第36話 秋田沖海戦
1544年(天文13年)7月中旬 出羽国秋田沖
安東家の家紋である【檜扇に鷲の羽】を掲げる軍船がこちらの進路を塞ぐ様に秋田沖の日本海に展開しているのが見える
覗いていた、工房謹製の望遠鏡を平八に渡す
「ガハハハハッ!安東水軍の奴ら、随分とヤル気のようだな。大型の安宅船まで出してきやがる」
敵の陣容は、旗艦と思われる大型の安宅船の他、中型の関船が約20隻、さらに小回りの利く小型船・小早40隻ほどだ。それに対して、こちらは大型の越後船15隻に、連絡船として使う足の速い小型帆船が3隻。数だけで言えばうちの水軍は完敗だが、兵数はあちらは2千程に対して、こちらは3千と優位に立っている。
船の性能では赤子と大人ほどの差があるだろう
「はあ~、まさか安東家がここまで阿呆とはな。致し方あるまい。平八、早船を後ろに下げ、景家に『安東領に侵攻せよ!』と伝令を送れ。戦闘準備急げ! ここで安東水軍を叩き潰す!」
大方、一部の武辺者の暴走だろうが、それを抑え切れなかった安東家にも責任は免れない。この海域から柿崎景家が陣を引き、訓練を行っている出羽由利郡までの距離は、それほど離れていない。足の速い早船なら半日もかからない距離だ。そうなれば、明日には景家の率いる1万2千の長尾勢が安東領に雪崩れ込むこととなる。
これはもう、長尾家と安東家の全面戦争だ。まさかこの状況で家に喧嘩を売る馬鹿がいたとは……。
あぁぁ、俺の夏休み……
「ガハハハ!了解だぜ、大将!! 全員配置に就けやあぁ!」
「よし、焙烙火矢装填! まだ撃つなよ。」
平八の指示で兵たちが動き、船に備え付けられた大型の石弓に、矢の先端の筒に火薬を詰め込んだ焙烙火矢を装填していく。その動きは、淀みなく熟練したものだ。
さすが平八の鍛え上げた精鋭たちだ。
焙烙火矢は、史実では村上水軍や毛利水軍など、瀬戸内の水軍が主に使用した。焙烙(素焼きの土鍋の一種)もしくはそれに似た陶器に火薬を入れ、導火線に火をつけて敵方に投げ込む手榴弾のような兵器だ。実際に厳島の戦いや第一次木津川口の戦いなどで使用され、木津川口の戦いでは、織田の九鬼水軍を壊滅させる活躍をした。
この越後水軍が使う焙烙火矢は、船に固定化して大型化し、威力と射程を増した大型の石弓砲に、火薬を詰め込んだ細長い焙烙を先端に付けた矢を、導火線に火をつけ放つもので、現代で捕鯨に使われていた銛を発射する装置に近いものだ。
手で投げるものとは命中精度も射程も桁違いだ。実際に訓練では、小型の軍船なら一撃で木端微塵にしていた。
現状、工房では軍船用の鋳造大砲も開発済みではあるが、耐久性、命中精度、連射性能、重量、コストなどを勘案すると、現時点ではこちらの焙烙火矢に軍配が上がる。大砲は、特に波で揺れる海上での命中精度が致命的に悪く、400メートルほど離れた的に命中したのは100発撃って2~3発といったところ。その上、斉射すると反動で船が傾き、命中精度がさらに落ち、下手をすれば転覆の恐れすらある。重量の問題で、大量に搭載すれば船足が鈍る上に耐久性も低く、おまけに高価な武器なのだ。
現状では、敵への威圧や攻城に使える程度の認識でしかない。
「大砲は実戦での使用は、時期尚早である」というのが俺の結論だ。
しかし、いずれ火砲の時代が来ることを俺は知っている。その時のためにも開発は続けている。今の技術水準では青銅製の大砲がせいぜいだが、いずれは鋼鉄製の大砲を造り上げたい。そのためには、反射炉や転炉などの高性能な融解炉の建設、技術の修練、高品質の鉄鉱石の確保など、さまざまな技術的・物質的問題をクリアしなければならない。先の長い話だ。
一方の石弓砲だが、特筆すべきはその命中率だ。訓練では、凡そ2割~3割、大砲より10倍ほどの正確性を誇っている。そして、その取り扱いは容易で、固定された大型の石弓砲は、左右150度ほど、上下50度ほどの射線や射角を自在に変更でき、中距離・近距離では無類の性能を発揮する。
西洋などの長距離射程の砲を積んだ帆船なら話は別だが、遠距離の攻撃手段を持たない日本近海の海賊衆や水軍には、まさに「格好の餌食」だろう。
そう、正に目前に迫る安東水軍にとっては、天敵とも呼べる兵器である。
