第43話 夢
1545年(天文14年)3月中旬 越後国 春日山城
春の陽気が漂う昼下がり、この春日山の頂き付近にある物見の櫓から見る府内の街並みは、穏やかな空気に包まれていた。遠くに残雪を抱いた山々が薄い雲の向こうに見え、山の麓では農民たちが懸命に畑を耕している。
海の方に目を向けると、直江津の湊は穏やかな水面を見せ、数多くの船が停泊しているのが見える。心地良い潮風が軽やかに吹き抜け、潮の香りがここまで届く。
府内の町は、のんびりと春の訪れを感じているようだった。
何かと慌ただしかった天文13年も終わり、年が明けて俺や千代も15歳となった。現代で言うなら、未だ中学生、まだまだ未熟な子供と見なされる年齢だが、寿命の短いこの時代では、十分に一人前の成人と認められる年齢となる。史実でも謙信や信玄が15歳で初陣を果たしている。
新たな年を迎え、政務の激務の方も若干ではあるが落ち着きを見せ始めている。
越中に続き、越後、信濃での戸籍の作成がほぼ終了したからだ。
その結果、判明した各地の人口は、凡そ越後が65万、越中52万、信濃55万、そして佐渡2万、飛騨が3万、出羽の長尾領はおそらく10万前後と予想されている。
約190万もの民が、この長尾領で暮らしていることとなるわけだ。
うん、俺の予想より大分多かった。
この戦国時代の日本の人口は凡そ1200万人と言われている。日本の総人口の15%以上が、我領で暮らしていたのだ。そりゃあ驚く。
人口=国力だと考える俺にとっては、ありがたい誤算である。人がいるからこそ、軍事力、経済力が成り立ち、それが国力となり、国となる。
人がいなければ、軍事力も経済力も成り立たない。
人口とは、国を統治する上での基礎と言える。
だから俺は戦でも無駄に人は殺さない、なるべく人死の少ない策を練る。これから統治する予定の国の国力を自ら磨り潰すなど、馬鹿のすることだ。
しかし、為政者として気を付けねばならないのは、
【はたして自領で、どれだけの民を養っていける食料を用意できるのか?】
ということだ。
必要なだけの食料を用意できなければ、民の不満は、為政者に向けられる。それはやがて、一揆や反乱として、為政者たちに牙を向けることとなる。
自領の食料供給力を超える民を集めたとしても、それは政情の不安を招くものにしかならない。
他国から買うのもありだろうが、一時的措置ならともかく、国の生命線というべき食料供給を他国に握られるのは危険だ。
俺は施政者にとって、自領の人口の把握、そして食料生産力の向上、その生産力の把握は、最優先で行うべきことだと思っている。
現状、長尾領の今年の食料生産予想はこうなっている。
主食である米は、全領合わせて170万石を少し超えたくらいとなる。
治水によって増えた新田の開発と、越後錦と名付けた品種改良によって生まれた稲は、既存の稲より冷害に強く、収穫量も1割ほど多くなっている。その結果、米の収穫量は飛躍的に伸びている。
それでも、1石を1人の民が一年で必要とする米と考えるならば、20万石ほどの不足となる状況だ。
しかし、長尾領で作られる食料は、何も米ばかりではない。米の他にも、蕎麦・小麦・じゃがいも、薩摩いも等の各種野菜、酪農、畜産による各種乳製品、卵、食肉、それらを米と同等の基準で石高に換算すると、蕎麦は10万石、小麦30万石、じゃがいもで20万石、畜産全体で25万石ほどにもなり、合わせればそれだけで85万石となり、米以外の食料で85万もの民を養える計算となる。
米は生産性の高い重要な作物であるが、何も米だけにこだわる必要はない。稲作に向かない土地には、その土地に合った作物を作っていくべきだ。
俺が様々な料理を日ノ本屋を通じてこの時代に出しているのも、新たに導入したじゃがいもや乳製品、食肉等、この時代の日本人に馴染みの薄かった食材の早期の普及を目論んでのことだ。国土が狭く平地の少ない日本には、食の多様化は急務と言えるだろう。
結果として、長尾領は現状60万石ほどの余剰作物を抱えることができる状況だ。さらに人口を増やすもよし、絶えず食料不足な他領に売るもよし、不作に備えて蓄えるもよしと、さまざまな選択肢を選べる状況にあるわけだ。
「やっと見つけましたよ、旦那様……」
そんなふうに一人物思いにふけっていると、背後から少し拗ねた声音の千代の声が聞こえた。
振り返ると、僅かに頬を膨らませた千代が俺の方に歩いてきている。これでいて千代とも、幼い時からの付き合いだ。
声だけである程度の機嫌がわかる、今日はあまり良くないらしい。
千代に何も言わずに出てきたのがまずかったか?
