第55話 甲斐
1545年(天文14年) 10月上旬 甲斐国 都留郡
武田晴信からの援軍の要請を受けた俺達は、3万の軍勢と共に甲斐との国境を超えた。其処で見た甲斐の状況は、やはり酷いものであった。田畑は荒れ果て収穫間際の稲穂には、実りはない。
この有り様では、今年の冬は、甲斐で多くの餓死者が出る事となるだろう。
我軍の進軍は、とても順調とは言えない状況である。
進軍する街道に、食糧を求める痩せこけた甲斐の住民達が、押し寄せているからだ。
お陰で我軍は、毎日数回の炊き出しを甲斐の住民の為に行う事となった。
進軍どころでは無いのだ。
まあ、そうなる様に仕向けたのは俺だから、仕方無い。
此度の甲斐の住民の反乱、その主因は食糧不足だ。
俺はあえて、段蔵に命じて甲斐中に
『長尾勢が甲斐にやって来た。長尾家は飢えた民に食糧を施しているぞ。長尾家の軍に助けを求めれば、腹一杯食べさせて貰えるぞ!』
そんな噂をばら撒かせた。
食糧の問題さえ解決出来れば、命を掛けてまで反乱に加わろう、と言う者も減るはずだ。
現に岩殿城を囲んでいた、一揆勢が消滅している。
その一揆勢が何処に行ったのかた云うと、
「は―い、現在の最後尾は此方と成ってますよ!」
「おい!そこの!横入りするんじゃねぇぞ!ちゃんと、列に並びやがれ!」
現在、白龍隊のお姉さんと、黒龍隊のイカツイお兄さん方が案内する、我軍の炊き出しの列に、大人しく並んで居る。
陣内20箇所以上に設けられた、炊き出し場に並ぶその民の数は、正確には判らない。おそらく二万を超える人数に達している。
この炊き出しに並んでいる人々は、誰もが痩せこけ顔色も悪い。
炊き出しの食事は卵と野菜をたっぷりと入れた雑炊である。
久し振りの温かい食事に、幸せそうな表情を浮かべる子供、無言で食べ続ける若者、嬉し涙を浮かべる老人、やはり飢えと云うのは辛いモノだと、改めて思う。
出来る事なら、この様な目に合う人々を少しでも、少なくしていきたいものだ。
この相模との国境からそれ程離れてはいない甲斐南部の、都留郡に陣を張って6日目となる。
その間、ひたすら甲斐の住民への炊き出しである。まあ、我軍に同行している調理スタッフは、大人数への炊き出しには慣れているからな。
先日まで関東で10万以上の大軍に食事を提供していたのだ。
それに比べれば、随分と楽になった。ともいえる。
この炊き出しは、他にも信濃に接している甲斐北西の巨摩郡と武蔵に接する山梨郡でも現在、京志郎率いる信濃勢と景家率いる関東勢により、それぞれに行われている。そちらでも数万人の民が集まっているそうだ。
物凄い勢いで軍の兵糧が減っていくが、致し方ない。今の長尾家なら、甲斐一国の民を食わしていくだけの余裕は充分に有る。
現在、越後、越中から追加の兵糧を輸送中である。
此方側の食糧への供給により、甲斐の民の反乱は鎮静化に向かっている。
そりゃ、反乱に参加していた連中の殆どが、今も炊き出しの列に並んで居るのだ。当然そうなる。
この炊き出しの出費は厳しいが、長尾家は甲斐の民から絶大な支持を獲得する事が出来た。
長期的に見れば、安い出費となるだろう。
後は、武田家だな。
信虎からも、晴信からも当家に感謝と恭順の意を示す使者が訪れている。
そろそろ、軍を進める。
雪が降る前に、この甲斐の動乱にケリをつける
1545年(天文14年)10月中旬 甲斐国 岩殿城 武田晴信
我、心の師がこの城に間もなくやって来る。
師に会うのは、此度が初めての事となる。
だが、師の事はこの甲斐で俺ほど詳しい者は居ない!そう自負している。
【越後の神童】そう呼ばれる師は、まさに神童と呼ばれるに相応しい、内政、軍事、外交その全てに置いて信じられ程の実績を残している御方である。
先日も関東にて北条を屈服させ、旧勢力を一蹴なされた。そうして苦も無く関東の半分をその手に収められた。
流石。としか言い様が無い、見事な手際である。関東の民にも随分歓迎された事だろう。
それに比べて⋯俺は。
遂に、民にまで愛想を尽かされ、この城を包囲される始末。為政者として失格の烙印を押されたのだ。
『最早、此れ迄。』と、
腹を切る事すら覚悟したが、その窮地を救ってくれたのは、なんと、敬愛する我が心の師であった。
あぁ。こんな不祥の弟子に(弟子では無い)師と面会する様な資格が有るのか?
