのでしょうが、本能寺までは余程神様に愛されていたんじゃないかと思います。