千代も俺と同じ15歳。美しい少女へと成長していた。あどけなさが消え、どこか大人びた雰囲気が漂うようになった。子供の頃のふわっとした印象は薄れ、今ではその姿に凛とした美しさと、どこか強さを感じる。顔立ちはまだ幼さも残るが、目の輝きや表情の一つ一つに、大人の女性に近づいた証が見え隠れしている。
そんな彼女が俺に近寄ると、ぴたりと寄り添った。
その距離は非常に近い。15歳となって夜の方も解禁となってから、千代との距離感もかなり近くなった。以前は妹や娘のように感じていた感情に、夫婦の情も混ざるようになった。
本当に男女の仲とは不思議なものである。
「あっ!いたっ!たったたっ!」
そして別の面でも遠慮がなくなった……。側に寄り添った千代が、俺の脇腹を抓ってくる。
「悪かった!……ごめんなさい、千代ちゃん……ホント痛いって!!」
俺の反応に満足したのか、やっと離してくれた。
「もう。すごく探したんですからね。千代を心配させた反省をしてください。」
いや、あなた、こう見えても結構な馬鹿力なんだから……ホント、勘弁してください。
「ほんと、悪かったな千代」
そう言って彼女の頭を撫でてやると、途端に姫の機嫌が良くなった。
「えへへへ、わかれば良いのです。ところで旦那様はこんなところで何をなさっていたのです?」
「新たな町割りを考えていたんだ。」
「町割り……でございますか?」
「ああ、具体的に言うと、春日山城の城下町である府内と、直江津の港を合わせて巨大な城塞都市を築く。そしてこの春日山城も大幅に改修し、見る者全てが驚嘆するような城とする。」
「……それはまた、随分と壮大なお話ですね。」
千代がキョトンとした表情を浮かべている。
「そうだな、莫大な銭と人、そして時間が必要となるだろうな。」
「そのような費用と時間を掛けてでも、やる価値のある事なのですか?」
千代の質問は当を得たものだ。正直に言えば、そんな城塞都市など日本には必要ないだろうな。
やがて世界は火砲の時代に突入する。
そうなれば城や城塞都市など無用の長物となるだろう。
それは、わかっている。
俺が目指しているのは、数百年先でも日本人が誇れるような、古き良き時代の歴史文化を感じられるような城塞都市だ。
考えてみて欲しい。日本には長い歴史があるが、現代にまで残された城や街並みはほとんど残っていなかった。前世で歴史好きだった俺は、それを随分寂しく感じたものだ。
イタリアやフランスなどがそうだが、こういった歴史遺産のもたらす影響は馬鹿にできない。歴史的な建築物を見物に世界中から人が集まるのだ。その経済効果は莫大なものとなる。俺はこの春日山城下一帯を、将来世界中から観光客が訪れるような一大歴史都市にするのが目標だ。
『目指せ!未来の世界遺産!』だな。
まぁ、半分位は俺の趣味が入っているのは認めるが、これも俺が未来の日本人に残せる貴重な遺産になると、俺は確信している。
そのあたりも含めて、千代にも知ってもらいたかったので、説明しておくとする。
「何百年も先に、世界中から人々が見物に訪れるような城ですか……、そんなこと千代は考えたこともありませんでした。でも、それが叶うならきっと素敵なことなのでしょうね。それが旦那様の夢なのですね。」
あぁ、夢だな。
『いつか世界が平和になったなら、世界中から人々が訪れ、訪れた人々を感動させ、敬意を払われるような日本を造り上げる。』
それは、俺の夢だ。
フフフ、未来の外国人の方々よ、たっぷりと外貨を日本に落としていってくれよ。