そんな石弓砲を、越後水軍の越後船には左右の舷側に8門、艦首と艦尾に2門、計20門搭載している。
「おもぉぉかぁじ!!」
安東水軍との距離が800メートルを切ったところで、それまで黙って敵水軍の動きを見ていた五島平八が、大音声の号令を発した。越後水軍軍長、五島平八の号令のもと、速やかに船首を右方向に向ける。後列に続く軍船も、それに倣い船首を右に向ける。
これは、包囲陣形を引く敵水軍の左翼方面を掠める進路となる。同時に。
「さすが、平八殿ですね。敵の退路を断つおつもりのようですね。」
「そうだ。安東水軍の本拠地、土崎湊と敵船団との間を遮断する進路だ。これで敵は動かざるを得なくなる。しかもこちらは左舷を向け、敵と対峙できる。」
舷側に搭載されている砲の数は多い。砲を積んだ船団同士の海戦では、舷側を向けて戦うのが基本戦術だ。
安東水軍も、こちらに釣られる形で、こちらの進路を塞ごうとするが、間に合わない。
北東に進路を取る俺たち越後水軍が、南西に進路を取る安東水軍を、左舷から迎え撃つ形だ。
こちらにとっては、理想的な展開と言える。
敵船との距離は500メートルほど。石弓砲の有効射程は400メートルだ。まだ少し遠い。
速度を落とし、ゆっくりと進む帆船。静寂が甲板を覆う。そんな時だった。
「少し貸してちょうだい」
落ち着いているが、どこか威厳を感じさせる女性の声が響いた。
やはり、美雪だ。
美雪は左舷の石弓砲の射手に交代を命じ、敵船に向け狙いを定める。彼女は射角の微調整を行い、僅か数秒ほど何かを探るかのように目を閉じる。
敵軍船との距離は450メートルを切った。しかし、まだ遠い。
そんな時、急に追い風が吹いた。その風と同時に、美雪が石弓砲の引き金を引いた。
美雪が放った矢は、見事な放物線を描き、風に乗り敵軍船に向かって行く。
その矢の行く先を見届けることなく、美雪は渾身のドヤ顔でピースサインをし、こちらに振り返った。
ドッド―ン!
彼女の背後では、美雪の放った矢が見事命中し、関船が炎上し、轟沈した。
相変わらず中々絵になる女である。
「ガハハハハッ! 相変わらず恐ろしい姉ちゃんだな!」
「「「「流石です姉御!!!!」」」」
「やっぱり美雪ちゃんは凄いですね。」
その光景に、敵の水軍は動揺しているのが分かる。我が軍からは歓声が上がる。
俺は美雪にサムズアップしておいた。
さらに、装填手によって装填され、点火手により点火された第二射が、美雪によって放たれた。
またも先頭付近の戦船が炎上した。
実に見事な腕だ。
その頃には、他の砲も有効射程距離に入り、次々と矢が放たれ、敵船を炎上半壊させる。
敵の主要武装は火矢だ。その有効射程はせいぜい100メートル。対して、こちらの主要武装である石弓砲は400メートル。
つまり、今いる位置、敵との距離が100~400メートル離れた距離は、こちらが敵船を一方的に攻撃できる距離となるのだ。
平八は巧みな指揮で、常にその距離を保ちつつ、一方的に敵船に打撃を与えていく。
まだ戦が始まって間もないが、すでに敵の左翼船団は壊滅状態と言って良い。
敵の中央と右翼の船団が左翼の援護で向かってくるが、それも悪手でしかない。
現状の戦況を覆すことは不可能だ。
中央の船団も、こちらとの距離が縮まって石弓砲の射程に入るや、次々と爆発炎上し、中央船団も大混乱に陥っている。
最後方の右翼側は、既に回頭し、戦場を離脱しようとしているようだが…。
遅い。既に先程、平八が後方の5隻の味方船に「敵後方を襲え」と手旗信号を出していた。
既に敵後方を遮断するため、その海域に向かっている。
最早、中央船団も、殆どの船が炎上し、消火や怪我人への対応に追われ、戦闘どころではない有様だ。既に燃える船の消火を諦め、海に飛び込む者、負け戦と見て逃げ出す者、抵抗を諦め白旗を掲げる者も現れている。
最早、大勢は決した。
「終わったな。」
「へい、びっくりするほど楽な戦でした。」
確かに、家の船の被害は皆無と言っていい。平八が呆れるほど、我が軍の完勝だ。
まぁ、海戦は特に船の性能や武装の差が顕著に表れるからな。
こうして、越後水軍による初の本格的な海戦は、越後水軍の圧倒的とも呼べる大勝で終結した。