しかし、人としては
せめて救われて師の手を煩わせた、礼ぐらいは、伝えねばならぬ。
そうだ。一言礼を伝えた後、責を取り
腹を切る。そうしよう。
師よ。どうか、不祥な弟子をお許しくだされ。
1545年(天文14年)10月中旬 甲斐国 要害山城 武田信虎
やれやれ、どうやら助かった様じゃな。
一時は2万以上の一揆勢に包囲され、流石の儂もこの命を半ば諦めておったが、突如として潮が引くように一揆勢が引いた。
何が起こった?
そう思い物見を出したら、甲斐中で、驚くべき事が起こっておった。
なんと、隣国である長尾家が甲斐に侵攻し、甲斐の各地で民に対して、炊き出しを行っている、と云う。
炊き出し?
略奪なら、まだ理解出来るのだ。
隣国が混乱したならば、それを好機として侵攻しその地にて、奪い、攫い、蹂躙する。儂ならばそうする。
この乱世、他国の民の事なぞ考えている余裕など無い。他国より奪い自国の民を富ます。それが、この乱世の基本である。
それを、あの男は全く逆の事をする。
しかし、甲斐の民は随分とあの越後の神童を慕っている様だ。既に、まるで神仏の様に崇める者や、長尾家に忠誠を誓う者達が現れて居るとの、物見からの報告だ。
僅かの間に、甲斐の民の心を掴んでいる。
やはり、恐ろしい男よ。
長尾景重、若くして越後長尾家の家督を継いだ男だ。
幼き頃に為景に見出されたこの男は、その見事な手腕で佐渡、越中を手中に収め。長尾家の当主と成ってからは、当初こそ反発する越後国内の国人衆、北信濃の村上、小笠原、会津の蘆名、出羽の大宝寺等の敵対勢力に囲まれ、苦戦するかと思っものだが。
あの男、それらの勢力の全てを、叩き潰すか吸収、屈服させて乱の終わった頃には、越後は元より、信濃、出羽の一部までを領する大大名に成っておった。
そして、先日の関東での大戦。
その経緯はともかくとして、結果的に関東の支配者であった山内、扇谷の両上杉家は事実上滅び、北条は長尾家に屈服した。
そうして、関東の半分まで領有する事と成ったのだ。
その関東での戦に、動員された長尾家の軍勢は10万を超えたと云う。
何とも、恐ろしい男である。
そんな大業を成し遂げた男は、未だ若干15歳の若造だ。普通ならば初陣を済ませたかどうかといった所の、右も左も分からないだろう未熟者、であるはずなのだ。
家の馬鹿息子(晴信)も初陣の時は顔を青くして震えておった。
最早、常人とは格の違う別格の存在で有ろうな。
惜しいな。
かの神童が甲斐で生まれておれば、武田家は飛躍し、甲斐は随分と豊かに成っておったじゃろうに⋯
言っても詮無き事と、判ってはいるが、どうしても考えてしまう。
現実は、武田家は甲斐の民に見放され、甲斐に未曾有の大乱を招いた元凶、その元凶が儂じゃ。
武田家は、甲斐の統治者としての信を失った。最早、武田家では甲斐の統治は侭ならないで有ろう。
今後、甲斐を治める事と成るのは、あの神童よ。奴ならば下手は打つまい。
上手く、甲斐を治めていくだろう。
さて、其処で大切なのは、儂の今後の身の振り方で有るが⋯
長尾家に刃向かい、あくまでも甲斐の統治者として敵対する。
其れだけは、無いな。
あんな、化け物相手にとても勝てる道理なぞ無かろうし、民も家臣も儂に付いて来ぬわ。なにより、儂の命の恩人ともいえる。
受けた恩は返すものよ。
となれば、やはり長尾家への服属一択となるのだが、出来る事ならなるべく高く儂を買い取って貰いたいものよな。
信濃の諏訪家には、儂の娘が嫁いでおり縁戚じゃ、その諏訪家は、間もなくあの神童の元に娘を嫁がせ、長尾家の一門衆に加わると云う。
義息の頼重が態々、自慢気に書状で報せてきおった。
羨ましい事じゃ。此度はその縁を利用し神童と繋ぎを取って貰うとしよう。
甲斐の統治者として、武田家も終わりじゃ。
然し、儂はまだ終わらんぞ!
必ずや、長尾家にて立身し、この日ノ本に武田信虎、儂の武名を轟かせてやろうぞ!




